Project Sekai SCP incident feat . 作:唯尊
光の届かない下層部の通路を歩き始めて、既に10分が経過した---------。
MP7サブマシンガンのピカティニーレールに取り付けられたフラッシュライトで辺りを照らしながら、前へと進んでいく。
途中、先頭を務めていたディトーネがその場で停止し、自らの足元を照らす。
「なんだこりゃ…」
足を動かすとジャリジャリと何かを踏むような感触を覚える。地面に視線を落とすと、焼け焦げた小さな円筒状の金属がいくつも転がっていた。少し屈んで拾い上げてみると、指の間に挟まれた小指サイズの金属片からキラキラと真鍮の輝きが僅かに確認できる。9mmパラベラム弾の薬莢だ。
「2020年代に現地の保安部隊が撃ったんだろうな、しかし、この量………一体何を相手にしてたんだ…」
「さぁな、考えたくもない…」
そこかしこにバラ撒かれている薬莢の山や、壁に撃ち込まれた無数の弾痕を前に溜息を吐く。よく見てみると、保安部隊の持ち物らしきイスラエル製短機関銃、UZIの残骸らしき物も転がっている。大量の弾薬を消費してまで、彼らは何と戦っていたのだろう---------。
「Q-621よりCP、時間が許す限り、このまま進入を続行する。オーバー」
レックスがタクティカルベストの胸元に付けられた無線機から呼びかけるが、何故かノイズしか返ってこない。再度繰り返しても結果は同じだった。
「無駄ですよ、ここは地上よりもヒューム値がずっと低い。無線も相当な影響を受けているでしょうから、使い物になりません」
コワルスキーが自身の無線機のスピーカー・マイクを軽く叩く。どうやら暫くは上からの命令なしで動く事になりそうだ。
再び前進を再開すると、今度はより奇妙な現象を目の当たりにする。
「どうなってんだ、コレ……」
ベックが思わず呟く。頭上を見上げた先には、複数の巨大な石の塊が
「これも現実性の低さが齎した現象だろうな。本来、重力に引かれて真下に落ちる筈の巨大な瓦礫が、こうして落下せずに宙を漂っているんだ」
「へー……」
神秘的な光景を前に興味が惹かれたのか、アットが一番手前にある岩塊に手を伸ばそうとする。
「…ッ!?バカやめろ!触るんじゃないッ---------!!」
「え------?」
レックスが制止しようとするが、時すでに遅し。アルファが装備していた対現実改変装置により、ヒューム値を正常値に固定されていたアットが触れた瞬間、ヒューム値の高低差によって現実が歪曲される。アットが持つ強い現実性が、岩塊の持つ弱い現実性に干渉してしまったのだ。
直後、それまで宙を彷徨っていた岩塊の呪縛が解かれ、自らの本質を取り戻したかのように、一斉に落下を始める---------。
「離れろォ!!」
レックスが叫ぶより先に全員が動く。降り注ぐ岩塊の雨を必死に避けながら、元きた道を引き返す。そんな中、床に直撃した岩塊が足場を砕いていき、崩落を引き起こす。
「ぐあッ…!?」
「…ッ?アット!」
退避する最中、岩盤の崩落に巻き込まれたアットが足を滑らせ落下する。
「た、隊長…!」
「ヤバいッ…!!」
崩落の勢いは凄まじく、瞬きしている内にレックス達の足場まで呑み込んでいき、チームは奈落の底へと吸い込まれていった----------。
レックスが意識を取り戻した時、着用していたNBCスーツからバッテリーの残量低下を知らせる警告アラームが鳴り響いていた。
「ッ……全員無事か…」
呼びかけに呼応するように、周りから「えぇ…」「なんとか…」と瓦礫の隙間から身を起こす仲間の姿を確認する。幸い、負傷者はいないようだ。しかし、一人だけ見当たらない奴がいる。
「おい……アットはどこだッ?」
「うぅ……ここです…」
声のする方に視線を向けると、瓦礫に下半身を下敷きにされたアットが埋まっていた。
「まったく………、やってくれたなアット。『現実改変の原理・法則』を忘れたのか?俺たちはここじゃ現実改変能力者も同然なんだ。迂闊に動けばこういう結果を招く。だから「気をつけろ」と言ったろ…」
「す、すいません…」
レックスが呆れながら瓦礫に埋もれたアットを引っ張り上げ救出する。
「装備に異常は?」
「奇跡的に無傷っス。けど、対現実改変装置のバッテリーが……」
「あぁ、俺もそろそろヤバい……。撤退するぞッ、流石に稼働限界だ」
どうやら気を失ってる間に相当なエネルギーを消費したらしい。上を見る限り、そこまで下には落ちてないようだ。
「早く地上に上がらないと、ロバート・スクラントンの二の舞になるぞ……コワルスキー!出口は見つかりそうか!?」
レックスの大声に対し、コワルスキーが壁の辺りを指し示す。
「隊長!コッチに階段があります!上には繋がってそうですッ」
