Project Sekai SCP incident feat .   作:唯尊

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第六十五話 不死鳥の巣 PART1

 

 基底世界、西暦2045年----------某所。

 

SCP財団・サイト-01に勤務するアメリカ人職員、ライアン・E・ウィグルスワースは、この施設の最深部に位置する会合施設にて、機材の最終チェックを行っていた。

 

 総務部に所属するライアンの日常業務は、大して面白みもないルーティンワークの繰り返しだった。備品整理や施設管理、上級職員の車での送迎……あとはせいぜい雑用くらいのものである。

 

 皮肉な事に、常に生命の危機に晒され、絶望的な殉職率を叩き出している財団職員の中では、一番楽な仕事と言える。退屈と引き換えではあるが、サイト-01(ここ)は世界中に存在する主要な財団施設の情報バックアップとして働く安全地帯であり、他の保護サイト同様、いかなる異常存在も接近させることが許されていない。O5議会員や高位職員の保護の為、所在地すら徹底的に秘匿され、厳重に機密扱いとされている。

 

 物理的、電子的にも堅牢なセキュリティに守られ、危険とは程遠い場所であるが故に、こうして毎日、平和ボケしそうな日々を過ごしている。

 

 しかし、今回ばかりは決してミスが許されない重大な作業を任されていた。

 

 もうじき、財団の最高機関であるO5評議会が、この場で会談を開始する---------。

 

 人類の今後の行く末を定めるべく、13人のトップが互いに意見を交わすのだ。万が一でも、会談の最中に機材トラブルなどが発生した暁には、徹底的に責任を追求され、惨めな余生を過ごすハメになる。普段から気が弛んでると指摘されている自分でも、必死にならざるを得なかった。

 

 カタカタとパソコンを鳴らし、何度も何度も念入りにプログラムを確認する。一心不乱の形相で画面を睨みつけていると、共に仕事に励んでいた同僚から声をかけられる。

 

「ライアン、コッチは終わったぜ」

 

 別の場所での作業を終えた同僚の男が近づいて来る。

 

「完璧か?」

 

「当たり前だろ!舐めた仕事したら、ここのサイト管理官に殺されちまうッ」

 

「だろーな……」

 

そんなのは自分もゴメンなので、最後まできっちり仕事をやり通す。

 

「なぁ、聞いたか?例の"別世界"の話……」

 

手が空いたからなのか、突然話題を振って来る。

 

「何の話だ?」

 

「ホラ!日本で活動していた機動部隊がアノマリーと接触して異世界に行ったってヤツさ」

 

なんだその話か…、と同僚の方も見ずに応じる。

 

「所詮ウワサだろ?似たような話ならいくらでも聞く」

 

「いや、今回ばかりはマジらしい」

 

「どういう事だ?」

 

「なんでも、過去に何度か同じ派遣任務が行われていて、今回で4度目らしいぞ。そして最近、派遣されていた連中が帰還して、新しい部隊と交代したんだそうだ」

 

「……一応聞くが、その情報ソースは確かなのか?」

 

「日本の第818基地に知り合いがいるんだが、ソイツが帰還した機動部隊員と会ったらしい」

 

「何だそりゃ、どうにも嘘臭いな……。その知り合い、どっかのホラ吹きに騙されてるんじゃないのか?」

 

「そりゃねぇだろ。財団に所属する現役の軍人だぜ?本物と偽物の区別くらい出来るさ」

 

「仮に本物の機動部隊員だったとしても、実際に別世界に行ったかどうかまでは分からないだろソレ---------と、これで大丈夫だろう」

 

 パタンとパソコンのモニターを閉じると、接続していたUSBケーブルを端末から引き抜く。

 

「ま、何であれだ。本当にそんな所から帰還できたんなら、喜ぶべき事だろ。SCP-2935の事例もあるから、あまり行ったり来たりはしないで欲しいがな……」

 

