Project Sekai SCP incident feat .   作:唯尊

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第六十七話 不死鳥の巣 PART3

 

 目的地に到着しバスから降りると、周囲の景色を見回す。昔もこの辺りは自然豊かな場所だと聞いていたが、今はどこもかしこも、20階建を優に超える高層タワーばかりとなっている。

 

 終戦後、アルギュロスに国土の大半を奪われた日本国は慢性的な土地不足に陥り、生き残った国民を詰め込むには住居を縦に伸ばすしかなく、戦後に高層建築物に対する固定資産税等が優遇される法律が制定されて以降、地方都市でも東京スカイツリーより高いマンションが次々と誕生した。今や自然がどうの環境保護がどうのと喚き立てる人間はいない。そんな事を議論する余裕は、今の人類には無いのだ。

 

 バス停から暫く徒歩で移動すると、そんな国民の苦しい実情など知らぬかのように、広い敷地に囲まれた和風の趣きが色濃く反映された豪邸が待ち構える。バカみたいにデカい門の扉前には、『志熊』と書かれた札が貼られていた。

 

 備え付けのインターフォンを鳴らし、内側で過ごす住人を呼び出す。

 

『はい、どちら様でしょう----------か……』

 

やや年季の入った女性の声が出迎えるが、半ばで途絶える。驚愕で息を呑む音が聞こえた。インターフォンにはカメラが設置されているので、此方の顔は向こうに丸写しにされている事だろう。

 

「その声は沙原(さはら)さんか?久しぶり、元気だった?」

 

やや間が置かれる。

 

『……ほんとうに、理雄お坊ちゃんなのですか?』

 

幻を見ているような、信じられないといった声音で尋ねてくる。

 

「その呼び方、昔から変わらないよな………。そうだよ、小さい頃はよく面倒を見てもらったし、料理なんかも沙原さんから習ったよな」

 

『……!』

 

 

ガチャリ…と自動ロックが開錠される音がする。

 

『お入り下さい…』

 

解放された扉から門を潜ると、そのまま玄関口を目指す。木製の横扉に手をかけようとする直前、ガラリと音を立てて内側から開かれる。

 

「…………」

 

玄関から無言のまま姿を現したのは、使用人服姿の初老の女性だった。この屋敷に長らく勤めるハウスキーパーであり、理雄もよく知る人物だった。

 

「…お久しぶりです。理雄お坊ちゃん」

 

 少ししゃがれた声で頭を下げてくる。

「あぁ、思ったより元気そうで安心したよ」

 

「……まさか、私が生きている内にまたお会いできるとは思いませんでした。成那様と波奈華様が亡くなり、貴方と李玲さんがこの御屋敷から去ってから今年で4年………叶わぬと思いながら、ずっと再会の機会を待ち望んでおりました…ッ!」

 

目頭に手を当て、嗚咽を堪える。

 

「……李玲は、まだ帰ってないのか?」

 

 理雄が尋ねると、給仕長---------沙原清香は居住まいを正す。

 

「------はい。あれからずっと、音信不通のままです」

 

「……そうか」

 

 一瞬、李玲の不在にホッとした自分に恥ずかしさを覚えた。この期に及んでまだ覚悟が固まってないのだろうか。

 

「……祖父(じい)さんはいるか?まずは会って話したい事が色々とある」

 

「分かりました。では此方に……」

 

玄関に入ると、沙原に案内されながら靴を脱ぐ。

 

「……理雄お坊ちゃん」

 

「ん?」

 

玄関の少し先を進んだ所で、沙原が柔和な笑みのまま振り返る。

 

「---------お帰りなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広大な敷地の内には、幾つかの建物が存在する。『蔵』とでも表現すべき巨大な倉庫が聳え立つ中庭は、数種類の園芸植物で占められているが、雑草が乱雑に生えており、あまり手入れされている様子は見られない。屋敷に勤める人間が少ない事から、おそらく使用人の数を減らしたのだろう。

 

 あの辺りは昔、莉梨歌たちと一緒に遊んだりもした場所だ。

 

 そこから少し移動すると、古臭い木造の道場が見えてくる。『松濤館流空手道・志熊武道館』とあった。

 