「よし、急いで登るぞ!地上に出たらすぐに回収のヘリを寄越してもらうッ。コワルスキー!お前が先導しろッ!」
「了解ッ」
全員が地上を目指して走る中、最後尾を務めるレックスが動きを止める。
「------おい、アット!早くしろ、置いていくぞッ!」
「あ、ハイ!」
地面で何かを拾っていたアットが慌てて付いてくる。数分後、無事に地上へと脱出したアルファチームはイプシロン-6と合流し、回収に来た
帰還の最中、揺れる機体の中でイプシロン-6の隊員がくたびれた様子で口を開く。
「よぉ、ソッチは何か見つかったか……?コッチは映像くらいしか撮れなかった…」
「そうか……、まぁ、こっちも似たようなモンだ。アレじゃ何も残っちゃいな---------いや待て、ウチの新人が何か拾っていたな。おいアット、何を拾ったんだ?」
レックスが尋ねると、アットが自ら手に入れた戦利品を物色している所だった。
「あぁ…、隊長。コレっスよ」
アットが手にしていたのは、A5サイズのビジネス手帳だった。
「あのサイトで働いていた職員の物らしいんスけど……、全部中国語で書かれてるせいで読めなくて…、ホラ、あそこって異様にヒューム値が低かったし、収容されていたSCPの影響なら、何が閉じ込められてたんだろうって。もしかしたら自爆に至るまでの経緯とか分かるかもしれないって思ったんスけど…」
パラパラとページを捲りながら溜息を吐く。「ちょっと見せてみろ」とレックスが受け取る。手に取ってみると、おかしな事に気付く。表面を含め全体的に汚損が激しくはあったものの、不自然な事に焼け焦げた跡が一切ないのだ。核シェルターを全壊させ焼き尽くす程の炎が吹き込んだというのに、これはどういう事なのだろうか?
ページを何枚か捲ってみると、丁寧で読み易い字が現れる。筆跡からして持ち主は女性だろうと予測できた。しかし……。
「------おいアット…、何が中国語だ。コレはどっからどう見ても日本語だろ」
呆れ果てたレックスからの指摘に、アルファの若手隊員がキョトンとする。
「え??でも漢字が書いて……」
「日本語にも漢字はあるだろうがッ、まったく……欧米人は日本語と中国語の区別もつかないのか……」
深く嘆息するレックスに対し、アットが困惑する。
「え、隊長もアイルランド系じゃ……」
「バカ、隊長は台湾人の血を引いていて日本語にも堪能なんだ」
横からコワルスキーに肘を突かれ、目を丸くした。アットにとっては初耳であった。
「俺の曾祖父が日本の台湾統治時代の生まれなんだよ。アメリカに渡ってからも結構永生きしてたから、日本語も日本の文化なんかもその人から学んだ。と言っても、俺の外見は白人のソレだから、アジア系とは見られないけどな…」
そんな身の上話をしてる内に、手帳の持ち主らしき名前が見つかる。
「名前は------えっと、ハルカ………キリタニ、か?」
日本語と英語の両方で綴られていたが、日本語の方は途中で字が掠れて読めないので、判読できたのはアルファベットで書かれた名前だけだ。漢字ではどう書くのだろうか?
「名前の響きからして確実に日本人か日系人でしょうけど、何が書いてあるんです?報告書のメモ?それとも遺言?」
「………いや」
軽く中身を読み進めた所で、レックスが呟く。
「コレは日記だよ。ハルカ・キリタニが遺した、このサイトと………このサイトをぶっ壊したヤツの最期が書かれている」
*
西暦2024年、春。
保安部所属の警備員、フアン・ヘルマン・バルディリス・ペタジーニは戦慄と恐怖のあまり、動けずにいた。
「ハァ、ハァ、ハァ…!」
脈が速まり、呼吸が浅くなる。本能が逃げろと叫ぶが、身体が言う事を聞かない。石像のように硬直したまま、目の前の怪物から視線が離せない。
フアンの目線の先には、全身を包帯に巻かれたミイラが拘束されていた。無論、コレは古代のピラミッドから盗掘者の如く盗み出した遺体などではない。十字架を模した拘束具に繋がれている理由は、財団があまりの危険さ故に、このサイトの地下深くに幽閉する必要があったからだ。
その正体は人間の女性であり---------史上最悪の現実改変能力者だった。
そして、『
「あ、あぁ……!!」
特別収容プロトコルに基づき、ムンドゥスに食事を与えようと彼女の収容ブロックに入ってから数十秒後、先程まで普通に仕事をしていた仲間の首が、突然に宙を舞った。何が起きたのかを理解するより先に、大量の血が首の付け根から噴き出した。まだ温かい友人の血を、フアンは全身に浴びた。顔に手で触れてみると、掌にべっとりと血が付いていた。床には間の抜けた表情のままの首が、無造作に転がされている。
後退りをすると、床に広がった血がビチャビチャと音を立てて跳ねる。
---------バカな、どうなっている。スクラントン現実錨でブロック内の現実性は中和されている筈だッ!!
