Project Sekai SCP incident feat .   作:唯尊

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『ブラックロッジ事件』編、エピソード完結。


第六十三話 ブラックロッジ事件 PART3

 

 公立比嘉狩学院高校での一日が終わり、学生達が下校する頃には、太陽が地平線の下に沈みかけていた。

 

 志熊理雄が校門を抜けた辺りで、莉梨歌と合流する。

 

「あ〜、やっと終わったよー!」

 

両掌を組んで、上に思いっきり伸びをする莉梨歌。その隣を歩きながら、チラリと視線を送る。

 

「終わった気になってるけど、この後の予定、忘れてないよな?」

 

 念の為確認しておく。

 

「もちろん!リオの家で勉強会でしょ?」

 

 ちゃんと覚えてますよー、と言わんばかりに胸を張る。豊満なバストが強調され、思わず凝視しそうになるが、公衆の面前でしょうもない痴態を晒す気はなく、いつも通りの無感情を装う。

 

「そうだ。よく覚えていたなえらいぞ」

 

 頭を撫でてやると、莉梨歌はドヤ顔になる。

 

「ふふんッ、このくらい余裕だよ」

 

「人の話を聞いてから3m歩いた瞬間に全てを忘れていた頃と比べたら、激的な進歩じゃないか、ヒトの脳の奇跡だぜ」

 

「えへへ、それほどでも〜…」

 

莉梨歌はバカなので、理雄が遠回しに(けな)していても気付く様子はない。

 

「----------って!バカにしないでよッ!別にそこまで頭悪くないし!鳥頭でもないんだけど!?」

 

そうでもなかった。腹を抱えて笑うと、莉梨歌は不貞腐れたようにぶすッと頬を膨らませてそっぽを向く。それを見て更に笑ってしまった。

 

「もう……やっぱりリオって意地悪だよね。昔は全然そんな事なかったのに…」

 

 ジト目で此方を睨んでくる。

 

「昔って……小学生の頃の話だろ?」

 

「そうだけど……、あの頃のリオって優しかったじゃん。髪も長かったし、女の子が困っていたら何も言わずに助けてたでしょ?」

 

「…?そりゃそうだろ、今だってそうしてる」

 

 自分は小学6年生の頃まで、髪を肩の近くまで伸ばしており、空手の試合が近づくとバッサリ切っていた。幼少期が病弱気味だったので、自分を虐めてくる男子よりも、女の子と遊ぶ事が多かったからか、無意識のうちに色々な影響を受けたのだろう。おかげでスキンケアや簡単なメイク技術が身についてしまった。因みに、今の短いヘアスタイルに固定したのは中学からである。

 

「あーそうでしたねー、リオは今も昔も女の子には優しかったですよねー。……この女好き」

 

なんだか妙に棘のある言い方をされた。

 

「……不機嫌そうだな」

 

 そう言うと、莉梨歌はプイッとそっぽを向く。何やらひどくご機嫌斜めらしい。

 

「だって……今日の体育…」

 

「え?」

 

「だから!他の子にキャーキャー言われてすごい嬉しそうだったッ。あと表情も緩んでいて、すごくだらしない顔してた!」

 

だらしない顔はしてないと思うのだが……。ともあれ、体育で他の女子生徒に盛り上げられていた事が、莉梨歌にとっては気に入らないらしい。

 

「そう言うなよ。他人から好感を持たれるのは、悪い事じゃないだろ?」

 

「そうだけど!私だって皆んなにリオの事を好きになって欲しいよ?リオは私の幼馴染で、すごい所がたくさんあるって知って欲しいもん!」

 

「けどッ……」と続ける。

 

「リオは気づいてないだろうけど、リオを好きな女の子って多いんだよ?中学の頃、私達が付き合う前からリオを狙ってた子だっているし、今だって------」

 

「莉梨歌」

 

 落ち着いた、それでいてよく通る低い声に、莉梨歌はハッとさせられる。不安に駆られ、感情的になっていた所に冷静さがもたらされる。

 

 莉梨歌と正面から向き合い、その目を真っ直ぐに見つめる。

 

「莉梨歌、俺を見ろ」

 

「…ッ」

 

 揺れるルビーレッドの瞳を、捉えて離さない。

 

「不安にさせたのは謝る。けど、俺が隣に居てほしいのは莉梨歌なんだ。他の誰でもない。この先もずっと、お前と一緒に生きたいと願ったのは俺だ。いつだって莉梨歌を想っている」

 

「リオ……」

 

 華奢な肩に両手を置き、もう一度、自分の言葉で想いを伝える。莉梨歌にだけではない、己の心にも刻む気持ちで、あの日の誓いを再び告げる。

 

「俺はお前を、絶対に離さない。だから----------そんな辛そうな顔をするな」

 

「……うん」

 

今度こそ安心したのか、やがて莉梨歌は深く息を吸い、長く吐き出す。

 

「------うん!もう大丈夫ッ。リオの事は信じてるし、前向きに考えれば、ただでさえ友達が少ないリオを大切にしてくれる人達が、実はたくさんいるって事が分かったんだから、むしろ喜ぶべきだよね!」

 

「おい待て、さらりと人を哀れむんじゃねえ。俺はお前ほど明るくはないが、口数は多い方だし典型的なボッチでもないぞ」

理雄が反論すると、莉梨歌はキョトンとした顔になる。

 

