Project Sekai SCP incident feat .   作:唯尊

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第六十六話 不死鳥の巣 PART2

 

 基底世界、西暦2045年5月---------。北海道・札幌市。

 

 第818軍事基地の四瀬将補から許可を貰い、志熊理雄は数年ぶりに故郷の土を踏んだ。

 

「----------暑いな…」

 

燦々と照らす太陽に、額に浮かぶ汗をハンカチで拭いながら、憂鬱そうに呟く。スマホで今日の天気情報を確認すると、気温が20℃を超えていた。戦前の頃から地球全体で問題となっていた温暖化の影響は、アルギュロス襲来による世界人口の大幅な減少、二酸化炭素を排出しない原発や太陽光発電を中心としたクリーンエネルギーの発展により、昔と比べて多少はマシになったものの、先史時代から人類が無秩序に増え続けた結果、この星に与えたダメージは相当に大きかったらしく、日本でも比較的冷涼な亜寒帯気候に属する北海道でさえ、この通り暑い春が風炎を運んでくる。

 

---------本当に、ここに戻るのも久しぶりだな……。

 

 心の内で小さく溜息を吐くと、今現在自分が位置する場所を確認する。ここは市内を巡るシャトルバスの停留所の一つであり、他に利用客もいないのか、こうして一人寂しくポツンと立っている。

 

 正直、ここには二度と戻りたくなかった。ジュリエットに配備され、生活拠点を首都圏に据えてから、自分は一度として帰郷していない。

 

 『ブラックロッジ事件』で莉梨歌と両親を失い、その後の幼馴染達に降り掛かった惨劇に加え、妹である李玲との確執から、理雄にとって故郷とは、足を運ぶ事すら耐え難い苦痛に感じる忌まわしい土地でしかなかった。

 

 だが、いつまでも逃げてる訳にはいかない。一歌達との出会いで、それまで無視して踏み越えてきた己の過去にケリをつけると決めた以上、今更引き返す事など出来はしない。

 

 特に--------------李玲とは必ず向き合わなければならない。

 

 左手のG-SHOCKと呼ばれるシリーズの腕時計に視線を落とし、時刻を確認する。そろそろ目的地行きのバスが到着する時間だ。

 

 周囲に視線を巡らせていると、少し離れた環状交差点の方から此方に向かってくる赤と白のカラーリングが施された中型バスが見えてくる。車体表面に塗装された車両番号を見て、間違いなく自分が乗るバスだと確認する。

 

 やがて自分から見て正面の位置に停車したバスは、車体中央と後部の間に設置された自動扉を開き、そこから乗車する。タッチパネルにICカードを翳すと、そのまま空いてる席に腰を下ろす。平日の昼前の時間帯だからか、自分以外の乗客は極端に少ない、おかげで座るシートには困らなかった。

 

 プシューッ、と空気が抜けるような音と共にバスの中扉が閉まり、信号が青く点灯すると同時にノソノソと発車する。

 

 ここから目的地まで少し時間が掛かる。清掃が行き届いているのか、陽の光がよく通る窓から外の景色を眺めながら、その間に、自分が彼女に言うべき言葉を探してみる。

 

 絶望のあまり錯乱していたとはいえ、不本意な形で関係を持ってしまい、あまつさえ史上最悪な別れ方をしている以上、向こうは会いたくもないだろう、仮に対面が叶ったとしても、此方にぶつけられる言葉は熾烈を極めるだろう。

 

 本音を言えば、会うのは怖い。だからこそ、今まで思い返すのを避けていた---------。だが、今度こそ自分は変わらなければ。IAの話が真実ならば、これから自分が相手にしていくのは、まともに戦う事すら叶わない絶対的な脅威となるだろう。今の自分に、ソレを乗り越える強さはない。いつだって苦難を退けるには、己を変革させるしかないのだ。

 

 謝罪の言葉は、いくら尽くしても聞き入れられる事はないだろう。しかし、例え関係の修復が叶わなくとも、幾千もの呪詛と罵声を浴びせられ拒絶されようとも、自分はそれを受け入れなければならないのだ。

 

 目を閉じると、別れ際の李玲の言葉が脳内で生々しく再生される。

 

『そうやって………また私を一人にするんですか……。そうやって----------何もかも捨てるんですかッ、全部全部、貴方自身のエゴの為だけに……ッ!!』

 

 

『許さない…、絶対に………許さないッ!!必ず、必ずこの手で報いを受けさせてやるッ、志熊理雄ォォォォォォォォォォォォッ!!』

 

 

 あの時の叫びが、憎悪に歪んだ表情(かお)が---------今でも脳裏から離れない。

 

 

 

 

 

 

 シブヤの街を、少年・神代類は必死の形相で駆け回っていた。普段は涼やかな余裕のある微笑を貼り付けているが、現在は切羽詰まった表情で大量の汗を顔に浮かべている。

 

