とらんあんぐる組曲2 ~最後に贈る、鳥の歌~   作:レトロ騎士

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第二章 『君と繋いだ手と手』

         ◇

「せ!はぁぁ!」

「……ッフ」

 

 穏やかにして豪快。大胆にして繊細。

 その斬撃は次々と恭也を襲う。

 一撃一撃を受ける度、刀を伝わって電気のような痺れが走る。

 重い。

 ひたすらに重い一撃が、恭也から余裕をなくしていく――が、それに反して、顔には怒りとも驚きとも思えるような笑みが増えていった。

 恭也に狂乱の刃を向けてくるのは、一人の青年。去年からなにかと接する機会の増えた、さざなみ女子寮の面々。その、さざなみ寮の管理人の、槙原耕介だった。

 大柄なその青年は、その体に似合わない人懐っこそうな顔で、その凶悪な刀を振り回す。別に、恭也を憎んでいるわけでも、金銭を得ようとしているのでも、他の邪悪な目的があるのでもない。いつもの『鍛錬』だ。

 刃が落とされた、一種の模造刀だが、材質とその威力は本物だ。

 恭也が厚意にしている刀鍛冶の職人に頼んで特注した、刃落し刀。恭也は二振りの小太刀。耕介は太刀より若干短くした仕様だ。

 それを使い、週に一度の割合で打ち合うのが、最近の習慣になっている。

 耕介の剣は正直雑で、恭也側からすれば技術の向上という点ではあまり修行にはならない。それでも、この手合わせを行うのは、技術以上に緊迫感を求めるからだ。

 見知らぬ太刀筋、無駄という名の先の読めない技。にもかかわらずその一振りは容赦のない威力。

 基礎鍛錬の重要さは重々承知だが、一回の実践は千回の素振りに勝る。とはいえ、素振りも千が一万、一万が億、となったとき、「素振りを続けてきた」という事実が、己の奮起や自信という新たな力になることも事実だが。

 槙原耕介の持つその技は、神咲一灯流という。

 一刀、ではなく、一灯だ。

 それは、霊力という生命の根本の力を用い、人あらざる様々な存在、現象を祓うことを目的とした流派である。ただし、その技の数々は、一振りの刀によって行われる。剣術と霊術。その二つが組み合わさり行われる、一つの奇跡。それが、神咲一灯流である。

 なんでも、彼はその神咲家に縁深きものらしく、本業である管理人のほか、たまにではあるが霊障の祓いの仕事をしているらしい。

「せら、せぃや!うらああ!」

 ガ、ギ、と重い音が続く。刃こぼれ――といっても刃はないのだが、刀からは鉄片が舞った。

 剣術家として耕介をはるかに上回る恭也だ。これは勝負などではなく、一方的に耕介が攻め、恭也がそれを避け、受ける。たまに耕介の技量で受けきれる『だろう』程度に、恭也が攻撃をする。

 指導碁のようなものだ。

 相手が本気だからこそ、受ける、指導する側もその技巧が問われてくる。

 

「――ァッ!」

 

 受け続けていた恭也が始めて攻勢に移る。

 

 「薙旋」

 

一瞬にして六回の斬撃を放つ、御神の奥義――なのだが。ここでは上と右からの、二発だけだ。これ以上は彼に受けさせるのは不可能だろうし、三回以上では、恭也側も力のセーブ、寸止めができなくなる。

 

「ぐ……ぉ……」

 

 お見事、と言わざるを得なかった。耕介は、手加減に手加減を入れたとはいえ、不恰好に受けるしか出来なかったとはいえ、自らの力量のみで、耐え切った。

 とはいえ――そこまでだった。

 耕介の右手から刀は弾き飛ばされ、木々の茂みに落ちる。

 

「ありがとうございます、いい鍛錬になりました」

「……そういってくれるのはありがたいけどね。何ださっきの。一瞬で二回くらい打ちこんでなかったか」

「ええ。本当は、六回打つんですけどね」

「うっわ、なんだそれ。もう剣術とかそういうレベルじゃないぞ。……くそー、次は俺も霊力使ってみっかな…」

 

 霊力。話には聞いているが、恭也はそれを直接目にしたことはない。いや、正しくは、何も見えなかったというだけだが。

 以前、義妹の美由希の親友、神咲那美が祓うのを見たことはあったが、ただぼんやりとしたもやが見えただけだった。普通の人間なら、目の錯覚、気のせいと思い込んでしまうかもしれない。しかし、実妹なのはの親友である子狐の久遠が、目の前で巫女装束に身を包んだ少女に変身したり、夜の一族と呼ばれる吸血種族の友人を持ったり、完全自立のロボットメイドがいたり、家で居候している声楽家のフィアッセは、HGSという特殊な病によって超能力じみたことが使えるのだ。

 いまさら、霊やら宇宙人や魔法少女が現れたところで、何を驚くことがあるだろう。

 夜の一族の友人こと、月村忍いわく、

 

「この世界は、そういうふうにできているってだけよ」

 

 とのことだ。

 

「さて、と、そろそろ戻って料理の用意をするか。恭也君、すまないがまた来週、お願いできるかな」

「ええ、いつでも連絡してください」

 

 

