Project Sekai SCP incident feat . 作:唯尊
桐谷遥が爆発から意識を取り戻した時、昏倒して数十秒と経っていなかった。
「うッ……ゲホッ、ゲホッ!」
煙を吸い込み咳き込む。火災が発生しているのか、スプリンクラーの雫が頬を濡らす。
身体中のあちこちが痛い。崖から落ちて全身を打ったようだった。
「宵崎さん…、絵名さん…、瑞希さん……!」
倒れた三人に呼びかけるが、反応がない。呼吸をしている様子もなく、奏に至っては頭部から出血し、目は見開かれたまま瞳孔が開いていた。
「くッ……!」
三人とも死亡している……。そう理解した直後、目の前から足音が迫ってくる。
人数は四人……軍用ブーツの音が三つ。残りはヒールの足音。男の中に女が一人混じっている。
破壊された壁に大穴が空き、その奥には地下からの階段が繋がっている。先に姿を現したのは、ウッドランド・パターンの
そして、後から階段を上がってきたのは、遥も知る人物だった。
「あ……」
黒のタイツと同色のブラウス、白衣に袖を通し、紫の髪はボサボサのまま伸び放題にしている。前髪の隙間から覗く瞳はひどく渇き果てており、肌と唇は血が通っていないかのように白くカサカサにひび割れていた。
「朝日奈……先輩…」
「……………」
SCP財団に研究員として籍を置く女、朝日奈まふゆは冷たい双眸のまま倒れ込んでいる遥を見下ろす。
「どうして……貴女が…!」
「話す必要があるの?」
凡ゆるものを拒絶する瞳で、まふゆは白衣のポケットから自衛用の小型拳銃、SIG SAUER P365を抜く。
右手で握られたSIGの銃口が、遥の額に向けられる。
「さよなら」
短く告げられ、トリガーが引き絞られる直前---------。
「桐谷!伏せろッ!」
突如聞こえた大声に、反射的に頭を下げる。耳をつんざく発砲音と共に、9mmパラベラム弾がまふゆの右掌に命中、SIGを取り落とす。
横からベレッタ90-twoを撃ちながら司が突っ込んでくると、そのまま遥を抱え込み、掻っ攫う。
背後から銃声と共に7.62×39mm弾が放たれ、司の白衣の裾や肩を掠める。先程の爆発によるものか、司は頭部から流血していた。おそらく破片で額を切ったのだろう。
「天馬さん!」
「ブロック98はすぐそこだ!このまま走るぞ!!」
「でも、天馬さんが怪我を…!」
「構うなッ、それより早く------」
刹那、一発の銃弾が司の脹脛を貫通する。
「ぐあッ…!?」
「きゃッ…!」
司が前から倒れ、遥も地面を転がる。
「ク、クソ……!」
隔壁の前まで這うと、カードキーを壁際の端末に翳す。上級研究員の権限で隔壁を無理やりこじ開けると、遥の手を借りながら逃れようとする。
「止まって」
冷たい声音と共に、背筋に悪寒が走る。殺意の乗ったAKの銃口が向けられる感覚を肌で感じる。
「コッチを向いて、ゆっくりと…」
「「………」」
指示に従い、司と遥が後ろへ振り返る。遥に肩を貸される形で司が睨む先には、掌から血を流すまふゆの姿があった。
「先程、電波妨害の理由が判明した。制御室に突入した機動部隊が内部の敵を制圧し、この事態の原因を突き止めた。……やはり要注意団体の襲撃だった。どこの手の者かは不明だが、奴等は電波妨害を発生させ、スクラントン現実錨の制御システムだけでなく、SRA本体まで破壊していた。装置の本体が置かれていた場所は堅牢なセキュリティで守られていたし、それは制御室も同じだ。なのに易々と突破できたのは、内部の人間が協力したからとした考えられない……。お前だろ」
「だったら?」
「ッ……!よくも皆んなを……学生時代からの友人を殺せたものだなッ」
憤る司に対し、まふゆは冷淡に応じる。
「もう……全てがどうでもいい…。本当はあの時に、何もかも終わる予定だったのに」
「なんだと…?」
「四年前……、私達の街を焼いたあの炎は、多勢の人達の命を奪った。あの災厄を呼び起こしたのは……他でもない私の願い」
やがて、まふゆは自嘲気味に笑う。
「私が殺しちゃったの。渋谷で暮らしていた全ての人が死んだのは……私の消えたいって想いが招いた結果。本当は私だけが死ぬ筈だったのに……、お父さんもお母さんも、学校の先生も友達も、皆んな殺しちゃった」
「違うッ、アレは……アレを引き起こしたのは------」