私達(幼馴染)以外で仲の良い人っていたっけ?」

 

「いるわ!例えば------」

 

「あ、言っとくけど女の子は例外だからね。特に中学時代の後輩女子は絶対ダメだから」

 

思いもよらない釘を刺される。それだと携帯に登録してある連絡先の大半が赤の他人という事になってしまうのだが。

 

「----------空手部の同期や先輩とかだ」

 

「全部で何人いるんだっけ?」

 

「俺を除いて74人」

 

「その中で連絡先を交換したのは?」

 

「15人」

 

「同性の人は?」

 

「………4人」

 

「残りの11人は?」

 

「………………」

 

ギギギ……と首を横に向け視線を逸らすが、莉梨歌は顔をずいッと近づけ詰問してくる。彼女の目が怖いッ!

 

「リオ?」

 

「……同期や先輩の女子部員だな」

 

「……へぇ〜」

 

 莉梨歌の視線が氷点下を下回る。このまま氷漬けにでもされそうな勢いだった。

 

 最近の交友関係を知らせただけなのに、どうしてこうなった……、と理雄は頭を抱える。

 

「------でスから!大事な予定ガあるンです!通シテくだサいッ」

 

突如、女性の悲鳴じみた声が聞こえてくる。ウクライナ訛りのある日本語……知っている声だ。

 

 視線を巡らせると、公園の隅で荒っぽい3人の男に絡まれている少女に目が留まる。

 

 身長は莉梨歌と大して変わらない。シルバーブロンドの髪をセミロングまで伸ばし、三つ編みにして一つに纏め、右の肩から下ろしている。繊細な刺繍が施された紺色のリボンを着けており、白を基調とした霙渼(みぞれび)女子学園の制服と相まって、全体的に育ちの良さを感じさせた。両手には学生鞄と一緒に、スケートシューズバッグを提げている。

 

 アレヴティナ・ロスティスラーヴィウナ・シュヴェーツィ。

 

自分達と同年代の幼馴染の一人であり、ウクライナ難民出身の少女。幼馴染の間では"ティナ"と呼ばれている。

 

「いいじゃねえかよ。ちょっとくらい」

 

「髪キレーだね、外国人?」

 

「せっかくだし、俺達が日本語の特別授業を受けさせてやるよ。安心しなって!変なコト教えたりしねーから」

 

 ギャハハハ!と下卑た笑い声を上げる男達。ナンパにしては酷すぎて目も当てられなかった。ガラが悪く、イカつい見た目の3人に対し、銀髪の少女は僅かに怯えながらも、必死に抗議を試みるが、聞き入れられる様子はない。

 

 周囲の通行人は厄介事に巻き込まれたくないのか、見て見ぬふりをして通り過ぎて行く。誰一人として、彼女を助けようとする者はいなかった。

 

 やがて、心が折れそうになったのか、ティナは恐怖で身体を震わせ始める。ミッドナイトブルーの瞳からは、今にも雫が零れ落ちそうだった。

 

「リオ、アレッ…!」

 

「分かってるッ」

 

 莉梨歌に言われずとも、コレが友人の危機である事は一目瞭然だ。

 

 下衆な下心を隠そうともしない連中に、これ以上何かされてたまるかと、一歩を踏み出した時---------。

 

「------いい加減にしてくれない?」

 

突如、底冷えするような冷たい女の声が、時間の流れを止めた。

 

 一瞬、世界が静止したかのような感覚に襲われ、思わず行動が中断される。

 

 男達の背後から、金髪翠眼の少女が現れる。背が高く、猛禽類を想起させる鋭い双眸。細く引き締まったウェストとバストの膨らみがなければ、あまりの気迫から男性と認識したかもしれない。大の男でも圧倒されるような迫力と気品を兼ね備えた美人が、銀髪少女と男共の間に割って入る。

 

「さっきから見てたけど、本当に吐き気がするわッ。誰かに構って欲しいなら他所でやりなさい」

 

低く、強い怒気を孕んだ冷徹な声音で3人の男を睨みつける。男達は一瞬怯んだ様子を見せたが、すぐさまリーダー格らしき男が食ってかかる。

 

「あぁ!?なんだテメェはッ」

 

「その子の友人よ。見て分からないかしら?相手が嫌がってる事にも気付かない辺り、相当頭が悪いのね。呆れるわ」

 

「んだと!!」

 

「おうネェちゃん、いきなりしゃしゃり出てきて随分偉そうじゃねぇかコラ」

 

「よっぽど痛い目に会いてぇみたいだなァ…」

 

 空気が険悪になり、指をボキボキと鳴らしながら、殺気立つ男共に取り囲まれる。睨み合いが続く中、金髪の少女は短く溜息を吐き、フーッ…と静かに怒りを吐き出す。

 

「悪いけど、私もこの子もアンタ達に付き合う程暇じゃないのよ。話の通じない馬鹿の相手はゴメンだわ。あと息が臭くて死にそうになるから、それ以上喋らないでくれる?黙って私達の前から消えなさいッ」

 

 大男3人相手に一歩も引かず、勇敢に立ち向かう少女に対し、ついに男達の我慢が限界に達した。

 

「このクソアマッ!!」

 

 3人の内の1人。身長185cm、体重100kgはありそうなキャップ帽の男が、豪腕を振りかぶろうとした---------その直後、理雄が動いた。

 