戻った瞬間に"凡ゆる生命が死に絶える"なんてケースが、実際に起こり得たかもしれないと思うと、機動部隊イプシロン-13(マニフェスト・ディスティニー)の決断は、本当に英雄的行動だったと思う。世界を守る為に己を犠牲にするなど、自分には到底できない。過去の薬物中毒のせいで職に就けず、路頭を彷徨ってる所を財団に拾われた身だ。他人に誇れる覚悟や矜持など、はなから持ち合わせていなかった。

 

「それより、早く昼飯に行こうぜ。腹が減って死にそうだ」

 

 左手の腕時計を見ると、時刻は午後2時を過ぎていた。

 

「…だな、少し遅めだが、この時間ならまだ肉が残ってるだろ」

 

 なにぶん娯楽の少ない職場だ、メシくらいしか楽しみがない。

 

 二人は会合施設を後にし、食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

---------------1時間後。

 

 

 

 暗闇に閉ざされた会合施設内で、コンピュータが起動し、室内が蒼白い光で満たされる。ホログラム・ディスプレイが、ブレードにLEDを実装したファンを回転させることによって、空中に映像を投影しているのだ。

 

 やがて、縦に5m、横に3mはある長方形の石板らしきホログラムが構築され、円卓を囲む様に13枚のモノリスが並ぶ。表面にはそれぞれ『O5-1』〜『O5-13』と数字が刻まれており、その下には『SOUND ONLY』と表示されていた。

 

 O5評議会、13人によるトップ会談---------。

 

『-----------こうして、O5全員で集まれた事を幸運に思う』

 

議長を務めるO5-1が、軽く前置きをする。スピーカーを通して聞こえる声は、重厚ながら大凡の年齢を把握できない不気味さを感じさせた。

 

『幸運?この状況のどこが幸運だと言うんだ?』

 

O5-11が棘のある声を返す。妙齢の女性の声だ。

 

『80年前の『第1次O/D作戦』実施から、未だに目標を確保できていない。それに加え、今月の機動部隊シータ-25Cの全滅、SCP-1983の再活性化……これだけでも十分に非常事態と言える』

 

『同感だ。そもそもなぜ交代部隊にシータ-25Rを送った?あれでは体のいい厄介払いだ』

 

O5-7が同調を示す。

 

『シータ-25Rは優秀だが、上から下まで問題児揃いのチームだ。特にリーダーのアポストレーチェ・ドミトリェスクは、あまりにも高い能力を有する野心家だ。財団への忠誠心よりも、己の支配欲を優先させる。切れすぎるナイフは返って危険だからこそ、機動部隊アルファ-1(レッド・ライト・ハンド)から異動させたんだ。出世という名目で、懐から手放したのだろう?だが、その結果奴等が向こうで問題を起こせば、あの世界の財団は怒り狂うだろう。我々との同盟関係にも亀裂が走る』

 

 ロメオチームの派遣を最終的に決定したO5-1に、懐疑的な視線が集まる。

 

『その心配はない。確かにロメオは厄介だが、表立って反抗する程バカではないし、ドミトリェスクに関しても、あの世界に奴の信奉者はいない。今までの求心力を失った以上、あの男は既に一戦闘員に成り下がっている。向こうのO5の支配体制に、影響を及ぼす事はないだろう。------他には?』

 

続いて、O5-10が挙手する。

 

『では、俺から一つ。再活性化したSCPナンバーズで、1983以外に活動を再開したオブジェクトは確認できなかった。なお、ワイオミング州の『駐屯地54』からの報告によれば、オリジナルのSCP-1983は現在も非活性状態にあるらしい』

 

それを聞いて、周囲のO5達が困惑する。

 

 事案1983-23後、SCP-1983を取り囲み、化学プラント工場に偽装した駐屯地54からの撤退が許可されたが、SCP-1983がその後も活動する可能性もあるため、現在も監視員として最小限の隊員を残している(再びSCP-1983-2が活動した時のために、兵器庫にも銀の弾丸といった武器が残されている)。常駐する機動部隊カイ-13(少年聖歌隊)によれば、SCP-1983は現在も沈黙したままだった。

