とらんあんぐる組曲2 ~最後に贈る、鳥の歌~   作:レトロ騎士

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終章 『鳥と剣士の話』

         ◇

 広大な空。

 

 そこには一片の白すら存在しない、吸い込まれそうになる透き通った薄い青色だけがある。

 

 いつか見た光景。

 

 丘の上ではしゃいでいる、なのはと久遠の声と、恭也の肩を枕にして安らかな寝息を立てている蓮飛が、そのときにはないものだった。

 なのはに誘われ、散歩がてらにと川沿いの丘に蓮飛とやってきたのはいいが、遊んでいる二人を見ているうちに、春の暖かさにやられてしまったらしい。

 

 こうしていると、あのときの事件が、もうだいぶ昔のように思えてきた。

 あの日の事件以来、家族公認の中になった二人。

 晶が「師匠が恋人だなんてミドリガメにはもったいない」と少しだけ不満そうだったが、それでも素直に祝福をしてくれた。

 

 余談だが、美由希はとっくに気付いていたらしい。

 晶に次いで恋愛事情に疎そうな彼女だが、

 

「だって、レンがいるときといないときで、恭ちゃんの雰囲気、というか隙が全然違うもの。レンの部屋に行く回数も増えてたし、部屋に入るときの足運びも、いつもの歩法よりせわしないし」

 

 とのことだった。

 早い話、恋愛の機微としてではなく、武人としてのあり方からそう思ったということだ。

 それはそれで年頃の乙女としてそれはどうかと思うとは、そういう風に教え込んでる自分にブーメランになるだけなので言わないことにする。

 

 

         ◇

 事件当日の夜、二人が帰ってきたのは、早朝になってからだった。

 眠りこける蓮飛を背負い、病院へと現れた恭也。すでに蓮飛がいなくなっていたことで心配した家族たちが集まっており、特に二人の姿を見て桃子が泣き出してしまった。

 病院では、件の患者たちの病状が徐々にではあるが回復していることが確認され、今回の祓いが成功したことは分かっていたが、消えてしまった蓮飛と恭也になにかあったのではと、家族総出で探していたらしい。

 耕介は耕介で、散った念が集まって、再び『なりかけ』にならないように、結界術をかけていたそうだ。

 恭也が気にならないわけではなかったが、だからと再び祟りが集まってしまっては、何の解決にもならない。

 病院にもどり、事態を聞いて慌て二人を探そうとしたところに、ちょうど二人が戻ってきて、安堵の息を漏らした。

 祟りがまだ自分に残っていないか、蓮飛は大丈夫かと聞くと、

 

「ああ、大丈夫だよ。核となる部分はぶっ壊してしまったからな。死への恐怖と生への渇望。今回はそれが集まって祟りと化していたが、そんなものは、普段みんなの周りに当たり前のように存在している思いなんだよ。恭也はそれに当てられたんだろうが――生きたいって思いが強けりゃ、自然とそれを跳ね除けられるもんさ」

 

 耕介が楓陣刃を恭也に放った時点で、もう霊障というべきものは、完全になくなっていた。ただ、「死を恐怖する心」を、体験してしまった、ということは別である。知らなければ理解できない怖さ、というものはたくさんある。拷問を受けたものでなければ、拷問の苦しさはわからない。トラウマは、本人にしか分かりえないように。

 恭也の場合、もともと死という概念への恐怖心が少なかった。だから、本当に心から死を恐れる「思い」に触れそれを実感することで、普通の人以上に『死』への恐怖に囚われたのだろう。

 耕介の話によれば、蓮飛が恭也の元に現れたのは、同じ祟りを食らったせいで、「惹かれた」のではないか、とのことだ。まれに、そういうケースがあるらしい。

 詳しく調べれば、何か原因が分かるのかもしれないが、

 

「ま、二人に強い絆があった、ってことのほうが綺麗だし、そう思おうぜ」

 

 と、軽く流されてしまった。

 

 

         ◇

「おにいちゃーん、レンちゃーん」

「くぅーん!」

 

 妹の声が、恭也を夢想から引き起こした。

 びく、と体が揺れ、蓮飛が「んう……」とむずかりながら目を擦る。

 

「すまん、起こしてしまった」

「…ふぇ…あ、ごめんなさいおししょー。いつのまにか寝てもうたみたいです」

 

 なのははというと、別になにか用事があって呼んだのではなく、ただ反応してほしかっただけらしい。

 恭也とレンが、軽く手を振ると満足そうに笑って、また久遠との追いかけっこを開始した。

 手を振りながら、まだ完全に目が覚めていない、まどろんだレンの横顔を見る。そして、呼びかける。

 

「なあ、レン」

「なんですー?おししょー」

 

 少し、この大好きな少女の驚いた表情が見たくなって、こんなことを言ってみた。

 

「キスしていいか?」

「へ……ええぇ!ここで、ですか?」

「ああ、だめか?」

「ダメじゃないですけど、その、なのはちゃんが……」

 

 それ以上は聞いてやらなかった。

 なのはが久遠との追いかけっこに集中しているのを一瞬だけ確認して、その口をふさぐ。

 

 

 あの鳥に双翼があるならば、己には双剣がある。

 お前が美しく誇り高く空を舞うなら、俺は力強く勇ましく地を駆けよう。

 

 

 そう誓ったのは、いつのことだったか。

 

 でも、翼も剣も、一つだけではなにもできないことを知った。

 両翼があればこそ鳥は羽ばたき、二刀あればこそ剣士は力を発揮する。

 

 鳥は誇り高くなどいない。ただ、無様でも生きようと必死になっているだけだ。

 剣士は勇ましくなどない。ただ、守りたいものがあるからそうあろうとしているだけだ。

 

 だから、互いが互いに憧れる。見かけではなく、その本当の想いを知っているからこそ。

 鳥は勇ましくなるため、守りたいものを守る決意をする。

 剣士は誇り高くなるため、無様でも生きようと必死になる決意をする。

 

 二人が、共に生きるために――。

 

 

 蓮飛が目を瞑り、片方の手を恭也の手に、もう片方を、彼の頭の後ろに回す。

 春風に花の香りが運ばれてくる、そんな優しい日。

 

 接吻(くちづ)けを交わす二人の恋人達のはるか頭上で、一羽の鳥が羽ばたいていた。

 

                      ~終~

 

 

 

 

 




これにて閉幕。

次は『誰が為に、小鳥は囀る。』での耕介×薫のその後の話である
『神鳥の止まり木に、その花は咲く。』
が始まります。

が、その前に。


おまけギャグパートの『最近の海鳴のみなさん』より『最近の那美さん』を幕間掲載します。
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