「キャァァーー!!」
女性の声が聞こえる。
「あそこか!!」
「ホラ!!イソゲ!!イソゲ!!」
「うっさい!急かすな!」
球体に催促されながら、叫び声の聞こえた方へ走る。
続く大通り、その先にソレはいた。
黒く毛深い身体。
大きい2つの尻尾に大きな耳。
鋭い牙と殺意の籠った眼光。
全長は6m程あるであろう、獣の化け物。
「お母さん!!ねぇ!!お母さん!!」
それに相対する1人の少女。
目には涙を浮かべ、必死に母を呼んでいる。
見ると、化け物の足元に血まみれで倒れた1人の女性の姿が見て取れた。
化け物が、少女へゆっくりと近づいてゆく。
「嫌ッ!!来ないで!来ないでよ!!」
逃げようとした様子の彼女だったが、すぐにその場に座り込んでしまう。
どうやら腰が抜けたようだ。
更に化け物が近づく。
「嫌!!嫌……!」
拒絶の言葉を口にしながら、少女は力無く手を前に出した。
そこに、鋭い氷が生成される。
氷魔法だ。
そして、作り出されたそれは化け物の身体へと発射され勢いよくぶつかった。
が、化け物は何事も無かったかのように進み続ける。
そうして、化け物は彼女の前に顔を近づけ口を開く。
湿った息が彼女の髪を揺らし、口から垂れたヨダレが彼女の足元を濡らす。
「ぁ…………」
少女が諦めたように弱く声を発したその直後、突然化け物の身体が後方へ吹き飛んだ。
「やめときな〜?バグにコード以外の攻撃は通じないから。ほら、ガキは下がっておいて。」
ギリギリだった。
目の前の少女が喰われるのを黙って見てるなんてゴメンだ。
目覚めも悪くなるし、酒も不味くなる。
「コード解放……『アイ・アンド・クロー』」
「解析して…アイ。」
レイズのその言葉と共に、横に浮かぶ球体が複数の電子音を奏ではじめる。
数秒間の演奏の後、「アイ」と呼ばれた球体の音がピタリと止まった。
「解析完了」
「犬のバグ。名前を「ケルベル」と呼称する。2つの尻尾に、2本の舌、2匹分の目と2匹分の耳。恐らく、2匹の犬が合体し異常に強化された個体だと推定。早急な排除を推奨」
先程までとはちがい、流暢な言葉で解析結果をスラスラと語り始める。
その後、球体だったボディが変形。
2本のナイフへと変わった。
レイズはそのナイフを逆手で持ち、構える。
「早急な排除は徹底する。愛するビールが待ってるんだから。」
バグとデバッカーが対峙する。
先に動いたのはレイズだった。
彼に相手との間を図っている暇なんてない。
それに反応し、ケルベルは鋭い爪で対抗する。
地面を抉る爪の斬撃。
当たればひとたまりも無い。
だが、遅い。
レイズは爆発的な初速でケルベルの懐へと潜り込む。
ケルベルは回避の為跳躍しようとするが、それも予想の内だ。
跳躍のために力を入れた瞬間を狙い、前足2本を素早く削ぎ落とす。
脚による支えを無くし、ケルベルが前方へゴロリと転げる。
こうなるともう胸がガラ空きだ。
胸を斬り込もうと、刃を向ける。
その時、ケルベルの身体が宙を回転した。
胸が遠のき、斬撃は空を切る。
ケルベルは、前方へ体制を崩した後、自身の後脚で地面を蹴り、頭を地面との接点にして、身体を持ち上げたのだ。
必然的に、ケルベルの顔面はこちらを向く。
好機と言わんばかりに、口を開けレイズへと噛み付こうとした。
刹那、ケルベルの口にあったはずの牙が全て粉々になった。
もちろん、これをして見せたのはレイズだ。
彼は目の前の獣が口を開けたと同時に、全ての牙へ斬撃を加え、その攻撃性を取り去ったのである。
「犬っころにしては、強かったと思うよ?」
その直後、レイズがケルベルの口の中へと飛び込み、複数の斬撃と共に背中を貫通した。
「バグ始末、完了〜。」
ケルベルより吹き出す血。
即死だった。
体内を駆け抜ける時に、脳と心臓を一瞬にして切り刻んだのだ。
「また血まみれになっちゃったよ……しかも次は犬の血。」
「ガマンシロ。」
いつの間にか球体に戻っていたアイが、抑揚のない声で話している。
「怪我とかしてない?」
目の前で怯える少女にレイズは優しく話しかける。
最も、本人は血塗れなので画面は完全にホラーだが。
「だ、大丈夫です……あのありがとうございます……」
たどたどしく言葉を紡いで、自分の無事と感謝を伝える。まだ恐怖で身体は震えたままのようだ。
金髪のポニーテールに、澄んだ緑の瞳。
背丈はレイズと同じくらいだろうか。
「そっか。じゃあ帰ろう。」
そう言って、レイズが少女を右肩に担ぐ。
「えっちょっと……自分で歩けますよ……」
「ダメだよ。女の子はこういう時甘えないと。」
女の子の在り方を説いている割に、少女を持つ体勢が完全に土方の鉄骨だ。
少女は驚いた様子だったが、暫くして身体を預けてくれた。
そのまま、その場を立ち去ろうとする。
「えっと……あの……お母さんは……?」
そんな疑問が、レイズに投げかけられた。
それに対し、なんの迷いもなく彼は答える。
「死んだよ」と。
一気に少女の呼吸が荒くなる。
「嘘です。」
「嘘じゃない。」
「まだ生きてるかも知れません!!」
「見たら君は一生引きずることになるよ。」
「離してください!!嫌!」
「あ!こら!あんまり騒がないで……!」
そうして、ジタバタと身体を動かす。
せめてもの抵抗だ。
まだ生きてるかもしれない。
そんな希望に縋って、少女は抵抗する。
その時、レイズの胸と腕の隙間から、チラリと奥が見えた。
見えてしまった。
潰れた下半身。
虚ろになった目。
恐怖に歪んだその顔。
数分前まで母親だった者の肉塊が、そこにはあった。
涙も出なかった。
涙なんて出せなかった。
現実を否定したくて、思い切り叫ぶ。
お母さんが死んでるはずが無いって。
でも、脳裏に焼き付けられた母の死体。
それがフラッシュバックする。
「消えて……!!消えて!消えて!消えて!消えて!」
消えろと念じ、ひたすら叫ぶ。
「あ〜あ……見ちゃったかぁ。」
そんな彼女を抱え、レイズは悲しそうに呟いたのであった。