Project Sekai SCP incident feat .   作:唯尊

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 これは---------理雄たちが帰ってる間に起きた、非常に平和的かつ和やかな日常の一幕である。


番外編 ロメオチームの拉麺屋

 

 ○○世界、西暦2020年5月------。

 

 こういうのも、平和だからこそ見られるんだろうか……。

 

 ロメオチームの精鋭、スカーライル・T・E・アンダースこと、スカーは眼前に広がる光景に溜息を漏らしてしまう。

 

 飲食店チェーンでよく見られるカウンター席やテーブル席に、男女合わせて13人の人間が、目の前に並べられたラーメン鉢に顔面を突っ伏していた。

 

「「「「……………………」」」」

 

彼等は屍の如く、さっきからピクリとも動かない。まぁ当然だろうな、とスカーは再び嘆息しながら隣の人物に視線をやる。

 

 自分と同じ黒のポロシャツの上には、厳つい髑髏(スカル)を中心に暴力的で残忍な色彩が目立つイラスト(ロメオチームの部隊章に用いられている)がデカデカとプリントされた黒いエプロンを着用しており、頭部には同色のバンダナが巻かれていた。

 

 煌々と光る暗黒銀の白髪を撫でながら、アポストレーチェ・ドミトリェスクことアーチェは、目の前に死屍累々と転がる犠牲者達を見下ろしながら、黒い愉悦を口元に浮かべている。まさに彼の祖国・ルーマニアで語り継がれるドラキュラのそれである。事情を知らない人間が見たら、ラーメン店主に化けたヴァンパイアに客が襲われた--------みたいな構図に映るかもしれない。

 

Um... It was too spicy...(あの…辛くし過ぎたんじゃ…)

 

 スウェーデン訛りのある英語で遠慮気味に申し出ると、「フン…」と鼻を鳴らしながら冷笑される。

 

The guys who are crushed by (甘口なんかで潰れる)sweetness are sloty(コイツらがだらしないんだ)

 

 にべもない回答にスカーは肩を落とす。

 

 一体どうしてこうなった……と、スカーは数十分前の出来事を思い出す。

 

 ついでに、どうして自分達がラーメン屋で働いているのかも、回想する事にする。

 

 

 

 ジュリエットチームが一時帰還し、自分たちシータ25R------通称『ロメオ』チームが『第4次O/D作戦』にてジュリエットチームとの交代を任されてから今日で丁度一週間となる。

 

 ジュリエットが復帰した後も、暫くはこの世界で活動する事が決まり、ロメオの各メンバーにはそれぞれ『表社会での偽装身分(カバーストーリー)』が用意された。

 

 流布された欺瞞情報の確実性を維持すべく、財団は巨額の費用を投じ、高度に政治的かつ重要な施設を建造した。そう……それは全て、自分達の活動が世に知れ渡るという事態を阻止する為である。

 

 120時間、不眠不休の重労働……全ての作業員をDクラス(捨て駒の皆様)で組んだフルタイムシフト……手抜き千万の突貫工事……

 

Dクラス1『た、頼む。水をくれ…』

 

警備担当者『手を止めたら狙撃手がお前を撃つぞ』

 

Dクラス2『もう限界だッ、ふざけんじゃねぇぞ!財団の犬が------ぐぇッ(脳漿が飛び散る)』

 

 人権団体が怒り狂って発狂し、労働組合が絶望のあまり卒倒し、北の将軍様がドン引きした挙句、失禁するレベルの強悪非道っぷりにより、驚く程短期間で工事は終了した。

 

 数多のDクラス職員達の犠牲があり、法も倫理もガン無視した血生臭い背景を持ちながら、屍の上で遂に完成を果たした施設の名は------!

 

 

 

 

 

 

 

拉麵露雌尾(ラーメンろめお)------ッ!!