「ハァ、ハァ、ハァッ…!」

 

やがて、自らが通う公立神山高校の校門前から姿を現す2人組の男子生徒を見つける。どちらも顔見知りの後輩だ。

 

「アレ…、神代先輩?どうかしたんすか?」

 

「随分と慌てているようですが……」

 

 オレンジ色に、黄色のメッシュが入った髪をしている少年---------東雲彰人と、全体的にクールな表現が目立ち、濃紺と暗めな水色の半分に分かれた短髪に灰色の瞳を持つ少年、青柳冬夜が目を丸くして尋ねてくる。珍しく取り乱した様子の類に困惑している様だった。

 

「き、君達……、彼女に見覚えはないかいッ?」

 

 ゼェ、ゼェ…、と荒く吐く息を整えながら、制服のズボンのポケットから取り出したスマホの画面を見せつける。そこには私立宮益坂女子学園のセーラー服を着込んだ少女の写真が表示されていた。自分達と同じ高校生の割に、無邪気な笑顔が幼い印象を見る者に与えるピンク髪のショートヘアーの少女---------。

 

「この子って、この前先輩が言ってた……」

 

「鳳えむだ!頼む、何か知ってるなら教えてくれッ!」

 

 ただならぬ雰囲気で迫ってくる類に気圧されながらも、二人は首を横に振る。

 

「いえ……」

 

「少なくとも、俺たちは見ていません」

 

二人の回答に、類は静かに肩を落とす。

 

「………そうか、時間を取らせてすまない」

 

 それだけ言うと、類は二人の前から走り去る。背後から「あ、ちょっと!」と呼び止める彰人の声を無視して、神山高校の校舎に入っていくと、丁度別行動していた少女と鉢合わせした。

 

「類!どうだった?」

 

「ダメだ。やはり実家には帰っていない!そっちは?」

 

神山高校のブレザーを着用し、灰色がかった緑色の長髪を腰まで伸ばして横髪を結っている。類の幼馴染である草薙寧々だ。

 

「わたしも……、宮女の子達に聞き込んでみたけど、先週から行方不明だって……ッ!」

 

「くッ…!」

 

唇を噛み締め、己の無力感に苛まれる。件の舞台での失敗から、司やえむとの連絡が絶え、しばらくの間一人で過ごす時間が多かった類だが、昨日、『セカイ』で出会ったミク達から『ワンダーランドのセカイ』に異常が起きていると知らせを受けたのだ。原因を突き止めるべく、色々と揉めた事により顔を合わせづらい司より先に、えむへ連絡を取ろうと試みたのだが---------。

 

「ネットを使って所在を掴もうとしたが、何の情報も得られなかった………。クソッ、一体どうなっているんだッ…!」

 

 焦燥感に駆られ、苛立ちを感じながら無意識のうちに悪態を吐く。無論、天賦の才に恵まれた類の力ならば、SNSなどの情報網を駆使して居場所を特定するなど造作もない事だ。仮に犯罪に巻き込まれているとしても、警察のデータベースからそれらしき形跡を見つける事は出来るだろうと踏んでいた。

 

 しかし、予想を裏切るかの様に驚く程情報が集まらない。いや----------ネットの掲示板なども含め、最初はある程度気になる書き込み等が入るのだが、すぐさま何処からか圧力が掛かるかのように、情報を総合する前に霧散してしまうのだ。

 

 寧々と共に警察へ直接問い合わせたりもしたが、何故かまともに取り合ってはくれず、早々に追い返された。また、最近シブヤで多発している連続誘拐事件の話を持ち出すと、何人かの警察官は露骨にその話題を避けるかのような素振りを見せた---------。

 

「司くんは校内で無事を確認しているが、宮崎さんとも連絡が取れない……。これじゃ探すどころかッ……!」

 

「------類!少し落ち着いてッ」

 

 困惑と葛藤の入り混じった表情で頭髪を掻きむしる類に対し、寧々が呼びかける。

 

「とにかく、このままじゃ埒が明かない……。わたし達だけで捜すには限界があるし、ここは司にも協力を---------」

 

「今の彼を、僕は信用できない」

 

寧々からの提案を、類は冷たく一蹴する。

 

「でも……」

 

「あの時、仲間を責める事しか出来なかった人間が、仲間を救えると思うかい?それより、頼るべき人は他にいる--------」

 

逡巡する寧々を傍に、類はスマホの『untitled』をタップする。直後、何処からか流れてくる音楽と共に、二人の姿が光に包まれ、現実世界から消失した。

 

「う……」

 

眩しさに目を細めた寧々が再び周囲に視線を巡らせると、いつの間にか『ワンダーランドのセカイ』に飛ばされている事に気付く。

 

『お〜〜い!二人とも〜!』

 

