Project Sekai SCP incident feat . 作:唯尊
自宅を後にしてから15分、理雄と李玲は札幌市中央区大通西にある公園を歩いていた。『大通公園』と呼ばれるこのエリアは、札幌のランドマークである『さっぽろテレビ塔』が位置しており、札幌市の中心市街地を形成している。
『日本の都市公園100選』に選定されているだけあって、戦前の頃は美しい花壇や芝生、約90種4,700本におよぶ樹木のほか、初夏の訪れを告げるライラック祭り、YOSAKOIソーラン祭り、雪祭りやホワイトイルミネーションなど、四季折々の美しい植物やイベントなどにより、1年を通して多くの観光客、市民に親しまれていたらしいが、今世において観光などという贅沢を満喫できる者は著しく限られており、周囲を蠢く人間の群れを成しているのは、朝から出勤するサラリーマンやOL、或いは自分達と同じ学生が大半を占めていた。今朝は花粉指数が低いせいか、ここ最近においては特に空気が清涼に感じられて心地よかった。
「そういや、李玲の方はテスト休みとかないのか?」
黒いリュックサックを背負いながら、隣を歩く李玲を見る。彼女は学生鞄と一緒に弓道で用いる弓袋や矢筒を携えていた。159cmの李玲が2メートルを超える弓を担ぐ姿は、やはり何度見ても不思議な光景に映る。
「私の学校は明日からですね。兄さんは一昨日からでしたか」
比嘉狩学院高校は現在、テスト期間につき全部活動が休止となっている。理雄が所属する空手部も同様だ。
「あぁ、暫くは朝練含めて部活なし。まぁ、毎日毎日あんなハードな練習やってたら、テスト勉強どころじゃないからな…」
全国レベルの実力を誇る比嘉狩学院高校空手部は、中学で最強無敗の絶対王者として君臨していた理雄からしても、相当にキツイと言える練習メニューを組んでいる。まだ入部して一ヶ月だが、恐ろしく強い先輩方に扱かれまくったおかげで、メキメキと体力がついている。入部当初の拳立ての最高記録は50回だったが、今では100回までこなせる様になっており、体重も増えてきている。元々身体の線が細いこともあって、親からは『痩せた?』と心配されもしたが、余計な脂肪が取れて筋肉が吸収・肥大化した事により、身体が引き締まっているだけである。むしろ以前より強靭なフィジカルを手にしつつあった。
「あと、ウチの学校はかなりの進学校だから、テストも授業も難易度が高いんだよな……。流石に最初は面食らったよ」
「……兄さんでも大変なんですか?」
意外だと言わんばかりに驚いた表情をされる。
「楽ではないよ、少なくとも今回の中間じゃトップは無理だ。この調子だと、良くて学年10位以内ギリギリだろうな…」
消極的とも言える姿勢に、李玲が思わずムッとする。
「兄さんがその気になれば、学年トップくらい目指せますよ。中学時代、3年間ずっと学年1位だったじゃないですか」
一見、身内贔屓に聞こえるが、これは純然たる事実である。理雄に限らず、空手で全国の舞台に立つような一流選手の大半は、全国模試で上位を余裕で取るようなクレバーな人間が多い。無論、個人差はあるし、平均的な学力でも強い奴はいるが、基本的に空手が強い=学力も高い、と言って差し支えない。実際、自分より一つ年下の後輩で全国3位に輝いた少年がいるが、彼もまた日本屈指の難関校で優秀な成績を納めている逸材である。
とはいえ、決して何の努力もせず勉強が出来る様になった訳ではない。
「あのなぁ……稽古が終わった後、風呂入って飯食ったら夜遅くまで睡魔と激闘しながら予習・復習するんだぞ?勿論それだけじゃ圧倒的に足りないから、学校でも授業中は死ぬ気でノート取ってたし、終わった後の隙間時間や昼休みもひたすら勉強に費やしたんだ」
これが、中学時代における自分の学校生活であり青春だった。別に後悔がある訳ではない。他にも楽しい事や刺激的な事はあったし、可愛い幼馴染が彼女になってくれた時は人生で一番嬉しかった。……まぁ、それに前後して色々あったが、振り返ってみると人生の大切な1ページを彩るには十分すぎる体験だったと思う。
