とらんあんぐる組曲2 ~最後に贈る、鳥の歌~   作:レトロ騎士

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第一章 『鳥小屋の喧騒』

         ◇

 さて――と、青年はいつものように呟いた。

 

「ふんふん…ふふーん」

 

 さざなみ寮の朝は、「一部」早い。

 早朝練習。早朝学習。仕事。学校等、各々の「やるべきこと」のため、朝の六時を回れば、活動する人たちが動き出すからだ。もっとも、中には昼……どころか、夕方まで寝ているような人もいたりするが。

 そんな住人たちの中で、もっとも早く起きだすのが、さざなみ寮管理人兼料理人(兼雑用マシーン)にして、寮内の人間では唯一の男である、この大柄な青年、槙原耕介だった。

 なにしろ、自分を含め十数人分(決して住人の人数分ではない)の食事、洗濯、掃除などの家事を一括に受け持っているのだから、どうしても忙しくなる。

 唯一の、というのは、このさざなみ寮が女子寮であるためだ。

 縁あって、耕介は二年ほど前に、奇天烈且つ個性的、ある意味で魅力的でもある女性たちが集う、このさざなみ寮の管理人になってしまった。

 もともと、叔母に当たる一ノ瀬神奈の、二週間の休暇旅行中の間だけ、代理管理人としてやってきたのだが、こともあろうに、神奈は旅行先の香港で偶然であった運命の人(神奈談)と結婚してしまった。

 そのときすでに、寮生たちからの信頼を集めていた彼は、そのままなし崩し的、半分強制的に、正式に三代目管理人となったのだった。

 ちなみに、余談ではあるが、神奈の旦那になったのは、寮生の一人の養父であり、初代さざなみ寮管理人でもある人物だった。

 いやはや、ここまでくると、結婚は始めから計画済みで、自分のポストを耕介にまかせるための、すべて神奈の策略だったのではないかと思わないでもない。…いや、たぶん、間違いなく、そうなんだろうなあ……と、耕介はいまだにため息をつくこともある。

 もし、自分がここを離れるとなると、自分に代わる人を探さなければならないのだが、どう考えたって、「普通の人」にここが任せられるわけもないし、人間としてはともかくスキルと度量として、それだけ信頼の置ける人物も思いつかない。

 当分、というか、おそらく自分はここに永久就職なんだろうな、と、漠然と思う。以前は料理の腕を生かし自分の店を持つことを目標にしていたのだが、そう考えることも少なくなった。ただ、最近になって退魔師という、想像だにしなかった新たな道も見え始めたのだが、まあ、そうなったとしても、ここでの管理人は続けているだろうな、と耕介は思っている。

 

「おーれは、こうーすけー。きみーのーなかーまだー」

 

 やっつけ拍子で適当に作った歌を口ずさみ、掃除をしていく。まだ寝ている人たちを起こさぬよう、掃除機ではなく、雑巾で丁寧にこすり上げ、綺麗になった場所を見て満足げにうなずく。

 正直、仕事は多いし、給料はたいして高いわけでもない。個人営業をなめているわけではないが、実家のつてを使えば、ある程度自信を持って料理店をやっていけるだろうとは思っている。。そちらのほうが、割としては間違いなくいいのだろうが――。

 ぶっちゃけてしまえば、ここが好きなのだ。

 街も、寮も、そして、人も。

 そして、自分を心から必要としてくれる人がいる。それは、「仕事」においてなによりの原動力になる。

 不特定多数の誰かに喜んでもらう「店」もいいが、一部の人を除いて数年で入れ替わっていくとはいえ、特定少数の笑顔を見られるのも、何よりのことだ。

 だから、できる限りは、ここを続けていこうと思う。

 女性だらけ、ということで誘惑も多いといえば多いが、みんなの信頼には答えていきたい。そんなみんなを、守りたいと強く願っている。

 そんなことを考えながら、耕介は、廊下の拭き掃除を続けて――あるドアの前で、ふと立ち止まった。

 