その時、まふゆの背後から悲鳴と同時に血飛沫が宙を舞う。
見れば、まふゆと行動を共にしていた所属不明の兵士が首を捻じ切られて絶命した所だった。
そのすぐ隣に立つのは、地下から出てきた包帯の怪人----------。
「ひ、ひいッ…!」
「このバケモノめェ!!」
他の兵士達がカラシニコフをフルオートで撃つが、瞬く間に一人目の犠牲者と同じ末路を辿る。
「……ムンドゥス」
『…………』
まふゆの呼びかけに、ムンドゥスは応じない。
彼女はまふゆに一歩近づく。まふゆは恐れるでも怯える訳でもなく、ただジッと包帯に巻かれた顔を見つめていた。
ムンドゥスは右腕を上げると、まふゆに掌を向ける。瞬間、まふゆは安堵したように表情を緩める。
「貴女が……私の死……。あぁ、これでやっと、消えられ---------」
最後まで言う前に、現実改変が発動。本来起こり得ない筈の現象がヒューム値の変動によって引き起こされる。
まふゆの現実性が強制的に引き下げられ、物理法則を無視した力が体内で発生。刹那、まふゆの脳髄が内側から爆ぜる。
砕け散った頭蓋と脳味噌の破片が脳漿や血液と共に飛び散り、遥の顔にべっとりと付着した。
手で拭ってみると、まだ温かさを感じた。
「ひッ…!」
「くッ…!」
遥が表情に怯えの色を見せる中、司が白衣のポケットに入れた個人携帯用小型SRAを取り出し、スイッチを捻る。
半径3m以内のヒューム値が一定に保たれ、ムンドゥスの現実改変能力が無効化される。
『……!』
ムンドゥスが動きを止めた。今のうちに撤退を---------。司が遥に伝えようとしたその時であった。
一発の銃声が木霊し、ムンドゥスの後頭部を掠める。
「なッ…!?」
一時的に能力を失ったムンドゥスは弾丸を防げず、掠めた箇所から包帯が解け、その顔が露わになる。
「あ、あぁ……!」
遥もよく知る、友人の顔----------。少し跳ねた長い黒髪とクールな印象の黒い瞳、まだあどけなさが残る整った顔立ちは四年前、最後に見た時と殆ど変わっていない。
しかし、光の無い乾いた目の中に、自分が知る彼女の意志は感じられない。
「どうして、こんな事に……」
遥が震えた声で呟く中、ムンドゥスを撃った張本人が両手でグロック45を構える。遥から見て右手側の廊下に、みのりの姿があった。
「遥ちゃんに、近寄らないで…!」
緊張と恐怖を押し殺した声で、再びムンドゥスに照準を付ける。ムンドゥスはみのりの方に視線を移すと、無感情の瞳のまま左手をみのりの方へと向ける。
みのりが立つ場所は、司からは距離が離れすぎている一方で、ムンドゥスの能力の効果範囲内だ。アレでは---------!
瞬間、みのりの両手が不可視の力で捻じ切られ、骨と血が飛び出す。みのりは悲鳴を上げるでもなく、驚いた表情のまま固まっていた。
そのまま、ムンドゥスがトドメを刺そうとする。
「------よせッ…、ヤメロォォォォォォッ!一歌ァァァァァァ!!」
司が叫ぶ中、みのりの顔が遥の方を向く。刹那、ふっと微笑を浮かべた---------。
「良かった。遥ちゃんが無事で------」
口が言葉を紡いだ直後、みのりの上半身が爆発、下半身のみを残し、即死した。
「うぁあああああああああああああああああッ!!」
喉が裂けんばかりに遥が絶叫する。コンマ数秒後、背後からの銃撃。ムンドゥスが司から離れると、能力が回復し飛来する弾丸の威力を、現実性ごと引き下げ、消滅させる。
「天馬研究員!桐谷研究員!ブロック98まで後退しますッ。後は我々に任せて下さいッ!」
ボディアーマーとプロテクターに身を固めた機動部隊の兵士がイスラエル製ブルパップアサルトライフル、IMI タボール TAR-21で援護しながら、遥と司を連れて撤退した。
*
治療を受け、地下のブロック98まで退避した司と遥は、壁に背を預けるように座りながら、ずっと無言のままでいる。
「……四年前」
不意に、司が口を開く。
「財団が逃した一体のアノマリーが逃走の末、渋谷に侵入した。ソイツは宮女の校内で生徒達に襲い掛かり、咲希や志歩、穂波を殺した……」
包帯が巻かれた脹脛を摩りながら、司は話を続ける。
「友人達の死体を目の前に、一歌は自身が持っていた現実改変能力を暴走させた。……結果、それまで本人を含めて誰も気づかなかった強力な現実改変が渋谷を壊滅させ、多くの犠牲者を出した。雫や桃井愛莉も死んだ」
