Project Sekai SCP incident feat . 作:唯尊
基底世界。西暦20○○年、4月○○日、午前2時41分。
中国大陸北部、内モンゴル自治区からモンゴルにかけて広がる砂漠地帯を、砂塵を巻き上げながら一列に走行する機甲部隊が見える。中国製96式戦車が2両、92式装輸装甲車が5両。それらの車両は全てPLA(中国人民解放軍)の制式カラーリングである砂色の砂漠迷彩が施されているが、彼らは中国の正規軍ではあっても、本来の責務である国防や人民の保護を、表の外敵からではなく、裏に潜む脅威から守る為の部隊。それが------中国人民解放軍超常部隊である。
そんな彼らと砂漠の旅を共にするのは、財団本部から派遣された機動部隊、シータ25-C…通称C(チャーリー)チーム。
その1人である王力行(ワン・リーハン)二級軍士長は、92式の上部に乗りながら、夜風を浴びていた。
4月のゴビ砂漠は気温が変動しやすく、強風も多い。日中と比べて夜である今は少し冷えるが、それでも92式の窮屈な車内よりはずっと快適だ。幸い今夜は風も少なく、砂が混じっていない空気を吸いながら、優しく照らす月を眺めていた。
「……何もねぇな…」
総面積約130万平方キロメートル、世界で5番目の大きさを誇る砂漠を眺め、率直な感想を呟く。
山地ステップの植生はこの辺じゃ見られないし、密かに見物するのを楽しみにしていたユキヒョウもゴビヒグマも、その影すら窺えない。さっきからずっと平坦な砂の惑星を旅している。
補給キャンプを経って既に3時間、流石にこの殺風景な光景にも飽きてきた。カナダで暮らす自分の両親がこの土地の出身だったらしいが、もしや荒涼とした砂漠に嫌気がさして移住したのではないか。
ハァ…と溜息を吐くと、上部ハッチが開き、若い搭乗要員が顔を覗かせる。まだ20手前のニキビの多い顔の男だ。
「退屈そうですね、二級軍士長殿」
夜にも拘らず溌剌とした笑顔を見せる。疲れを感じさせない笑みに、リーハンはこれが若さか…と嘆息した。…かく言う自分もまだ25なのだが。
「辺り一面砂しかないからな…、こういう時ばかりはジュリエットの連中が恋しくなる」
「日本を拠点に活動しているチームですか?」
「あぁ、そこに俺の中国語の生徒がいるんだよ。女好きの陰険自己中野郎だが、腕は確かだし、根は優しい奴だよ。……あいつ自身が思ってるよりな」
世界中で多発するアノマリー災害、他国にも複数の支部があるとはいえ、財団本部が置かれているアメリカが直接世界のあらゆる国家、地域に対して円滑に即応行動を執る為に編成されたのが、シータ25だ。対人、対アノマリー問わず、財団の一番槍として現地に派遣され、時に戦闘。時にアノマリー収容の専門チームのサポートを行う。
「にしても……どういう事でしょうね?無力化したSCPオブジェクトが再活性化したなんて…」
「さぁな…、上層部は半ばパニック状態で俺達を派遣した訳だからな。だからこんな豪勢に来たんだろう…」
戦車小隊と機械化歩兵小隊、そして機動部隊により混成された戦闘団は、即席編成ながら戦争でも始められる規模の戦力だ。何も知らない人間に見られたら、地理的にはモンゴルかロシアにでも攻め込むと思われるだろう。
…もっとも、この時代、他国に攻め入る余力のある国は、中国を含めて存在しないが。
「具体的どんな奴が復活したんですかね?」
「今の所は、『近隣の村の住人や遊牧民が何人か行方不明になった』位の情報しかない。それ以上調査しようにもここは広すぎるからな…、だから俺達みたいな重武装部隊を幾つか投入して、範囲を狭めながら目標を見つけるって寸法だが……この調子だと後何日かかるか…」
『全車停止ッ、その場で停止!』
その時、無線から機甲部隊指揮官の命令が響き、車列の行進が停まった。