 

 また、ジュリエットチームが派遣された件の別世界でも、同じ状態だと伝達を受けている。

 

『待て、意味が分からない。仮に両方の世界で本物のSCP-1983が無力化されたままならば、ゴビ砂漠に現れた1983-2は何だというんだ?実際に中国軍超常部隊と我々の機動部隊が壊滅してるんだ。単なる誤認や錯誤の類ではないだろ?』

 

O5-6が全員の意見を代弁する。

 

『------あの世界については不明な部分も多い。だが数日前、その件に関与した疑いのある企業グループの重役3名が、ロメオチームによって拘束されている。まだ尋問の最中ではあるが、じきに有益な情報を吐き出すだろう』

 

『だが不幸中の幸いだ。1983の対策法は既に熟知されている。今の所、暴れてるのがヤツだけなら、やりようは幾らでもある』

 

O5-2とO5-3の意見に対し、O5-4が苦言を呈す。

 

『少しばかり楽観視が過ぎるのではないか?我々は1983-1の正確な所在地すら確認できてないんだ。あの忌まわしい連中が、いつ、どこで、どれだけの数が発生するのか判明していない以上、このままではまたどこかで被害を被る。限定的とはいえ、ようやく人員や物資を安定して送れる様になってきたんだ。私としては『SA-5000-2』に対し、更なる援助の増強を提言する』

 

『自分も賛成です。ただでさえ我々はアルギュロスのせいで、自由な行動を封じられている。特に2040年以降は、国際紛争の激化により、我々とのパートナー契約を破棄、もしくは不履行を試みる国家が増え続けています。裏から圧力をかけて、半ば脅迫する形で何とか繋ぎ止めていますが、このままではいずれ限界を迎え、破綻します。まだ力が残ってる内に、可能な限りの資産を『SA-5000-2』に移すべきです』

 

 O5-13がO5-4を支持する。その後も議論は進み、財団が抱える収容施設の削減、予算の確保、圧倒的に不足する人員の補充、Thaumielクラスを始めとした特殊クラスアイテムの運用状況、その他、現在進行形で収容中のSCIPの経過報告……。

 

 一通りの議論が終盤に差し掛かった頃、それまでずっと沈黙を守り続けていたO5-12が唐突に口を開いた。

 

『ところで………志熊理雄に関しては、今後どの様に対処するつもりだ?』

 

その瞬間、室内に静寂が漂う。

 

『……どうするも何も、放置するしかあるまい』

 

O5-8が半ば諦めた様子で呟く。

 

『本気か?確かに『第4次O/D作戦』に奴の存在は欠かせないが、下手をすればまた---------』

 

『どんな物事にも、リスクは必ず存在する。恐れていては、何も成し遂げられない』

 

O5-12が最後まで言う前に、O5-1が議論を切り上げる。

 

『忘れるな、我々には武器があり、知恵があり、金も多少はあるが、時間だけが足りない。『プロジェクト・シヴァ』が失敗した以上、我々にはもはや『基盤再構築計画(ストラテジック・モダナイゼーション)』を達成するしか道はない。これは人類に残された最後の生存戦略だ。手遅れになる前に、今一度財団が総力を上げ、一丸となって取り組む必要がある。決して負ける訳にはいかない……。人類の為に、三大理念に栄光あれ』

 

『『『三大理念に栄光あれ』』』

 

 ホログラムが消え、全てが暗転して闇に包まれた。

 

 

 

 

 SCP財団・情報部所属の女性エージェント、田上由那(たがみゆな)は目の前に広がる光景に対し、深く嘆息した。

 

 昔、自分がまだ財団に入ったばかりの頃、81地域ブロック尋問課のオリエンテーションを受けた事がある。そこで八家と名乗る人物から『尋問における2つの絶対原則』を教わった。

 

