Project Sekai SCP incident feat .   作:唯尊

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第四十六話 歌姫の決意

 

 草薙寧々はベンチで一人座っていた。まだ日が落ちていないにも拘らず、寧々の周りには人一人いない。視線を下に落とし俯いている彼女には、時折聞こえるカラスの鳴き声と、風の音しか入ってこない。

 

(私…何やってるんだろう…)

 

思い返せば返す程自分の不甲斐なさに押し潰されそうになる。ミュージカル女優を志してる癖に人前に出られない。この弱さが今日のショーを台無しにした挙句、司と類の衝突を生んだ。

 

周りに迷惑をかけてばかりの自分に嫌気がさす。

 

本当に嫌になるッ…。

 

『そもそも、観客に自分を見せられない時点でおかしいんだッ!』

 

「ッ…!」

 

 あの時、司から言い放たれた言葉を思い出し、奥歯を噛み締める。ネネロボを使った時点で、自分は観客と向き合えていない、それは否定しようもない事実だった。弱い自分への怒りと失望で胸が張り裂けそうになる。

どれだけ努力しても、歌が上手くても根本的な部分で自分の全てが否定され、夢も心も砕かれそうになる。涙と共に血まで吐き出しそうだ。

 

「どうして……私はッ…!」

 

思わず声が漏れた時、寧々の視界の端に見慣れぬ足が見えた。

 

 驚いてバッと顔を上げると、そこには冷たい鋭さを持つ男性がいた。180cm後半の長身、若干くせ毛のある黒髪を後頭部と側頭部で短く刈り上げたサイドカット、黒曜石の瞳が特徴的な端正な顔立ちは女性的な美しさがあるが、どことなく表情に険がある。眼光の鋭さも相まって、全身が刃物で作られ、見る人全てを斬り刻む様な雰囲気を放っていた。服装はグレーのミリタリーシャツと紺のカーゴパンツ、米軍正式採用のコンバットブーツを履いていた。

 

「良かった。ここで合ってたな…」

 

足音を立てずにこちらへ歩いてくる。寧々は身の危険を感じ、すぐさまベンチから離れようとする。

 

「待て!取って食う気はない!俺は類から招待されたんだ」

 

「…類の?」

 

その名前に反応した様にピタリと動きを止め、こちらに振り返る。理雄はさっきまで寧々が座っていたベンチに腰を降ろす。寧々は少し離れた位置から警戒する様にこちらの出方を窺っており、理雄は内心嘆息する。

 

 険のある顔は生まれ付きだが、財団職員としての過酷かつ陰慘な日々を送ってる内に、自分の顔はいつの間にか修羅か殺人鬼の類の物になっていた。体格差もあるのか、自分は周囲の一般人……特に寧々くらいの年の女性からは怖がられる事が多い。普段ふつうにしている分には問題ないのだが、ついさっきまで過去の惨劇と今の自分の在り方に対し感情が乱れていたせいか、『あらゆる非道が許されるセカイ』にいる時の自分に近い表情から、戻りきってなかったらしい。

 

 …志歩はショッピングモールの時に、似た様な顔を見せてしまったし、一緒にいた一歌や遥たちにも既に知られている。もう1人の自分……いや、ある意味本来の自分とも言える財団職員としての一面を、彼女達にどう思われただろうか?以前の様な猫被りは今はさほどしなくなっている。それでも彼女らが接し方を変えないのは、信頼されてる証だろうか。

 

 あの時、志歩が自分に伝えてくれた信頼の言葉と眼差しに嘘はなかった。

 

 互いに想いを語り合い、それを行動に移す事で初めて信頼関係が生まれる。その為にはまず、自分から心を開く必要がある。

     

「…友人の見舞いがあってな、結局ショーには間に合わなかった。悪いな、せっかくチケット貰ったのに…」

 

「い、いえ…」

 

「…俺の事覚えているか?」

 

「は、はい。えむを助けてくれた人ですよね?あの後本人から聞きました。……あの、ありがとうございました。えむを…友達を助けてくれて」

 

 ペコリと頭を下げる寧々。辿々しい喋り方で視線も若干泳いでいる。

 

「気にするな、偶々現場に居合わせただけだからな。それより……肝心のショーで気になったんだが…ネネロボってなんだ?」

 

「え?えっと……」

 

「えむから聞いてはいるんだが、『えっとね、目からびかーッ!ってやって、腕がガシャガシャーって動いて〜…』みたいな感じでよく分からなかったから…」

 

「あ〜…」

 

 額を押さえて嘆息すると、ネネロボの開発経緯の事を話し始める。

 

「……前から思っていたが、すごいな、君の幼馴染…」

 

「まぁ、変人だし色々おかしいですけど…、類には今まで何度も助けられましたから、他のみんなも……なのに私…」

 

その時、寧々の表情が一段と暗くなる。

 

