Project Sekai SCP incident feat . 作:唯尊
第八話 緋く萌える眼差し
翌朝、やかましい雀の囀りに目覚めた理雄は顔を洗うとジャージに着替える。軽い体操を済ませ筋トレを始める。メニューは拳立てを400回〜500回、プランク2分以上、スクワット500回以上、背筋500回以上だ。筋トレは決められた回数を毎日こなすよりも少しずつ増やせるだけ増やしていく方が効果が出る。高校時代、1年生の時は50回が限界だったが、毎日1回でも昨日より多く出来るように意識してやった結果。
高校3年生の時には軽く拳立て400回はこなせるようになった。
筋トレを終えた後ランニングを始める。軽く5キロの短い距離だ。朝の清涼な空気を感じながら山の上り坂に入ると、山の中の神社への階段を一気にダッシュで登る。
登り切った理雄の前には少し古びた神社があった。それなり大きく、人もそれなりに来るのだろうか。軽い改修工事の跡が窺えた。風が木の葉を舞いあげ緑の匂いを鼻口に運ぶ。しばらく神社の前で懐かしい雰囲気を味わう。元の世界で最後に神社を訪れたのは10年も前の事だからだ。
ふと階段を登ってくる軽快な足音が背後から聞こえてきて振り返る。
「……先生」
「桐谷さん」
1-Cの優等生美少女。桐谷遥が軽く息を切らせながらスポーティーな服装でこちらに駆け寄ってくる。
「おはようございます」
「おはよう。君もランニングか?」
「はい!」
明るい笑顔で朝の挨拶をされる。ただ、その面影には何か暗いものを感じた。
「先生も走るんですか?」
「それなりにな。君は良く走るのかい?」
「はい。[ASRUN]の時から欠かさず。アイドルに体力は必須ですから」
「……そういえば君は元国民的アイドルだったな」
「はい……、…………」
「……」
気まずい沈黙が下りる。聞かなかった方が良かっただろうか。
「……あの」
「うん?」
「……聞かないんですか? なんで辞めたのか」
「……。聞かない。聞いて欲しいようには見えないからな」
「……優しいんですね。先生は……」
「そうでありたいとは思っているよ……」
少し遥の顔色がマシになった。
何があったのか詳しい事は分からない。他のメンバーと揉めたのか、一部の人間からの心無い言葉や行いに傷つけられたのか……。
出来れば教師として、1人の大人として子供の未来が明るいものになるよう力になりたい。
「……私、少しお参りしていきます。先生は?」
「無神論者だからな……」
元の世界の理雄はキリスト教徒だったのだが、高校入学前に信仰心を失った。’あの日'、理雄がアノマリーの存在を知ることになってから全てが狂った。理雄に限らず大半の財団職員は常識の外側にいる異常存在をこの世に生み出し、そいつらをのさばらせて自分達人類を脅かすという状況を創り出し、それで人様が死んでも良いという運命を許容した神仏の類いと、
'セカイ'を怨み呪うからだ。財団に入って信仰心を持ち続けるのはまず無理だろう。
話は少し逸れるが、SCPオブジェクトの中には’神'もいる。何を定義に神とするかによって解釈は変わるが……。碌な奴はいない。
お参りを終えた遥が理雄のところに戻ってくる。
「お待たせしました。‥あの、先生」
「なんだい?」
「良ければ競走しませんか? 駅前までランニングで」
「ここから2キロくらいか……、良いよ」
遥は自信があるのか笑顔でスタートを切る。
「じゃあ、よーい……どん!」
[駅前]
「ハア……ハア……」
息を切らせながら遥が駅前に着く。
「お疲れ様。良い走りぶりだったよ」
先についていた理雄は買っておいたスポーツドリンクを飲みながらもう一本を遥に渡す。
「……先生、本当に人間ですか」
遥はさりげなく失礼なことを言う。ただ彼女の気持ちはわからなくもない。自分と同時に走り始めたのにも関わらずアスリート並みに鍛えている自分を置いてすぐに見えない所まで走って行ってしまったのだから。
(追いつける気がしなかった……。それに息も一切上がっていない)
遥に驚愕の目で見られる理雄はケロッとしていた。それに対し理雄はまぁ当然だろうと思う。高校時代。通信制の学校に通いながら財団の戦術訓練校で訓練を受けていたのだが、自分1人だけでやっていたらまず逃げ出していただろう。1年生の頃から卒業までの間、変わらずやらされたのが陸上競技と筋トレ。この陸上競技は大抵[長距離走]なのだが、とにかく走る量が半端ではないのだ。しばらくして慣れてくると1回のランニングで10〜15キロで止まれば。
(やった……今日はラッキーだぜ!)