「……(いやまあ、寮生の女の子に、手を出したって言えば、出しちゃったんだけどな)」

 

 ふと見た、その部屋のドアネームプレートには、神咲、とあった。

 部屋の主は、神咲薫。

 さざなみ寮の寮生にして、海鳴大学に通う女子大生。実質上、この寮の風紀委員的存在であり、神咲一刀流皆伝の達人、、はたまた、耕介の新たな就職先候補となった退魔師としても活躍する――耕介の、恋人である。

 神咲一刀流。九州は鹿児島では名の知れた剣術流派の道場だ。だが、それは表だけの姿であり、神咲にはもうひとつ、人ならざるものとの対峙にして退治を行う、裏の顔、破魔真道剣術神咲一灯流という、退魔師の一族でもある。

 その、裏の一灯の当代の伝承者が、神咲薫、彼女の本当の姿だった。

 退魔……霊を祓うということは、一度死んだ者をもう一度殺しているに過ぎないと、非情になりきれない当時高校生の彼女は、その重さと辛さに苦しみ悩んでいた。

 そんな彼女を少しでも癒して上げたいと、いつも少女を応援して――気づいたら、どうしようもなく薫が愛しくなってしまっていた。

 決して、笑顔だけでは語れない、哀しい事件や過去の清算と新たな出会いを経て、耕介は薫を抱きとめ、それを薫は受け入れる。

 そして、今は寮内公認のカップルとなり、耕介と薫は、真剣に交際を続けていた。

 

「つっても……親御さんからすれば、『大事な娘を、女子寮だということで信頼して預けていたらいつのまにか年頃の男が管理人になって傷物にされた』以外のなにものでもないか」

 

 少し自嘲気味につぶやく。もっとも、後悔はまったくしていないが。

 結局のところ、出会ってしまって、惚れてしまったのだから、立場や環境なんていうのは、お互いの距離がつめやすいとか、きっかけが作りやすいかどうか。その程度の違いでしかない。

 そんなことを考えているうちに、掃除はあらかた終わっていた。

 よし、と辺りを見渡し、掃除に抜かりがないことを確認した耕介は、掃除用具を片付けたあと、一階の台所に戻り、立てかけておいた「それ」を手にする。

 

「そろそろはじめっか?」

 

 声をかけるは、恋人の持つそれと同じ印象を携えた、造詣重き、藍色に濡れた鞘に納められた刀だった。

 薫の十六夜と同じ製法、同じ打ち手によって鍛えられた夫婦――姉弟刀である。

 御架月が、突如燐光を放つ。

耕介の声に呼び出されるように、その刀身が鞘越しにカタカタと振るえ、そして、

「耕介様、いつでもどうぞ」

 突如現れた、銀髪の少年。彼こそ、この刀に込められた人の魂の具現化した存在にして、耕介の新しい相棒。

 耕介の霊力を伝え、放つための、世界に数本しかないといわれる、霊剣。

 

「それじゃ、朝の鍛錬と行くか」

「はい。薫様、姉さんたちに負けないようにしましょう」

 

 その真名を、『破魔霊剣 御架月』といった。

 

 

         ◇

「よし、それでは、みんなそろいましたねー?」

 

 リビングルームのテーブルに、所狭しと置かれた料理の数々。

 本日のメニューは大根とアスパラのシャキシャキサラダ、茄子の肉詰めと里芋の煮付け。卵焼き(耕介スペシャル)に、ピンと立った純米コシヒカリと味噌汁。そしてデザートにフルーツゼリー・クリームホイップ添え。

 それらを前に、寮生の面々が「一番初めには何を食べようか」と狙いをつけつつ、食事開始の合図を待っていた。

 普段は雑用係としてこき使われている印象の強い耕介だが、この時ばかりは寮内最強の権力者になる。

 理由は単純だ。

 洗濯は、やる気になれば自分でできる。やらなくても、数日はもつ。

 掃除は、よほど汚れない限りはある程度我慢できる。散らかっていても平気な人もいる。

 でも、食事だけは、耕介の作る食事だけは――

 