 近づくと、巻藁を打つ乾いた音が聞こえてくる。やがて、道場の敷居のすぐそばに立てられた巻藁に突きを打ち込む空手着姿の老人が見えた。

 

 短髪の白髪頭に鷹を想起させる鋭い眼光、既に80歳を超えている身にも拘らず、一心不乱に巻藁突きに打ち込む姿は武人さながらであり、180cmを超える偉丈夫がその偉容を強調していた。

 

「シッ…!」

 

あらかじめ決めておいた回数をこなし終えたのか、静かに礼をして小休止する。

 

「ん……」

 

その時になってようやく此方の存在に気付いたのか、目を見開く。

 

「お前は……」

 

老人に対し、姿勢を正す。

 

「お久しぶりです、先生。………それと、ただいま。祖父さん」

 

 彼こそが、理雄の空手の師であり、父方の祖父である男------------志熊敬嗣(しぐまたかつぐ)であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 居間のソファで寛いでいると、シャワーを浴び浴衣姿に着替えた敬嗣から紅茶を差し出される。

 

「ありがとう」

 

「こんなモンしかなくて悪いな」

 

 志熊敬嗣---------戦前の頃から実業家として名を馳せ、地方議員の身でありながら戦後の荒廃した北海道を札幌を中心に一代で再興した元政治家であり、引退した現在は空手家として青少年の育成に力を注いでいる。………そして、他でもなく。『ブラックロッジ事件』後、理雄に財団への道を指し示した張本人であり、この世の真実(・・・・・・)を知る数少ない者達の一人であった。

 

「李玲は?もう独立して家を出たのか?」

 

 気になっている事を尋ねてみる。

 

「あぁ、お前が正式に起動部隊に配備されてから数日後に、挨拶を済まして出て行ったよ」

 

その回答に、理雄は若干困惑した。

 

「……じゃあ、高校卒業してからすぐに?就職先は?」

 

「詳しくは聞いてないが、大手のPMCで経理事務に就くそうだ。お前は知らんだろうが、あの子は必要な資格をほぼ全て自力で取得している。……一応言っとくが、財団絡みの仕事じゃないぞ?俺が事前に確認している」

 

「…………」

 

つまり、最後に言葉を交わしたあの日から、李玲は自分の道を見つけたという事なのだろうか?少なくとも、自分が知らない安全な土地で穏やかに過ごしているのならば、アノマリーとの戦いに巻き込まれるリスクは格段に減る……筈だ。

 

「………で?どうして突然帰ってきたんだ?4年ぶりに孫の顔を見れたのは嬉しいが、休暇でも取れたのか?」

 

「まぁ、そんな所だ……。あと、今まで連絡も寄越さなくてゴメン。色々と余裕がなくて…」

 

 実際は、無意識のうちに己の過去を省みる行為を避けていたからなのだが……。

 

「構わんさ、俺も直接の財団関係者という訳じゃないしな。お前がこの4年間、どこで何をしてきたのか------、俺には知る由もない」

 

「コッチにも守秘義務があるからな………、話せる事は多くないんだが

-------あれ、リューダは?」

 

 辺りを見回して疑問を口にする。

 

「自分からIVSOに出向いたよ。この屋敷の中、一人で暮らすのが耐え難かったんだろうな……。両親を失い、姉を失い、友人達まで失ったんだ。孤独に押し潰されそうになるのも無理はない。あの子が『蒼星の忌み子』である以上、俺ではなんの力にもなれなかった…」

 

「…………」

 

自分があの日、全てを捨てずにこの屋敷に留まれば、彼女にもまた別の人生があったのだろうか---------?と一瞬思ってしまったが、そんな事を口にする資格は今の自分にはないと知っているので、無言のまま沈黙を返す。

 

 敬嗣はソファに腰掛け、淹れたばかりの紅茶で喉を潤し、やがて一息吐く。

 

「……この後はどうする予定だ?長期の休暇なら、せっかくだし泊まっても------」

 

「いや、今日でラストなんだ。もう少ししたらレーナの実家に顔出して、その後に莉梨歌達の墓参りに行くよ」

 

「そうか………。最後に墓参りに行ったのはいつだ?」

 

白磁のティーカップに口を付けようとした瞬間、手が止まる。

 

「………葬儀が済んでからは、一度も…」

 