 瞬時に巨漢の背後に回り込み、振り上げられていた右腕を掴み、捻り上げる。

 

「ぐぁッ…!?」

 

背後からの奇襲に、男は反応できない。そのまま関節を極め、合気の要領で地面に叩き伏せた。

 

「いだだだだだッ!テメェこの野郎!何しやがるッ、離しやがれぇッ!!」

 

「俺の友人に手を出しておいて、なんでもクソもあるか」

 

無様に悲鳴を上げながら、男は必死になって暴れるが、理雄の拘束からは逃れられない。無言のまま冷たく見下ろし、さらに強い力で男の巨腕を捻る。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 苦悶の声が響き渡り、突然の出来事に反応が遅れていた他の2人も、ハッと我に返る。

 

「こ、コイツ…!」

 

「ガキが調子に乗りやがってッ」

 

 2人の男がポケットに手を忍ばせる。膨らみからして、ナイフか何かだろう。

 

「------やめておけ」

 

「「…ッ!」」

 

背筋が凍る程の冷淡な声音に、頭に血が昇っていた2人は一気に冷静さを取り戻す。

 

「それ以上やったら、本当に取り返しがつかなくなるぞ。いいか?よく聞け------」

 

会話が成立する程度まで落ち着いたのを見て、2人の男を睨み据えながら、ゆっくりと、深くまで刻み付けるように、重々しい口調で話す。

 

「こんな馬鹿げた事を続けた所で、メリットなんか何一つない。むしろ互いにとって最悪の結末を齎す。少なくとも俺はゴメンだし、そこにいる2人を巻き込むなんて論外だ。ここは穏便に済ませるのがベストだと思うが……どうする?」

修羅場と化した状況でも、冷静かつ合理的な理雄の提案に、3人は押し黙る。地面に押さえつけられていた男も、興奮が冷めたのか、いつの間にか大人しくなっていた。

 

「別にどっちが悪いかなんて議論する気はないし、この際必要もない。俺達としては、このままアンタらが大人しく、この場を立ち去ってさえくれれば、全てが平和的に解決する。どうだ、簡単な話だろ?」

 

「「「…………………」」」

 

「俺はアンタらに刺し殺されたくはないし、アンタらも未成年者を刺殺して、終身刑だなんて嫌だろ?それだけだ」

 

 最後の一言が決め手になったのか、やがて男達は身を引いた。拘束を解き、押さえつけていた大男を立たせると、恨みがましい視線を向けてくる。

 

 無感情の瞳でそれに応じる。

 

「……おう、行くぞ」

 

やがて、他の2人を連れながら、キャップ帽の巨漢は去って行った。

 

 彼らの後ろ姿が見えなくなり、そこでようやく緊張を解く。充満しつつあった殺気が消え、張り詰めていた空気が、日常の穏やかさを取り戻していく。

 

 突如、背後から肩にポンと手を置かれた。振り向くと、長身の金髪少女が複雑そうな表情で此方を見つめてくる。

 

「……助かったわ」

 

短くお礼を言われる。

 

「平気か?」

 

「えぇ、アンタのおかげで全員無傷よ。でも迂闊だったわ、まさか刃物を持ってただなんて……。私が割り込んだせいで、余計に事態を悪化させたのかと…」

 

危うく殺人事件のトリガーを引く所だった、と少女は自責の念に駆られている様子だ。

 

「いや、ああいう連中は大抵、日常的に法を犯してる場合が多い。流石のお前でも凶器が相手じゃ分が悪いだろ。最悪死ぬ。俺があのタイミングで介入したのは正解だったし、最善策だった筈だ。どのみち、お前が真っ先に突っ込んでくれたおかげで、俺は援護(カバー)に徹する事が出来た。こっちも感謝してるよ-----------レーナ」

 

「……そう」

 

 霙渼女子学園の白いセーラー服を着用し、プラチナブロンドの髪をボブカットにした長身の少女、マグダレーナ・フォン・エーベルハルトとグータッチを交わす。彼女もまた理雄の幼馴染であり、地主貴族(ユンカー)出身のドイツ人女性である。"レーナ"というのは愛称であり、彼女の家族や親しい間柄にある者だけが、その名で呼ぶ事を許されている。実家が不動産業を営んでおり、結構な金持ちのお嬢様なのだが、身に纏う気品と優雅さとは裏腹に、普段の振る舞いは妙に小市民然としている。

 

「…ア、アノ……、2人とも、アりがとウ」

 

ふと、隣から銀髪のウクライナ人美少女が頭を下げてくる。ティナだ。

 

「災難だったな、ティナ」

 

「ウン……、けド、2人が助けてくレタから、今はモウ安心してる」

 

安堵した様子のティナを見て、こちらもホッと一息吐く。

 

「------ねぇッ、3人とも大丈夫!?」

 

やがて、遅れてやってきた莉梨歌が合流する。

 

「リリカ!」

 

「ティナ!何かされてない!?すごく怖そうだったけど、どこも悪くないよねッ?」

 

 莉梨歌は心配するようにティナの手を取る。気が気でない様子の莉梨歌に圧倒され、ティナは目を白黒させた。

 

「ダ、大丈夫。ワタシは何とモないカラ…」

 

同じ外国人であっても、レーナと比較すると発音に拙さが見られる日本語で、落ち着くよう促す。これでも以前より、ずっと流暢に話せている方だ。

 