「それではみなさん…いただきましょう」

『いただきます!』

 

 絶対に逃すことはできない。

 

「にゃんがにゃんがにゃー♪ にゃーらりっぱらっぱらっぱらにゃーにゃ♪うまー!」

「耕介さん、おかわりー!」

「は、はやいな、みなみちゃん…。うちまだ味噌汁飲んだだけやで……」

「おしょうゆ、おしょうゆっと……あれ?なんか味が変…」

「愛、それはソース。……耕介。あとでまたこのフルーツゼリー作ってくれない?フィリスたちにも持っていってあげたい」

「知佳ー、卵焼きをこのアスパラと交換してくれぃ」

「だ、だめだよお姉ちゃん。お兄ちゃんの卵料理は絶対に駄目」

「仁村さん、好き嫌い言わず、耕介さんの料理はちゃんと食べてください」

 

 耕介の料理は、とにかくうまい。

 なんだか知らないけど、うまいのだ。

 先代管理人の神奈も皆が不満を言わない程度(とはいえそれは極めて高いレベルであるということ)のものは作っていたが、耕介の場合、「うまい」のである。

 舌が肥えた現代日本人たちにとっても、飽食の国日本において、「うまい」と感じるものはたくさんある。

 だが、うまいと「感動」できる料理は、そうそう口に入れることはない。

 しかもそれを、特別な料理ではなく、日常的に繰り返される中で継続していくのだから、それだけでもう、この寮の管理人点数は飛躍的に上がっているといっていい。

 料理のレパートリーも豊富で、違う種類の料理をいくつもテーブルに乗せる。

 にもかかわらず、食費にかかる人数辺り経費は、神奈の時と比べ変わっていない(実際には、減った。しかし、『美味しい』ので皆食欲が旺盛になったことと、約一名、とんでもない大食らいの寮生が増えた)のだから、その実力は押して知るべしである。

 と、いうわけで、耕介を怒らせたり倒れさせて、食事が出前になってしまったり、ランクが落ちたりすることは、彼女たちにとっても最大の弱みなのである。

 とはいえ、この食事が何事もなく終わることなんて、まずありえないのだが。

 さて、今回のその騒動を開始したのは、さざなみ寮を代表するおっさん人格の、仁村真雪だった。

 

「なーんだよ、神咲。前のお前だったら『料理はちゃんと食べてください』だけなのに、今は『耕介さんの料理』か。あーやだやだ。男ができたらあの堅物もこれかよ」

「な、ば、いや、そんな…」

 

 現役大学生でありながら、売れっ子少女マンガ家として活躍する彼女は、とにかく「おもしろいもの」に目がない。

 はた迷惑なことに、そのおもしろいもの、とは、たいていの場合人間の行動をさしている。

 そのターゲットにもっともかかりやすいのが、生真面目でいつも真雪を注意して回る、さざなみ寮風紀委員長の、神咲薫だった。

 仲が悪いわけではない。むしろ、いいといっても良いのだが、本人たちの性格上、どうしても「薫をからかう真雪」、という構図になってしまうのだった。

 しかも、耕介と薫が交際宣言をしてからは、このネタは彼女の格好の餌食だった。

 何かというとそれを持ち出してからかう真雪。

 なにせ、今まで本気で恋などしてこなかった、いまどき珍しいくらいに堅物で、純な少女である。人をからかうことにつけては百戦錬磨の真雪相手に、そのネタを振られて勝てるわけがない。

 いつもであれば、ある程度困ったところで寮生の誰かが助け舟を出すのだが、

 

「あ…ううう…」

 

