Project Sekai SCP incident feat .   作:唯尊

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第六十八話 向き合うべき過去

 

 敬嗣の屋敷を後にし、かつて自分が住んでいた地区まで徒歩で移動する。

 

 そして、自分の生家が存在したエリアに辿り着いた。

 

「……………」

 

8年前、『ブラックロッジ事件』により両親と莉梨歌を失ったあの時の家は、今となっては更地と化している。何もない不毛の土地の中心には、『売地』と書かれた看板があった。

 

「……何も残ってる訳ないか」

 

そう思って去ろうとした時、地面に花が供えられている事に気付く。少し古い花束が一つ、やや新しい花束がもう一つあった。……誰が供えたのか、心当たりはあった。

 

 そこからやや移動して、近所に立つ大きめの家を訪れる。敬嗣の屋敷ほどではないが、こちらも中々に豪奢だ。

 

 インターフォンを鳴らすと、少し時間を空けて、ドアの向こうから初老の白人男性が現れる。

 

「……理雄、くんか?」

 

「お久しぶりです。バルタザールさん」

 

レーナの父親、バルタザール・フォン・エーベルハルトは目を見開き、信じられないといった様子で此方を見てくる。元々は短い金髪だったが、ストレスからか、今ではすっかり白髪頭となっている。不動産業を営み、昔はドイツ連邦軍憲兵隊(フェルトイェーガー)で勤務していた元軍人。筋骨隆々としていた体躯は、痩せて小さくなってしまっている。

 

「また会えて嬉しいよ。元気だったかい?」

 

「えぇ、おかげさまで。……それより、今までご連絡せずにすみません」

 

互いに握手を交わすと、バルタザールは彫りの深い顔で笑みを浮かべる。

 

「いや、いいんだ。私も……君と顔を合わせるのが気不味くて、避けていたからね…」

 

理雄の父である成那とバルタザールは高校時代の友人であり、不動産の紹介では世話になった。偶然近所が一緒だった事もあって、彼らの子供である自分とレーナもまた仲良くなった。

 

「さ、入ってくれ。コーヒーくらいしか出せないが…」

 

日本暮らしが長い事もあって、流暢な日本語を操る彼は理雄を自宅へと招き入れる。日本の風習に倣っているのか、靴は玄関で脱ぐ事になっている。

 

 リビングに入ると、ひどく寂しい空気が理雄を出迎えた。昔訪れた時と比べて、私物がかなり減らされている。

 

「妻が死んでから、思い出の品は全て倉庫に仕舞ったんだ。それに加えてレーナの物まで片付けると、想像以上に部屋が広くなってしまったよ。今じゃ殆どの部屋が空き部屋同然だ」

 

苦笑しながら淹れたてのコーヒーをマグカップで差し出してくる。レーナの母親は、彼女がまだ物心つく前に交通事故で亡くなっている。

 

「元々、私自身があまり物を持たない主義でね。妻や娘からは『家が無機質すぎる』と怒られたよ」

 

 マグカップを受け取り、息で冷ましながら口にする。

 

「俺の父も、そんな感じでした。読書とかは好きでしたけど、全部電子書籍でしたから……。自室には仕事道具と筋トレグッズ以外何もありませんでしたよ」

 

「ハハハ、お互い仕事一筋の人間だったからな」

 

朗らかな雰囲気がリビングを満たす中、バルタザールが聞いてくる。

 

「ところで、今も海自で働いているのかい?確か高校を卒業した後すぐに入隊して、アメリカ軍に留学したとか」

 

「はい、帰国した後は海自の部隊に配属されました。……どの部隊かは守秘義務があるので言えませんが」

 

 財団の存在を知らない彼は、自分を一介の海上自衛官としか認識していない。……レーナと違って。

 

「そうか……、まぁなんであれ、義理の息子が元気そうでよかった」

 

「……まだ、俺をそう呼んでくれるんですか?何年も顔を見せず、ずっと連絡を絶っていたのに」

 

「避けあっていたのはお互い様だ。それに、君の事は信頼している。昔、私とレーナのすれ違いによって生じた亀裂を、君が修復してくれたからね。…まぁ、それ以前から理雄くんは私にとって実の息子も同然だったし、最終的にレーナと結ばれた時は、驚きはしなかったよ。むしろホッとした」

 

「……………」

 

