Project Sekai SCP incident feat . 作:唯尊
ジュリエットチームが基底世界に帰還する数日前-------。
「理雄先生〜!」
昼休みの宮益坂女子学園にて、校庭のベンチで昼食を摂っていた理雄の元に、みのりが駆け寄ってくる。
「よう、どうした?」
「コレ見てください!昨日『MORE MORE JUMP!』で新しく上げたダンス動画なんですッ」
みのりからスマホを受け取ると、そこにはトレーニングウェア姿でダンスレッスンに励む4人の姿があった。注目すべきはみのりで、以前視聴した動画の時と比べて、他の3人との動きのズレが少なくなっていた。手足の使い方にも無駄がなくなり、体の軸もブレずに安定しつつある。
愛莉のスパルタ特訓の成果か、みのりはアイドルとして格段に成長していた。………あとどうでもいいが、あのラッコのイラストがプリントされたTシャツはアイドルとして如何なものだろうか?
「毎日校舎の屋上で練習してるんだろ?最近は早朝から遥と一緒にランニングもしているらしいし……今朝も会ったよな?俺とスカーが走ってる時」
「あ、はい!けど……お二人とも信じられないくらい速くて……遥ちゃんと一緒に声掛けようとしたんですけど、すぐに遠くまで行っちゃったので……」
「あぁ……、なんか悪いな」
あの時、スカーと一緒に走っていたら、二人の姿が見えたので背後から声を掛けたのだが、返事が来なかったので気付かれなかったか別人と思われたものかと思っていたが、いくらフィジカルの強い遥でも、20kmを一時間で走破する理雄達について行くのは流石に酷だろう。返事をする前に此方が走り去ってしまったらしい。
「いえ!気にしないで下さい。大丈夫です!わたしも遥ちゃんと一緒に毎日走っているので、いつかは理雄先生にも追いつきますッ!」
フンスッ、胸の前で両手を握る。なんとも前向きな事だ。
「それより!どうでしたか?この動画のわたし」
「良いと思うぞ?ダンスの腕前がどんどん上達している」
「ホントですか!?アイドルとしては何点くらいですか?」
「ふむ……」
みのりが期待の眼差しを向けてくる中、理雄は暫し黙考し---------。
「------40点だ」
想像より遥かに低い評価に、みのりが愕然とする。
「ふぇ〜〜ッ……、そ、そんなにダメですか?」
「残念ながらな」
「うぅ……、どこがダメなんですか…?」
「最後の最後でヘマをしてない。動画が終わるまで最低限踊り切ってる。そんなのはみのりじゃない。最強のドジっ娘アイドルとしては失格だ。下下下の下以下だ。ガンダムで言えばボールよりヒドい」
「---------!?」
あんまりな理由に、みのりがショックを受ける。
「も、もう〜〜〜ッ、いい加減そこから離れてください〜!」
涙目で抗議してくるみのりに対し、ニヤニヤしながら食べ終わった弁当箱を片付ける。最近みのりイジメが楽しくて仕方がなかった。
みのりは暫し此方を「う〜ッ…」と非難がましい視線で睨んでいたが、やがて何を思いついたのか、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「フンだ!そんな意地悪な事言うなら、こっちにも考えがありますからね。-------理雄お兄ちゃん!」
みのりから貰った思わぬカウンターに、飲んでいたペットボトルのお茶を噴き出しそうになる。
「おまッ…!なんだそれは!」
「遥ちゃんから教えて貰いました!『今度理雄先生からイジワルされたら、こう言ってあげるといいよ』って!」
-------あの女いつか殺すッ。
脳裏でクスクスと小生意気に冷笑する青髪美少女の顔を思い浮かべながら、理雄は報復を誓った。
「えへへ、でも理雄先生みたいなお兄ちゃんなら是非欲しいです!わたしって弟はいるけど、兄はいないので。あ、これからお兄ちゃんって呼んでいいですか?咲希ちゃんもそう呼びたがっていたし、偶にでいいので!」
嬉しそうな笑顔を向けてくるが、理雄の表情は硬かった。
「…ダメだ」
「え〜?いいじゃないですか!雰囲気とかお兄ちゃんって感じでピッタリですよ?」
「やめろ。次ソレで呼んだら、絶対に許さない」