 一つ目。曰く、暴力による肉体的苦痛を与える尋問、つまり拷問は、尋問において忌み嫌われるべきものだという。暴力に晒された対象は、「真実」ではなく『自分が暴力から開放されるための情報』を吐き出すに留まるからだ。そんなものが財団において塵ほどの重みも持たないことは、まだ10代だった当時の自分でも容易に理解できた。そもそも、暴力なんて安易で簡単な手段は、2歳の幼児でも知っている。確かに手っ取り早くはあるが、その分誰にでもできる。2歳の幼児でさえ暴力を知っていて、それを振るう相手を選ぶ。誰にでもできることに対して、我々の相手は無防備でいてくれるだろうか?ちょっとアングラな趣味に傾倒した中学生でも思いつくような手段で、常識から外れた連中が秘密を吐き出すのだろうか?考えてみればすぐに分かる事だ。

 

 二つ目。自分達は話術を駆使して情報を引き出すが、その際の問いはできるだけシンプルでなければならない。尋問対象が嘘偽りなく此方の質問に答えるために、難しく複雑な質問をしてはいけない。簡単に、気持ち良く、即答できる質問を心がける必要がある。

 

 重要なのは、答えから情報を引き出すのであって、情報をそのまま答えさせるのではないという事だ。自分達が欲する情報は一筋縄では行かない相手ばかりな上、そんなものが口から直接飛び出てくることを期待していてはいけない。言葉から、仕草から、状況からそれらを引きずり出すのが尋問官の仕事だ。対象の指を切り刻んだり、頭を水に沈めたり、皮膚を剥いだりするのはナンセンスであり、役に立たない。

 

 しかし、多くの場合情報は此方から離れていき、暗く自分を封じ込め、此方の手から逃れようとする。

 

自分達はそれを掴み取り、隅々まで調べ尽くさなくてはならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だというのに---------。

 

「………コレは一体、どういうつもりかしら?」

 

由那の冷たい声音に、情報部・尋問課に所属する2人の男がビクッと肩を震わせる。明らかに萎縮した様子だった。

 

 薄暗い尋問室の中で、蛍光灯がボンヤリと辺りを照らす。由那の目線の先には、上半身裸の状態で椅子に縛られた鳳慶介が映っていた。今回の件でロメオチームに拉致された重要参考人の1人だが、今の彼は、見るも悍ましい悲惨な状態と化していた。

 

 顔面がズタズタになるまで殴られており、歯が全て無くなっている。両目の眼孔は潰され、顎の骨を折られたのか、口を半開きにしたまま血の混じった涎を垂らし、ピクリとも動かない。縛られた両手に目を遣ると、指の爪まで剥がされており、全身には無数の痣が見られた。おそらく警棒によるものだろう。

 

 最悪な事に、ここの尋問室には換気扇がなく、排水溝も設置されていない。当然、室内はコイツがぶちまけた吐瀉物や血の臭いで充満している。控えめに言って病気になりそうな悪臭だ。Dクラス職員による清掃もまだなのか、足元の惨状に関しては見たくもない。

 

 半死半生の体となっていた慶介を前に、由那はこめかみの辺りを押さえながら、この男の尋問を担当した2人に向き直る。

 

「貴方達は、どうして財団が未だに、尋問なんてアナログな事をやってるのか……知ってる?」

 

2人は視線を床に落としたまま喋ろうとしない。

 

「記憶抽出や改変技術なんてものは、情報災害部門の力を借りればボタン一つでどうとでもなるわ。機材を頭にセットして、モニターを通じて頭の中を覗くだけでいいんだもの。簡単でしょ?私達は解析が終わるまでオフィスでくつろぎながらコーヒーでも飲んでればいい---------。けど、現実はそんなに甘くないわ。これら財団の技術は大半が未完成であり、スタンリー・キューブリックのSF映画みたいに便利なものではないの。だからこそ、私達のような尋問官に仕事が回るのよ。結局の所、私達は相手が自分から情報を話すよう仕向けるしかない。そして---------」