その後、財団に確保された一歌は、幼馴染全員を失ったショックと絶望で精神が崩壊、人格まで消失し、『ムンドゥス』というコードネームを与えられてこのサイトに隔離・収容された。
「……オレたちが知る一歌は四年前に死んでいる。アレは……ただの抜け殻だ。一歌の人格が消え、危険な力と負の感情だけが残り、最終的にはあんな無作為に、手当たり次第に命を奪い取る殺戮装置と化した。殺す理由も意思もアレにはない。無意識なんだろうな、……他にやる事がないから」
「……………」
遥は虚な目のまま、ふと思い出したように白衣から日記帳を取り出す。
「……何を書いているんだ?」
「今日の事を書いているんです。……少しは気が紛れるので」
「……そうか」
その時、ポケットから携帯が鳴らされる。電波妨害が解除された事により、使用が可能となったのだ。
『もしもし?司くん聞こえるかい?』
「類か……、あぁ、よく聞こえてる。電波妨害はどうにかなったみたいだな」
『機動部隊が妨害電波の発信源を見つけて潰してくれたからね。通信に関してはなんら問題なくなった。だが……』
そこで一旦、言葉を切る。
『司くん、落ち着いて聞いてくれ。……スクラントン現実錨の修理に失敗した』
「なッ…!?」
思わず立ち上がりそうになり、足の激痛で膝を突く。
『もしもし?大丈夫かいッ?』
「へ、平気だ。気にするなッ。……それより、本当にどうにもならないのか?」
仮にそれが事実なら、ムンドゥスの封じ込めは不可能という事になる。
『損傷が激しすぎる。特にコアブロックの破壊は致命的だ。ユニットごと交換する必要がある』
「くッ…!」
どうやらまふゆ達は徹底的にSRAを破壊したらしい。交換用の予備ユニットなど、このサイトには存在しない。
「他に方法はないのかッ?」
『実行可能な手段は二つ。自爆してムンドゥスを焼き尽くすか……、君が持つ小型SRAを使うかだ』
「オレの?」
司は自身が持つSRAに視線を落とす。
『そうだ、試作機は何台か作ったが、満足に動くのは君が持つモデルだけだ。バッテリーはまだあるかい?』
試しにスイッチを入れると、駆動音と共に起動する。
「まだ動きそうだ」
『よし、ならここまで持ってきてくれ。僕達は現在、サイト司令室に籠城している。機動部隊から負傷していると報告を受けたが……、そこまで来れるかい?』
「行くしかないだろッ!」
司が歯を食いしばって立ち上がろうとした時、遥が前に出る。
「私が行きます」
「はあッ!?」
司が思わず面食らう。
「話は聞いていました。私なら大丈夫です!」
「バカ言うな!部下を一人で死地に送り出せるか。オレが行くッ」
「天馬さんのお気遣いは嬉しいですが、この状況だと他のオブジェクトも収容違反を起こしてる可能性があります!ただでさえ天馬さんの足は短いのに、怪我までしているとなれば確実に死にますッ!」
「ぐはぁッ!?」
信頼する部下から思いっきり斬り捨てられ、司は力なくその場に頽れた。
「お、オレの足は長いッ。……って、こんなコト言ってる場合じゃないな…。確かに今のオレじゃ途中でおっ死ぬ…」
司は大きく溜息を吐くと、遥に小型SRAを託す。
「司令室の場所は分かるな?」
「はい。……必ずコレを届けます!」
「頼んだ」
司に見送られながら、遥は地上への出入り口に向かう。
----------みのりならきっと、こうするよね。
まだ時間はある。落ち込んでる暇なんてない。自分も、やれる事をやろう。
出入り口を施錠する電子ロックの前に立つと、パスコードを入力して解錠しようとする。
しかし----------。
「あれ…?」
エラーを示すアラーム音が鳴るだけで、解錠されない。
「どうした?」
「それが……、パスコードを受け付けなくて…」
「む?」
試しに司が打ち込んでみるが、結果は同じだった。何度やっても開く気配がない。
おかしい……、パスコードは間違ってない筈だが----------。
その時、司の職員用携帯からアラームが鳴り響く。音が異様に大きく、耳にしただけで戦慄するようなメロディーだ。
ポケットから取り出すと、画面に表示された文字を見る。
「…………は?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。暗赤色の背景画面には、このように書かれていた。