「君の両親と莉梨歌ちゃんの死は、私にとっても耐え難いほどに辛かった。レーナも、あの頃は本当に苦しそうだった。だから君が娘の側にいると誓ってくれた時は、本当に嬉しかった」

 

「けれど、俺は彼女を死なせた」

 

 感情の消えた声で、理雄は言う。

 

「俺は……結局レーナを守れなかった。ティナも……。そして、目の前の辛い現実から目を背け、逃げ出した」

 

抱えきれないから……大切な人達の死と、守るべき人の生命。その全てを背負って戦う覚悟も自信も、当時の自分にはなかった。

 

 他人の人生を背負わず、自分の誇りの為だけに戦う方が、遥に楽だった。

 

「けど君は戻ってきた。……その理由は?」

 

「……そんなの、決まっています」

 

バルタザールの目を見て、ハッキリと言葉にする。

 

「全てに決着をつける為です」

 

「………!」

 

暫し驚いた顔で此方を見つめていたが、やがて何かを決意したかのように、小さく息を吐く。

 

「…分かった。なら君に、渡さなきゃいけない物がある。ついてきてくれ」

 

バルタザールの後に続くと、2階に上がる。とある一室の前に辿り着くと、ドアノブを捻って中へと踏み入る。

 

 理雄はこの部屋に見覚えがあった。勉強机とベッド以外の物が全て片付けられているが、間違いなくレーナの自室だ。小さい頃から何度も訪れたから分かる。

 

「いつか返そうとは思っていたが、捨てられるか物置に放り込まれそうで怖かったんだ。だが……今の君ならコレを託せる」

 

 持ち主を失って久しい机の棚から、掌サイズのケースを取り出す。受け取ると、ケースの蓋を開く。

 

「ッ…!」

 

 そこに収められた物を見た瞬間、胸の奥から込み上げてくるものがあった。

 

「4年前、君が姿を消したあの日、郵送で処分してくれと頼まれた物だ。どうしても捨てる事が出来ず、こうして保管しておいた」

 

ケースの中には、指輪があった。レーナと婚姻を結んだ時に嵌めた、自分の分の結婚指輪(ウェディング・リング)。持ち続けるのが辛くて、一度は手放したソレを、両手で胸に抱く。もう二度と、手放さないように。

 

「……ありがとうッ」

 

 己の義父に感謝の言葉を述べながら、二人は固く抱擁を交わした。

 

 

 

 

 

 田上由那は、シブヤの一角に存在するとあるオフィスビルを訪れていた。

 

財団が所有する黒のセダンから降りたパンツスーツ姿の由那は、何台もの警察車両に囲まれたオフィスビルへと視線を向ける。

 

「田上さん、本当にここが?」

 

同じ車両から降りてきた部下の琴音が疑問を口にする。

 

「情報を総合した結果、間違いなくここに逃げ込んだそうよ。……私達の探し物かどうかは、直接見て確かめましょ」

 

喋る時間が惜しいとばかりに、由那はスタスタと歩いて行く。封鎖線の前まで来ると、現場責任者である年嵩の刑事がやってくる。

 

「……アンタらが連絡を寄越した?」

 

「えぇ、田上由那(たがみゆな)羽馬里琴音(はばりことね)よ。早速で悪いけど、現場に案内して頂戴」

 

「…………」

 

刑事は此方を値踏みするように睥睨してくる。

 

「……許可は取れてる筈よ。なんなら、裁判所の令状でも見せましょうか?」

 

「チッ…」

 

舌打ちし、あからさまに嫌そうな顔をすると、無言のまま封鎖テープを持ち上げ顎をしゃくる。

 

「ついて来い。縄張り荒らし」

 

それだけ言うと、二人の方など見向きもせずに歩き出す。

 

「……随分な態度ですね」

 

「仕方ないわ、得体の知れない連中が土足で現場に踏み込むんだもの。他にも人事に介入してエージェントや工作員を配置したり、街中で銃撃戦やったり、余計な首を突っ込んできた捜査官を拘束して尋問した挙句記憶処理を施したり……、後始末を含め、財団の仕事で不都合が生じた場合、迷惑の大半を被るのが彼等のような表の法執行機関よ。嫌われるに決まってるわ」

 

 もう慣れた、と言わんばかりに由那が溜息を吐く。確かに、いくら人類の為とはいえ、財団のやりたい放題に付き合わされる警察からしてみれば、目の敵にされるのも当然だろう。