 

 

 

「………幾つか質問あるんだが、聞いていいか?」

 

 そんなこんなでお披露目されたラーメン店を前に、スカーは隣の熊男、ゲオルギーに尋ねる。

 

「なんだ?」

 

「店の名前を考えたのは誰だ?」

 

「俺だな」

 

「店の看板にウチの部隊章のイラストを使ったのは?」

 

「……俺だな」

 

「もう一つだけ聞いていいかな………周りから『趣味が悪い』ってよく言われないか?」

 

「お前みたいな勘のいいガキは嫌いだよ」

 

 実の娘とペットの犬を合成獣にしそうな目で睨まれた。

 

 スカーは重く、そして深く嘆息する。店の名前や外装だけでなく、ユニフォームのエプロンにまで同様のデザインが採用されていたのは特に酷かった。

 

 ウクライナやアフリカで殺戮の嵐を引き起こした民間軍事会社・ワグネルのロゴマークそっくりな--------おおよそ健全な飲食店に相応しからぬ『殺意と暴力性』に満ちた外観のラーメン屋なんて、一体誰が近寄りたがるというのか…。

 

 財団からは、自分達がしがないラーメン屋の従業員として世間に認識されるように、しっかりと集客して利益を出し、8人で切り盛りしていけと言われているが、コレでは根本的な部分から経営に問題がある。ありまくる。

 

 これからの先々に暗澹たる気持ちを抱きながら、取り敢えず準備を整えて開店する。接客は自分とボリス、厨房はアーチェとベク、ゲオルギーとサーシャは買い出しに向かい、テンギスは会計、クノールは清掃を担当していた。

 

 さて、やれる事は全てやった。あとは本当に客が来るかどうか見ものだが------------。

 

 ややもせず、店の自動扉が開かれる音がする。

 

「すみませ〜ん!4名でテーブル席お願いしまーすッ」

 

バカみたいに明るい少女の声が聞こえて振り向く。意外と早い来客に正直驚いた。自分で言うのもなんだが、大都会のシブヤになら美味い料理にありつける店なんて幾らでもある。だというのに、外からでも余裕で危険臭を漂わせるこの店をわざわざ選ぶとは、よほどの恐れ知らずか、でなければただの阿呆だろう。

 

「イラっしゃいマセー!」

 

 愛想よく接客スマイルを作り、外国語訛りが目立つ日本語で日本式の歓迎を行うと、入店してきた4人の少女は此方を見るや否や、揃いも揃って驚いた表情をする。無理もない。シブヤでは観光客を含め外国人なんて珍しくもないが、金髪碧眼の白人で196cmという滅多に見ない長身、そこに筋肉の鎧を纏った大男なんて、大の男でも圧倒される程の容貌である。

 

「ね、ねぇ……本当にこのお店にするの?志歩ちゃん…」

 

「だ、大丈夫。このお店、多分相当なこだわりがあると思うから」

 

 見れば店内の入り口近くで、ミルクティーピンクに近い色の髪を右側でサイドテールにした少女が、隣に並ぶやや鋭い目付きが印象的な銀髪翠眼の少女と、小声でヒソヒソ話し合っている。なんだか二人とも不安そうだった。

 

 店内で彼女らを迎える従業員達は、右を見ても左を見ても、目付きが異様に鋭く筋骨隆々とした野獣のような男どもばかり………どう考えても、彼女達くらいの若い年齢層にウケる雰囲気ではない。特に女性客からは敬遠されるタイプの店だろう。

 

「ま…まぁ、志歩が言うんだから、ラーメンの味に関しては大丈夫……だと思う…」

 

二人の背後から顔を出した黒髪ロングの少女が、微妙に頼りないフォローを入れる。地元の学生なのか、彼女達は薄いグレーを基調としたセーラー服を着ており、そこでスカーはおやと気付く。どこか見覚えのある制服だと思えば、理雄が勤めている宮益坂女子学園のものだった。もしや彼の教え子だろうか。

 

「ホラホラ!そんなトコにいないで、早く席につこうよッ」

 

警戒心MAXの3人を先導するかのように、一人の少女が前に進み出てくる。毛先にかけてピンクのグラデーションがかった金髪をツインテールに纏めており、快活な笑顔と言動から彼女の性格の明るさが窺い知れる。

 

「コチラへどうゾー」

 

「は〜い!」

 

スカーの案内にルンルン♪とした調子でついて行く少女------天馬咲希の後から、一歌、志歩、穂波が続く。

 

「ごゆっくリどうぞ〜」

 

テーブル席に4人を案内し終えると、お盆に載せたお冷を差し出してその場を離れる。

 

「…あの金髪のお兄さん、すごいおっきいね〜」

 

「うん、雰囲気は少し怖いけど……優しい感じがする」

 

「雰囲気って言えば、理雄先生と似てたかも」

 

「外国人かな?筋肉のつき方とかすごいもんね、スポーツ選手みたい」

 

 背後からの声を軽く聞き流しながら、厨房に戻る。

 

「今の所は順調だな」

 