ただ……だ。
「アレは中学だったからまだ良かったが、高校……ましてや比嘉狩みたいなエリート校だと、あんなやり方もう通じない。いくら俺でもぶっ倒れる…」
過酷な思い日々を思い出しながら、ゲンナリした表情をする。今だから言えるが、よくあんなぶっ飛んだライフスタイルを3年も続けられたなと振り返る。昔読んだとある自己啓発本に影響され、若さを武器に体力をフル活用し、最高の自分になってやると突っ走ってきたが、勢いだけでは流石に限界であった。もしかしたら人生幾度目かの挫折なのかもしれない。
「ま、そろそろ学年トップに拘る必要はなくなってきたし、将来の目標に必要なスキルは十分得られるよ。今のペースなら問題ないさ…」
苦笑気味にそう言うと、アグレッシブすぎる理雄の努力姿勢を目の当たりにしてきたせいか、李玲はそれ以上何も言えなくなった。昔から文武両道な李玲でも、あの頃の理雄の頑張り様には正直圧倒されていた。アレと同じくらい自分を追い込んだ事のない人間が、これ以上とやかく言う筋合いはないのだ。
「……そうですね。確かに兄さんならそれで大丈夫かもしれません。ところで、卒業後はやはり防衛大に?」
ばつが悪くなったのか、李玲は話題を変えてくる。
「おう、幹部自衛官なら給料も良いしキャリアも築きやすい。防衛大なら学費はタダ、4年間ずっと寮生活だから衣食住の心配なし。しかも月々に俸給が出るから、両親にはある程度の仕送りが出来るかもな」
李玲は少し考える素振りを見せる。
「……二人とも多分受け取らないと思いますよ?『自分で稼いだんだから、自分で貯蓄するなり使うなりしなさい』って」
「ハハ、確かにそうかもな…」
前方の信号が赤くなり、二人して立ち止まる。
「……と言っても、卒業までまだまだ時間はある。今の目標は、高校全国王者だ。本当はジュニア世界タイトルにも挑戦したかったが……あ〜畜生!アルギュロスさえ居なけりゃ中学の時点で世界カデット狙えたんだ。もっと早く生まれときゃよかったよ……」
悔しそうに嘆く理雄を見て、李玲はフフ…と笑う。
「兄さんは本当に空手が好きなんですね」
呆れた様な、感嘆した様な反応だった。
「お前は何か目標ないのか?今年で受験生なんだし、行きたい高校とか決めてるのか?」
今度はこちらから質問する。
「そう……ですね。正直まだ迷ってます。高校に進学した後も弓道は続けますが、私は兄さんの様にどこまでも真っ直ぐに取り組む事は出来ませんので…」
どこか落ち込んだ様子の李玲である。
「そんな事ないだろ。お前は昔から頑張ってきただろうが」
「兄さんと比べたら、私の努力は時間も、熱意も、クオリティも全然足りてませんよ。全ての時間を空手に費やして、遊ぶ時間だけじゃなく、寝る時間も食事の時間も相当に惜しんで切り詰めて……やっぱり、私じゃ兄さんには一生敵いません…」
「……そうでもないぞ」
丁度、信号が青になろうとしていた。
「俺が空手始める前は、お前や莉梨歌達に散々助けられたんだ。俺はお前の強さを知ってるし、それに救われている。……李玲が俺より劣るなんて事は、絶対にない」
「兄さん…」
李玲の顔が、少し明るくなった。それと同時に横断歩道の信号が変わる。群衆と共に前進を再開すると、地下鉄の出入り口前で一人の少女が目に留まった。
スラリとした長い
少女は此方の存在に気付くと、表情をパッと輝かせて大きく手を振ってくる。
「お〜〜い!リオー!リレイーッ!」
活発で明るい声が響くと、軽快な足取りで此方まで駆けてくる。
彼女の名は
莉梨歌は理雄達の前にシュタッと勢いよく止まると、ビシッと元気よく手を挙げる。
「おはようッ!」
憂鬱なテストが迫ってるというのに、朝っぱらからそんな事微塵も気にした様子もない笑顔で挨拶してくる。
「おはようございます。莉梨歌さん」