 薫が見回しても、全員がニヤニヤと笑っているだけだった。

 いや、決して薫を困らせたいわけではない。

 ただ、哀しいかな、「恋人がいることを指して、からかえる相手」というのは、女性たちにとっては非常に甘い果実なのだ。

 なにしろ、どんなに相手を困らせたところで、結局のところそれはからかわれた人が「幸せだから」であり、赤くなるのは「惚気」なのであり、しかも大好物の「色恋沙汰」であるわけで。

「で、どうよ、耕介。神咲との『あっち』のほうは」

 真っ先に、薫が、ばふっと茶を噴出しかけた。

 

「あっちって、どっちなのだ?真雪」

 

 おっさんネタで続けたい真雪に、先述した先代管理人の旦那…陣内の養子である美緒がくいついた。ちなみに正真正銘の猫又少女で、今、興味深げに尻尾と耳をピーンと立てている。

 

「に、に、仁村さん」

 

 もはや動揺というだけでは足りないほどにうろたえている薫。

 

「お、お姉ちゃん、さすがにそれは、ほら、薫さんのいないときにこっそりしたほうが……」

 

 止める振りをしながら、実はまんざらでもない、真雪の妹の知佳。数少ない良識派すらこの調子では、残りの面々に助けを求めても無駄な気がするが、もはやおぼれるものは何とやらで、薫は周囲を見渡してみた。

 

「そーや、こういうのは、本人の知らないところで聞き出して、あとからそれをネタにからかうのが面白いんや。……で、どんな感じや?実は、薫ちゃんは夜になるとすごいんか?……あー、むしろ耕介くんのほうがすごいとか?いや、それはあたりまえで面白うないな」

 

 独特のイントネーションで会話に参加するのは、真雪につぐ「面白い物好き」の、椎名ゆうひ。その歌声は、すでに一部で絶大なファンを得ているという、声楽家だが、今その口が紡いでいるのは、これでもかというくらい下世話な、ピンク色の内容の関西弁である。

 

「その、耕介さんって……すごいんですか?」

 

 一人、違うところに反応したのは、このさざなみ寮オーナーにして、耕介の従姉の、槙原愛。普段はのんびりやの天然で通すこの人も、さすがにこの話題には食いつきが早かった。この人のことだから、実は「すごい」っていうのも何を指しているか、不安ではあるが。

 

「……」

 

 顔を赤くして、会話が分からないふりをしているのは、熱血バスケ娘の岡本みなみ。

 彼女も、こういう話題は苦手……ではあるのだが、興味はあるようで、その耳が確実に会話に集中している。

 

「……」

 

 こちらの無言は、最近、性格が真雪に似てきたきらいのある、リスティ。

 みなみと違い、この少女は、この面白そうな寸劇を、手の上にあごを乗せて、ニヤニヤと笑って鑑賞している。

 ちなみに、彼女は――知佳もそうだが――HGSという特殊な病から生まれた副産物である、一般に『超能力』と言われるものが使える。

 その中で、人の心を読むテレパスの力もあるのだが、何をかいわんや、少女はすでになにかを知っているようで、観客を気取っていた。

 ――だめだ。四面楚歌。絶体絶命。

 最後の助け、と、薫は自分の恋人に視線を向けるが、

 

「……薫。この手のやりとりでお前が勝てるわけないぞ。あきらめろ。俺みたいに……」

 

 あっさり裏切られた。もう、泣くしかないのかもしれない。

 と、そんなことを思っていたのだが、

 

「ま、いーじゃん。俺と薫が真剣に付き合ってるのは事実なんだし。そうやって、あわててる薫を見るの、実は俺もうれしいしな。少しくらい、こういう『振り』に、惚気て返すくらい、してほしいぞ」

「あ……その、はい」

 

 耕介に笑いかけながら言われて、ボン、っと、薫の頭からなにか噴出したような気がした。

 それくらい、わかりやすい反応で、薫は真っ赤になった顔を椀で隠すようにご飯をかき込み始めた。

 なんとも甘ったるい、それでいて心地よい笑いの空間に包まれたとき、ジリリリ、と無機質な電話のベルが鳴った。

 こんな時間に誰からだろう、と、愛は、まだわきゃわきゃと盛り上がってる耕介たちを見ながら、電話に出るために席を立つ。

 電話を意識して、少しだけトーンを下げて話す住人たち。乗りは変わらないが。

 