「これからスケートの練習か?」

 

ようやく莉梨歌が平静を取り戻すと、ティナが持つスケートシューズバッグを見て尋ねる。

 

「ウン。スケート場に向かっテいタラ、突然絡まレて……でも、リオとレーナが助ケテくれタ時は、凄ク嬉しカったし、頼もしカった」

 

 感謝と共に笑顔を向けられ、此方としては妙に気恥ずかしくなってしまう。現役のフィギュアスケーターとして活躍するティナは、こうして毎日リンクに足を運び、懸命に練習に励んでいる。

 

 昔から彼女の滑りを観戦してきた身としては、異次元的とも言える実力を前に、ただひたすらに圧倒された。氷上で演技している時のティナは、普段とは別人の様で、幻想的なまでに美しく、観客は皆、呼吸をも忘れて魅入っていた。

 

「別にいいわよ。幼馴染なんだし、いつだって助けるわ。それより------」

 

レーナの視線がティナから自分へと移った。

 

「女に先陣を切らせるなんて、いい度胸じゃない」

 

ジト目で此方を睨んでくる。

 

「なんだよ、結果オーライだろ?」

 

「そうだけど………先に気付いていたんなら、こういうのは男の出番じゃない」

 

不満そうに唇を尖らせるレーナ。どうやら一番槍を女に任せた事が気に入らないらしい。

 

「俺が行動するより先にお前が突撃したんだろうが……。まったく、昔から猪突猛進な所は変わらないよな、お前」

 

事実故に否定出来ないのか、レーナは苦虫を噛み潰した様な表情になる。

 

 ここに居る3人の少女達は、全員が幼馴染であると同時に、それぞれが自分にとって特別な------異なる立ち位置を持つ。恋人である莉梨歌……親友のレーナ……弓道部の練習でここには居ないが、家族であり妹の李玲。そして………互いに初めて"男女の関係"を築いたティナ------。

 

 幼い頃から絆を結び、言葉を交わし、時に衝突しながらも、同じ時間を過ごしてきた存在……。中学卒業を皮切りに、各々が目指す"セカイ"は変わり、関係も変わっていった------。それでも、時間の流れが止まらない様に、5人の歩みも止まらない。互いに別々の旅路を進みながらも、時にこうして集い、皆で想いを共有している。今も昔も、決して欠かせない大切な存在だった。

 

「----------あ、そういえば……」

 

 すると、レーナが何事か思い出したかの様に、理雄の手を取る。

 

「ちょっと来て」

 

「お、おい?」

 

グイグイと強引に引っ張られていき、莉梨歌たちもキョトンとしながら、それについて行く。やがて、公園から少し離れた人気のない路地裏に連れ込まれる。

 

「なぁ、一体どうした---------」

 

どうしたんだ、と最後まで言う前に、振り返り様に放たれたレーナの鉄拳が、肋骨の隙間に叩き込まれ、ミシミシ…という嫌な音がした。

 

「ぐごぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

どこぞの特撮テレビ番組でヒーローに殺される怪人みたいな悲鳴を上げ、もんどり打ってその場に倒れる。

 

「リ、リオ!?」

 

「アワワワ…!」

 

 突然の暴力描写に、莉梨歌とティナが驚愕する。

 

 彼岸の激痛に耐えながら顔面を上げると、レーナが傲然とした表情で此方を見下ろしていた。

 

「助けてくれた事には感謝してるわ。けど、それとこれは別問題よッ。今朝のアンタが莉梨歌に言い放った暴言の責任(ツケ)は、ちゃんと取らせる必要があるわ」

 

「な、なんでお前が知って……」

 

「李玲からアプリでメッセージを受け取ってるのよ」

 

 畜生そういやそうだった……、と李玲を呪いたくなったが、配慮の欠けた言葉で恋人を傷付けたのは事実なので、みっともなく言い訳を述べたりはしない。

 

「だ、大丈夫…?」

 

「リオ、立テる?」

 

2人が心配そうに覗き込んでくる。かなり無様な格好だが、このアングルだとスカートの中が一望できるので、美少女3人の下着を拝む事が出来た。レーナの拳で地獄を味わいながら、色とりどりの下着を前にひっそりと天国を満喫する。

 

「ねぇレーナ。私は別に気にしてないし、その辺で許してあげて?」

 

「ワタシも、少しやリ過ギだと思ウ……」

 

  莉梨歌とレーナが酌量を求めると、レーナは小さく溜息を吐く。

 

「ハァ……別に、これ以上やる気はないわよ。ただ、この男は昔から口が悪いし、自己中な所も多いから、問題があるなら私が矯正するわ。幼馴染で親友だからこそ、不義理なマネは許せないし、させないわ。理雄の為にもね」

 

そう言って、レーナが手を差し出してくる。やや時間が経ち、ダメージが引いたおかげで動けるようになっていた。レーナの手を借り、ゆっくりと起き上がる。

 

「っ()ぇな……クソ…」

 

久々に食らったが、やはりレーナの一撃は身体の芯まで効く。

 

「何よだらしないわね……たかが女の拳じゃない」

 

 呆れた様子で腹部を押さえる理雄を見遣る。

 

「レーナ、レスリングの全国優勝者であるお前が、普通の女だと思うのか?」

 

