Project Sekai SCP incident feat . 作:唯尊
長距離バスで数時間揺られ、目的地に辿り着く。
「さぁ着いたぞ!起きろお前らッ」
大声でが鳴る英牙に叩き起こされ、信孝が「ふげッ…?」と涎を垂らしながら目を覚まし、向一が「うぶッ…」と口元を押さえながら覚醒し、最後に悟が「オゲェェェッ!テメェ宮崎ッ、寝てる間に放屁しやがったろ!」と跳ね起きる。
座席の背もたれに頭を預けて寝ていた理雄も、目を擦りながらノソノソと起き上がる。
っていうか信孝の屁が臭すぎて死にそうだったので、嘔吐する前に車外へと降りる。
降車間際に運転手にお礼を言い、自動扉前のステップを踏む。
外気に触れた瞬間、懐かしい冷たさを肌が感じる。
標高がやや高いせいか、地上と比べて気温が低く、周囲には残雪がちらほら見られ、ここだけまだ浅春に見える。
内地からかなり離れてはいるが、ここも一応安全圏エリア内に位置する。場所としては茨城県の筑波山辺りに近い。
深く息を吸い込むと、冷たく清々とした空気が肺に入ってきて心地良い。
移動中、バスで寝ていた面子もこの肌寒さで眠気が消し飛び、軽く伸びをしたり上着を羽織ったりしている。
「よーし、全員荷物を持ったな?行くぞッ」
全員が忘れ物のない事を確認すると、英牙が軽やかな足取りで先行する。珍しく上機嫌で楽しそうな様子だった。
そう言えば英牙は、ハンティングが趣味だったと聞く。もしかしたら狩場となる山や、キャンプと言ったアウトドア系も好きなのかもしれない。
「元気だなぁ……おい…」
病み上がりだと言うのに、子供の様にはしゃぐ英牙を見て初雪が呆れた視線を向ける。
「当たり前だろ!向こうじゃずっと病院生活だったんだ。こんな傷とっくに完治してるよ」
ニカッと笑みを浮かべながら、軽く肩を回してみせる。少し前まで治療施設で突いていた杖はもはや不要となっており、力強い足取りで進む。
「ようやく退屈な時間から解放されたんだ。気分は最高だよ---------ホラ、お前らも体力は有り余ってるだろ?」
溌剌とした表情を向けてくるが、何人かは苦笑を返す。
「俺はまだこんなだから、少しソフトで行きたいな…」
車椅子状態の龍一郎は、後ろから悠間に押される形で続く。
比較的緩やかな傾斜の山道を登って行くと、停車していたバスが再び発車して去って行く。
スダジイやアカマツといった木々を眺めながら、軽いハイキングを楽しむジュリエットチーム。
山道はある程度整備されているおかげで、車椅子を押す悠間も楽そうだった。
10分程登ると、剥き出しの丸太が目立つ建物が見えて来た。
2階建てで、山荘というよりは大きめの山小屋に近い。
「ここが…」
初めてこの地に足を踏み入れた向一が感慨深げに山荘を見上げる。
「あぁ、俺達の我が家------『ジュリエットハウス』だ。終戦後に多少改築したけど、それでも20年近く経ってるから、やっぱりちょっとボロいな…」
理雄がその隣で苦笑する。
偶に外部の業者を呼んで修繕や点検を任せているが、ここ数ヶ月放ったらかしが続いたので、壁や屋根には汚れがだいぶ目立つ。主に鳥や小動物の糞尿だ。
「ただいま〜!!我らが愛しのジュリエットハウスよ!」
鍵を回して扉を開け放ち、敢えて大声で歓喜の旨を叫ぶ英牙だが、返ってきたのは虚しい静寂と、積もりに積もった埃とカビの臭いだった。
「うへぇ……こりゃ暫く掃除をサボってたツケだな…」
悟が顔を顰め、他の皆んなもゾロゾロと入っていく。山荘内には粗末ながら寝床が用意され、テーブルやソファ、テレビ等が置かれているのだが…。
「うわッ、テレビのコード切れてるッ。鼠の仕業だなチクショウ…」
龍一郎が恨みがましく呟く。
「俺の映画コレクションも全滅か…」
持ち込んだDVDパッケージも鼠に齧られズタズタにされ、信孝が嘆息する。
「取り敢えず、先ずは掃除からだな-----------よし、俺と初雪で庭を掃除、ユウと悟はリビング、信孝とコウは水周り、理雄は寝床、リューはキッチンで皿洗いを頼む」
英牙の指示に従い、全員が速やかに行動に移った。
*
ジュリエットハウスの掃除を始めて30分------。
庭の掃除が終わりに近付いた頃、不意に初雪が口を開く。
「これが終わったら"ツリー"に挨拶か?」
竹箒で周辺を掃いていた英牙が動きを止める。
「あぁ、それが済んだら解散して、後は各自で自由行動だ。お前は何か予定あるか?」
「神奈川の家に帰るよ。真綾が待ってるからな------------お前はどうするんだ?