叱責されるかと身構えたが、敬嗣は小さく嘆息しながら視線を下に落とす。

 

「理雄……、辛い現実から目を背けたい気持ちは分かる。俺だって戦時中に妻を失った時は、8年前のお前と同じように絶望し、世界を呪った--------。だが、それでも忘れてはいけない過去がある。お前が大切に想っている者達の死を背負う必要はなく、全てを捨ててでも前に進むという決断を責める気もない。そもそも俺が勧めた道だからな」

 

「………自分の孫があんなザマになっていたら、そうするしかないだろうさ」

 

 8年前の自分がどれ程酷かったのかは、他でもない自分自身が一番よく知っている。学校にも行かず、部屋に籠りきりになり、食事も取らず、夜中になると悪夢に魘されて飛び起き、徐々に精神に異常を来たす様になっていった。我を失って暴れ回り、妹にまで手を上げる様になった自分をレーナが取り押さえる日もあった。

 

挙げ句の果てには、決して消えない傷を李玲に刻んでしまった------。

 

「勘違いするな。別にお前が財団職員になった事を後悔してる訳じゃない。ただ………そうして過去を振り返る事は、決して悪い事じゃないんだ。李玲との間に何があったのかは知らないし聞く気もない。だが本当に向き合う気があるのなら---------躊躇うな、行動しろ。それしか選択肢はない」

 

 祖父からの言葉に、理雄の心の内に少しばかりの勇気が生まれる。

 

「……そうだな、その通りだ。昔からこういう時は『やるしかない』って事を俺は知っている…。その事を祖父さんの口から伝えてもらうと、何故か自分自身に言い聞かせるよりもずっと力が湧いてくるんだ。誰かに励まされたり応援されたり、支えてもらう事がこんなにも温かく、力強いモノだって事を----------俺は財団で思い出す事ができたんだ」

 

莉梨歌の想いも、機動部隊員としての誇りも、その全ては財団で取り戻せたモノだ。全てを取り戻す事は叶わなくとも、新たに手にしたモノだってある。財団での人生は悲惨な体験も多かったが、結果的にジュリエットや一歌達と巡り合わせてくれた事には感謝している。

 

 自分は戦友達や一歌達に救われたが、それ以前にも大勢の人間から救われている。その人達の想いを、存在を、忘れる事が----------無かった事にしていい筈がない。

 

 "無視して踏み越える"という自信の哲学は、艱難辛苦を踏破する為に己に課した矜持であって、逃げる為の言い訳ではない---------。

 

「だから俺は戦うよ。もう逃げはしないし、過去に向き合う事を恐れはしない----------。李玲とも必ず、決着をつけるよ」

 

 敬嗣はしばし此方を見つめてくる。やがて、安心したかのように笑みを零した。

 

「もう、大丈夫そうだな」

 

「あぁ、ようやく自分の中の揺らぎが消えた。………ありがとう、先生」

 

「礼はいいぞ、あと、先生はよせ。今のは祖父として言ってやったんだ。やはり俺とお前は似ている。だからお前が何を必要としているのかがよく分かる。こうして見ていればな」

 

「うわ何ソレキモいッ」

 

 思いっきりドン引きした表情をすると、途端に敬嗣が憤慨する。

 

「失礼だな!仮にもお前と同じ遺伝子構造の持ち主だぞッ。誰のおかげで美男子に生まれる事が出来たと思ってるッ!」

 

「恩着せがましいんだよジジイッ!単なる隔世遺伝だろうがッ、つーかそもそも俺はアンタみたいな不幸顔じゃねえ!」

 

「誰が不幸顔だこの女好きのクソボッチ!!俺はお前と違って陰険顔でも友達ゼロでもねぇんだ!分かったかこのバカ弟子のクソボッチ野郎ッ!身の程を弁えろクソボッチ!!」

 

自分の師を不幸顔のジジイ呼ばわりする孫と、自分の弟子(けん)孫をクソボッチとわざわざ三回も罵る祖父の姿がそこにはあった。

 

 いい歳してギャアギャアと喧嘩する祖父と孫の様子を、扉の隙間からコッソリ覗っていた沙原は、懐かしむような穏やかな表情で見守っていた。

 

 

 