 幼少期からレスリングに打ち込み、中学の頃には全国大会で優勝を飾っているレーナだが、血の滲む鍛錬により成された鋼鉄のフィジカルは、引退しても尚、衰える様子が微塵もない。

 

「何よ、私がゴリラだとでも言いたいの?」

 

ギロリと此方を睨んでくる。

 

 昔もよくスパーリングを繰り広げ、マットの上に沈められたものだ。単純なグラップリングでの対決なら、今でもレーナに勝てる自信はない。

 

「まさか、いつだってお前はライオンの様に高潔で獰猛で勇ましく、頼れる親友だって思ってるよ」

 

「……遠回しにケンカ売ってるでしょ」

 

レーナが殺意を滲ませた。そろそろ本気で殺されるかもしれない。

 

「アハハ……、確かにレーナって、昔から男勝りっていうか……男より男らしい所あるからね…」

 

莉梨歌が苦笑気味に振り返る。そういえば、自分がまだ虚弱体質だった頃、虐めてきた男子を片っ端から殴り倒していたのがレーナであった。

 

「誰が男だッ」

 

レーナが憤然とする。

 

「俺も時々、レーナが同性のイケメンに見える事があるよ」

 

「今度は蹴るわよ」

 

「今のは冗談だから忘れてくれ」

 

怖かった。

 

「イケメンなんテ言うカラ怒らレるんダよ。"イケ女"とか、ソンナ風に呼バなイと」

 

「アンタ達も殴られたいのッ!?」

 

ティナが微妙に呼び方を変えるが、本人からしてみれば大差ないらしく、鬼の形相で肉薄してくる。獲物を喰い殺す肉食獣さながらの勢いだった。

 

「おいおい!2発目は勘弁してくれッ」

 

「ヒャアアアア!暴力反対〜!」

 

 レーナに威迫され、ビビり散らかす2人。莉梨歌がなんとか場を収めようとするが、本来こういった場面の対処は李玲の役割である。弓道部の練習でこの場に居ないのが災いして、レーナの怒りが収まるのを待つしかなかった。

 

 こうした日常が何度も繰り返され、いつの間にか当たり前の光景と化していた。今後は皆で遊ぶ機会も極端に減るだろう。それでも、自分達の仲が引き裂かれ、バラバラになる事はないと確信できる。

 

 今までだって困難はあった。だがそれでも、いつだって5人で乗り越えてきたのだ。例え、幾千幾万の試練や災厄が降り掛かろうとも、この絆が断ち消える事はない----------。

 

 

 

 

 

 

 この時までは、そう信じていた-----------。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 志熊家の自宅は、二階建てのごく普通の一軒家である。幼馴染達を中心に、客人を招く事も多かった。

 

 二階にある理雄の自室まで案内すると、莉梨歌は唐突に服を脱ぎ始める。水泳で鍛えた引き締まった肢体と、瑞々しい肌が露わになる。豊満な双丘がぶるんッと揺れた。

 

「よし、ヤろうッ!」

 

笑顔で元気よくそんな事を言われても、下着姿のままでは反応に困る。

 

「おいバカいきなり何考えてんだッ、勉強しに来たんだろ?」

 

「その前に性欲を満たして!今日こそ満たして!ここ最近、欲求不満で色々ともう限界なのッ!」

 

ドタンバタンッと地団駄を踏みながら、とんでもない事を口走る。ご近所さんにでも聞かれたら、明日のゴミ出しで気不味くなってしまう。

 

 ともかく、ここは落ち着いて服を着直してもらおうと、冷静に説得を試みる。

 

「……あのな莉梨歌?お前がむっつりスケベなのは知ってるし、俺もその辺は大好きだったりする。だが、いくら彼氏の家だからって、恥ずかし気もなく下着姿を晒すのはやめろ。そこまでいったら完全に痴女だ」

 

「いいじゃん!他に誰もいないし、理雄だって嫌じゃないんでしょ?なら問題なし!前向きに考えればお互いに溜まってたモノを発散できて一石二鳥だよ!」

 

「勉強するって本題はどこにいったんだッ?」

 

「そんなの後でいいでしょ!」

 

「よくねぇだろ!」

 

「もう!私達が最後にヤったの高校デビューの直後なんだよ?1ヶ月も放置されてたら爆発しちゃうよッ」

 

一体何が爆発すると言うのだろう……。

 

「それに見てよ!今日のパンツとブラ、何か言う事ないの!?」

 

腰に両手を当て仁王立ちしてくるが、恥じらいが微塵もなく、むしろ堂々としてるせいか、何一つときめかない。自分でも信じられないくらい心は冷静だった。

 

「……妙に子供っぽいつーか……、なんで魚の柄がプリントされたヤツなんて着けてんだよ?」

 

「レーナが言ってたんだよ!『あの男は気持ち悪いレベルで少女趣味だから、本番では小学生が穿くようなパンツにしなさい』って!」

 

頭痛がしてきて目元を抑える。あの女はどこまで余計な事を吹き込むつもりなのだろう。

 

「……アイツは悪人だからアドバイスなんかいちいち真に受けるんじゃねぇ。あと、いい加減に服を着ろ。通報するぞッ」

 

「いーや着ない、絶対に着ないッ。リオが全身から触手を伸ばして心のゆくまま蹂躙してくるまで、どんな困難があろうとこのままでいるッ!」

 