湯気が立ち込める鍋を前に、麺を茹でていたアーチェがそんな事を呟く。

 

「………妙な気分です」

 

「…何がだ?」

 

半ば無意識に口にしてしまったらしく、気付いた時にはアーチェがこちらを見つめていた。既に出した言葉を飲み込める状況ではなく、諦めて全てを吐き出す。

 

「ホラ……アルギュロス戦争以降、俺たちの世界じゃ平和なんてごく限定的かつ不安定なものじゃないですか。少なくとも俺の祖国(スウェーデン)じゃあんな風に安心して外で食事するなんて、まず考えられません…」

 

英語で会話しているので、日本人の客達には話の内容を理解される事はない。

 

「そういえば、スウェーデンは戦後も、何度かアルギュロスに滅ぼされかけてたな……ストックホルムで市民が大量死しかけた事もあったか…」

 

「『クサリ蛇事件』ですか?まぁ、その前の『第2次スヴェアランド会戦』のせいで、街に必要以上に出かける人間はいなくなりましたよ」

 

スカーの記憶にある故郷の景色は、戦前の頃と大して変わらない殺伐とした空気で満たされていた。メインストリートを歩く人間は皆、希望のない毎日に対しひどく疲れた顔をしており、外食の為レストランに訪れる者は殆どいない。アルギュロスの恐怖が人々の生活から活気を奪ったのだ。

 

「だから今の彼女達を見ていると感じるんです。これが平和なのかって……戦前の頃、俺達の世界にも確かにあった穏やかな時間が、目の前に広がる光景なのかなって…」

 

「……でも?」

 

続きを促してくる。

 

「開戦当時、俺はまだ4歳でした。その前の平和な時間なんて、殆ど覚えてません。だから……こういう馴染みのない状況に、少し戸惑ってるのかもしれません」

 

彼らが何気なく享受している平穏な日常は、アルギュロス戦争経験者からしてみれば、ひどく不慣れなものだった。無論、国家によって情勢は異なるし、復興の度合いもそれぞれだが、スウェーデンの様に終戦後も社会が戦時下から抜け出せていない国だってある。

 

 だからこそ、シブヤ(ここ)で体験する全てが、スカーには新鮮に映ると同時に、どこか気の緩んだ空気にひどく違和感を覚えるのだ。

 

 自分が生まれてからの生活と、あまりにも違いすぎて…。

 

「一見、時代以外は俺達の世界と何ら変わらないと思っていましたが、こうして暮らしてみると、本当に別世界なんだなって思い知らされます……。ここは、俺達のセカイとは根本的に異なる」

 

「果たしてそうかな」

 

そこまで言って、アーチェが口を挟む。

 

「確かにこの世界にアルギュロスはいない。ここがどういった存在なのかは分からないが、俺達の世界と同じ末路を辿らないとは限らないだろ」

 

不意にスカーは押し黙る。

 

「…この世界にもアルギュロスが来る……と?」

 

「有り得なくはないだろ。仮にあの傀儡どもが現れるとしたら、時代から考えて5年後だ。もし襲来がなかったとしても、アノマリーの脅威は残る。忘れたか?今こうして見ている平和は、あくまで表面的な一部分にすぎない。それをかろうじて維持しているのが、俺達財団なんだぞ」

 

「……………」

 

「ホラ、注文決まったらしいぞ。早く行け」

 

振り返ると、メニューを手にした先程の金髪少女が呼び出しベルを鳴らしていた。テーブルまで向かうと、手帳サイズのクリップボードに留められたオーダーシートにペンを添える。

 

「ゴ注文承りまス」

 

「あの〜……少し聞きたいんですけど…」

 

何やら困惑した様子で咲希がメニュー表を見せてくる。

 

「どうしてここのメニュー……全部激辛ラーメンばっかりなんですか?」

 

 泣きそうな顔で開かれたメニュー表には、煉獄のような灼熱色に染まったスープに満ちたラーメンがずらりと並んでいた。見ているだけで此方の喉がヒリヒリと焼ける様な感覚を覚える。

 

「エーと……この『麻婆拉麺・惨憺と死苦の二重責め』が一番辛くないですよ…」

 

((((絶っっっっっ対嘘だ!!!!))))