 

 実際、事情をよく知らない若い警官達は、此方のやり取りを見ながら揃って首を傾げているが、由那達の存在を知ってそうな何人かは、忌々しそうな視線を送ってくる。背中を向けた瞬間、背後から撃たれそうだった。

 

 足早にその場から離れ、現場へと向かう。オフィスビル内のエレベーターを使い地下まで降りると、地下三階の駐車場に足を踏み入れる。

 

 何十台という車両が並ぶ中、鑑識のカメラがフラッシュを焚く。眩しい光に目を細めながら、シャッターが切られる音が断続的に響く。

 

「コイツだ」

 

刑事が指し示すのは、漆黒に塗られたクライスラー社製セダン、クライスラー・300Cだった。

 

「ナンバープレートは巧妙に偽装された物だった。登録はダミー会社名義で行われていたから、持ち主は不明。だが、運転席と助手席から指紋が検出され、人物を特定できた」

 

タブレット端末を渡されると、画面には二人の男性のバストアップ写真が映されていた。一人は日本人、もう一人はラテン系の白人だった。

 

榎木真広(えのきまひろ)、31歳。コルト・レインバルク、30歳。榎木は元自衛官で北アフリカでは傭兵をやっていた。レインバルクは同じ地域で活動していた同業者。アンタらが回してくれた誘拐時の映像を解析した結果、映っていた二人組の誘拐犯とコイツらの体格が一致。覆面被っていたから顔までは分からないが、昨夜、警察(俺達)からの追跡を逃れる為に一晩中カーチェイスした挙句、この地下駐車場に逃げ込んだんだ。車内から黒の覆面も見つかったし、目撃証言とも合致するからまず犯人で間違いないだろ。で、やっと追い詰めたかと思ったら、何を考えたのかこの二人は車の後部トランクに隠れた。あまりの往生際の悪さに呆れた現場の警官がトランクを開けてみたら------」

 

「中の二人が消えていた--------」

 

由那に話の先を言われ、肩を竦める。

 

「どうやら、私達の探し物はコレで間違いなさそうね。……ありがとう、協力に感謝するわ。後は此方でやるから、貴方達は現場の封鎖を徹底して。それと、この地下駐車場には此方からの呼びかけや緊急時の場合を除いて、絶対に入らないようにしてもらう」

 

「…………」

 

あまりの上からの物言いに刑事は眦を吊り上げるが、ここで揉めてもデメリットしかないと最初から分かっているのか、やがて憤りを吐き出すように息を吐く。

 

「ハァ…、行くぞ。俺達は撤収だ」

 

鑑識を含め、警察がゾロゾロと退いていく。

 

「ちょ、ちょっと荒垣さん!いいんですかアレッ?」

 

「いいもクソもあるかッ、お前も定年まで勤めたきゃ見て見ぬフリしとけ。どうせ俺達じゃ手に余る案件だ」

 

若い部下の刑事を一蹴すると、「あぁ!忘れる所だった!」と由那達に聞こえるよう声を張り上げる。

 

「アンタらが来る少し前、ここに忍び込んでいた二人組の男女がいたから、こっちで拘束しておいたぞ」

 

---------侵入者?

 

「それってどんな輩?」

 

「二人とも高校生だ。軽く事情聴取してみたら、例の誘拐事件で攫われた少女の知り合いだそうだ。なんなら、署に連行する前にソッチに預けようか?」

 

「……えぇ、お願いするわ。ありがとう」

 

 礼を言うと、刑事は「フンッ」と鼻を鳴らす。

 

「礼には及ばん。あとなんでもいいが、くれぐれもトチって死ぬなよ。こんな真っ昼間からアンタらの死体回収なんて、コッチは御免だからな!」

 

憎まれ口を残して、刑事達は今度こそ地下駐車場から出て行った。

 

「……さて、やっと見つけたわ。鳳えむ誘拐に使われたオブジェクト、SCP-213-JP(監獄行きのクライスラー)

 

現在、この世界で財団が確保しているのは48台。これで49台目となった。

 

「でも良いんですか?コレって本来、日本支部の管理下にあるオブジェクトですよ?」

 