「俺にそんなモンはないッ!あと俺は責めるのも好きだが、どっちかといえば責められる側の方が興奮するッ」

 

あまりに変態っぽい発言に、自分でもびっくりした。

 

「ぬがーッ!リオの性癖に刺さるような変態グッズでも買っておけば良かったー!」

 

高校生で変態グッズを購入する幼馴染彼女ってなんか嫌だな……と思っていると、莉梨歌がキリッとした表情で、ブラのホックに手を掛ける。

 

「もういい!リオが脱がさないなら私から脱ぐッ!」

 

「脱・ぐ・な!」

 

 恋人の部屋ですっぽんぽんになろうとする変態女を前に、理雄は頭を抱える。中学まではエロい事に興味津々ではあっても、ここまでぶっ壊れてはいなかった筈だ。

 

 普段は明るく優しい性格の持ち主なのだが、2人きりの時だと(たが)が外れて暴走する。あくまで自分の前でだけ見せる一面ではあるが、これはこれでたまったものではなかった。

 

 これから勉強だというのに、早速体力を消耗してしまい、疲れた様に溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 莉梨歌が落ち着くまで、取り敢えず自室に閉じ込めておこうと、階段を降りリビングへと向かう。

 

 一階に到着すると同時に、隣の玄関からガチャリと扉の開く音がする。

 

「------あれ?父さん?母さんまで…」

 

 首を向けると、両親が揃って帰宅した所だった。

 

「おう、ただいま」

 

 背が高く、やや目付きの鋭い40代前半の男性が現れる。札幌で消防士を務める理雄の父親、志熊成那(しぐませいな)だ。精巧な雰囲気を携え、疲労で充血した目を擦りながら靴を脱ぐ。

 

「当直って今朝の8時半までだよな?てっきりもう帰って寝てるかと思ってた」

 

実際、発情した莉梨歌が騒いだせいで、安眠を妨害された成那がブチ切れて、怒鳴り込んで来るのではないかとヒヤヒヤしていた。

 

「少し残業があってな、帰りが遅れた。とにかく、死ぬ程眠いから俺は休むぞ」

 

そう言って玄関に上がると、背後に隠れていた小柄な影が前に出る。明るい灰色の長い髪を背中の辺りまで伸ばし、前髪を綺麗に切り揃えている。童顔な上、身長が160cmにも満たないせいか、187cmの成那と比べてかなりの年齢差を感じる(実はこれで同い年だと言うのだから、驚きである)。とても15歳の息子と娘を持つ母親には見えない。いくらなんでも若過ぎるのだ。

 

「私も今日は早めに帰れたから、夕飯作りは任せて。弓道部の練習で李玲も遅いだろうから」

 

外見は20代に見えても、穏やかな雰囲気からは、年長者特有の余裕さが感じ取れた。太陽の様に温かな笑顔が眩しく、いつだって自分を見守ってくれた存在。誰よりも優しく、時に誰よりも厳しく、愛情を注いでくれたのが、この志熊波奈華(しぐまななは)であった。

 

 ふと、足元には綺麗に揃えられたローファーが置いてある事に気付く。李玲はまだ学校なので、すぐに別人の物だと理解する。

 

「あら、莉梨歌ちゃんも来てるの?だったら夕飯に誘ってくれない?久しぶりに色々話したいし」

 

 帰る途中でスーパーにでも寄ったのか、食材が詰まった買い物袋を手に台所へと向かう波奈華。

 

 自分が女の子と付き合ってる以上、真っ先に莉梨歌だと確信するのは当然の判断かもしれない。

 

「あぁ、俺の部屋にいるから、今呼んで---------」

 

 理雄が再び階段を登ろうとした、正にその時だった----------。

 

 突如として轟音が鳴り響き、家の中が激しく揺れる。

 

「きゃッ!?」

 

「母さん!」

 

バランスを崩して倒れそうになった波奈華を、咄嗟に抱きとめる。落雷よりも凄まじい衝撃だった。ほどなくして、余震にも似た揺れが収まっていく。

 

「------二人とも無事かッ?」

 

ソファで仮眠を取ろうとしていた成那が跳び起き、血相を変えて駆け寄ってくる。

 

「父さん、今のは……」

 

「分からんッ、だがアルギュロスかもしれん」

 

アルギュロス----------地球に侵略戦争を仕掛けたエイリアンが、地球に遺した冷徹なる白銀の天使達……自分たち人類にとって最悪の敵。

 

 戦後から12年が経過した現在も、世界中で人類の生存を脅かしており、偶に何らかの要因で安全圏に侵入し、未曾有の大虐殺を引き起こす可能性がある。

 

 先月に起きた『狗鷲事件』の記憶も新しい事から、皆が恐怖に支配される。

 

 成那はリビングの奥から散弾銃を取り出し、12ゲージのスラグ弾を装填する。アルギュロスの装甲を撃ち破るウロヴォロス合金の弾薬(ショットシェル)だ。銃刀法の大幅改正に伴い、一般人でも税金と登録料さえ納めれば、自衛目的で拳銃や散弾銃などを自宅内に限り所持できる。本来、熊撃ち用のスラグ弾は強力すぎる故、ホームディフェンスには向かないとされてきたが、熊よりも遥かに巨大で頑丈なアルギュロスが相手では、正直これでも心許ないのが現状だ。

 