 

由那はかろうじて生きている慶介を指し示す。

 

「相手を半殺しにすれば、それは絶対に叶わない---------。理解できる?」

 

「はい……」

 

「その通りです…」

 

2人は首肯を返してくる。

 

「そう?ならもう一度聞くわね---------。どうして、こんなバカなマネをしたの?」

 

由那は可能な限り冷静に、穏やかな口調で問い質す。内心は憤っていたが、この場で彼等を責め立てた所で、時間と労力の無駄にしかならない。

 

 やがて、2人はここまでの事態に陥った経緯を説明する。それによると、最初は規則を遵守しつつ、丁寧な質問を繰り返し、尋問を継続していたが、互いに信頼関係を構築するのは著しく困難を極め、双方が苛立ちを感じ始める。初めは落ち着いていた慶介も、徐々に反抗的な態度を取るようになり、ついには我慢の限界が達した。尋問に暴力を用いるようになり、暴行が段々とエスカレート。気が付いた時には、慶介氏はズタボロのボロ雑巾みたいになっていた----------との事だった。

 

「……事情は理解したわ。けど、暴行がここまで苛烈を極めたのは、他に理由があるんじゃない?」

 

「「……………」」

 

 2人は黙り込む。しかし、自分とてプロの端くれだ。尋問は多大な精神的負担を伴う戦闘であり、ここまでの道のりで数多くの修羅場を乗り越えてきた身としては、未熟な後輩の機微な感情の変化など、簡単に見透かせる。

 

「……高埜(たかの)、貴方は確か伊月と仲が良かったわよね?」

 

「…ッ」

 

2人の内、高埜と呼ばれた男の表情が強張る。伊月とは先週、フェニックス・グループの件で命を落とした女性エージェントの1人だ。

 

「動機は仲間の敵討ち?もしかして、彼女とは深い関係にあったりした?」

 

「……………」

 

高埜は唇をクッと噛み締める。情報部では、同じ職場の同僚同士で恋愛関係を築く行為を禁じている。万が一露呈すれば、互いに処分されるリスクを孕む。何も答えない高埜に対し、由那は小さく溜息を吐いた。

 

「……そう、まぁいいわ。詮索する気はないし、無理して答える必要はないわよ。どちらにせよ、これは見過ごせるような問題じゃない。私の権限で貴方達の職務を一時停止させます。処分の詳細は追って伝えるわ。なるべく重くならないよう私からも働きかけるけど、あまり期待はしないで頂戴。…………あと、これは大事な話だからちゃんと聞きなさい」

 

 由那は一呼吸置くと、2人の目を真っ直ぐに見つめる。

 

「こんな事をしても、誰も報われないわ。多少の復讐心が満たされた所で、伊月は生き返らないし、これまでの努力だって無駄になる。貴方達も財団に仕え、人類の為に戦うと誓ったのなら………その事をくれぐれも忘れないで。私からは以上よ。----------それと高埜、拳の傷を治療しときなさい。感染症になったら目も当てられないわ」

 

「…ッ!了解……しました…」

 

 2人は一礼した後、尋問室から退出していく。由那も後に続きながら、入口の手前で止まり、懐から館内用の無線機を取り出す。

 

「もしもし、聞こえる?少し問題が発生したわ。----------えぇ、そのまさかよ。私の不注意で、後輩を間違った道に進ませてしまった。余裕がなかったとはいえ、仲間を失って冷静さを欠いた部下に尋問をやらせるなんて、どうかしてたわ…」

 

由那は頭を抱える。あの2人の処遇は、最終的に上層部が決める事だが、どんなに軽い処罰で済んでも、再教育命令は免れない。そうなれば財団でのキャリアは終わりだろう。

 

 自分のせいで、大事な後輩2人の未来を潰してしまった……。

 