「おはよう莉梨歌、朝から元気だな」
李玲がペコリとお辞儀し、理雄が軽く会釈を返す。
「もちろんッ、いつだって私は元気で前向きだから!」
堂々と胸を張って見せる莉梨歌。前向きを信条とする少女は理雄と同じ高校一年生だが、誕生日が5ヶ月離れている事もあって、昔はよく『私が貴方のお姉さんになってあげる!』とか言って自分を色んな所に連れ回してくれたり、周りの子から虐められいた所を守ってくれたりした。
「そうか、なら今回のテストも大丈夫そうだな」
理雄が言った直後、莉梨歌が石像の様に硬直する。
「う、うん!大丈------------夫だよ、多分、取り敢えず、数学以外は……」
返答に妙な間が空いた上に、語尾に不安な単語が付いてくる。顔に冷や汗を浮かべる莉梨歌を見て、理雄はニヤニヤしながら追い討ちをかけた。
「いや〜それは良かったよ。俺もお前に勉強教える手間が省けて、こっちとしても大助かりだ。少なくとも中3の期末試験みたいに、前日の一夜漬けに付き合わされるみたいな事にはならなさそうだ----------だろ?」
意地悪な視線を向けられると、莉梨歌は視線を彷徨わせながら挙動不審な仕草を取ると、やがて何を思ったのか、ガバッと勢いよく理雄に頭を下げてくる。
「お願いリオ!また勉強教えてッ、特に数学は本ッッ当にヤバいから!!」
先程の態度から一変、恥も外聞もなく懇願してくる。いっそのこと清々しいと言えるくらいの平身低頭の姿勢を前に、このまま土下座でもするんじゃなかろうかと思わせる勢いだった。
「そ、そんなに絶望的なのかよお前の成績…」
思わず理雄も引いてしまった。莉梨歌は恥ずかしそうに唇を噛み締めると、鞄から一枚の紙切れを取り出し、此方に差し出してくる。見てみるとこの前に行われた数学の小テストだった。莉梨歌の名前が書かれた答案用紙を李玲と一緒に目を通し、肝心の点数を確認した瞬間、二人して天を仰いだ。まさかここまで没落していたとは…。
「数学が元から苦手なのは知ってるが、いくら何でもコレはないだろ…」
「だ、だって……比嘉狩のテスト厳しいんだもん!そもそも授業にすらついていけてないしッ…」
涙目で言い訳を繰り返す莉梨歌を前に、思わず溜息を吐いてしまう。莉梨歌とて勉強が出来ない部類の人間ではないが、得意とも言えない。少なくとも偏差値の高い進学校である比嘉狩で通用するレベルの学力を備えてはいなかった。
「なぁ……今からでも遅くないし、レーナ達と同じ
「それはダメッ!」
突如発せられた引き裂かれそうな大声に続きの言葉が引っ込んでしまう。周囲の通行人も驚いた様子で此方を見ていた。
「私はリオと同じ道で、リオと一緒に生きたいから比嘉狩を受験したの!受験勉強だってすごく頑張った!どんなに苦しい時もリオが頑張ってる姿を見て、私も頑張らなきゃって思えたし、辛い日々を乗り越えられたッ、合格した時は泣きそうになったし、何よりリオと同じ学校に通える事が一番嬉しかった!リオがいたから私はこれまで頑張れた。一緒にいてくれる限り、これからも前に進める。だから………他でもないリオが、ソレを否定しないでッ!!」
「……ッ」
叫びにも似た言葉に、理雄は息を呑んだ。それと同時に、理雄は己の軽率な発言を悔いた。自分が彼女の存在に支えられてきた様に、自分も彼女の精神的な支えとなっているのだ。中学3年の春から付き合い始めて既に一年経つというのに、自分は彼女の気持ちを何も理解していなかった。
「…すまん、今のはなかった。本当にごめん…」
自然と、謝罪の言葉が口から出た。
「……確かに、今のは兄さんが悪いですね」
李玲が静かに歩み出ると、痛烈な言葉を切り出す。僅かながら怒気を滲ませていた。
「兄さんは無神経な人ではありませんが、さっきの言葉には配慮が足りてません。レーナさんがこの場にいたら、きっと殴られていましたよ?」
「う……」
ぐうの音も出ない正論である。確かに、あの鉄血にして熱血にして冷血な獅子女ならば、今頃間違いなく強烈な制裁を食らっているだろう。