「理雄ッ、波奈華と莉梨歌を連れてシェルターに逃げろ!」

 

「わ、分かった!」

 

この場は父である成那に任せ、波奈華と共に避難用シェルターに向かう。この家の地下に設置された唯一のセーフルームだ。かなり狭いが、5人くらいなら何とか収容できる。

 

 やがて、玄関のドアの向こうから、ドタドタと荒々しい足音が近づいてくる。一瞬、アルギュロスではないと安堵しかけたが、その足音が一人ではなく集団を成しており、足拍子のテンポの早さから、ただならぬ目的の来訪者だと脳が警鐘を鳴らす。

 

 急いで退避しなければ、と足を動かした所で、波奈華に腕を掴まれる。驚いて振り向くと、真剣な眼差しで此方を見据えていた。

 

「私は一人でも大丈夫だから、先に莉梨歌ちゃんを優先して」

 

「え……」

 

「早く!まだ2階の部屋にいるんでしょ?だったら急いで呼んできなさいッ。アナタの恋人は、アナタ自身で守るのよッ」

 

「…ッ、分かった」

 

 波奈華に檄を飛ばされ、すぐさま階段に進路を変えた。そうしているうちに、成那が散弾銃の銃口をドア越しに突きつけ怒鳴る。

 

「扉の前の者に告ぐ!俺はこの家の所有者である志熊成那だッ。此方は銃を構えている!!」

 

大声で警告を発し、退散を促す。

 

「警告するッ!万が一侵入を試みた場合は、容赦なく射殺----------」

 

刹那、高い耐久性を誇るガルバリウム鋼板製のスチール扉が吹き飛ばされ、成那の目前に炎が迫った------。

 

 

 散弾銃のトリガーを引くより先に、炎の濁流が成那を呑み込む。

 

「え------」

 

 一瞬にして黒焦げの焼死体となった成那を目撃し、波奈華が硬直する。

 

 たった今、目の前で何が起きたのか------。二人とも理解出来ずに茫然としていると、扉を破壊した張本人が玄関口から侵入してくる。中央アジア系らしき屈強な男だったが、明らかに普通の人間ではないと一目で分かる。心臓のある胸部や首周りを蜥蜴の鱗らしき物で覆っているのだ。

 

 だが、鱗で保護された部位以外は凄まじい火傷を負っており、皮膚が溶け、凄惨に焼け爛れていた。生きているのが不思議なレベルの重体であり、その手には何かの動物の皮や骨で作られた短い杖を握っている。

 

---------コイツが、父さんを…?

 

「理雄ッ、逃げて------!」

 

 先に我に返った波奈華に、後ろへと突き飛ばされた。次の瞬間、侵入者の杖が振られるのが見えた。杖の先端に蝋燭サイズの炎が生まれ、瞬きをしてる間に、火力が増して巨大な炎の渦と化す。

 

 そして、男が何事か小さく呟いた瞬間---------。

 

 炎が波奈華に向かって襲い掛かり、全身を焼き尽くした。

 

「ア……あぁッ…!」

 

 悲鳴を上げる間もなくその場に倒れた母の姿を前に、理雄は恐怖し、へたり込んだまま動けない。

 

訳が分からない……一体コレは何なのだ。何が起きているのだ----------。錯綜した思考に囚われていると、最初に乗り込んできた男の後ろから、新たに二人の外国人男性が現れる。一人は片腕の筋肉が異様に肥大化しており、もう一人は両手に鎌状骨(かまじょうこつ)らしき特徴が見られる(シャベル状の大きな手と強靭な爪からして、モグラの手に似ていた)。どちらも地獄の底で灼かれた醜悪な悪魔(アクタリオン)の様だった。

 

---------コイツらは、一体ッ?

 

 正体など分かる筈もない。平凡な高校生の分際で、こんな常識に反した連中の事など、知る由もない。

 

 自分はタチの悪い悪夢でも見ているのだろうか------。あまりにも惨い光景を前に、思わず現実逃避しそうになる。

 

 やがて、眼前に迫る男が殺意と共に杖を向けてくる。

 

 殺される----------本能がそう告げた直後、男の頭上にダンベルが突き刺さった。

 

『ガッ……!?』

 

「--------リオ!早く立って!!逃げるよッ」

 

突如、切羽詰まった表情の莉梨歌に身体を起こされる。下階の騒ぎを聞きつけ、階段から駆け降りてきた莉梨歌が、理雄の自室に置かれていた5kgのダンベルを持ち出し、男に目掛けて放り投げたのだ。

 

 火事場の馬鹿力を発揮したのか、80kg以上ある自分を持ち上げると、リビングの奥に突っ込む勢いで共に逃走する。

 

「急いで!シェルターに入れば------」

 

背中を向けた直後、莉梨歌の足が炎で炙られる。

 

「ぐッ…!?」

 

神経を直接削がれるような激痛に莉梨歌が倒れる。

 

「お、おい!」

 

慌てて抱き起こそうとすると、莉梨歌は背後に迫る殺気を感じ取ったのか、苦痛に顔を歪めながら、無理矢理立ち上がった次の瞬間、信じられない行動に移った。両手を広げて、理雄の盾になろうとしたのだ。

 

「バカッ!何考えて------!」

 

肩を掴んで引き戻そうとするが、強い力で振り払われる。恐怖で身体を震わせながら、それでも気丈に叫ぶ。

 

