Project Sekai SCP incident feat . 作:唯尊
西暦2020年。
宮益坂女子学園1-Cの教室にて、女子高生・星乃一歌はスマホを眺めながら、朝のホームルームが開始されるのを待っていた。席に着きながら教室の掛け時計に視線をやると、ドルフィン針が午前9時10分を指していた。
「おはよう!いっちゃん」
ふと、背後から活発な声が掛けられる。自分を『いっちゃん』という愛称で呼ぶのは、昔から一人しかいない。
「おはよう、咲希」
首を向けて挨拶すると、一歌の幼馴染の一人---------天馬咲希が明るい笑顔で近づいてくる。
「あれ?いつもはもっと早く来てるよね?もしかして体調悪い?」
現在、咲希はソフトテニス部に所属しており、中学の頃と比べて元気な姿を見せる事も多くなったが、それでも予断を許さない状況に変わりはなく、少し前にも練習中に倒れるというアクシデントが起きたばかりだ。
一歌が心配すると、咲希は首を横に振る。
「大丈夫!今朝は寝癖がひどくて、直すのが大変だっただけだから!」
そういえば、咲希の髪は巻いてる様にも見えるが、実はくせっ毛で毎朝のセットにはそれなりの時間をかけているのだった。
「にしても……りおせんせー、まだ戻らないのかな?」
「うん………」
二人して黒板の前に置かれた教壇を見つめる。
今春から宮女の客員講師として来任した青年、志熊理雄は、先週から本職の関係で学校を離れており、ここ一週間姿を見せていない。
制服のスカートのポケットからスマホを取り出す。連絡先のリストを開くと、そこには最近追加されたばかりの、理雄の連絡先が載っていた。
「一応、メールとかは送れるし、返信も来るんだけど、『具体的にいつ戻れるかは分からない』って……。咲希の方はどう?連絡きてる?」
「うん、アタシも似た感じ……。しほちゃんやほなちゃんも同んなじだって」
「そっか……」
少し顔を俯かせる一歌、どこか思い悩んでる様子だった。
「……やっぱり心配?」
咲希が気遣う様に尋ねてくる。
「うん……上手く言えないけど、なんとなく不安っていうか…」
「アタシもいっちゃんと同んなじかな……。先週のりおせんせー、すごく辛そうだったし…」
咲希もやや暗い表情を見せる。二人がどうしても気になっているのは、数日前、自分達『Leo/need』が日頃の練習の息抜きで訪れた『シブヤ・ステラプレイス』での出来事だった。あの日は咲希の提案により、ひどく憔悴した様子の理雄も誘ったのだが、その時に自分達は今まで知らなかった志熊理雄という男の一面を垣間見たのだが------。
「本業だって言ってたけど……りおせんせーのお仕事って、なんだかすごく危ないらしいし、詳しい事は結局教えて貰えなかったもんね?」
咲希がしゅんと落ち込む。
「私達が子供だからって言ってたし、確かにその通りなんだけど……。力になれなかったのは悔しいっていうか、残念だったかな…」
出会ってからまだ日は浅いが、幼馴染同士のすれ違いや、日頃の学校生活で助けられる事も多かったので、理雄には数々の恩義と感謝の念を覚えていた。いつか何らかの形で返したいと思っていたが、あの時に感じたのは、自分達と理雄の間に存在する壁が想像以上に高く、心の距離もまだ遠いままだという事だった。
特に、"夏鳶莉梨歌"という人物の名前が話題に上がった時、理雄は今までに見た事ないくらい、話すのを躊躇っていた---------というより、話したくない様子だった。
結局、その時に教えてもらったのは、莉梨歌は昔、仲の良かった幼馴染の少女である、という事だけだった。
どうしてその少女の写真をロケットに入れて持ち歩いているのか、具体的な関係の深さは、そもそもただの幼馴染なのか、といった質問には一切答えてくれず、写真自体も見せては貰えなかった。
最終的に、咲希が『だったら!りおせんせーが話したくなるまで待ちますッ。せんせーがアタシ達の悩みを聞いてくれた時みたいに、アタシ達もせんせーの力になりたいんですッ!』とゴリ押しした結果、いつでも相談できる様にと、各自で理雄と連絡先の交換に至ったのである。外部の非正規教員とはいえ、世間体の問題もある事から理雄は若干渋ったが、志歩や『MORE MORE JUMP!』のメンバーとは交換してるのがバレていた(雫がうっかり暴露していた)ので、今更だろうという事で交換が完了したのだった。
「大丈夫だよ!きっとこれから、色んな話が聞けるよ。アタシ、もっとせんせーの事知りたいし!」
いつも明るく、笑顔を絶やさないムードメーカーらしく、咲希は前向きな姿勢を取り戻す。如何にも彼女らしいな、と苦笑しながら一歌は首肯を返す。
「そうだね。咲希と話してる時の理雄先生って、なんか楽しそうだから」
「えへへ、そうかな〜?」
頬の筋肉を緩ませる咲希を見ながら、一歌はつい別の方向に思考を巡らせてしまう。