理雄の強い口調を前に、「ご、ごめんなさい…」とみのりはシュンとしてしまう。そんな彼女を見て、理雄は軽い自己嫌悪に陥りながら溜息を吐いた。
---------何をやってるんだ俺は、みのりに当たるようなマネなんかして…。
だが、いくら相手が気心の知れた仲とはいえ、そのフレーズを使われるのは色々な意味で我慢ならなかった。
自分の事を"兄"と呼んでいいのは、この世で
*
そして現在、西暦2045年5月、札幌キリスト教会墓地にて、二人は再会を果たした。
「兄、さん……?」
「…………李玲」
掠れた声で彼女の名を口にする。青のデニムジーンズに白のシャツ、シンプルな出立ちの彼女は、此方を見たまま硬直している。夜空色の瞳からは、驚愕と衝撃の色が見て取れた。
4年前、最後に会った時のやり取りが脳内をフラッシュバックする中、切り出す言葉が見つからず、沈黙が続く。
「……どうして、ここに?」
暫くして、口から出てきた言葉がそれだった。久しぶりに聞いた彼女の声は、どこか剣呑な雰囲気で、固く拒絶するような声音だった。
「……両親と、莉梨歌達の墓参りに来た」
「………兄さんが?」
信じられない、と疑うような眼差しを向けられる。
「そうだ」
「…………」
李玲は何も言わずに、ジッと此方を見続ける。肌を針で刺すような、張り詰めた空気の中、暫く互いを見つめ合う。
どれくらいそうしていただろうか、不意に李玲の方から視線を逸らし、無言のまま此方へと歩いてくる。
このまま殺されるのだろうか-------、彼女との確執を考えれば、数秒後には死体となってこの場に打ち捨てられるかもしれない。
そんな考えが脳裏を過ぎり、自然と腰のXDMに意識が向く。
しかし、そんな凄惨な未来は訪れる事なく、不安は杞憂と化す。李玲が此方のすぐ隣を通り過ぎて行ったからだ。そして、理雄のすぐ後ろで足を止める。
「……莉梨歌さん達へのお祈りは、済ませたんですか?」
此方の方を向かぬまま聞いてくる。
「あぁ…。あとは両親の分だけだ」
「なら、早く行ってあげてください。私はもう済ませましたので。父さんと母さんも、きっと逢いたがっています」
「……そうするよ」
短く答え、前に進む。李玲からやや距離を取った所で振り返ると、献花を供えながら祈りを捧げる李玲の姿が窺えた。
莉梨歌の墓から数十メートル移動した所に、両親の墓は立てられていた。聖句が刻まれたやや大きめの墓石の前には、李玲が供えた花が置かれている。理雄はそこに膝を突く。
「ただいま、父さん、母さん……」
今は亡き両親の想いに、何を伝えるべきだろう。感謝の言葉?それとも懺悔だろうか……。
ブラックロッジ構成員が放った炎に二人が焼かれ、炭となってこの世を去った後、志熊家は地獄に叩き落とされた。
中でも一番最悪なのは、狂乱した自分が李玲を襲い、その関係を大きく変えてしまった事だ。
挙句、最終的には自分のエゴの為に彼女を切り捨てた。
---------アイツは俺の事を殺したい程憎んでいる。まだ死ぬ訳にはいかないが……、それでも俺は、李玲に対し謝らなきゃいけない事が沢山ある。
供花のバスケットを墓前に置くと、その場で踵を返す。
「また来るよ…」
そう言い残して、元来た道を戻る最中、莉梨歌だけでなく、レーナ、ティナの墓にも献花が供えられている。李玲が持ち込んだ物だ。
教会の通路を利用して墓地から出ると、入り口の辺りで李玲が佇んでいた。
「…………」
無言のまま彼女の元に向かうと、視線を合わせぬまま隣に立つ。
「……まさか、こうしてまた会うとは思いませんでした」
何を言うべきか迷っていると、李玲の方から口を開く。
「それも
「………」
どう言葉を返せばいいのか、分からなかった。
だから、別の話題から入る事にした。
「…今日、俺の……俺達の家があった場所を訪れた」
「何もなかったでしょう?」
「いや、あったよ。花束が二つ供えられていた。確認したら一つはバルタザールさんが少し前に置いた物だった。もう一つはお前が供えた花だろ?さっき莉梨歌達の墓で見た花束と、花の組み合わせが同じだった」
「……レーナさんの家に行ったんですか?」
ようやく此方に視線を向けてくる。
「あぁ、そこでコレを返して貰った」
首から下げたペンダントを指で見せる。チェーンの部分に、レーナとの結婚指輪が通されていた。