 

明後日の方向を見ながら答えるスカーに対し、四人は不安を通り越して絶望の淵に立たされる。

 

 しかし、今更店を立ち去れる雰囲気ではない。っていうか厨房にいる吸血鬼みたいな白人男性から物凄い形相で睨まれていて、怖くて身動き出来なかった。不思議と、この場から逃げようものなら背後から一瞬で心臓を抉り取られると確信してしまう。そう思わせるだけの、名状しがたい次元の殺意をあの男は放っていた。

 

「えっと、じゃあ……4人前で…」

 

「トッピングやライスはツけますか?」

 

「結構です…」

 

「カシコまりましタ」

 

 注文を聞き終え、厨房に戻るスカー。チラと背後を見ると、4人の少女は死刑台に上がる前の囚人みたいな顔していた。まるで凡ゆる希望を根こそぎ奪われたかのように、目から光が失われていた。

 

「『麻婆拉麺・惨憺と死苦の二重責め』を4人前」

 

「了解だ」

 

珍しくイキイキとした様子で調理を始めるアーチェを見て、スカーはふと疑問に思った事を聞いてみる。

 

「あの……なんで辛いラーメンしかないんですか?」

 

各種メニューのレシピを考案した張本人に問うてみると、アーチェは二ヒルな笑みを浮かべる。

 

「美味い飯を作った結果、辛くなってしまうだけだ」

 

「……辛くしないという選択肢は------」

 

「ない」

 

「いやしかし…」

 

「無理、出来ない、不可能だ」

 

「……………」

  取り付く島もなかった。

 

「覚えておけスカー。飯を美味くするには……辛さが生命だ」

 

 そんなやり取りをしてる内に、ラーメンが完成した。マグマを彷彿とさせる紅いスープは血の色にしか見えず、唐辛子の匂いが鼻を突き刺してくる。麻婆拉麺というが、器を満たしてるのは麺よりも麻婆の方が明らかに多い。

 

「本気でコレ食わせるんですかッ?」

 

 それも女子高生にッ?

 

「当たり前だろ。早く持っていけ」

 

シッシと掌を振られ、渋々とお盆に載せた激辛麻婆を持っていく。

 

「お、お待たセしまシタ〜…」

 

テーブルに麻婆が並べられ、ラーメン鉢に浮かぶ阿鼻地獄を覗き込んだ瞬間、絶望に染まり切った少女達が天を仰いだ。己の不幸な運命を呪ったのだろう。もはや選択肢などない、どんな困難があろうと、彼女達はこれを食すしかないのだ。

 

「フ、フフフフフフフフフ…」

 

咲希が虚な瞳でゆらりと立ち上がる。空虚な笑い声が店内に響く中、コップを手にし、顔に歪な笑みを貼り付けると、叫んだ。

 

「それでは、合唱祭の終了&成功を祝して------カンパーーイ!!」

 

「「「かんぱーーーい!!!」」」

 

 まるで亡者の宴だった。この世に一切の救いも奇跡もないと知ると、人間の精神はあんな感じで崩壊するらしい。

 

 彼女達は焦点の合わない目で麺を口にする。刹那、糸の切れた人形のように全身から力が抜け意識を消失。そのまま目の前の鉢に顔を沈め、惨憺と死苦のスープに溺れた。

 

「ちょッ、大丈夫なんですかアレ!?」

 

 慌てるスカーを尻目に、アーチェは冷たく一笑する。

 

「この程度の辛さで潰れるとは………まったく、哀れな程軟弱なガキどもだ…」

 

クックックッ……と哀れみなんて微塵も感じさせない冷酷な笑みを浮かべていた。

 

 最初の犠牲者・Leo/needが斃れてから30分後------。

 

「待ってみのり!どう考えてもこの店はヤバいわよッ」

 

「だ、大丈夫!さっきは失敗しちゃったから、今度はよりインパクトのある食レポをしたいの!ここならきっと……あ、すみません!ここって撮影OKですか?」

 

「構いませんが、他のお客サマのゴメイワクにならないよう……オヤ、貴方は…」

 

見覚えがあると思えば、少し前に会ったサモエドの飼い主の子だ。

 

「あ!この前サモちゃんと遊んでくれた------」

 

「スカーライル・T・E・アンダースでス。スカーとオ呼びクださイ」

 

 そういえば自己紹介を失念していた。

 

「花里みのりです!好きなものはサーモンで趣味は振りコピですッ」

 

みのりと名乗った茶髪灰眼の少女は、最近結成されたアイドルユニットのメンバーの一人らしく、後から入ってきた3人はその仲間だった。

 