「リオは………リオは私が守るッ!!」

 

 莉梨歌は泣きながら、涙声で必死に声を振り絞る。

 

「…ッ!よせッ------」

 

全力で手を伸ばすが、あと一歩届くのが遅かった------。

 

 迫り来る炎に対し、莉梨歌は逃げもしなかった。制服のブレザーが焼かれ、上半身の肉が焼かれる臭いが、熱と共に鼻腔に入り込む。長い蒼銀色の髪が焼け散っていくのが見えた。

 

「ア……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 莉梨歌が床に倒れ、全身を焼き尽くす耐え難い激痛にのたうち回る。皮膚がズル剥け、呼吸が出来なくなり、やがて絶叫が途絶える。

 

「リ………オ…」

 

此方を見ながら、莉梨歌は僅かに口を開き---------息絶えた。

 

 自分の目の前で----------焼き殺された。

 

「莉……梨歌…」

 

こんな………こんな事があり得るのだろうか?非科学的な手段で、最愛の想い人が無惨に殺される------。そんな理不尽が目の前で起こっている。たった今、夏鳶莉梨歌は死んだ。訳も分からず、時間にして1分弱……それでも本人にとっては、永劫に近い責苦を味わいながら、殺された。

 

 何故だ?どうして?自分達が何をした?これだけの不条理を課されなきゃいけない理由がどこにあるッ?

 

 理解できない(ふざけるな)----------。許容できない(ふざけるな)------。怒りで気が狂いそうだ------ッ!!(ふざけるな)

 

「ア……アア……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 

 絶望と憎悪の慟哭が世界に響き渡る。莉梨歌達を殺した犯人は、明らかに消耗している様子だった。

 

「Черт возьми! У меня не осталось сил.《クソッタレ!もう力が残ってない》」

 

「Что ты собираешься делать!? Ты хочешь сдаться сейчас?《どうする!?今から投降するか?》」

 

「Не будь глупым, у фонда нет причин брать нас в плен! Меня убьют《バカ言うな、財団が俺達を捕虜にする訳ないだろ!殺されるぞッ》」

 

 

聞き慣れぬロシア語の口論など耳にも入らない。目の前が赤く染まり、感情の制御を失った理雄には、ただ叫ぶ事しか出来なかった。

 

「Черт возьми, просто убей его ------《畜生、コイツだけでもブッ殺して------》」

 

 残った自分を手にかけようとした直前、何者かがリビングの大窓を割り、突入してくる。

 

 私服の上にタクティカルベスト、ヘッドギア、ガスマスクを着用した武装集団だった。

 

 先頭の大男がサプレッサー付きのアサルトライフルを構え、銃撃を喰らわせる。消音された乾いた銃声が鳴り響き、あっという間に三人が刈り倒された。

 

「J-1!ジャックポット通過。繰り返す、ジャックポット通過ッ」

 

「まだだ!焼き殺すまで油断は出来ないぞッ」

 

「火炎放射だ!!」

 

「待て!生存者がいるッ」

 

「おい!大丈夫か!?立てるかッ?」

 

「時間がない!J-3。ソイツを担ぎ出せ」

 

「了解。さぁ行くぞ!!」

 

「他はどうだ?生きてる奴はいるかッ?」

 

「ダメだ!全員丸焼きにされてるッ」

 

「クソッタレ………早く火炎放射器を持ってこい!とっととこのクズども地獄に送れッ!!」

 

 

 

 

 

 

 そこから先の事は、よく覚えていない。

 

 気が付いた時、自分は救急車の傍で座り込んでいた。家の周囲は消防車やパトカーで埋め尽くされ、封鎖テープの外には野次馬が押し寄せていた。

 

 連絡が行き届いたのか、学校から急いで帰宅した李玲が、血相を変えて抱きついてくる。

 

「兄さん……よかった。本当に……よかった…………う、うぅ……!うわぁぁぁぁッ…!!」

 

 李玲は自分が無事な事に心から安堵していたが、同時に両親と、莉梨歌を失った悲しみに打ちのめされ、声が枯れるまで泣き続けた。少し遅れて駆けつけたレーナとティナも、ずっと涙を零しながら泣いていた。

 

 この時になってようやく、悲しみが溢れ出してきた。莉梨歌も、両親も、もうこの世にはいないのだと------。

 

 それでも、自分の内側に深く刻まれた傷は消えない。煮えたぎる様な憎悪が、志熊理雄という人間を支配し、根本から変質させていた。

 

 おそらく、今まで普通に、平和で平凡な日常を謳歌してきた自分は、この瞬間に死んだのだろう。

 

 この日を境に、高校生・志熊理雄の"想い"は永遠に失われた。

 

 かけがえのない人達の命と共に炎に焼かれ、空へと溶け去った------。

 

 西暦2037年、5月16日---------夕刻。

 

 後に財団から【事件記録2408-1】---------通称、『ブラックロッジ事件』と呼ばれた一連の殺戮劇は、財団、及び関係機関のみならず。民間人にも多大な犠牲者を出し、最終的には上陸したブラックロッジ構成員、全員の死亡によって幕を下ろした---------。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、志熊家で起きた惨劇の事実は一切公表されず、一般社会では『何者かによる放火殺人事件』と報道された。真実に関わる者の意見は徹底的に黙殺され、闇へと葬られた------。

 

 

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