初雪が間を空けると、慎重に尋ねる。
「ん…………まぁ、そうだな……もしかしたら行くかもな…」
目線を逸らし、歯切れ悪く答える。その反応を見て、初雪は沈黙する。
「…お前が妻と別居してるのは知ってる。まぁ、アイツらは知らないだろうが…」
そう言って、初雪は屋内で清掃に励んでいる他の6人に視線を向ける。丁度テーブルを拭く悠間の姿が窓越しから見えた。
「…まだ、ギクシャクしてるのか?」
デリケートな話題故に、こういう時でもない限り切り出せなかった。しかし、やはり英牙は話したくないのか、顔に険しい表情を浮かべている。
「別に………ただ、俺が居るとアイツはストレスを感じるからな」
目線を逸らしたまま、そんな事を言う。
「…本気でそう思うのか?」
「あぁ」
「違うだろ。俺に嘘はよせ」
「違う?何がだ?どれがだ?」
「ストレスを感じるのは彼女じゃなくて、
瞬間、英牙の鋭い瞳に剣呑な光が宿る。
「……初雪、幾ら付き合いの長いお前でも、俺のプライベートに突っ込む権利はないぞ」
ギロリと凄まれ、ピリピリと緊張した空気が広がるが、初雪は意に介した様子もなく話を続ける。
「権利はないが、理由ならある。お前は精神的にキツい時、他人を締め出して孤立する傾向がある。それも自分の妻にすら壁を作るレベルだ。ハッキリ言って危ういぞ。お前」
「……………」
「お前がどんな私生活を送ろうとお前の勝手だ。だが、そうやって辛そうな顔をする仲間を、放っておくと思うか?普段から『孤立するな』、『仲間を見捨てるな』って言ってるだろ、お前は」
英牙は苦虫を噛み潰した様な顔になる。
「……俺はいつだって平気だ。アイツも……弥生も普段は平気だ。だが俺が近くに居る事によって、余計な心配を掛けたくないだけだ」
あくまで問題ないと主張する英牙に対し、初雪は目を瞑り、小さく溜息を吐く。この男が頑固なのは昔からだが、ここまで来ると呆れてしまう。
「まぁ……こんな事言ってもお前ならそう言うだろうな…」
「あぁそうさ。分かってくれて嬉しいよ」
「心配を掛けたくないなら、尚更顔を見せるべきだろ」
「…ッ」
ぐうの音も出ない正論に、英牙が言葉に詰まる。
「お前が自分自身を許せない気持ちは分かる。だが、『弥生の為』と言って逃げるのはやめろ。本気で妻を想ってるなら、離れるんじゃなくて、近くで支えてやれ」
「……………」
「向き合うのが怖いか?拒絶されるかもしれないと」
ギリッ……と英牙が奥歯を噛み締める。
「……俺は弥生に、辛い思いをさせ過ぎたッ。そうなって当然だ」
「だとしても、それは彼女が決める事だ。俺の場合と違って、そっちは話したくても話せない事の方が多いだろうが、悟やユウの様に上手くやる事も出来る筈だ。それとも------やる前に諦める気か?」
「………………」
敢えて挑発する様な口調で言うと、英牙はそれきり黙り込んでしまう。
だがやがて、何か思案する様な素振りを見せると、決意を固めたのか、小さく------一言だけ呟く。
「俺は………逃げも諦めもしない」
それを聞いて、初雪は僅かばかり安堵した様子を見せる。
「それでこそお前だ------まぁ、心配するな。どんな結果になっても、俺達がついてる。いつだってお前の味方だ」
「……あぁ」
互いに軽く拳を合わせてグータッチを交わす。
その後、初雪は壁の汚れを綺麗に消し去り、荒れ放題だった庭はなんとか見れる状態になった。
同時に、理雄達も家の中から出てくる。
「コッチはピカピカになりましたよ」
「おう。お疲れ---------じゃ、行くか」
短く労いの言葉を済ませると、ハウスから少し移動する------。
歩いて数分と経たずに、巨大な幹と無数の太い枝が生えたスダジイの元に辿り着く。
周りの木々と比べて、一層巨大な大樹だった。
「あの……コレは?」
向一が英牙に聞く。
「ジュリエットの歴代メンバーの名前が刻んである木だ。ホラ、見てみろ」
英牙が幹の辺りを指すと、確かに刃物で人物名が刻んであった。
「俺達はコレを『ジュリエットツリー』と呼んでいる。ここに書かれているのは全員戦死者であり、過去50年の間、財団と人類を守って来た英霊達だ」
悠間が補足説明を挟むと、向一は厳粛な面持ちで幹を見る。
ふと、同じ様に幹に触れていた理雄がある名前を見つける。
「『
その名前に、理雄は聞き覚えがあった。
「先代のジュリエットチームのリーダー……ですよね?」
英牙の方を見ると、静かに頷かれる。