「なら貴女、この案件に彼等を巻き込む?『ダウンフォール事件』の後、日本支部では人事を中心に粛清の嵐が吹き荒れているそうよ。今月だけで幹部クラスの人間が100人は首を飛ばされたらしいし、通常業務に支障を来たす程の大混乱に陥っているわ。仮に協力を頼んでも、事件を暴いて混乱の発端となった私達を助けてくれる職員はいないでしょうね」

 

いくら『JP』のナンバリングがあっても、今の日本支部は自分達の事を殺したいと思っている人間が千人はいる。そんな連中に頭を下げた所で、返ってくるのは銃弾の雨に違いない。

 

「しかし困ったわね。これでようやく向こうの扉(・・・・・)こちらの扉(・・・・・)が繋がったのに、突入させる部隊がいないわ」

 

由那は溜息を吐く。

 

「SCP-213-JP-1には、SCP-1983の脅威が潜んでいる可能性が高いです。となると精鋭チームに任せるしかありませんが、財団本部の隷下にある機動部隊は全てフル稼働中です。我々が動かせるのはシータ-25R(ロメオチーム)くらいで、他の部隊は出撃中か故障中です。日本支部の協力はあてにならないし……どうするんです?」

 

「そうねぇ……」

 

どうしても、こちら側から突入する部隊とは別に、向こう側からも味方の援護が欲しかった。

 

「向こうの財団に助けを求める事もできるけど……、見返りに何を要求されるか分からないから、あまり手札としては使いたくないし---------」

 

そこではたと思い出す。いるではないか、向こうの世界で、こちら側が使える最強の剣が。

 

「------いえ、その辺はきっと大丈夫ね」

 

「…?そうなんですか?」

 

話が見えず、琴音が首を傾げる。

 

「ええ、問題ないわ。それより、早く行きましょ」

 

急に歩き出す由那に、慌ててついて行く。

 

「あのッ、どちらに?」

 

「決まってるじゃない、警察に捕まった二人の侵入者に会いに行くのよ。色々と聞きたい事があるわ」

 

 

 

 

 

 レーナの生家を去った後、理雄は両親と幼馴染達が眠る墓地を訪れていた。

 

 日本におけるキリスト教墓地は、生前に所属していた教会の墓地や、宗教を問わない民営・公営の霊園内に設けられるのが一般的だ。本来は土葬だが、国内では墓地埋葬法や衛生上の観点から火葬が主流であり、十字架や聖句が刻まれた低めの墓石や芝生墓地が多いのが特徴である。

 

 ここに来る前、供花として淡い色のユリ、カーネーション、胡蝶蘭のバスケットを購入した。

 

 最初にレーナと彼女の母が眠る墓石の前で祈りを捧げ、その次にティナの墓前で両掌を組む。

 

 本来、カトリックでは右手で十字を切り、胸の前で手を合わせて神に感謝するのだが、今の理雄は神への信仰心をとうの昔に失ったままだ。死後の世界も信じていない以上、直接彼女達に何かを伝えられるとは思えなかった。

 

 だから、彼女達の想いに祈りを捧げる------。

 

「遅くなってゴメン。ここに戻ってくるまで4年もかかった。けど俺は大丈夫だ。もう……逃げたりはしない」

 

 そして、莉梨歌の墓標の前で片膝を突く。

 

「もう全ては返って来ない。けど……これまでお前らから受け取った沢山の想いが、俺の中から消える事もない。本当に……ありがとう」

 

 それまで向き合う事を恐れ、口に出来なかった想いを言葉にして伝える。

 

「戦いは終わらない。仲間達を含め、終わりなんてないんだよ。俺達の戦いには………。けど、それでも今の俺には、守りたい人達がいる。俺はあの子達に明るい未来を指し示してやりたいんだ。だから絶対に諦めない。傷だらけの心でも、それを抱いて明日を引き寄せるよ。昔みたいに耐えられなくなった時は、大切な人達の想いで乗り切る。必ずな…」

 

ゆっくりと立ち上がり、最後に両親の墓へ向かおうとしたその時------。

 

「……………」

 

目の前に、彼女(・・)がいた。

 

 中学の頃と比べて身長が大幅に伸びており、髪も短くなっていたが、見間違える筈がない。だって、彼女は----------。

 

「兄、さん……?」

 

「…………李玲(りれい)

 

志熊李玲(しぐまりれい)。かつての幼馴染であり、血の繋がらない理雄の妹。

 

 惨劇により、人生を狂わされた二人の兄妹が、4年ぶりに再会を果たした---------。

 

 

 

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