「そーだそーだ。だいたい、この食事の席だって、こっそり耕介の隣を自分席にしておいて、いまさらなに照れてるんだ」

「真、真雪さん、そ、そんなこと……そんな…あれだけこっそりと…」

「ばればれなのだ」

 

 がく、と机に突っ伏す薫に、美緒が追い討ちをかけた。

 真雪が、点けかけたタバコを震わせて、大声で笑う。

 

「ひー!ひー!あっはははは、腹いてー。あっひゃはははははっは!ほれ、耕介!こんなに神咲をいじれる日がくるとはなー!耕介のプレイボーイにかんぱーい!あーはっはは!ほれほれ、耕介、飲め飲め!」

 

 すっかり上機嫌で、真雪は耕介のグラスにビールをつぐ。耕介も、愉快そうに笑いながらそれを受けた。

 

「あっはっはっは。ええとですね、真雪さん」

「お?どうした色男」

 

 ひー、と、真雪はまだ笑いが止まらない様子で、渦中の人の耕介を見やると――

 

「あっはっは。でも、今回最初に薫をいじめたのは確かですよね。さて、いきなりですがそれとはまったく関係なく明日の晩御飯の話をしようと思います」

「あーはっはっは……は?」

「明日の晩飯、楽しみにしてくださいね。あ、別にこれ、全然関係ない話ですが、真雪さんが薫に謝ったりすると、『何故か』明日の献立をどうするかが変わったりするかもしれません。不思議ですね。ちなみに今思いついている献立は、長ネギときのこのバター炒め、カリフラワーサラダ、竹の子の柔らか煮です。これは自信作ですよー。うん、これでいきましょう」

「……」

 

 すべて、真雪の嫌いな食べ物だったり。

 この瞬間、全員が悟った。

 この人、マジだ。

 

「ひ、卑怯者!」

「イエ、ボクハアスノコンダテノハナシヲシタダケデスヨ」

「ちょ、ま。だって今回はあたしだけじゃないだろ!」

 

 全員目をそらす。

 ごめんお姉ちゃん、堪忍な、すいませーん、自業自得等等。

 みんな、巻き添えを恐れて視線をそらしたとき、

 

「薫ちゃん、ご実家のご家族からお電話ですよ」

 

 愛の突然の呼びかけがあった。

 

「うちに?」

 

 

         ◇

「薫のご両親って、どんな人なんだろうなあ」

 

 夕食後の自室で、耕介はごろりとベッドに身を寝かせながら、傍らの御架月とそんな会話をしてみる。

 あの後、皆が食事が終わった後も電話を続けていた薫が少しだけ気がかりだったが、なにか困ったことがあれば、自分に教えてくれるだろう、と、自室に戻り、やっとの休憩タイムに入った。

 そうは言っても、やはり気になってしまう電話の内容。実家から、ということだから、薫の家族からなのだろうが――

 そんなことを考えていたら、思わず先ほどのような疑問を、御架月にぶつけていた。

 

「耕介様は、ご存じないのですか?」

「話では、薫から聞いてるけどな。まだ会ったことはないんだよ。御架月のこともあるから、一度はご挨拶しなきゃならんのだろうけど」

 