『特別放棄プロトコル発生、当該サイトの自爆シークエンスに移行。O5評議会の緊急可決により、全ての職員及び収容オブジェクトは終了処分とする』
「自爆……って…」
遥も自身のスマホを見て顔が青ざめている。どうやら他の職員達にも同様の通知が送られたらしく、ブロック98内で動揺の声が上がり始める。
『O5評議会の最高権限に基づき、当該サイトの全システムを掌握、施設内の通信を完全遮断した上で、自爆までのカウントを開始する』
直後、画面に六桁のセブンセグメントが表示され、秒読みが開始される。
自爆まで残り---------180秒。
職員達がざわめき立つ。
『おい冗談だろ!?俺達がまだ居るのに!』
『地底に設置された核弾頭を使えばこんなシェルターまとめて吹っ飛ぶぞ!!』
『出ろ!ブロック98から出るんだッ!』
大勢の職員が出入り口前に大挙して押し寄せてくるが、強化扉である。人間の力でどうにかできる代物ではない。
狂乱した群衆に押し潰される前に逃れると、遥が恐怖の滲んだ顔で司と向き合う。
「ど、どうすれば…!まさか、財団は本気で私達ごと…!!」
「………残念だがその様だ」
スマホを耳に当てていた司がゆっくりと顔を向けてくる。
「類と連絡が付かない。このサイトのコントロールが乗っ取られたのは本当みたいだ……」
O5が決定を覆すとは考えられない。奴等はムンドゥスを世界に解き放つくらいなら、自分達ごと葬る算段なのだろう。
絶望----------そんな言葉が脳裏を過った時、遥は力なくその場に座り込んでしまった。
「すまない……」
「どうして、天馬さんが謝るんですか…」
「……せめて、桐谷だけでも逃したかった」
こんな時でも他人を優先する所は、彼らしいなと遥は苦笑する。
「いえ、謝らないでください。天馬さんが悪い訳ではありません。……あと、私こそごめんなさい。足が短いとか言っちゃって……」
「ぐッ……。まぁいい、オレは心が広いからな。なんていったってオレは、天翔けるペガサスと書き、天馬!世界を司ると書き、司!その名も━━天馬司!」
聞いているだけで恥ずかしい台詞を堂々と口にする司に、遥は暫しポカーンと口を開けて、やがて小さくクスクスと笑った。
「ソレ、なんだか久しぶりに聞きました」
「あぁ、……咲希が死んでから、ずっと忘れていたからな…」
一瞬、司は沈黙すると、「なぁ…」と声を掛ける。
「はい?」
「桐谷は……この道を選んだ事、後悔しているか?」
「それは……」
遥は少し考える。
「オレは………よく分からないが、たぶん後悔はしていない。結局スターにはなれなかったが、咲希達の分まで生きると決めた以上、諦める選択肢などなかった」
「……そうですね。私も……同じだと思います。あのまま諦めたら……きっと全てが無駄になる…」
『MORE MORE JUMP!』の活動は中断、アイドルしての自分はあの大災厄の時に死んだのだろう。
けれど………アイドルとして、多くの人達に夢と希望を届けたいと思ったのは本当だ。アノマリーの恐怖に屈し、失ったもの全てを忘れて廃人同然に生きるくらいなら……、あの時の想いを失うくらいなら……、過酷な状況に身を置いてでも、最期まで自分らしく生きていたい。
ひどい物も沢山見てきた。辛く苦しい事ばかりだったけど、それでも後悔はしていない。
もうすぐ、カウントが終わる。
時間もないから最期に、日記には短く書き遺しておく。爆発で燃え尽きてしまうだろうが、それでも、誰かにこの想いを伝えたかった。
---------私は、財団職員として、人々の光と希望を守れたんだ。
*
---------以上で、記録は終了となります。なお、本記事に登場する『ムンドゥス』と呼ばれるSCPオブジェクトは、現存する如何なる文書にも記述がありませんでした。しかし、財団のデータベースを用い、アルギュロス戦争勃発前の資料で検索をかけた結果、西暦2020年6月、東京都渋谷区で発生した『事件██-██-████』に『星乃一歌』という名前が記載されていました。
事件の詳細は現在も調査中です。
※追記、O5評議会から直接の指示により、本作戦で手記を回収した機動部隊-シータ25Aに対し、Bクラス記憶処理が実施されました。理由は非公開とします。
※西暦2044年█月██日。記録は削除されました。