とらんあんぐる組曲2 ~最後に贈る、鳥の歌~ 作:レトロ騎士
◇
「鹿児島、か……」
「耕介さん、こっちです。のちほど迎えが来るそうですから、しばらくのんびりしていましょう」
鹿児島空港のターミナルを降りると、むわっとした空気が耕介たちを出迎えた。
もともと長崎出身である耕介だが、さすがに海鳴の町での生活が長くなっている上、ここ数年の温度上昇で、なかなか耐え難いものがある。
だが、それも一瞬のことで、しばらくの間その大気に肌をさらしていると、気温は高くともからっとした気候が、少しずつに体になじみ始めた。
「かーごーしーまー!きたできたでかーごーしーまー!」
「ゆうひ……元気だなあ」
長旅と機構の変化で少しぐったりしていた耕介を尻目に、ゆうひはハイテンションで辺りを見渡していた。
正直、少し恥ずかしい。
これが、いま話題沸騰の歌姫、SEENAだと言っても、誰も信じてくれないかもしれない。
実際、今、誰も気づいてないし。
というか、こんな醜態?をさらして、事務所とかは文句を言わないのだろうか。
「あー、その辺はまかしときー。うち、契約で普段の生活や言動に事務所は文句つけない、って文言のっけてるんよ」
嘘臭いが、なるほど、抜かりはないのが関西人らしいと、耕介は妙に納得する。……偏見この上ないが。
「それにしても、ごめんなー薫ちゃん。ほんとは、耕介くんと二人っきりの帰省にしたかったんやろ?」
「い、いえ。そんな。……椎名さんが一緒で、うちも機内が楽しかったとです」
確かに、楽しかった。それは間違いないのだが。
「……なんで、本土から鹿児島に行く片道の飛行機だけで、あれだけ伝説をいくつも作れるんだ、お前は」
ミニコンサートを開くわ機内サービスのワインを飲みすぎたあげく耕介を襲おうとするわ脱ごうとするわ○○○するわ×××だわ・・・・・・。
降りたとたん、しらふに戻ってるし。
日程の都合で、帰りの飛行機が別なのが救いだ、と、声には出さずにしみじみと思う。
一ヶ月ほど前、海鳴大学の夏休み中に、耕介が休暇をとり、薫の実家に二人でいく、ということを皆に告げると、散々冷やかされながらも送り出してもらった。別に結婚の申し込みをするわけではないのだが。目的は御架月の件について、正式な報告と、どの程度耕介が霊力を使えるのか、という検証をしたいということだ。
もっとも、そのタイミングで、ちゃんと交際の報告はするつもりではある。
薫の話では、電話で母親には伝えているらしいのだが、やはり、緊張の度合いは強い。
さて、そんな耕介の心配とはまったく縁なき、さざなみ寮お笑い担当のゆうひが、
「耕介くんたちも、鹿児島いくのん?奇遇やねー。うちも、鹿児島でTVのロケと、コンサートやるんよー」
と、えらい軽い感じでさらっと言い出した。
確かに、SEENAとしての活動で、前々からコンサートがあることは知っていたが。その移動日と見事に重なったのは、なにか因縁めいたものがある気がする。
「俺たちが止めないと、あの飛行機の中はさらにカオスになっていたのかもしれない…なんか、ゆうひを止めろ、というどっかの大宇宙の意思があったのかもしれないなあ」
「ひどいな、耕介くん。うちがはっちゃけたんは、耕介くんたちがいてくれたからやで?」
それは信頼といえるのかどうか。
よくわからないが、まあ、ここはありがたく感謝されているのだと思うことにしよう。
三人で、喫茶店で時間を潰していると、まず最初にゆうひのスタッフ関係者がやってきた。
スケジュールは、三日後にテレビ番組の生放送、その一週間後に、市民ホールでコンサートが開かれるそうだ。
ちなみに、プラチナチケットのコンサート入場券は、すでにVIP席をもらっているので、タイミングがあれば、それを見に行くつもりである。
「ほな、またなー!コンサートに来てくれるの、まっとるでー」
事務所の車の窓から、ぶんぶんと手を振るゆうひ。中から事務所の人が必死にやめさせようとしているのが見て取れる。
「あいつは、ほんとに台風みたいなやつだなあ」
「ふふ、でも、鹿児島の台風は、もっとすごかですよ」
「ああ、そういえば、九州は本場だもんな……天気予報じゃ大丈夫だったが。俺たちの滞在中ぶつからなけりゃ良いけど」
ふっと空を見上げる。
一面に広がる青。申し訳なさそうに、少しだけ白い雲。これでもか、と日差しを照らす太陽。
うん、きっと、いい天気が続いてくれるだろう。
「あ、迎えの車が来たみたいですよ。さ、行きましょう。耕介さん」
そして、そんなふうに信じさせてくれる、薫の笑顔だった。
◇
「いない?」
「ごめんなさい。急な仕事が入ってしまってねぇ」
雪乃は、本当にすまなそうに、頬に手を当てて、答えた。
神咲の実家兼道場で、出迎えてくれたのは、薫の母親だった。
小柄で温和そうな女性で、昔は病弱で伏せっていたというのが信じられないくらいに、明るく笑っている。
まだ、薫にも言ってないが、何故か、自己紹介されたときの雪乃の顔が、真雪とゆうひの何かたくらんでいる顔と重なった。
家に上げてもらったときは、
「どうぞどうぞ、どうか、私の息子になったと思ってくつろいでくださいね」
まて、そこは普通は「自分の家だと思って」じゃないだろうか。
意味的には同じか?