しかし、事実として彼女は同僚を殺した。手も足も封じられた状態で、今も拘束具を解こうとしている。
刹那、包帯に隠された彼女の顔がこちらを向く。不意に、視線が合った気がした---------。
このままでは彼女が解き放たれる---------自由を得た
離れた土地に残した妻と娘の顔が脳裏を過った瞬間、激情にも似た義務感と使命感が攻撃衝動となり、それまで恐怖で動けずにいたフアンの脊髄に電流が疾る。
「やッ----------」
無意識のうちに、腰のホルスターから拳銃を抜いていた。
「やめろーーーーーーーッ!!」
9mm口径のハンドガンから弾倉が尽きるまで弾が撃ち放たれる。しかし、こんな物で死ぬような相手ではない。やがて、断続的に響いていた銃声が途絶え、内側から人間が呼吸する音も完全に聞こえなくなる。代わりに、
厳重に閉ざされていた扉のロックが外され、封じ込められていた脅威が解放された---------。
日本人下級研究員、桐谷遥は共同オフィスに設置されたコーヒーサーバーからカップを取り出し、熱い黒曜石の液体を一口啜る。
苦い、だがミルクと砂糖を入れる気にはなれなかった。現役の頃と違い、最近は仕事が忙しくて碌にトレーニングが出来ていないのだ。運動不足な分、減量するには糖質を控えるしかない。それに、今日は徹夜で残した仕事を片付けないといけない。深夜における眠気覚ましだと思えば、そこまで悪い味ではなかった。
「うぅ〜……、全く終わる気がしないよぉ〜…」
対象的に、自身の隣では同僚の花里みのりが紙コップに淹れたコーヒーに角砂糖をホイホイと入れ込んでいた。高校時代からの友人であり、自分がアイドルだった頃のファンでもある彼女は、財団の非人道的過密スケジュールに早くも泣きを入れていた。
「みのり、大丈夫?」
「遥ちゃん……」
心配になって声をかけてみると、目の下に濃い疲労を浮かべながら、涙目で此方を見つめてくる。
「必死に勉強してやっと研究員になれて、遥ちゃんと一緒に仕事ができると思ってたのに……、何故か日本じゃなくてベネズエラの支部に配属されるし、遥ちゃんとは別の部署に配置されるし………、ここって物凄くパワハラが酷くてそもそもスペイン語が分からないからなんで怒られているのかも分からなくて………来る日も来る日も雑用ばかりで、なんだか凄く惨めだよ…」
萎れた花みたいにガックリと項垂れるみのり。学生時代はとにかく前向きで強かな少女だったが、流石の彼女も財団での業務と生活には相当キツいモノを感じるらしく、すっかりヘトヘトに疲弊しきっていた。
遥のASURAN引退とSCPが引き起こした災害で多くの友人を失ってからは、ずっと苦難の連続だったせいですっかり心身を消耗している様子だったが、暫く塞ぎ込んでいた自分と違い、みのりは誰よりも早く自分を取り戻して復活した。
SCP財団の研究員として再出発する事を決めたのも、みのりが共に居てくれたおかげだったりする。あれからもう4年---------アイドルとしての道は途絶えたが、今は新しく見つけた道を必死に突き進んでいる。
「大丈夫だよ、みのり。みのりは昔からどんな事も頑張っていたし、ここからもっと上に行けるよ」
「は、遥ちゃん…ッ!」
その一言だけで、みのりは救われたような、キラキラとした感激に満ちた表情になる。少女にとって、桐谷遥は今でも笑顔と希望を届ける永遠のアイドルだった。
「うんッ!わたし、まだまだ頑張るよ!!昨日も上司の博士から『
「そ、そうなんだ……、大変だったね……」
みのりの状況が思ったより絶望的で少し引いてしまう。そういえばこの子、『昔から運が無い』とか言っていたが、その運の無さが
友人の財団での未来にそこはかとない不安を覚える中、休憩時間終了を知らせるチャイムが館内に鳴り響く。
「あ、あたしもう行かなきゃ!じゃあまたね、遥ちゃん!」
「うん、今夜もお互い頑張ろう」
みのりと共同オフィスで分かれてから、自らが担当する部署に戻ろうとする。廊下に出た所で、思わずギョッとした。
白衣を着た少女が廊下で倒れている----------。
「ちょ、ちょっとッ、大丈夫ですか!?」
遥が急いで駆け寄ると、「ゔぅ…」と辛そうな呻き声を上げながら顔を上げる。誰かと思えば、先輩研究員の宵崎奏だった。