 

 

 サイト-8156の地下には、幾つかの施設が設けられている。その中で一番最深部に位置する『セクター』、『ブロック』と呼ばれる区画には、主に二種類の存在が封じ込められている。

 

 一つ目は人類に著しい脅威を及ぼす、或いは及ぼしかねないと判断された危険なSCPオブジェクト。

 

 そして二つ目は----------安易にそれらに関わった愚者どもだ。

 

SCP財団情報部に所属する田上由那がエレベーターで向かっているのは、そういう場所だった。昇降口から身を乗り出すと、LEDライトで薄暗く照らされた廊下を進む。すぐ隣からは水道管を水が流れる音がするが、どこか猛獣の唸り声に似ていた。この壁を隔てた向こう側には超常の異形が収容されているブロックがある。この音が水道管の劣化により引き起こされてるのか、それとも彼ら(・・)の声なのか----------正直判別はつかなかった。

 

 暫くして、『C-98」と書かれた檻の前に辿り着く。鉄格子の間を挟むようにして、左右には拳銃と警棒で武装した看守二名が直立待機している。保安・警備部の制服に身を包んだ彼らの姿は威圧的に映るかもしれないが、この程度の通常警備はまだマシな方だと由那は思う。昔、仕事の関係でアメリカ合衆国ネバダ州のルビーマウンテンズに所在する武装生物収容エリア-14を訪れた事があったが、彼処(あそこ)のような主に大規模・危険・敵対的な異常存在の為に使用される収容専門施設なんかは、それ故に連隊級の保安部隊と共に重火器、武装車両や航空支援が備えられている。ゲートを潜った瞬間、並べられた戦車や装甲車が敷地面積の大半を占有し、突撃銃を構えた兵士達がそこかしこを走り回っている光景は、これから戦争でも起きそうな物々しい雰囲気だった。機密区画に入る際は厳重な手荷物検査と身体検査が実施され、それがようやく済んだと思ったら、アサルトライフルとボディーアーマーで重武装した警備兵達が闊歩する施設内を徹底した護衛と監視付きという環境下で仕事をこなせと言われた時は、本当にキツかった。居心地が悪いなんてモンじゃない、文字通り、ストレスで気が狂いそうだった---------。

 

 

「おはよう、気分はどうかしら?フェニックスワンダーランド専務、鳳晶介」

 

 由那の目の前には、独房の中に閉じ込められたジャンプスーツ(色はグレーだが、財団のDクラス職員が使用している作業服とデザインは同じ)姿の男があった。赤紫がかった茶髪。前髪を右に流しており、右目が少々隠れている。資料によれば、年齢は27との事だった。

 

「ぐッ……!」

 

 現在の彼は直立不動の姿勢のまま、立たされる事を強要されている。既に体力の限界が近づいているのか、全身がブルブルと震えている。しかし、座る事は許されない。よく見れば顔面だけでなく全身に打撲痕や擦過傷が確認できるが、ここの収容房の中で生活する者は、過酷なルールに従う必要がある。

 

 例えば就寝時は両手を布団の上、自身の胸の位置に置き、仰向けのまま寝なければならず、起床した後は就寝するまでの間、ずっと坐禅を組んだまま身動きする事を許されない。少しでもルールを破れば看守から警棒で滅多打ちにされ、食事も抜かれる。風呂は週に二回、日の当たる屋外には健康上の懸念から最低限しか出して貰えず、しかもほぼ毎日のように尋問を受ける。最初は取調室で一日数時間監禁される程度だったが、徐々に水責めや爪の剥ぎ取りといった強化尋問に移っていき(本来こういった手段は禁じられているが、職務上の必要性から"ある程度"は黙認されているのが実情、実際、爪の剥ぎ取りや水責めは体験者の苦痛の割に身体へのダメージが比較的少ない)、既に満身創痍の状態だった。

 

「悪いわね、ウチのアホな同僚が雑な尋問を行ったみたいで」

 

 由那が冷たく一瞥すると、晶介は吊り上がった眼差しで睨んでくる。

 

「お前ら……警察じゃないなッ…!一体何を考えてこんなマネを------」

 

 見た限り、晶介の両手の爪はもう残っておらず、裸足にされた両足の爪も半分くらいしか見受けられない。

 