 御架月は、神咲に伝わり薫が持つ、霊剣十六夜に着く魂、『十六夜』の弟である。

 刀、としてもそうだが、生前、という意味だ。

 もともと、ただの人間であった二人が、こうして刀につき、霊剣として数百年を生きるようになったのは、神咲の秘術にある。

 殺した人の魂を刀というヨリシロに移し、妖魔、怨霊たちと退治する力を持たせる邪法とも呼ぶべき神咲の業。

 それを、初代神咲である灯真が、死に掛けていた異国の少女を救うため、罪を背負い続けることを承知で「霊剣」として蘇らせるために行った。

 それより、十六夜は、神咲の守護者として存在し続けているのだが――御架月は、それを神咲が姉を殺し、もて遊んでいると誤解。神咲に復讐を考えるも、十六夜と神咲の歴史と姉の深い情念を知り、以後、耕介を所持者として今に至る。

 本来、霊剣を操るには特殊な訓練と経験が必要なのだが、耕介の中に「霊力庫」とも呼ぶべき力の本流を見出され、無頼であった霊剣御架月は、御架月本人の意思もあり、正式に耕介を所持者として神咲から認められることとなった。

 一応、薫が監視者としてそばにいるわけで、神咲付けの霊剣、ということになる。

 薫からは、「うちの管理人さんがたまたまそういう才能があって所持者に落ち着いた」と説明はしたらしいが、神咲からはその後、怖いくらいに何もなかったのだ。

 神咲に仕えた十六夜の弟、ということで、その意思に対して便宜を図っている、とのことである。

 もっとも、挨拶しなければいけないのには、ほかの理由もたっぷり存在しているのだが。

 

「でも、薫様と交際を続けていらっしゃるんですから、やはり、いつかは、ですよね」

「そうなんだよ……つーか、それが一番の問題だよなあ。俺、どう考えても、とんでもねー管理人だからなあ」

 

 今朝の掃除のときにも思ったが、自分の立場を冷静に振り返ると、

『大事な娘さんを預かる立場である、女子寮の社会人の管理人が、高校生(当時)の女の子に淫行を働いた』

 である。

 本人たちの気持ち、というものもあるが、状況だけで考えれば、訴えられてもおかしくはない。

 

「姉さんからの聞いたのですが、かなり、厳しい人らしいですね」

「……だろうなあ。薫のお袋さんは、昔は病弱だって聞いたから、薫のあの性格も、親父さんの教育からだろうし」

「でも、姉さんの話では、厳しい反面、薫様を大事にはしていたそうで、道場の門下生には、『俺より強くない奴は娘達との交際は認めん』と公言していたそうですよ」

「……マジ?」

「マジです」

 

 耕介に使われるようになったのが影響したのか、最近意味を覚えた言葉で御架月が答える。

 不意に、コンコンとドアがノックされた。声を聞くまでもなく、誰かがわかる。

 未熟とはいえ、霊力、気といったものを操れるようになった耕介を、ノックされるまで気づかせない歩き方。なのに、警戒を感じさせない落ち着いた気。叩かれたドアの凛とした音。

 まちがいない、薫だ。

 そう、脳が確認する前に、先に声が出ていた。

 

「どうぞ、薫」

「……失礼します」

 

 開かれたドアのそこには、いくばくか緊張したような様子で薫が立っている。彼女は、耕介の部屋に入ると、だまって部屋の座布団をとって座った。

 こういった表情で、ベッドの上に座ってくるのなら、ある期待も鎌首を向けるのだが、どうやら、まじめな話らしい。こういうときの薫は、変に茶化したりせず、まっすぐに聞いてあげたほうがいい。

 

「で、なにかあった?さっきの電話からみかい?」

「ええ、そうなんですが」

 

 いったんそこで切って、薫はすうっと息を吸うと、何故か、先ほどの夕食時にからかわれていたときと同じように頬を染めて、

 

「ええと、その。よろしければ、うちの両親に会ってほしいのですが」

「……マジ?」

「マジです」

 

 目が点になっていた耕介の表情がおかしかったのか、言葉遣いには厳しい彼女にしては珍しく、くすり、と片目を瞑りながら薫が答えた。

 

 

         ◇

 こちら、鹿児島は神咲家にて。

 神咲一刀の当代である一樹は、道場での指南を終えて自室に戻ると、夕餉の後に、娘との電話をしていたという妻に厳かに声をかけた。、

 