----------それにしても、理雄先生って何者なんだろう。
最初に出会った頃から感じていた、自分達とは根本的に異なる強烈な違和感---------存在間の異質さが、ここ最近どうしても意識してしまう。
一歌から見て、普段の理雄はごく普通の頼れる大人だ。雰囲気が殺伐としており、陰険な顔付きのせいで怖い印象を与えるが、本当はすごく優しくて、真っ直ぐな人だ。あの人のおかげで、今のLeo/needがある。
ただ、学校での姿とは別に、時々常人離れした行動を見せる事がある。
かつて、志歩が囚人服の男に捕まり生命の危機に晒された時、理雄は圧倒的な格闘能力で犯人を制圧し、志歩を助け出した。
あの後も理雄の強さが気になってはいたが、宮女で元自衛官だと説明された時、自然と納得してしまった。詳しく知ってる訳ではないが、自衛隊で過酷な訓練を受けたならば、あれだけの実力を持っていてもおかしくはないだろう。
----------だとしても、ここ最近の理雄先生は明らかにおかしい…。
『シブヤ・ステラプレイス』で志歩も疑問を感じていたが、いくらなんでも怪我の頻度が多過ぎる。それも重度の骨折や内臓の損傷を伴う大怪我だ。連続で入院だってしている。志歩に問い詰められた時も、『危険な仕事に従事している』としか言ってくれなかった。
一体、自分達の預かり知らぬ所で彼は何をしてるのだろう------。そんな事ばかり考えてしまう。
……心なしか、志熊理雄の見てる"セカイ"は、自分達とは全く異なる次元にあるような気がする。
----------少しは近づけたと、思ってたんだけどな……。
結局それは、ただの錯覚……自分達だけにとっての、都合の良い思い込みだったのかもしれない。
あの日、カラオケボックスで見せた理雄の瞳は、耐え難い程の"痛み"に満ちていた---------。
彼の過去に何があったのか、莉梨歌という少女に何か関係があるのか---------自分達には、何一つ分からない。分かりたくとも、知る事すら叶わない。志熊理雄という男の本質に、これっぽっちも近付けてなどいなかった。
自分達では、彼に寄り添う事すら許されないのだろうか----------。
そこまで至った所で、一歌は頭を振って思考を中断する。
----------ううん、諦めちゃダメだッ。私だけじゃない、咲希や志歩も、穂波も……理雄先生への想いを、失いたくない!
彼の想いが、自分達を救ってくれたのだ。合唱祭の時だって、穂波は前に進む勇気を貰っている。いつかこの想いを、彼に届けたい!!
理雄ならば大丈夫だ。犯罪や非合法な行いに手を染めてるとは思えないし、例えそういった危険が降り掛かろうとも、彼ならば易々と打ち砕き、乗り越える筈だ。
4月に教室で初めて会った時も、不思議と理雄を信じられた。初対面であるにも拘らず、彼ならば力になってくれると確信を----------。
「----------あれ…?」
ふと、そこで根本的な疑問を抱く。そもそもどうして自分は、それまで面識の一切なかった理雄を頼ったのだ?確かにあの時の理雄の第一印象は、人当たりが良く(猫を被ってはいたが)、何事にも臆しない鋭利で強靭な精神性を備えた好青年といった感じだったが、中学の頃から両親にも話せず、ずっと悩みを抱えていた問題を、その日に知ったばかりの相手に相談するだろうか。確かに大変な時期ではあった。しかし、自分で言うのもなんだが、自身の内気で少しシャイな性格を考慮しても、あまり考えられる展開ではなかった。
----------いや待て、そうじゃない……。
「…?どうしたの?いっちゃん」
突然様子がおかしくなった一歌を見て、咲希が不思議そうに聞いてくる。
「---------ねぇ、咲希……。変な事聞くかもしれないけど…」
一歌は神妙な面持ちで咲希に顔を向ける。
「私達と理雄先生って………昔どこかで会ってなかった?」
咲希は今度こそ訳が分からないといった様子で首を傾げる。
「昔って……アタシ達が子供だった頃?アタシはないと思うけど------いっちゃんはあるの?」
「えっと………どのくらい前かは覚えてないんだけど、理雄先生が初めてこの学校に来た時、何故か初対面には思えなくて……、こう、どことなく見覚えがあるというか、懐かしいというか……」
イマイチ要領の得ない回答に、咲希は首を捻る。
「それって本当にりおせんせーなの?他の人と見間違えてるんじゃない?」
「そう、かもしれないけど……」
咲希に指摘され、思わず回答に窮す。そう言われてしまっては、どうしても反論に困るのだ。確かに理雄は背が高く、足も長くて顔立ちも綺麗だ。雰囲気が独特なのもあって、街中ではかなり目立つだろうが、それ以外に関しては至って普通に見える。記憶が朧げで曖昧なのもあって、似たような別人と間違えてる可能性は高い。