「桐谷遥です。元は『ASRUN』に所属してましたが、今は『MORE MORE JUMP!』で活動を再開しています。応援してくれると嬉しいです」

 

全身からアイドルのカリスマ性がキラキラと溢れ出す少女を前に、スカーは眩しくて目を瞑る。それに当てられたのか、隣にいたみのりが「はぅぅぅッ…!」と変な声を上げながら昇天しそうになっていた。それをピンク髪の少女が「ホラ、早く戻ってきなさい」と肩を揺さぶる。

 

「なんか……思ったよりもマトモな店なのかしら…?」

 

「シーッ、ダメよ愛莉ちゃん。あの怖そうな店主さんが睨んでるわ」

 

はっと口元を抑えると、アーチェが人でも殺しそうな目で此方を睨んでいた。普段から肝の据わった愛莉でも、内臓を掻き回されるような悪寒と恐怖を感じる視線に身震いした。

 

「あ、あのッ、わたし達、アイドル活動の配信で食レポしたいんですけど………」

 

チラリとテーブル席で項垂れている一歌達に目が向いた。

 

「……一番無難なメニューでお願いします」

 

「分かりまシタ」

 

 15分後、『Leo/need』をノックアウトさせた麻婆がみのり達の元に到着。

 

 その『凄惨』の一言に尽きる威容を前に、4人が息を呑んだ。

 

「じゃ、じゃあ………いくわよ?」

 

愛莉が他の面子に視線を送り、皆の覚悟を確かめる。レンゲで掬った麻婆が灼熱の猛りを上げながら、こちらを嘲笑っていた。

 

「う………ええい!ままよッ」

 

 愛莉の掛け声を皮切りに、全員が麻婆を口に放り込んだ。

 

 直後、口腔が焼ける様な感覚とともに、辛味という名を模した激痛が脳を通じて全身を蹂躙、全味覚と全神経に対する暴虐の限りを尽くされた後、少女達はあっけなく意識を手放し、顔面を鉢の中に突っ込んだ。

 

 『MORE MORE JUMP!』------------全滅。

 

「クク…クックックッ……アーーハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」

 

突如、犠牲者が増えた事を喜ぶかの様に、アーチェがゲテゲテと嗤い出した。この人は畜生の胎からでも産まれたのだろうか。

 

 すまない、これも売上の為なんだ…!とスカーは心の中でみのり達に詫びた。

 

 

 その後も、惨劇は続いた---------。

 

「ねぇミオ……私が辛い物嫌いなの知ってるよね?」

 

「そう言わないでよ。この前だってイオリのスウィーツ巡りに付き合ったでしょ?私、生クリームとか苦手なのに…」

 

『STANDOUT』のイオリとミオが入店してきた。

 

 20分後、ガシャーンッ!という音とともに、二人がカウンター席で撃沈した。

 

 続いて、新たに二人の男性客が入店した。

 

「あークソッ、今日のイベントは散々だったなッ」

 

「落ち着け、取り敢えず食事でもすれば気が紛れるだろう」

 

『BAD DOGS』の東雲彰人と青柳冬夜がカウンター席につくと、やめときゃいいのに「ここで一番旨いラーメン」と自殺行為みたいな注文をした。

 

It's good(いいだろう)

 

その瞬間、アーチェが口元を吊り上げたのをスカーは見逃さなかった。

 

 やがて運ばれてきたこの店一番の死ぬほど旨い(辛い)ラーメン、『解放』を前に、二人は箸を取った。

 

 数分後、二人はこの世の業の悍ましさを舌をもって味わう事になった。

 

「ゲフッ」

 

「おゔッ」

 

息絶えた。

 

「すみませ〜〜〜ん!一人なんすけど------------」

 

紫のフードジャケットを着たストリート風のミュージシャン、三田洸太郎が入り口前で店内の惨状を見て、硬直した。

 

「--------間違えました〜」

 

クルリと踵を返してそのまま立ち去ろうとした直後、むんずと後ろから襟首を掴まれる。

 

Haven't you ordered yet, kid?(注文がまだなんじゃないか小僧?)