         ◇

 さざなみ寮の裏の林での鍛錬を終え、恭也は薄暗い街路灯の光を頼りに、帰宅途中の坂道を歩いていた。まだ秋半ばとはいえ、さすがに日の入りが速くなり、午後六時を回った今は完全に日が落ちている。家に帰れば、すでに食事の準備が出来ているはずだ。この鍛錬が習慣化する初めのころ、耕介はよく寮での夕食を一緒にと誘っていたが、ずっと断っているうちにそれもなくなった。

 別に、さざなみ寮の料理がまずいわけでも、遠慮しているからでもない。

 実際、耕介の作る料理は絶品であるので、その誘いは非常に魅力的なものではあるのだが、それが出来ない大きな理由がある。

 

「おししょー」

 

 いつもの時間、いつもの場所で、彼女の声がした。

 

「レン」

 

 買い物袋を提げて、白の布地と袖口の緑色をだぶつかせている、少女の姿。

 恭也はその小さな恋人に近づき、黙って買い物袋を一つ受け取る。

 この時間、この場所で、夕食の買い物を終わらせた蓮飛と帰宅するのが、いつのまにか二人の暗黙の了解になっていた。

 高町家の料理は、主に晶と蓮飛、たまに母である高町桃子が、ローテーションを組んで作っている。だが、土曜の食事は、晶が空手の道場に通っていることと、桃子が営む自宅兼喫茶店、翠屋が週末のその時間に込み合う為、必然的に蓮飛が担当することとなっていた。

 初めはただの偶然だったが、いつしか、この時間に待ち合わせて、二人並んで帰るようにしている。

 多分、以前の関係だったら、そんなことにはならなかっただろう。

 鉢合わせることは多くなっても、意識して会おうとは考えもしなかったはずだ。

 それが、言い合わせるでもなく自然とそうなったのは、なかなか作れない二人の時間というものを、お互いが求めているからに違いない。

 

「レン、今日は、何を作るんだ?」

「今日は魚ですー。秋刀魚が安かったのと、今日はちょっと趣向を変えて、トマトをメインに味噌汁を作ろー思います」

 

 味噌汁にトマトとは聞いたこともないが、こと食事にかけて蓮飛に間違いがあるとも思えない。恭也は、楽しみだ、と笑い、先ほど買い物袋を受け取ったことで開いた蓮飛の左手を、そっと握った。

 蓮飛もそれに答えるように恭也の手を握り返す。

 この場所から、家の傍の公園までの間は、家族や知人がめったに通らない場所だ。

 別に、蓮飛との付き合いを咎めたりするような家族ではないのだが、単純な話、家族として過ごしてきた蓮飛とそういう関係になったと知らせるのが、なんとなく気まずい……というより単純に恥ずかしいので、なんとなく未だに言い出せないでいる。

 フィアッセ、桃子あたりは、薄々感づいている気もするが。

 しいて言うなら、晶あたりは複雑な思いをするかもしれない。

 恋愛感情とまでは行かなくとも、師と仰ぎ、親愛の情を分かりやすくだして接するそれが、恭也に異性としての感情をまったく持っていないはずがない。それが自惚れではないと恭也もわかっている。

 そんな存在に、自分のライバルであり同じく恭也を師と慕う蓮飛が恋人となったといわれては、衝撃や複雑な思いだってあるだろう。

 だから、今は。

 何も変わらない高町家で、少しだけ変わったこの手の温もりを味わっていたいと思った。

 

「おししょー、どうしたんですー?」

「いや……味噌汁にトマトってどんな味かと、ちょっと想像していた」

「あはは、なんやおししょーもそんなことで考え込んだりするんやな」

「む?変か?」

「んー?変やないけど、あまりそういったイメージがなかったから、ちょっとうれしいんや」

「うれしい?」

「恭ちゃんの、今まで知らなかったところを、ウチに見せてくれているみたいで」

 

 恭ちゃん、と、まだ幼いころの呼び名で、蓮飛が言う。

 彼女が恭也を師と呼ぶようになってから、数年間。彼女が「恭ちゃん」と呼んだのは、恋人になるまで一度もなかった。

 だが、最近は二人きりのときなどに、割とそう呼ぶことが増えてきた。えてして、そういう時は機嫌のいいときだと、朴念仁の恭也にもなんとなく分かってきている。

 一度だけ、晶のいる前で使い、

 

「てめー!師匠に向かってなんて口を!」

 

 と憤怒させたことがあったのも、いい思い出だ。

 

「あ……そろそろ、ですね」

 

 蓮飛に言われ、恭也があたりを見渡すと、いつの間にか件の公園の入り口近くまできていた。

 ここを超えた通りは、商店街のそれだ。人通りも増すし、家人や知人達が集う場所でもある。

 

「名残惜しいですけど……お猿に見つかったらやかましそうですしねー」

 

 あはは、と笑いながら、蓮飛の表情はそれでも少し寂しそうだった。

 普段から、恭也は修行や鍛錬に明け暮れ、デートといえるようなことは、ほとんどしたことがない二人。今、この時間を逢瀬というには、いくらなんでも刹那すぎて――そして、切なすぎるだろう。

 

「おし、しょー?」

 

 握った手を離さない。

 あと少し。いつもより、少しだけ長く。

 蓮飛も、そんな恭也の思いを悟ったのか、それ以上は問わず、うれしそうに、恥ずかしそうに、頬を染めながら手をつないだまま歩く。

 そして二人の手は、大通りの直前の直前までずっとつながれていた。

 

 

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