「そうだ、俺がジュリエットのナンバー2だった頃の上官だ。8年前、お前がサーキックに家を焼かれた時、突入した俺達を指揮していたのも雪平だ」
「ナンバー2と言っても、当時のお前は
初雪が余計な茶々を入れ、英牙が「お前も同じルーキーだったろ」と返すと、軽く肩を竦めた。
「まぁ、当時のジュリエットは再編成されたばかりで、雪平以外の隊員は俺を含め全員が新入りだったからな……雪平自身も6年前の2039年に戦死している…」
「死んだ時は悲しいというより、悔しかったよな……本当に惜しい人を亡くしたよ。偉大なリーダーだった」
「あぁ、違いない」
そう言って英牙と初雪は互いの拳を突き合わせた。
「…一度、ちゃんとお礼を言いたかったです」
理雄は豹馬の顔を写真でしか見た事がない。眼光が鋭く、厳つい髭面の大男だ。英牙が自らの師と言うだけあって、雰囲気がそっくりだった。
「まぁ、先代のジュリエットメンバーで生き残っているのは、俺と初雪だけだからな…」
英牙が残念そうに呟くと、初雪が眉を顰める。
「何言ってんだ。ゼノがいるだろ?」
初雪の指摘に、英牙が固まる。
「……誰だって?」
「
「---------そういや、そうだったか……」
どうやら完全に忘れていたらしい。その反応を見て初雪が呆れる。
「おいおい……戦場で足を失ったアイツをお前が助けたんだろうが、除隊した後もリハビリをクリアして、今もデスクワークに就きながら財団にいるぞ?」
「………あぁ、勿論覚えてるぞ」
なんとも説得力のない受け答えである。初雪が怪訝そうな表情になるが、英牙はそのまま話を切り上げる。
「ともかく、俺達はこうして別世界の戦場を生き延びた。今日はその事をコイツらに伝えに来たんだ」
強引に話題を戻す。英牙の様子の変化に全員が疑念を覚えるが、仮にも上官相手に不躾なマネは出来ず、これ以上追求する者はいなかった。
彼に敵視されれば、チームから排除されるリスクがあったからだ。
不意に、刻まれた英霊の名を見ながら理雄が独りごちる。
「------彼らがこの場にいたら、なんて言うでしょうね。アルギュロスのいない平和な世界で、SCIPだけと戦う日々があったなんて…」
「そりゃ----------」
「Isn't it the same as usual? At least in the case of Yukihira, I'll spit out the gum with a grumpy face《いつもと変わらないんじゃないか?少なくとも雪平の場合、不機嫌面のままガムを吐き捨てるぜ》」
英牙が何が言おうと口を開きかけた時、横から言葉を攫われる。それも聞き覚えのあるアメリカ英語だった。
英牙は「ハァ…」と溜息を吐くと、うんざりした様子で声の主に振り向く。
「
英牙の視線の先には、体格の良い20代後半の白人男性が仁王立ちしていた。
白人と言っても、純粋な欧米人と異なり、黒髪黒目でアジア系に似た平面的な顔付きをしており、肌は赤く焼けている様に見えた。
フィフティ・アーサー。アメリカを拠点に活動する機動部隊、シータ25A------通称
因みに、『フィフティ・アーサー』というのはいつの間にか彼に付けられていたニックネームであり、本名は誰にも知られていない。
イタリア人とインディアンの
「
英牙は露骨なまでに嫌そうな顔でフィフティを見る。
「
図々しい態度でツリーの傍まで来ると、改めてメンバーの顔を見回す。
「The upper-level people are pathologically nervous. Even though it's the same foundation, I'm worried about whether there's a problem with your ideology and loyalty that came into contact with an abnormal organization in another world.《上層部の連中は病質的なくらい神経質なんだよ。同じ財団とはいえ、異世界の異常組織と接触したお前らの思想と忠誠心に問題がないか不安なんだとよ。》
それを聞いて、英牙は再び盛大な溜息を吐く。疑り深い財団らしい理由ではある。仮にもあの世界で同質の組織に身を委ねていたのだ。妙な影響を受けたり、変な事を吹き込まれていないか心配で仕方がないのだろう。
「So? Were you sent here as a watchman?《それで?見張り役としてお前が送られて来た訳か?》」