だが、それでも自分達との日常会話で見られる理雄の声、表情の変化、細かな所作などには、そこはかとなく既視感を覚えるのだ。
咲希の言う通り、単なる気のせいかもしれないが……。仮にもし、以前にも面識があったとしたら---------。
自分は一体、いつ、どこで、何がキッカケで理雄と出会ったのだろう----------。
一歌が深く考え始めた時、教室の扉がガラリと開かれる音がする。担任教師の女性教諭が入ってきた。
「皆さん、朝のホームルームを始めます。席に着いてください」
「いっちゃん、アタシそろそろ戻るね?」
「あ、うん…」
なんだか中途半端な所で思考が打ち切られる。咲希が自分の席に戻って行くのを見送ると、やがて今日の日直が「起立、礼」と号令をかけ、それに合わせて礼を行い、再び着席する。すると、普段から凛とした雰囲気を纏った50代前半の担任は、何やら深刻そうな面持ちで重々しく口を開く。
「その、朝からこのようなお話をするのは大変不本意なのですが……、皆さんどうか、落ち着いて聞いてください」
ただならぬ雰囲気に、生徒達の間に緊張が走る。一体何を聞かされるというのだろうか---------。皆の背筋が自然と伸び、聞く姿勢が正される。数十人の視線が集まる中、担任教師は厳かに告げる。
「1-Bの鳳えむさんですが……、合唱祭終了後、現在まで行方が分からなくなっています」
「え……!?」
一歌は思わず口に出してしまった。教室内にどよめきが走り、生徒同士で互いに顔を見合わせる。それまで安穏としていた空気に不安と困惑が入り混じり、徐々に混乱が広がっていく。
「静粛に!」
担任教師の一喝で教室のざわめきが一時的に収まる。
「鳳さんの状況に関しては、まだ不確かな事が多く、学校側としても確認の最中です。しかし、ご本人との連絡は未だ取れず、実家に問い合わせても『帰宅していない』との事です。もし何か、鳳さんの件でご存知の方がいれば、遠慮なく周りの先生方にお知らせください。それともう一つ----------最近シブヤ区内で誘拐事件が多発しています。警察が注意を呼びかけていますが、皆さんも下校時には、集団で帰宅したり、余計な寄り道をしないなどの注意を---------」
「あ、あの!それって鳳さんが誘拐されたって事ですかッ?」
突如、クラスメイトの一人が血相を変えて挙手する。その発言を皮切りに、再び教室内が騒がしくなる。
「……まだ、そうと決まった訳ではありません。ですが、犯罪に巻き込まれる可能性がある事を、皆さんも留意しておいてください」
突然のえむの失踪に、殆どの生徒は狼狽えていた。ここ最近、不審な事件や事故が多発してるのは知ってたが、まさか自分達の通う学校の生徒が、直接巻き込まれた可能性があるなんて---------。
志歩の一件があった事から、仮にコレが何らかの事件だった場合、今頃えむは生命の危機に晒されているのでは、と一歌は考えてしまう。
----------どうしてだろう、最近……こんな事ばっかりな気がする。
理由は不明だ。ここまで来ると、何かの因果関係があるのでは感じてしまう。しかし、一介の高校生に過ぎない自分に、事態の全貌を把握できる訳がない。
不安のあまり、手が白くなるまで握り締めていると、不意に、ここにはいない黒衣の青年を思い出す。もし彼がこの場にいたら、こういう時、どうしたのだろうか?
----------理雄、先生ッ……!
【次回予告】
任務で深手を負ったジュリエットチームは、一時的に元の世界への帰還を許され、各々で療養期間を過ごす。
それまでの自分の在り方を見直すべく、己の忌まわしい過去と向き合う決意を固めた理雄だったが、その頃、一歌達の世界では事態が急変していた。
宮益坂女子学園の生徒であり、理雄が密かに見守っていた鳳えむが行方不明になったのだ。
何者かに拉致された可能性が高いという情報も入り、アノマリー絡みの事件に巻き込まれたのでは、と理雄は焦燥感に駆られる。財団の拘束下に置かれている鳳家の三人に対し尋問が進む中、姿を見せずに暗躍する要注意団体は更なる行動に移る---------!
敵の目的も不明なまま、長年の沈黙を破り再活性化したSCPが猛威を振るう。圧倒的に不利な状況下で、理雄たちの死闘は新たな展開に突入する---------。
『いいかッ、お前らが殺したチャーリーの六人は、俺達の兄弟だッ!』
『バカな………どうしてお前が生きてるッ?』
『この世界が希望から程遠い場所なのは、よく知ってるだろ』
『それでも………俺はえむを諦めたくないッ!』
『理雄先生は----------何と戦ってるんですか?』
『終わりなんてないんだよ。俺達の戦いには………』
第4章、『ワンダーランズ×ショウタイム』メインストーリー………【銀と黒の銃弾】編、再始動---------。
次回、第六十五話----------『不死鳥の巣』