「部下の心理的なバランスを、もう少し把握しておくべきだったわ。そうすればこんな事には……。----------えぇ、そうね。ありがとう。そう言って貰えると助かるわ。貴女の言う通りよ。落ち込んでる暇はないし、戦いはまだ終わってないわ。----------そう、それと尋問していた男なんだけど、速やかに治療する必要があるわ。------状態?えぇと……取り敢えず息はしてるから、大丈夫だと思う。ともかく死なれる訳にはいかないわ。大至急ICU(集中治療室)の用意をしてくれない?」

 

無線機の向こう側にいる人物に頼む事しばし、依頼を了承する旨の回答が返ってきて安堵の息を吐く。

 

「ありがとう、本当に助かるわッ。---------えぇ、この借りはいずれ必ず」

 

無線機を切ると同時に、緊張の糸が切れたのか、ここ数日間の激務で蓄積された疲労が、波となって一気に押し寄せてくる。最後に寝たのはいつだろうか……。自分のような情報部所属のエージェントは、養成課程で軍事部門での訓練を受ける。敵対する要注意団体に捕縛された際、拷問に耐える為の手段---------所謂、生存・回避・抵抗・脱走(SERE)訓練と呼ばれるものだが、それと同時に72時間は連続で職務を遂行できるように鍛えられている。

 

 とはいえ、流石の自分も三日三晩ぶっ通しで情報収集と尋問に明け暮れるのは骨が折れる。これでも学生時代は体力バカと言われていたものだが、歳のせいか、最近はどうもキツく感じる。

 

 これはカフェイン抜きでは保たないな、と思い。エレベーターに足を運ぶ。仕事にも最低限のリフレッシュは必要だ。サイト-8156の共同オフィスでコーヒーを飲むくらい、許されてもいいだろう。

 

 上のフロアまで上がると、尋問室が置かれている地下と違い、明るいLEDの照明が由那を出迎える。ジメジメした異臭混じりの空気から解放され、少しばかり憂鬱な気分が晴れる。

 

 他の職員が入り混じる共同オフィス内の隅で、コーヒサーバーのスイッチを押すと、ミルを引くガリガリという音が響く。

 

「あ、田上さん!」

 

使い捨ての紙コップに淹れたコーヒーを口に運ぼうとした所で、背後から声が掛かる。

 

 由那の部下であり、明るい色の茶髪を後ろで纏めた若い女性だった。

 

琴音(ことね)?ごめんなさい、休憩ならすぐ終わるから……」

 

「それより!これ見てくださいッ」

 

何やら切羽詰まった様子の部下が、業務用のタブレット端末を翳してくる。どうやら警察のデータベースに保存された、ここ数ヶ月分の活動記録のようだ。

 

「これは?」

 

「今年度に首都圏で発生した不審な事件・事故を調べていたんですが、その中に丁度、今回の件に関わっていると思われるケースが見つかったんです」

 

 画面の一部分をタップし、表示を拡大する。そこに書かれていた文章にはこうあった。

 

『----------午後6時35分。鳳えむ、シブヤ区から失踪』

 

「これは……」

 

日付を確認すると、今から一週間前の事案だった。

 

「一応確認しましたが、この子は------」

 

「フェニックス・グループの社長令嬢……鳳家の次女ね。アノマリーや要注意団体とは無関係だったから、今までノーマークだったけど………本当に何か関係が?」

 

確かに怪しくはあるが、今時未成年の家出や失踪なんて珍しくもない。偶然、全く無関係な所で消息を絶ったのではなかろうか---------と思ってしまう。

 

 しかし、琴音が掴んだ情報はコレだけではなかった。

 

「コチラもご覧ください。別件でシブヤに潜伏していたフィールドエージェントが録画した映像です」

 

 端末を操作しながら、別の動画を再生する。

 

 それを見て、由那は今度こそ息を呑んだ---------。

 

「まさか、こんな事になってるとはね……」

 

 熱いコーヒーを嚥下し、由那は再び仕事に戻った。

 

 

 

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