「……ううん、大丈夫。リオが毒舌なのは昔からだし、私が勉強頑張ればいいだけの話だから!」
パンパンと両頬を手で叩くと、泣きそうになっていた莉梨歌の顔は元の笑顔に戻っていた。
「うん!もう大丈夫ッ」
すぐさま意識を切り替えた莉梨歌。彼女はやはり強かだった。こういう強さに自分は惚れたというのに、一体何をやってるんだと自己嫌悪に陥る。今朝の自宅での事といい、今日の自分はとことんデリカシーに欠けていた。
「リオももう気にしなくていいよ!リレイもそんなに睨まないであげて」
当事者に言われては仕方ないのか、李玲はしばし責める様な視線を此方に向けていたが、やがて小さく溜息を吐くと、緊張を解く。
「……分かりました。けど兄さん?莉梨歌さんはこう言っていますが、ちゃんと許してもらえる様、行動で示してくださいね?」
「分かってる……莉梨歌、今日学校帰ったら俺の家で勉強しないか?俺も数学は好きじゃないが、教えるくらいなら出来るぞ」
それを聞いた瞬間、莉梨歌が勢いよく食いついた。
「ホント!?じゃあ絶対行くッ!」
先程の張り詰めた空気がどこかへとさっぱり消え、代わりに莉梨歌の嬉しそうな笑顔がすっかり場を和ませていた。ここまでくると、もはや天賦の才である。
李玲はそんなやり取りを見て呆れた様子だった。
「まったく……ともかく兄さん、この事はレーナさん達にも伝えますから、いいですね?」
「ぐッ………覚悟しとくよ」
親しき仲にも礼儀ありと言うように、幼馴染達相手でも普段の言動にはかなり気を遣っているが、久々の失態と失言の連続に理雄は項垂れる。一見仲良く見えても、女の子4人を相手にするのは骨が折れるし、徒党を組まれたらまず敵わない。女好きの自覚がある自分でも、男の身として苦労する事が案外多いのだ。
「それと、恋人を傷つけた兄さんには、妹である私からの罰として、今日のお昼ご飯は抜きです。今朝用意したお弁当も渡しません」
とんでもない暴挙に、理雄はひっくり返りそうになった。
「ちょっと待てよ!アスリート相手に飯抜きはねぇだろッ、量刑が不当だ、不公平だ、再審を請求するッ」
「それは明日にしましょう」
「明日じゃ意味ねぇだろ!」
したり顔の李玲に同調するかの様に、莉梨歌もニタァと意地悪そうに笑うと、李玲の手を取って逃げる様に走り出す。
「ほら行こ!」
「はい!」
「ちょ、待てよッ」
二人の後を追う様に、理雄も駆け出す。同時に、仲良く笑顔を向け合う彼女達を見て、理雄はふと安堵した感覚を覚える。自分と莉梨歌が付き合い始めてから暫くの間、この3人が同時に集うとどうしてもその間に気まずい空気が漂うのだが、時間によるものか、或いは二人がどこかで共に歩み寄ったのかは分からないが、昔みたいに気兼ねなく笑い合えるくらいには、良好な関係に戻ってるらしい。
………良かった。理雄は心の底からそう思う。あの時はあの時で、それまでの互いの関係が崩壊するんじゃないかと、恐怖にも似た感情を抱えていたのだが、どうやら今となっては杞憂に終わったらしい。
「リオー!置いてくよー!」
そんな心情を吐露する事もなく、理雄は二人の背中を追いかける。決して退屈しないこの日常に、今日も少なからず感謝の念を覚えていた。
*
日本国・関東地方某所、SCP財団サイト-【編集済】。
機動部隊シータ-25Jに所属する隊員、天城英牙は近隣の住宅街から大して離れていない位置に造られた財団本部直轄の施設の一角にて、じっと待機していた。
ここは作戦待機室、作戦本部が置かれている部屋の隣に置かれており、ここには自分を含め6人の人間がいた。不意に左手首に巻かれた腕時計に視線を落とすと、午前9時を示していた。緊急召集を受けて自宅からすっ飛んで来たにも拘らず、先程から10分近く待たされている。
やがて、扉が開き担当将校と情報部の人間が姿を現す。
「急に呼び出しておきながら待たせてすまない。少し警察の連中と揉めてな」
担当将校の男、