「呆れたわね。この期に及んでまだそんな事を言ってるの?貴方達に私達の事を話す義務はないし、そうやって反抗的な態度を取っても死期が近づくだけよ」

 

「兄貴と親父をどこへやった!」

 

「死にかけてるわ。貴方が喋らないせいでね」

 

「ッ…!よくも……!!」

 

憤怒の形相で睨みつけてくるが、由那の表情は冷ややかだった。

 

「安心しなさい。必要な情報を聞き出すまで殺しはしないわ」

 

「信用しろとッ?」

 

「殺す気があるなら、貴方達は今頃ドローンのスマート爆撃で消し飛んでいるわよ」

 

「……………」

 

 由那は手元のタブレット端末にダウンロードされた資料を閲覧しつつ、用意された折り畳み椅子に座る。

 

「さて、繰り返しになるけれど、いい加減今日こそ吐いてもらうわよ…」

 

そう言って、何度か端末を操作した由那はタブレットの画面を晶介に見せつける。

 

「ここにあるのは、貴方達が削除した"一連の要注意団体とのメールのやり取り"よ。私達の方で復元させてもらったわ」

 

「ッ…!」

 

瞬間、晶介の顔色が変わる。

 

「時系列順に表示するわね?まず一つ目、全て英文だったけど、これには『Chamber of Sacrifice』と『Culture room』という単語が出てくるわ。そしてメールの内容は、この二つに対する投資話よ。貴方達は相手から、この得体の知れない何かに投資するよう話を持ちかけられた------。違う?」

 

「…………」

 

晶介は無言のまま口を閉じる。

 

「で、その相手は要注意団体である『マーシャル・カーター&ダーク株式会社』だった------」

 

「俺はそんな企業なんか知らん」

 

速やかに否認するが、由那は軽く受け流す。

 

「二つ目、これはウチの腐敗細胞との取引の記録ね。財団が幾つか持て余したゴミみたいなオブジェクトを金で買ったらしいけど……、これはコレで大問題だわ。おまけに武器まで横流しした挙句、味方から死人まで出してるんだから目も当てられないわ。どこのバカかは知らないけれど、小遣い稼ぎのつもりならタチが悪いわ。関係者は判明次第、銃殺刑よ」

 

その横流しされた銃で自身の部下が殺されているのだ、由那は泥の中に突き落とされた気分だった。

 

「貴方の会社の社員が持っていた銃も、そこから手に入れたんじゃないの?」

 

「……何の事か全く分からない」

 

「あらそう、なら次----------最後のメールよ」

 

 そう言って由那が端末の画面をスクロールし、指し示した。

 

「コレは、『如月工務店』からの感謝状よ。バカみたいに丁寧な文体でしょ?まったく、鬼のクセしてなんでこんなに教養があるのかしら……、ホント不思議だわ」

 

長ったらしいメールの内容を要約すると、次のように綴られていた。

 

『この度、フェニックス・グループ様の協力と資金援助により、本計画の完遂が無事に達成されました。心より感謝を申し上げます。如月工務店』

 

 由那はコレらのメールを見せた後、鋭い視線を晶介に送る。

 

「このメールが、少なくとも貴方と慶介氏、幸之介氏、そして『不死鳥運輸』社長の盾壁弘毅(たてかべこうき)の四名に送られていた。盾壁は現在行方不明だけど、奴の秘書は生け捕りに成功したわ。多少脅したら全部話してくれたわよ。貴方達がいつ、どこで、どんな連中と会っていたのかを……全てね」

 

 持ってきたA4サイズのファイルに挟んだ写真を何枚か取り出し、晶介の前にバラ撒く。そこには晶介と慶介、幸之助らが不審な人物達と会合している様子が映されていた。相手はボロマントや古臭いローブを纏った魔術師風情の男達だったり、外国人の傭兵らしき集団だったり、仕立ての良いスーツに身を包んだ西洋人の偉丈夫だったりと、どいつもこいつも共通して、平凡な世界の住人には見えなかった。

 

「どう?コレでもまだシラを切るつもり?」

 

「………チッ」

 

 決定的な証拠を突きつけられたからか、晶介は諦念の混じった表情で舌打ちし、そのままどっかりと腰を下ろし項垂れる。

 