フィフティは愉快そうに頷く。
「Now I can travel to Japan on the grounds of your surveillance. I can't help but look forward to it《これでお前らの監視を理由に日本旅行が出来る。楽しみで仕方ないぜ》」
「It's the right decision to choose you from among the alphas. You're the only one who doesn't have a problem even if you get out.《アルファの中からお前を選んだのは正解だな。抜けても問題ない奴なんてお前しかいない。》」
「Hahaha, that's right. In an emergency, I'm the only one in the world who can manage you perverted groups. Thank you.《ハハハ、その通りだ。いざという時お前ら変態集団をどうにか出来るのは、世界で俺一人だけだからな。感謝しろ。》」
直球な嫌味に対しても全く動じる様子がない。『変態集団』と言われて英牙が嫌な顔をする。
この男は兎に角おしゃべりで減らず口が多い。故に部隊内は勿論、大半の同僚から嫌われている。
「By the way, you said Yukihira would be the same as usual, right?《それより、雪平ならいつも通りって言ったな?》」
「
「I'm sure he'll say, "It's better than our world as much as we can see peaceful daily life."《あいつならきっと、『平和な日常が見れる分だけ、俺達の世界よりマシだ』って言うぞ》」
少なくともあの世界には、アルギュロスがいないのだ。自分達が世界の暗部で死闘を繰り広げる間、一歌達が暮らす光の当たる日常が脅かされる事はない。それだけで自分達は救われる。守るべき平和が、確かに其処にあるのだから。
「
フィフティは妙な含みのある言い方をする。
「…
「No matter what the surface society is like, it has nothing to do with us. Whether in peacetime or in wartime, what we deal with is always a Satan-class monster. At least for those who died because of it, I don't think it's important whether peace is maintained or not.《表社会がどうなっていようが、俺達には関係ないだろ。平時だろうが戦時下だろうが、俺達が相手にするのはいつだってサタン級の怪物だ。少なくともそれで死んだ連中にとっちゃ、平穏が維持されているかなんて心底どうでもいいに決まってる」
「………………」
吐き捨てるような口調に、全員が閉口する。
「Or should I tell the people who are engraved there? It was worth dying for peace.《それとも、そこに刻んである連中に言うか?『平和の為に死んだ甲斐があったぞ』って》」
「…
英牙が低く呟くが、彼の口は止まる所を知らなかった。
「
その名前が出た瞬間、英牙の表情が凍りつく。
「------
「
すかさず初雪が間に割って入る。フィフティが盛大に地雷を踏んだせいで、一気に一触即発の危険な雰囲気が漂う。
「もういいだろ。今日はこれで解散だ」
これ以上事態が悪化しない様、初雪は全員に呼びかける。
「お前らも落ち着け。ケンカして貴重な休暇を潰す気か?」
「「……………」」
互いに睨み合い、火花を散らす二人。
初雪に諭されながら、その場は静かに解散となった---------。
*
ジュリエットツリーでの物々しい出来事を終え、理雄は渋谷へと来ていた。フィフティと他のメンバーはそれぞれが望む場所へと向かうべく、ツリーの前で別れた。
現在、この世界の自宅がこの地域にある。