と思えるくらいには扱かれた。
ただ、遥は少し残念そうだった。
(走りながら話したかったんだけどな……)
その様子を見た理雄は少し考えると。
「朝食でも奢ろう。話す時間ならまだある」
「え……あ、はい!」
遥は理雄の提案に一瞬遠慮するそぶりを見せるが話したいことがあるのか、最後はその話にのった。
流石に早朝に開いている店はないので近くのコンビニで朝食を買うと近くのベンチで共に朝食を摂る。遥はチキンサラダとプロテインドリンク。理雄はカツサンドとウーロン茶だ。
「そんなんで良いのか?」
「スタイル維持に食事は重要ですから」
どこまでもストイックな彼女を見て理雄は彼女がアイドルというよりアスリートのようだと思う。
その後、遥は新しくできた友人であるみのりという少女の話をする。
遥の大ファンであり、多くの人々に夢と希望を与えるアイドルになるために日々ダンスや歌の練習を頑張っているらしい。なんでも彼女は今までの所属審査で50回以上落ちた挙句、自らが崇拝している桐谷遥本人から
「アイドルに向いていない」と言われても頑張り続けているらしい。
(大した根性だなソイツ……)
理雄はそのみのりとかいう少女のタフっぷりに内心舌を巻いていた。
ぜひジュリエット分隊に欲しいくらいだ。まあ、話の内容から聞くに彼女の不器用ぶりやテンパリようを聞くにすぐに死ぬだろうが……。
ただ、財団には高校生くらいのやつも普通にいる。そして彼らに死んでこいと真顔で命令し、実際に少なからず未成年の財団職員あるいは財団関係者の犠牲者を出している。一応財団には[倫理委員会]という部署が設置されているが、基本的に(倫理的に問題がある)という決まり文句以外には何もしないしできない。あくまでSCP財団が人類保護を目的に活動している以上、建前として設置されているだけというのが現状だ。お世辞にもキチンと機能しているとは言えないし、使えない財団職員の左遷先や溜まり場と化しているのだそうだ。もっとも、そもそもの財団の「倫理観」というものは世間一般の世道人身とは大きく異なるものなので。それ以前の問題である。
(現場に未成年者が連れて来られないためにも俺達が頑張らねばいけないんだ……)
ましてや一般人の女子高生を巻き込むなんて言語道断だと理雄は思う。
ふと楽しそうに話す遥を見て理雄は言う。
「桐谷さん。君はどうしたい?」
遥がびっくりした様子でこちらを見る。まさかそのような事を聞いてくるとは思わなかったからなのか、彼女は少し戸惑った後。
「私は‥今は学業に集中したいので……」
遥は伏目がちにそう答えるが、声のトーンは明らかに先程より落ちた。
その目は苦しそうだった。
「……君の未来だ。今どうしたいかは君自身で決めるべきだ。ただし……」
理雄はベンチから立ち上がり遥の目を見る。黒曜石のナイフのような鋭く綺麗に透き通った目に遥は目を逸らせなかった。
「後悔だけはしないように。どんな未来を君が選ぼうと、俺はその未来とセカイを守るよ」
「!!」
そう言って理雄は公園を出ていく。
*
理雄の背中を見送りながら遥は考える。
(……今の私にアイドルをやる資格はない。誰かの夢や希望を奪ってしまった私には……。けど……)
もし……夢を思い出すことができたら、再び夢と希望を誰かに届けたいと思えたら、その時私は……どうするのだろうか……。