「それは……!」
「バルタザールさん曰く、『今の君にならコレを託せる』……だそうだ」
李玲は暫し此方を見つめていた。先程よりも驚いてる様子だったが、やがて小さく溜息を付く。同時に、纏っていた剣呑な雰囲気が少し和らいだ気がした。
「……信じられませんが、どうやら本当に変わったみたいですね。少なくとも最後に会った時の兄さんとは、別人のようです」
「……李玲、お前に言わなきゃいけない事がある」
改めて、李玲と向き直る。彼女の眼を正面から見据えて----------頭を下げた。
「本当に、すまなかったッ……!」
無視して踏み越えてきた過去であり、自分にとって最大の傷であり恐怖に、今、決着をつける。
「それは、何に対しての謝罪なんでしょうか?」
「全てだ。今までお前を傷つけてきた、その行いの全てにだッ。身体にも心にも、消えない傷を刻みつけ、孤独の中に放り込んだまま捨てたのは俺だ!」
血を吐くような思いで、己の罪を告白する。
「俺は……お前らを大切にしたいとか散々言っておきながら、目の前の非情な現実に耐えられず、自分を守る事だけを徹底したッ…。あまつさえ、やり場のない怒りや暴力衝動を李玲にぶつけ、泣かせたのは俺なんだ!俺は………ずっとその事実から目を背けていた、自分が傷つきたくないから……、認めたくないから……、本当の俺は、これっぽっちの誇りも矜持も持ち合わせていない弱い男で、自分の欲望や感情を満たす為なら愛した人ですら死なせて切り捨てるような、最ッッッ低のクソ野郎だって事をッ!!」
ゼェ、ゼェ……と荒い息を吐きながら、なんとか全てを言い切る。
李玲はそれを黙って聞いていたが、やがて大きく嘆息した。
「確かに---------、いくら辛いからって、誰かに怒りの矛先を向けて暴力を振るっていい理由にはなりません。私の場合、物理的な痛みよりも、兄さんに裏切られて、捨てられた方がすごく悲しかったし、傷付きました。けど、自分の事を"弱い"だとか、"愛した人ですら死なせて切り捨てる"なんて言い方は気に入りません」
「え……?」
侮蔑と怨嗟を込めて罵倒されると身構えていただけに、李玲の反応は予想外で戸惑う。
「仮に兄さんが弱くて、自分の為に大切な人を切り捨てるような人間だとしたら、私は最初から兄さんを好きになる事はありませんでした」
「それは…」
「昔、兄さんがまだいじめられっ子だった頃。自分の弱さを許せず、空手で必死に鍛えて強くなったのは、傷付けてきた相手を見返すだけじゃなく、私達を守る為でもありました。中学の時も、私と莉梨歌さんの想いを真正面から受け止めて、ちゃんと真摯に答えてくれましたし、交際が始まった後だって、お互いの関係が悪化しないように毎日気配りを欠かしませんでした。……本当の兄さんは強くて、誠実で、いつも私や莉梨歌さん達の事を一番に考えていた人である事は私が知っています。幼馴染だった頃も、兄妹になった後も---------ずっと兄さんを見てきましたから」
ゆっくりと視線を上げると、李玲は強い眼差しで此方を睨んでいた。声には若干の怒気が籠っている。
「兄さんがあんな風に壊れてしまったのは、ほんの一時期にすぎません。ただ少しの間、弱っていただけです。エゴの強い性格が災いして暴走したのは確かでしょうが、それで兄さんの本質が変わる訳ではありません。例え一時の感情で選択を間違えたとしても、兄さんは兄さんのままです。こうして心から謝罪してもらって、兄さんが何も変わっていない事が分かりました。今も昔も、兄さんは最低な人ではありません。だからそんな風に、私の目の前で自分自身を否定するのは、私の好きな人を否定するのと同義です。それだけは----------決して我慢できません」
「だが、俺のした事は---------」
「分かっています。実際、あの時は本気で兄さんを許せないと思いましたし、殺したいほど憎みました。今でも----------そういう気持ちがどこかに残っています」
「…………」
「けど私の方も、兄さんの気持ちが分かっていなかったんだと思います……。兄さんが見ている世界を、私は知らない。なのにどうして………兄さんの心を理解したつもりでいたんでしょう…」