「……そうさ、アンタらが何者かは知らんが、あんな得体の知れない連中に関わったのが運の尽きさ、クソッタレ…」

 

もうどうとでもなれ----------、と言わんばかりの投げやりな態度に、由那は組んでいた足を組み直す。

 

「ようやく話す気になったみたいね」

 

「さぁな。どのみち俺達を生きたまま解放する気はないんだろ?何を話したって結果は変わらない。俺も兄貴も親父も、このまま檻の中で獄中死させられる運命だ…」

 

「果たしてそうかしら?」

 

由那の言葉に、晶介は目線を上げる。

 

「私達に協力すれば、死に方くらいは選べるかもしれないわよ?」

 

「……どういう意味だ?」

 

暗に希望を仄めかす由那に対し、晶介は疑心に目を細める。

 

「私達が仕留めたいのは、今回の事件を裏で操る黒幕よ。ソイツを見つけない限り、地獄は繰り返されるわ。ヘビの頭を断ち切る為なら、尻尾くらいは見逃せる」

 

「……協力しろと?」

 

「最初からそう言ってるのよ」

 

「……断れば?」

 

「エジプトの墓に生きたまま埋葬されるか、マリアナ海でサメの餌になるわね」

 

「…………」

 

 今の晶介に、選択肢などなかった。少なくとも自分はそんな最期は御免である。父や兄も同意見だろう。

 

「それに、このままだと無関係の家族まで巻き込むわよ」

 

「どういう事だ」

 

晶介の疑問に対し、由那はタブレットの画面に別リンクから動画ブラウザを開く。

 

「シブヤに潜伏していたウチのエージェントが撮ったものよ。本件とは全く無関係だったから、今の今まで私達も見逃していたわ」

 

晶介の視線の先に、やや狭い9:16サイズの画面が表示され、再生ボタンが押される。スマホで直接撮影した映像なのか、手ブレが酷く、お世辞にも見やすいとは言えなかったが、再生開始から10秒と経たない内に、晶介の目が見開かれる。

 

「バカなッ…」

 

空いた口が塞がらなかった。何故ならそこには、自らの実の妹である鳳えむが映されていたからだ。

 

そして----------黒い覆面を被った二人組の男に、クライスラーの後部トランクに無理矢理押し込められる様子が収められていた。

 

「えむッ……!!」

 

時間にして一分にも満たない短い動画だったが、晶介には妹が誘拐される場面が網膜に強く焼き付いていた。

 

「貴方はこの事を知っていた?」

 

端末を手元に戻すと、晶介は首を強く横に振る。

 

「知る訳ないだろッ!一体………誰がこんな…!」

 

「なら教えるわ。コレは貴方達が決して踏み入ってはいけない世界に存在する脅威の一つよ。理由はどうであれ、この程度の事態は普通に起こり得るわ。貴方達が干渉した世界はこういうものなのよ」

 

「そ、そんな…」

 

 絶望と後悔に満ちた表情のまま、晶介は己の愚行を呪いそうになる。

 

「これで状況を理解してもらえたかしら?もはや一刻の猶予もないの。---------協力してもらえるわね?」

 

晶介は暫し沈黙した後、縋るような表情を向けてくる。

 

「本当に………えむを助けてくれるのか…?」

 

「それも私達の仕事よ。プロとしての矜持にかけて、必ず元の世界に送り返すわ」

 

「…………何を話せばいい」

 

 その答えを聞いた瞬間、由那の呼吸の音が変わった。それだけで周囲の空気が本質的に変わり、世界が逆転したかのような感覚に襲われる。

 

 それはきっと、今まで晶介が正しく認識していなかった、或いは錯覚に陥っていた故であり、こちら側(・・・・)の世界の住人の、正体が露わになった瞬間だったのだろう----------。

 

 由那(彼女)は、嗤っていた----------。

 

 これまでの犠牲も努力も、全てはこの瞬間の為だったと言わんばかりに---------、晶介に対して、短く、ただ一言命じた。

 

「----------全てを」

 

 

 

 







【挿絵表示】


 志熊敬嗣、23歳の時に撮られたもの。

 引用元https://icon.game-materials.com/lurking-in-the-shadows/
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