「…ショーでのアクシデントは聞いている。そこまで気負うな、次から気をつければいい。どのみち今日の結果は覆らない」

 

「……」

 

「司の言う事は確かに正論だ。だが無闇に仲間を責めるだけじゃ何も生まない」

 

「------そうじゃないんです!そうじゃ…」

 

痛烈に叫ぶ。寧々の両手は血が滲みそうな程握りしめられていた。

 

「私は…人前に出るのが怖い…、人見知りだし……人付き合いも苦手で……誰かに自分を……見せられない…」

 

震えながら語る寧々を見ながら、ふと理雄は過去の自分を思い出す。あまり話したくないエピソードではあるが、ここで話さなければ彼女に心を開いてもらう事は叶わないだろう。

 

「…聞きづらいんだが、その……君、昔いじめられていたりしたか?」

 

「ッ…!!」

 

ビクンッと寧々の体跳ね、硬直する。その反応から理雄は確信を得た。

 

「------俺も昔はいじめられていたんだよ」

 

「……え?」

 

ポカンと口を開ける寧々、目の前に座る冷たい大振りのナイフの様な男に、そんな過去があるようには思えなかったのだ。理雄は小さく溜息を吐くと、静かなトーンで話し始める。

 

「幼少期の俺は喘息持ちで、かなりの泣き虫だったからな…。子供は容赦ないし、弱い奴を見つけるとハイエナみたいに群がってくるから、悔しい思いもしたよ」

 

「………」

 

「おかげで俺は人間嫌いになった。他人は自分を攻撃する生き物だと思ったし、俺自身も悔しさや屈辱を糧に空手でひたすら自分を鍛えた。俺を攻撃する奴を力づくで叩きのめし、黙らせ、屈服させるのは心地がいい。それが嫌いな奴なら尚更だ。------そうやって自分も誰かを傷付けるのに快感を得るんだ、他人もそうするのは当たり前だ。理には適ってる。だから俺は他人がどうなろうと思考の隅にも入れたくなかったし、自分の事以外は心底どうでも良かった------だが」

 

それでも、自分の幼馴染達はいつだって自分の味方だった。

 

「弱い俺を助けてくれた人達が------幼馴染達がいたんだ。彼女達がいたから俺は強くなれたんだ。守られたから……俺も彼女達を守るために、自分の全てを使い尽くした。つまりだ------君は君のやり方で、自分の力を活かせばいい」

 

「で、でも…、観客の前に出れない歌姫なんて…」

 

「それは後で考えればいい、君に…いや、君達にとって一番重要なのは、最高のショーで観客を笑顔にする事だろ?」

 

「…ッ!」

 

その時、寧々の目が見開かれる。

 

「俺はまだ君の歌を聞いていない。ネネロボのパフォーマンスもな、だからまた舞台に立ってくれ、そして………今度こそ多くの人を笑顔にするんだ。俺はそれが見たい」

 

寧々はその言葉に、しばし立ち尽くした様子だったが、既に目からは翳りが消え、1番強い光を見据えていた。その後、妙にそわそわしながらこちらにチラチラと目配せをしてくる。

 

「…座るか?」

 

トントンと、理雄が座るベンチの隣を手で叩く。寧々は座るかどうか少し逡巡すると、おずおずと理雄の隣に座る。そしてどう話すか考える間を置くと、やがて口を開く。

 

「なんか……フロ…宮崎から聞いていた話と違ってて驚きました。えっと…志熊さん」

 

理雄は顔の前で軽く手を振る。

 

「理雄でいい。…………………宮崎?待て、奴から何を聞いたッ?」

 

背中に寒い物を覚えて思わず問う。寧々は少し視線を逸らすと、気まずそうにポツリと話す。

 

「『無節操の女好き』…と」

 

「チッ……ならアイツに伝えておいてくれ、それならお前は『無節操の変態行動好きだろ』ってな」

 

「だから正直関わりたくなかったんです。えむの学校で溜め込んでいた獣欲をぶつけられそうで、『ゔぅ〜〜、誰か俺の中の淫獣を鎮めてくれぇ〜』とか言いながら襲われるかと」

 

「あぁそうさそうだよ襲って犯して大興奮だよ悪かったなまったく!」

 

宮崎じゃしょうがない。ババ抜きと同じくらいしょうがないが、それでもたまったものではなかった。珍しく感情を露わにする理雄を見て、寧々は少しだけ可笑しそうにクスッと笑うと、

 

「でも、嬉しいです。その……私の歌を聴きたいって、言ってくれて…」

 

歌は人を笑顔にする------。

 

私は多くの人を笑顔にする為に、これからも舞台で歌い続けよう。

 

そして-----------私の歌がこの人にも届く様に頑張ろう。私のやり方で、私らしく。

 

 小さな歌姫の決意が、新たな想いを生んだ。

 

 

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