 

「ひ、ヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!??」

 

修羅の形相で睨んでくるアーチェに、ズルズルと店に引き戻された。

 

「うぎょえッ…!」

 

妙な断末魔を上げながらぶっ倒れた。

 

 

 

 

 そして、現在に至る。

 

 店内の様子を眺めながら、スカーの脳裏にある思考が過ぎる。

 

 『辛味』というのは味覚じゃなく痛覚の一種だ。最後の客が潰れてからだいぶ時間が経つが、未だ起き上がる者はいない。コレ、万が一後遺症とか残ったら傷害罪で訴えられるんじゃないだろうか……と胸中に微かな不安が生まれる。

 

それにも拘らず、アーチェは傲然と鼻から息を抜いた。

 

「やれやれ、どいつもこいつも根性なしだ。これでも相当に辛さを抑えているというのに……」

 

無茶苦茶な事を言い始めるアーチェに対し、流石に糾弾の声を上げるべきかと考えた時、今日何度目かの自動扉が開く音がする。

 

「一名でお願いします」

 

丁寧な日本語が聞こえると、紫の髪をポニーテールにした宮女の生徒が入店してくる。

 

 一瞬、彼女は鉢に顔を突っ込んだまま失神してる一歌達を見て驚いた顔をするが、すぐさまニコリとした優しい笑みに戻る。

 

 奇遇な事に、スカーは彼女に見覚えがあった。昨日、自分が駅の前で道に迷っていた時、偶然声をかけてくれた少女だった。彼女くらいの歳の日本人は英語に慣れていない者が多く、目的地までの経路を流暢な英語で説明してくれたのには少し驚いた。

 

Please take this seat(こちらの席へどうぞ)

 

ボリスがカウンター席へ案内するが、彼の英語はクロアチア訛りがひどく、日本人には殆ど聞き取れない。実際、彼女自身も少々戸惑った様子だったが、ひとまずカウンター席に座る。

 

「あら、貴方は…」

 

その時になって、少女は此方の存在に気づく。

 

「この間、駅前でお会いしましたね」

 

「ハイ、あの時は助かりましタ。えーと…」

 

「朝日奈です、朝日奈まふゆ」

 

 穏やかな雰囲気を崩さず、自己紹介を行うまふゆ。それを見てスカーは妙な感覚を覚えた。数多の戦場を駆け抜けた事により研ぎ澄まされたスカーの動物的本能と直感が、彼女の仕草を虚構だと判断する。

 

「……えっと…?」

 

無言のまままんじりと見つめしまい、まふゆが困惑を見せる。

 

「あ、いえ。何デモありません……。私の事はスカーとお呼びクダサイ」

 

「では、私もまふゆでお願いします。スカーさん。日本語お上手ですね」

 

「いえイエ……それほどでも…」

 

彼女は件の『解放』を頼むと、完成までに軽く雑談して時間を潰す。

 

「メシアがれ…」

 

アーチェが拙い日本語で赤黒く染まったラーメンを差し出す。どうせ1分も保たないだろ、と思っていたが、彼女は行儀よく「いただきます」をすると、何の躊躇いもなく麺を口に運んだ。

 

ズルズル……ズルル…。

 

「…ッ!!!!」

 

血走った眼球が飛び出そうになり、麺を吐き出す寸前で堪える。直後、まふゆは猛烈な勢いで食べ始める。

 

「ほぉ…」

 

 中々の食いっぷりに感嘆した様子のアーチェ。一方、まふゆは新たに開かれたセカイに感激している最中だった。

 

 痛い--------だが、確かに感じる。今まで味がしなかった筈の料理が、食事が………こんなに旨いと感じたのはいつぶりだろうか。ほんの一瞬気を抜いただけでこの激痛に意識を持っていかれそうになるが、それでも--------生きているからこそ認識できるモノが今、ここにある。私は……生きているッ!

 

Drink(飲め)

 

コップに入った水のような物を差し出される。

 

「あ、ありがとうございますッ…」

 

大量の汗を流し続けるまふゆは、赤くなった口にコップをつける。

 

「ッ!?」

 

飲んだ瞬間、喉が引き攣り、爛れるような感覚に襲われた。

 

「こ……コレはッ…!?」

 

It's Mapo soup. It is transparent with a special recipe.(麻婆汁だ。特殊なレシピで透明にしてある)I'd like to hear your thoughts...(感想を聞きたいが…)

 

 ガシャァァァァァン…!

 

「…無理なようだな」

 

 朝日奈まふゆ--------敗北(鉢に顔突っ込んで動かなくなった)。

 

 意外な事に、『拉麺露雌尾』は殺人級かつ破滅的な辛さを誇る店として、シブヤでの人気を博す事となった。

 

 

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