「どうだった、薫は」

「あらあら、心配なら、貴方も電話を変わればよかでしょうに。呼んでも、こないんですから」

「……」

 

 無言のまま妻に背を向け、和風の簡易机を前にして正座する。

 ほんとに、不器用な人だと、夫を愛おしげに見つめてから、その妻である神咲雪乃は続ける。

 

「元気そうじゃったよ。御架月の事件以降、霊障にかかわる事件はおきておらんじゃに。ご安心を」

「ふむ…それならいい。御架月については、できるかぎるは『あれ』の要望をかなえてやりたいからな。憑いたのは、寮の管理人のあの婦人だったか?あのご婦人なら霊力の持ち主だとしても、あながち驚かんよ」

 

 夫の発言に、おや?と、思いながら雪乃は考えがまとまらず、次の言葉を待つ。

 

「今年の夏も、薫は帰省するのだろう?向こうでの暮らしぶりについては、そのときに聞くつもりだ。……何も問題はなさそうなのだろう?修行や学業が伸び悩んでいる、とか、体調を崩したとか、……その、悪い虫が着いたとか」

 

 この瞬間、雪乃の脳が閃き喜んだ。

 ああ、そうだ。そういえば、「あのこと」は、まだ伝えていなかったのだった。

 後々の楽しみのために。

 うん。そろそろ、教えてあげてもいいころかも知れない。というより、「あのこと」を内緒にしていたことをすっかり忘れて、すでに駒は進めてしまっていたのだから、今が、そのときだろう。

 

「ええ、貴方がご心配すっようなことは、なにもありません」

「そうか。うむ」

 

 差し出された茶をすすり、もう、自分は何も不安に思ってなどない、とアピールするかのように、書に目を落とす一樹。

 雪乃は、笑っていることを気取られないように着物の袖で口元を隠しながら、取って置きの、隠し持っていた爆弾を投げることにした。

 

「ええ、鍛錬も仕事も学業も恋も、順調のようですよ」

「うむ、うむ……な、げふっ!がふっ!」

「あらあら、どうしました?」

「な、ごふっ!…ちょ、待て。今、とんでもないこと言ってなかったか?」

 

 幸い、茶はほとんど飲み干していたのか、噴出すことなく一樹が問う。

 

「あら?何かおかしなこと言いました?」

「あ…?ああ、いや、その、確認するが、薫は向こうで、虫…いや、『悪い男』に言い寄られている、とか、そういうことはないのだよな?」

「ええ、その点は、あん子を信用してあげてくださいな」

「うむ……聞き間違いか。薫が、その、なんだ。恋も順調とか聞こえたのでな。いや、すまん。こぼしてしまったな」

「ええ、言いましたよ」

 

 ばふー、と、今度こそ、盛大に茶を噴出した。

 

「だ、おまえ、それはどういう……」

 まだむせ返る一樹の背をさすりながら、雪乃は楽しそうにコロコロと笑いながらこう続けた。

 

「そん殿方は、真剣に薫を好いて、薫もそいに対して真剣に答えを返したんじゃっけん。自分を支えてくるっと。こん人がいれば、がんばれると。薫が選んだ相手じゃ。悪い虫、ではなく、よか御仁でしょう」

「そ、それは…相手は、どういう……」

「『今』の寮の管理人と聞いとうと。ええ、御架月の所持者の」

 

 もはや、驚きすぎて心臓が止まってしまうのではないかと思うほどに、一樹はうんうんとうなり始めた。

 そのうなり声のような、一樹の呟きを聞き取って、雪乃は実に愉快そうに続けた。

 

「ええ、連れてくるように言っておきました。ふふふ……薫の婿候補。こげなおもしてもん、見なかわけにはいきません」

 

 色恋ゴシップはどうやらここでも女の大好物のようである。

 




神咲家の面々のなんちゃって方言は大目に見てください
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