李玲の瞳から怒りの感情が消え、表情が翳る。
「4年前、兄さんが私を突き放したのは、本当は私を守る為だったんじゃないんですか…?どうしようもない脅威から、私を遠ざける為に」
「なに……?」
「兄さんは傷を負いすぎました。私達の両親に、莉梨歌さん、レーナさん、ティナさん………目の前でかけがえのない人達が次々と奪われていって、その上世界の闇を直視して……誰にも相談できず、孤独な戦いを強いられた兄さんが限界だったのも、無理はないのかもしれません…」
「……………」
さっきから李玲の様子がおかしい。いくらなんでも此方への理解がありすぎる。そもそも、彼女は"表"側の人間だ。通信制高校---------世間一般からは公立
「どうすればいいんでしょうね、私……。兄さんを責めればいいのか、許せばいいのか………、今となっては、それすら分かりません…」
自嘲気味に薄く笑う彼女の眼を見た---------。その瞳に見覚えを感じた瞬間、ドクンッ--------と心臓が嫌な音を立てながら跳ねた。
「李玲、お前---------」
咄嗟に何か言おうとしたその時、ズボンのポケットからアラームと共に携帯のバイブ音が鳴る。財団から支給された職員用携帯だった。
すぐに取り出すと、画面には『非常呼集』とあった。緊急事案発生、直ちに原隊復帰せよ---------。
「……仕事ですか?」
此方から何か言う前に、李玲が一歩下がる。
「その、俺は------」
「大丈夫ですよ、4年ぶりにこうしてまた会えたんですから。……近い内に話す機会もあるでしょうし、この続きはまた今度にしましょう」
「…………分かった」
まだ色々と話したい事があったが、時間もないのでそのまま李玲に背を向ける。
「……気をつけて下さいね、兄さん」
走っている最中、背後からポツリ…と、そんな事を呟かれた気がした。
*
空港に向かうと、財団が手配した航空機に乗り込む。最先端の航空技術が詰め込まれた2045年モデルの高速機は、搭乗者の乗り心地など微塵も考慮しておらず、加速から生じる強烈なGが全身を押し潰そうとする。
「ウッ…!」
おかげでほんの数十分で東京国際空港---------通称"羽田空港"に辿り着く。そこからは車で第818軍事基地へと向かう。
地下までエレベーターで降りて廊下を小走りで駆けると、作戦司令室の前で『この先、携帯電話・撮影機材の持ち込みを固く禁ずる』との警告文を見遣る。壁に固定されているプラスチック製のケースにスマホを放り込み、ノックして扉を開ける。
「すみませんッ、遅れまし----------た……」
部屋の中に揃っている面子を前に、理雄は固まった。室内には自分以外のジュリエットチーム7人に加え、アルファチームのフィフティ・アーサー、基地司令の四瀬匠将補と数人の兵士、そしてテーブルが置かれた中央には----------。
「久しぶりだな、志熊理雄」
「肥前岡三佐……いや、二佐殿。お久しぶりです。ですがどうしてここに?」
身長178cm、年齢は40代半ばで痩せているがひ弱そうには見えない。七三分けにした黒髪に鋭い眼光、急な召集で私服姿の英牙達と違って戦闘服に身を包んでいる。
「俺の異動先がここなんだよ、今は818基地の副司令だ」
手短に説明を済ますと、與一は改めて周囲に視線を向ける。
「よく聞け、今回は『SA-5000-2』と初の共同軍事作戦になる。よって司令官である四瀬将補殿が作戦を監督され、ジュリエットチームの担当将校として、俺が君達の指揮を執る」
『SA-5000-2』……?聞き慣れない単語に全員が頭の上に疑問符を浮かべる。
「我々が君達の派遣された世界に付けたコードネームだ。先方から緊急の連絡があり、休暇中で悪いが君達を呼び戻した」
「別にいいですよ、どうせ今日で終わりですし……」
「それで、何かあったんですか?」
龍一郎が溜息を吐き、悠間が事情を聞いてくる。
「チャーリーチームを全滅させた敵の正体が判明した」
瞬間、理雄達の視線が一斉に與一へと注がれる。
「これより我々は、SA-5000-2で展開するロメオチームと共に、敵の本拠地へ突入する。SCP-1983をはじめとしたアノマリー群を排除し、人類の脅威となる敵を殲滅しろッ」