「今朝のニュースでも見ただろうが、昨夜未明に日本の領海内に侵入した不審船を海上保安庁が拿捕した。警察に潜入した財団のエージェントの報告によれば、この船はネオ-サーキック・カルトが所有している物だと判明した」
『サーキック』------------その言葉を聞いた瞬間、室内の空気が一気に張り詰め、椅子に座るジュリエットチーム全員の視線が鋭く細められる。
情報部に属するスキンヘッドの白人男性・ジェイコブズ・アディンセルが、パソコン端末を操作しながらスクリーンに画面を映す。そこにはある要注意団体の情報と、『オロクの頭蓋』と呼ばれるタトゥーの想像画が添付されていた。
「
吐き捨てる様な口調の英語で説明を続けると、画面が切り替わり、SCP-2408に関する報告書が表示される。
どうやら"ブラックロッジ"に関連したいくつかのアノマリーがSCP-2408に指定されているらしく、その内の一つであるSCP-2408-1は、総体的な肉体変容能力を有する遺伝的には正常な人間とされていた。
既知の変化箇所としては、2倍、時には3倍の質量増加(主に筋肉)。骨密度の増加。テストステロン産生の増加(標準的な成人男性の約6倍)。アドレナリン産生の増加(標準的な成人男性の約4倍)。肉体の質量増加に比例する精巣・副腎、脳を除く臓器の増大(精巣・副腎は質量増加との比例を遥かに超えるサイズになるが、脳には大きさの変化は見られない)。様々な非ヒト生物の身体的特徴の発現(例として、オオカミ、ヤギ、ブタ、クマ、シカ、タコに類似する特徴が記録されている)。二脚運動、ないし四脚運動へ移行する能力。感覚機能の増幅(視覚、聴覚、味覚/嗅覚は人間の知覚的限界を越えている)。筋力、敏捷性、再生能力の増幅……ざっとこんな感じであった。
「なんか……プロテウス症候群みたいですね」
ふとそんな感想を呟いたのは、ジュリエットチームの衛生隊員の男、
プロテウス-クローネンバーグ症候群----------AKT1遺伝子の体細胞モザイク変異により、骨、皮膚、脂肪組織などが異常かつ非対称に進行性過成長する極めて稀な先天性疾患の事だ。
「確かに似ているが、SCP-2408-1個体は細胞安定性を維持しながら可逆的な変化を行うことが可能だ。まぁ、こうした変形がいつまでも維持できるのかは分からんがな…」
ジェイコブズが答える。
「件の不審船には、ブラックロッジの構成員含め、この2408-1が複数体乗船していたと思われる。奴等はロシアのウラジオストク港から密かに出航し、航海中に群がってくるアルギュロスを片っ端から破壊した。実際に周辺海域で水中型アルギュロスの破片が回収されている。その後、領海内に侵入した不審船を察知し、海上保安庁の巡視船が拿捕を試みたが、船内に
與一が説明を代わる。
「結果として、SSTは大損害を被り、犠牲となった隊員達は巨大な有機体の棘に貫かれるか、バラバラに引き裂かれた状態で発見されている」
スクリーンに投影された写真には、殺害され生命を落としたSST隊員達の惨たらしい最期が写されている。ブルーシートの上に寝かされた彼らは、顔の肉が半分無くなっている者、手足を引き千切られた者、内臓と腸を引き摺り出された者、人間の原型を失って文字通り肉塊と化した者など、筆舌に尽くし難い凄惨な状態となっている。また、血による蹄跡、角か牙を持つ動物による刺突と一致する傷、大型のオオカミのような生物を示唆する歯型といったように、死体はどれもこれも、複数の異なる動物による襲撃を示唆する損傷を示していた。
他にも、取り押さえた後の不審船内で撮影された物か、各所にぶちまけられた血痕が毒々しい色の華を咲かせ、生々しく残る無数の弾痕が船内で繰り広げられた戦闘の苛烈さを物語っている。
英牙達は思わず顔を顰める。仕事柄、死体に見慣れた財団職員であっても、臭いまで漂ってきそうな光景には、些か精神的ダメージを受けそうになる。