「も、もうダメ……休ませて…」
遥より一つ歳上にも拘らず、あまりに頼りなく軟弱な女(外見こそ幼く見えるが一応成人)は今にも死にそうな顔色で懇願してくる。どうやら人権無視の無茶なハードワークに身体が耐えられなかったようだ。
「ホラ、しっかりしてください。肩貸しますから…」
「うん…」
小柄故にサイズの合わないダブダブの白衣を着た先輩職員をズルズルと引き摺りながら、仮眠室を目指す。中の利用者を起こさぬよう細心の注意を払ってノックすると、扉を開いて入室する。ベッドには奏と同じラボの職員である東雲絵名と暁山瑞希が横たわっていた。
「なんなのよココ……、私達を人間扱いする気ないでしょ…」
「きゅ〜………」
ドス黒い顔のまま何事かをぶつぶつと呟く絵奈と、目を回したまま起き上がる気配のない瑞希を前に、遥は心の底から嘆息した。
---------私の研究セクターは変人揃いだけど、休みはちゃんと貰えるだけ幸せなんだなぁ…。
財団に入所してからというものの、あまりの労働環境のブラックさに、何度も心が折れかけた。現役アイドルだった頃も決して楽ではなかったが、ここでの生活に比べれば天国のようだったと思えてくる。
遥が務めるセクター78の責任者、神城類博士は『ジャック・ブライトの再来」(ブライトは普通に今も生きてるし、"不死の首飾り"があるおかげで死にようがないのだが)とも呼ばれる程の稀代の天才だ。おかしな所も多々あるが、上級研究員の天馬司やサポートスタッフの草薙寧々のフォローもあって、遥の財団での生活は今の所、人間として健康で文明的な最低限度の暮らしが取り敢えず保障されている。
みのりや奏みたいな悲惨な待遇を見ていると、つくづく自分は幸運なのだと身に染みる思いだった。………少なくとも直属の上司には恵まれている。
奏をベッドに寝かすと、そのまま静かに仮眠室を去る。さて、いい加減持ち場に戻るか、と思ったその時----------。
サイト内にけたたましい大音量でアラートが鳴り響く。
「な、なに!?」
アラートを聞くのはコレが初めてではない。だが、アラートが収まった直後に流れた『タイプ・グリーン発生、タイプ・グリーン発生。コードレッド、ハードオプション。警戒態勢レベルをデフコン2へと移行。非戦闘員は直ちにブロック98まで退避せよ、繰り返す---------』という放送の方が、遥に人生最大の恐怖と衝撃を与えた。
タイプ・グリーン----------それは、現実改変能力者を意味する言葉だった。しかもコードレッドとなると------。
「現実改変能力者が、暴走を…!?」
ハードオプションが発令されたという事は、武力による制圧を試みるという訳だ。しかし、現実改変に対する防衛手段が完備されたこのサイトで能力が使えるという事は、それだけ相手の力が強いという事だ。保安部隊やサイト常駐の戦術チームでも制圧できるかどうか……。
「ちょっと!なんなの一体ッ!?」
アラートに叩き起こされた絵名達が血相を変えて仮眠室から飛び出してくる。不安のあまり心臓がバクバクと激しく鼓動する中、遥は自分自身に『落ち着け』と言い聞かせる。ここでパニックになるのは命取りだ。落ち着いて行動しなければ生き残れない------、財団に入所してすぐ、司から言われた言葉だ。遥は軽く深呼吸し、務めて冷静に振る舞う。
「------タイプ・グリーンです。現実改変能力者が収容違反を起こしました」
遥からの説明に、3人は瞠目する。彼女たちも現実改変の恐ろしさは理解しており、見る見る内に顔が絶望へと染まっていく。
「そんな……スクラントン現実錨があるから大丈夫だってッ…!」
「落ち着いて下さい!非戦闘員の私達には退避命令が下されました。地下のブロック98まで避難しますッ」
「で、でも、保安部隊がやられたら、ボク達も危ないんじゃ……」
「ブロック98は核シェルター並みに頑丈ですッ。そう簡単には破れません!保安部隊の人達を信じましょう。------さぁ、早くッ!」
まだ走れるまで回復していない奏を担ぎながら、4人はブロック98を目指した。
これが、サイト-██で引き起こされた惨劇の始まりだった----------。