「バグ」
それは、この世界に遙か昔から根付いていた厄災。
世界の均衡を揺るがす程の力を持った事象、または対象のことを言う。
世界の理に乗っ取れば、本来起こらないような現象を度々巻き起こすそれを、人々は「バグ」と呼んだ。
そして、その「バグ」に対処する人間も存在する。
それが「デバッカー」だ。
デバッカーは、一般人が持ちえぬ「コード」と言われる特殊能力を使いバグを狩り続ける。
ひと仕事を終え、酒場で酒浸りになっているこの男。
レイズ・リムベルもデバッカーの1人である。
「んあぁ〜やっぱ仕事の後のビールは違うわぁ……」
巨大な木の杯へ注がれた大量のビールを一気に飲み欲し、机に突っ伏せる。
ガヤガヤと賑やかに盛り上がる酒場の独特な空気を、しっかりと堪能する。
「はぁ……まだ血の匂い取れてねぇよぉ……」
先程始末したバグは、人間だった。
そのせいである。
始末した時に飛びっちった血が、ベッタリと全身についてしまった。
洗い流したものの、まだ僅かに香っている。
「お仕事お疲れ様だねぇ……レイズちゃん」
酒場の女将が、先程注文したビールを持ってカウンターから現れた。
「ちゃんって呼ぶな。」
そして、彼女は何故が男であるレイズをちゃん付けで呼ぶ。
当然、それを彼は気に入っていない。
「いいだろ?それで、今回はどんなバグだったんだい?身体から漂わせてる臭いで生き物だってのは分かるんだけどさぁ。」
不服そうなレイズを無視して、女将は尋ねる。
「嫌。仕事の話はさせないでよ。今は酒が入って気分がいいんだから。」
「そんなこといわずにさぁ。ほら、ビールもう1杯奢ってあげるから!」
そんな言葉と共に、カウンターからもう1つビールが出てきた。
レイズはゴクリの唾を飲む。
「……しょうがないなぁ。」
彼は意外とチョロかった。
目の前に置かれた2つのビールに、満面の笑みを浮かべながら説明を始める。
「今回のバグはレヴリアス家のガキだった。」
「レヴリアスって……あのレヴリアスかい!?」
女将が驚いた反応を見せる。
それも当然だろう。
レヴリアス家は、王都で知らない人間が居ないほど名を馳せた貴族という名の天才集団だ。
「そうそう。それで、あの有名なレヴリアス家のガキが魔法を使ってたの。」
「魔法ってことは、あの子かい?『魔法界の神童』とか呼ばれてた……」
「ん〜多分そうだと思う。相当魔法が出来てたみたいだしね。」
チビチビと1つ目のビールを飲みながら、女将の質問に答えてゆく。
(仕事戻んなくていいのかな……)
レイズはそんなことを密かに思っていた。
「でも魔法を使うだけなんだろ?なら変なことはないんじゃないかい?」
「ただの魔法ならね。でも、アイツのは違った。魔法自体がバグだった。」
「魔法自体が……?」
「そう。魔法が本来の力の4~5倍くらいの威力を持ってたからね。あのまま成長してたら、一晩で都市一つ消し飛ばす位の力は持ってたんじゃないかな。」
「はぁ……おっそろしいもんだねぇ。バグってのは。」
レイズの話を聞いて、呆気に取られた様子の女将を横目に1杯目のビールを飲み干した。
「そうだよ〜?だから、女将もバグには気をつけて……」
そこまで言って、2杯目のビールへ手を伸ばした時
「ジジジジ!!警告!!警告!!付近にバグの反応を検知しました!!ジジジジ!!ジジジジ!!」
レイズのポケットから飛び出した謎の球体が、抑揚のない音声で周りに警鐘を鳴らす。
その球体には2つの点と1つの線がまるで顔のように雑に描かれており、フワフワと空中に浮かんでいる。
その球体の報告に、レイズは迫真の面持ちで立ち上がった。
「またぁ!?さっき始末したじゃん!今ビール飲んでるんだけど!?」
「ウルサイ!!ダマレ!!シロモップ!!」
球体は、レイズのことをシロモップと形容した。
ちなみに、レイズは腰まで伸びる真っ白な長髪をしているせいで、昔からよくモップと言われていた。
「だぁれがモップだ!!この低脳ボールが!!」
だからこそ、モップは割と彼の地雷であった。
「テイノウ!!?私は天才ダ!!ダマって従エ!!」
「えぇえぇ分かりましたよぉ!?『自称』天才様の命には従わないといけませんよねぇ!?」
「誰ガ『ジショウ』ダト!?」
レイズと球体のレスバがヒートアップしてゆく。
傍から見れば、ボールと戯れる変態でしかない。
そんな言い合いも程々に、しばらくしてレイズが急に女将の方へと振り返った。
「このビールの泡!あと何分くらいで無くなるかな!」
「えぇ……えっと……あと3分ってとこかねぇ……」
戸惑った様子で女将が答える。
それを聞いて、レイズは覚悟を決めた。
「わかった!!じゃあ3分以内に片して戻ってくる!!」
「オイ!!何ヲスル!!ヤメロ!!」
そう言って、隣に浮かぶ球体を手で乱暴に掴み取り、そのまま酒場の外へと走って行った。