この場で平然としているのは、ジュリエットチームのリーダーを務める雪平豹馬くらいのものである。掘りの深い顔とボサボサの黒髪、左顎の下辺りに負った火傷の痕は如何にも野武士然としており、刀身の様に鋭い雰囲気は間違いなく彼が歴戦の猛者である事を表している。
「…………………」
さっきから一言も喋らず、黙ったまま両腕を組み、スクリーンに映された写真をじっと見つめている。おそらく慣れているのだろう。バラバラ死体だろうが血の池地獄だろうが、まったく怯んだ様子もなく、凡ゆる情報を視覚から得ようと眼に焼き付けていた。
「警察に引き渡す前に財団が船内を臨検した結果、不審船からは強度の麻薬であり、北米・欧州・東南アジアでの流行が確認されている"クラブ・ドラッグ"、
SCP-2408-2Aに指定されているアナボリック・アンドロジェニック・ステロイド 『
また、財団によって異常性があると見なされた病原体や毒素を含む生物兵器であり、製造・流通が非常に高レベルの脅威に相当する『
いずれにせよ、国家を余裕で滅ぼせる量だった。
「知っての通り、ネオ-サーキックはプロト-サーキックと違い国際派の宗派だ。サーカイトの"空白地帯"と見なされている日本でも、欧米から持ち込まれたネオ-サーキシズムが富裕層を中心に流行している。財団が炙り出した信者からの情報を総合するに、ブラックロッジはアルギュロス戦争後、活動している地域の経済が低迷し、組織運営が困難に陥った。結果、奴等は裏ビジネスの市場を拡大するべく、日本を狙った------我々は今回の事案をその様に認識している。このまま放置すれば、この国の社会は崩壊し、大勢の国民が生命を落とす」
ジュリエット全員の視線が與一に向く。
「今回の任務で君達に頼みたいのは、北海道に上陸・侵入したブラックロッジ構成員の生き残りを速やかに見つけ、駆逐する事だ。元々乗船していた12人の内、SSTや接岸現場に駆けつけた警官に3名が射殺され、現在9名が逃亡中だ」
スクリーンに逃亡者9名の顔写真が映される。全員男性で、スラヴ系の白人から中央アジア系、イスラム系などと旧ソ連構成諸国で見られる多様な人種が画面に大写しになる。外見はごく普通の人間に見えた。
「現場での目撃証言によれば、逃亡中の9人全員が2408-1であり、具体的な量こそ不明だが2408-2A、2408-2Bを所持しているものと考えられる。なお、作戦中に接敵した2408-1は全て終了しろ。現時点で確認した限り、侵入した構成員は全て末端の連中だ。捕虜にした所で引き出せる情報はないに等しいだろう。さて………ここまでで何か質問はあるか?」
その時になってようやく、豹馬が厳かな調子で手を上げる。
「作戦に参加するのは、我々だけですか?」
與一は首を横に振る。
「特別収容プロトコルに基づき、機動部隊
「2408-1が変身するまでのインターバルは?」
今度は初雪が質問する。
「完全な変身は10秒〜30秒以内だ。それと、
「……あんなクソ重いモン背負って戦うんですか?タンクに1発でも当たれば
初雪の隣に座る痩せた狼みたいな顔をした男性、
「それを防ぐ為に、普段から仲間同士でカバーし合うんだ」
豹馬が躬弦の不満を一蹴すると、改めて與一に向き直る。
「相手が何者だろうと、我々は決して臆しません。今すぐにでも全員纏めて焼き殺してやりますよ。見つけ出して、狩るだけだ」
勇ましく豪語する豹馬だが、対照的に與一は一抹の不安を抱えた様子だった。
「財団はGoI-0432の活動が疑われる地域の法執行機関への潜入・統制を行うことになっている。当然、GoI-0432の異常な活動に関する情報は隠蔽されるが………今回の場合、地元警察がトロいせいで対応が後手に回っている。こうした事態に警察が弱いのは今に始まった事じゃないが……あまり時間をかけ過ぎると、二次被害の危険性が高まる。残念ながら今回も
與一が最後にそう締め括ると、全員が席を立ち、出撃準備に取り掛かった。