すると、遠くから此方へ走ってくる影を見つける。この世界の住人の一人、初音ミクだ。ただし、シブヤのスクランブル交差点に設置された巨大スクリーンやネットの広告で見る姿とは大きく異なる。猫をモチーフにしたピエロのような服装をしている上、目には児童向け絵本のキャラクターみたいなキラキラしたハイライトが浮かんでいる。八重歯が生えているせいか、余計に猫っぽく見えた。物凄く慌てており、このままミサイルの如き勢いで突っ込んできそうだった。

 

『大変大変大変〜〜!セカイがどんどんおかしくなっちゃってるよ〜!』

 

人間には再現不能な、独特の透明感がある声でまくし立ててくる。辺りをよく見回してみると、寧々は小さく息を呑んだ。

 

「これって…!」

 

現在、寧々達が立っているセカイには、メリーゴーランドをはじめとした各アトラクション装置が多数設置されているが、その多くに異常が見られた。否---------遊具だけではない。空も大地も遠くに聳え立つ城も、このセカイを構成する凡ゆる存在が、部分的にではあるが、周囲の情景ごと剥ぎ取られていた(・・・・・・・・・・・・・・・・)-----------。

 

「昨日、僕もこの目で確認したけど、その時よりひどくなっているね……。やはりこうなった原因は---------」

 

「……えむが、いなくなったから?」

 

震える声で尋ねると、類は深刻そうな面持ちで首肯を返してくる。

 

「そんなッ……」

 

寧々は顔を真っ青にして、力なくその場に膝を突く。えむの所在が分からない以上、彼女の安否を確認する術はない。しかし、セカイがここまでの影響を受けているとなると、事態は自分達の想像よりも遥かに深刻なのでは---------。

 

『どうしようッ、このままじゃセカイがなくなっちゃうよ〜!』

 

ミクが半泣きの状態で取り乱していると、その背後からポンッと両肩に手が置かれる。

 

『ミク、気持ちはよく分かるけど、まずは落ち着いて』

 

年長者らしい冷静な声音と共に、いつの間にかミクの背中側にMEIKOが立っていた。

 

『類、今日もえむを探しに行ってたんだよね?どうだった?』

 

「残念ながら……、むしろ余計訳が分からなくなってきましたよ…」

 

『……そう』

 

 ツギハギだらけのセカイで、類が本日の成果を重々しい口調で話すと、MEIKOは黙ったまま唇を噛み締める。表面上は平静を装っていても、やはりえむの事が気掛かりな上、この異様な状況に対し、内心はかなり焦っている様子だった。

 

「……やはり、彼女(・・)に聞くしかなさそうですね…」

 

 類が呟くと同時に、MEIKOが顔色を変える。

 

『本気なの!?昨日会ったばかりで、素性も正体も分からないのに------』

 

「他に手段もありませんし、えむの身の安全を考えると、あまり時間はかけられませんッ。不安ですが、こうなっては彼女に頼るしか---------」

 

「彼女…?」

 

 一体誰の話だろうか?寧々が疑問を口にするより先に、自身の背後から人の気配を感じて振り返る。

 

「ヒッ…!?」

 

思わず、小さく悲鳴が漏れた。先程まで誰も居なかったというのに、寧々が背を向けていた位置には、長い銀髪の少女が佇んでいた。幼い顔立ちと、儚くも可憐な雰囲気を纏った小柄な少女は、見慣れぬ三本の矢(スリーアローズ)意匠(シンボルマーク)が施された黒いブレザーを着ていた。

 

『やぁ、君とは初対面だね。草薙寧々』

 

ニコリ、と温厚な笑顔を向けてくる少女に対し、隣のMEIKOが戦慄する。

 

『い、一体どこから………ッ!』

 

『呼ばれた気がしたからね、だからこうして来た』

 

 飄々とした調子で答える少女に、寧々は怯えの色を見せる。

 

「なんで、わたしの名前知って……」

 

『知ってるよ?君に限らず、この世界の事なら何でも知ってる---------それが私だ』

 

「……あなたは、何者なの?」

 

寧々の問い掛けに対し、少女は緩く首を横に振る。

 

『残念だけど、ここで私の話をする気はない。けど………君達が想う友達の事なら話せる』

 

「「……ッ!」」

 

 えむの現状について、何か知っている----------。寧々と類が互いに固唾を呑んで言葉の続きを待っていると、やがて少女は『う〜ん…』と少し考える素振りを見せる。

 

『……ま、今後の事を考えると、名前くらいは知って貰わないと不便だし、理雄たちと同じように覚えて貰えればいいか---------』

 

独り言のように呟くと、少女は改めて寧々達に向き直る。

 

『失礼、自己紹介が遅れたね。私の事はこの外見に因んで、IAと呼んで欲しい---------。よろしくね、ワンダーランドの皆んな?」

 

 そう言って、バーチャルシンガーの一人を騙る少女---------IAは穏やかに微笑んだ。

 

 

 

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