すぐさま周囲の空気に緊張が走り、交代で仮眠を取っていたチャーリーチームの全員が飛び起きる。
先頭の96式戦車が砲塔を東に回搭させる。
『14時の方向、距離300。遊牧民のテント群を発見』
リーハンが赤外線画像装置で確認すると、モンゴル遊牧民のゲルと呼ばれる円形の移動式住居が4つ確認出来た。人の姿は確認出来ないが、この時間帯からして就寝していてもおかしくはない。
『'形点'から'山わろ'へ、接近して人がいるか確認しろ。接触した際は、カバーストーリー『国境警備隊』の手順に従え、オクレ』
『了解、チャーリーチームと共に向かう。オワリ』
92式が車列を離れテント群に向かう。速度はやや遅めで駆動音も小さくしたまま接近する。
ガスマスクを装着し、QBZ191型5.8mmアサルトライフルの安全装置を外し、暗視装置を起動した。距離50m地点で92式は停車、チャーリーチーム6名全員が降車する。
「警戒を怠るな、発泡許可は出ている。敵性存在は人間、非人間問わず射殺しろ」
分隊指揮官の李浩(リ・ハオ)一級軍士長の冷たい声音に、全員が静かに首肯する。
足音を立てずに接近し、距離30mまで近づく。
その時、チャーリー4のリーハンが異常に気づく。
「…なんだ?」
「どうした?チャーリー4」
「…ラクダが死んでる」
ラクダだけではない。遊牧民が家畜として連れている牛、馬、羊、ヤギが周囲に転がっている。暗視装置から見たこれらは全て体温が消失しており、暗い色のまま身動き一つしない。
検知器を持った仲間からウイルスや細菌の反応はないと言われるが、だからといって安心はとても出来ない。
警戒の色を強めながら、自然と銃把を握る手に力が入る。
呼吸を整え恐怖を思考から排除し、ゲルの前まで辿り着く。
出入り口の前でリーハンともう1人の仲間が構え、目配せをして互いに覚悟を決める。
ゲルの布を掴み、一気に広げる----------!
------瞬間、心臓のない死体がリーハンの視界に写る。
「これは…」
他のゲルも同様の有り様だった。老若男女関係なく全員が死んでいる。外傷も特に見られないが、衛生隊員のチャーリー3が心臓の喪失による死を確認した。
その時、チャーリーチーム全員の脳に、かつて1人のDクラスによって無力化された廃屋の扉を思い出す。
これはマズイ、これだけの死体があるなら、ヤツらが------!
刹那、夜空に轟音が轟く。
急いで92式まで一旦戻ると、機甲部隊主力が黒い群れに襲われていた。96式の125mm滑腔砲や機銃が火を吹くが、銀の弾丸のない彼らが太刀打ちできる道理はない。
鋼鉄の虎たちに、黒い人型の影が群がる。今までどこにいたのか、200体近い影の怪物の波が仲間を呑み込んでいく。車内から飛び出した機械化歩兵が次々と心臓を奪われ、影の怪物はハッチをこじ開け車内に侵入し、更なる心臓を求める。
仲間の悲鳴が砂漠に響く中、チャーリーチームには何も出来ない。ただ泣き叫ぶ仲間が次々と心臓を奪われていくのを見るしか…。
やがて、狩りを終えた影の群れはこちらに向かってくる。
恐慌に駆られた92式の搭乗要員が25mm機関砲を乱射するが、既に詰みだとチャーリーは悟る。銀の弾丸はこの場いる誰も装備していなかった。慌てて派遣され、専門の装備を用意されなかったのが仇となった。
------誘惑はあった。だが、人類の守護者として、財団の尖兵として、己の心臓を異常存在に使わせる訳にはいかなかった。
タクティカルベストを外し、腿のホルスターから拳銃を抜く。
チャーリーのメンバーが次々と自らの心臓を撃ち抜いていく中、リーハンも同じように銃口を胸部の心臓に照準し、自分の後に続く者に想いを託した。
誰かッ……誰かあの扉を閉めてくれ…!
再び開かれた『先のない扉」を…ッ!