そこを目指して、歩を進めながら渋谷の街並みを眺める。
世界的に有名な『スクランブル交差点』と、そこを中心に設置された巨大スクリーンの数々。『SHIBUYA SKY』と呼ばれる渋谷スクランブルスクエア(地上47階建て)の最上部に位置する、地上約230mの日本最大級の屋上展望空間。『MIYASHITA PARK』、『渋谷ヒカリエ』といった最先端の商業施設など、若者文化の「センター街」から「奥渋」エリアの落ち着いたカフェまで、やはり一歌達の世界で見たシブヤと殆ど変わりがない様に見える。
しかし、渋谷駅のハチ公口改札前広場に来ると、この世界との明らかな違いが窺えた。
向こうと違い、目の前の『ハチ公像』は損壊が酷く、首の辺りが無くなっていた。戦時中の戦闘による傷だ。
像の周りは落書きが散りばめられており、昔と違ってゴミこそ散乱していなかったが、観光客が押し寄せていた戦前と比べて、人の集まりは殆どなく、破損した箇所が修復される気配は感じられなかった。
道ゆく人々はかつての忠犬の生き様の碑に目もくれない。もはや完全に過去の遺物と化していた。
アルギュロスという鋼鉄使徒に日々を脅かされ、明日を生きる事に必死な彼らは、過去に想いを馳せる余裕がないのだ。
こういった歴史ある物に限らず、人間が持つ想いをカタチにした創造物は、次々と忘れ去られている。
ふと、近くにあった中古品売買店のショーケースが目に入る。
中を覗いてみると、初雪ミクのフィギュアが置かれていた。ここの店長の手による物か、直筆で丁寧に『超貴重!初音ミク1/12スケール』とメモが添えられていた。
こういうのは最近滅多に見ない。
戦後の混乱期、経済の低迷と人口の激減、エネルギーや食糧、物資の不足により、凡ゆる法人組織が大打撃を受けた結果、多くの企業が撤退・解散に追い込まれた。
初音ミクも例外ではない。開発・運営企業は勿論のこと、幅広いメディアミックスに関わっていた組織の大半が壊滅し、ボカロ文化を支えていたクリエイター達も戦火により大半が死んだか行方不明となっている。
これらは立て直そうにも、中核を担っていた人材が軒並み生命を落としている上、そもそもの知名度が絶望的に低いのだ。
かつて『電子の歌姫』と呼ばれ、21世紀の音楽シーンに革命をもたらした初音ミクも、戦後生まれの10代だけじゃなく、20代といった若い世代の80%以上が彼女やボーカロイドの存在を知らない。全盛期の輝きを知ってる人物は今となっては絶滅危惧種となっている。
かくいう自分も小学生の頃、動画サイトに残っていたミクのミュージックビデオを莉梨歌に見せて貰ったのが、存在を知るきっかけだった。
2045年現在、ボカロやミク達バーチャルシンガーは、『過去にIT技術が生み出した新たな文化の象徴的存在』としか認知されていない。
-----------一歌が知ったら、ショックで卒倒するだろうな……。
この世界に来たら、間違いなく店舗の手前で絶望に明け暮れるだろう少女を思い出す。
ふと、もし彼女達がこの世界で生を受け、幼馴染や友人達と出会えば、どうなっていたのだろうか、と考えてしまう。
おそらく、すれ違いを乗り越えたり、夢に向かって再び一念発起したとしても、その後はどうなるのだろうか?
……もしかしたら、自分の預かり知らぬ所で、理不尽に朽ち果てるかもしれない。
自分の様な人間が守れるのは、世界の裏側------闇から魔の手を伸ばす脅威からだけだ。
この世の表を蹂躙する圧倒的な敵までは、どうにもならない。
アルギュロス襲来により、消耗を強いられた財団は戦前の頃と比べて弱体化している。既にSCPの収容だけでも限界が来ているのだ。収容が非常に困難な『Keter』クラスや、実質収容不可能の『Apollyon』クラスだって莫大な数を抱えているにも拘らず、未だ打開策は見つかっていない。
SCPの収容違反による破滅か、アルギュロスによる殲滅か、或いは人間同士の殺し合いで終焉を迎えるか----------。
もはや時間の問題でしかない。
今はただ、この世界に一歌達が居なくてよかったと、心の底から思っている。
この世界で自分は一度、全てを失っている。
二度目なんて、罷り間違っても御免だ。
そうなれば今度こそ、自分は耐えられない------------。
今回のお話の意味が分からなかった方は、是非!『ヴァンガード・ザ・ウロヴォロス【再誕の先駆者】』をご覧ください!
私が投稿しているオリジナル作品であり、本作と一部世界観を共有しています。