廊下を案内されている途中では、
「ところで、薫は耕介さんをちゃんと満足させていますか?」
と聞かれ、薫が思いっきりつんのめり、
「ちょ、ちょ、か、母さん」
それを見ていかにも上品そうにころころと笑いながら
「どうしたんね、薫。あんたが耕介さんに霊力の扱い方を教えてるんやなかと?耕介さん、ちゃんと、薫は耕介さんを満足させるような指導を行えていますか?」
と、返した。
……あー。間違いない、この人、やっぱり「そういう人」だ、と、耕介は確信する。
なるほど、必要以上に元気、ね。
以前、薫が言っていた揶揄の意味が、なんとなく分かった。
それに、真雪の攻撃を食らって、なんだかんだいいながら疎遠にならないのも、この人の影響かもしれない。
それから、どうも、自分には標準語、薫には標準語と鹿児島なまりが混じった口調で話しているが、これは、客と身内を分けるという彼女の癖らしい。
そして、薫はいったん自室に、耕介は滞在中に泊めてもらう部屋に案内され、その後に応接間に来た。
薫の妹弟になる、まだ幼い那美、北斗が緊張した様子で(といっても、知らない人に対する子供特有のものだが)挨拶に来て、高校生の和真は部活とのことで不在だったが、夕刻には戻るとのことだ。
紹介の後、十六夜が薫の霊剣から現れると、稚児たちの遊び相手になると言って、席をはずす。
その際に、雪乃に催されて、御架月の紹介となる。
「貴方が、御架月?」
「はい、お初にお目にかかります。……その、僕の勘違いから、薫様を襲ってしまい、大変申し訳なく……」
御架月は覚悟を決めたように正座したまま頭を下げ――一言で言えば、土下座だ。そして、雪乃の言葉を待っている。
明るく楽しい人、とはいえ、れっきとした神咲一灯流を継いだ、一角の人だ。
真剣な面持ちでじっと御架月を見つめるその眼光は、非常に重いものがあった。
すっ、と一瞬だけ影を落とし、また、御架月を見つめる。
雪乃は立ち上がると、御架月の傍まで近づき、見下ろした。
「御架月」
「は、はい」
「貴方は、十六夜の弟なのですよね」
「はい」
「では、うちらの家族、ですね」
「え……」
「家族の薫と、勘違いで喧嘩をした。誤解が解けて、仲良くなれた。薫が許している以上、うちからなにもいうことはありません。夫、一樹もそれを受け入れています」
「それで、いいのですか?」
「他に、なにかありますか?」
ただ頭を垂れたままの御架月に、雪乃はたおやかな笑みを浮かべ、その頭を撫でた。
御架月は体を震わせて、その優しい感触に涙した。
「それで、その、父さんは……」
これで、一つは解決した、と、薫がふっと息を吐き、さて、もう一つの本題に入ろうとする。
「それが、今、いないのよ」
「いない?」
「ごめんなさい。急な仕事が入ってしまってねぇ」
なんでも、所縁のある別の剣術道場のお偉いさんの御前試合に招待され、断るに断れず数日ほど留守にするということだった。
「もっとも、断れなかったのか、『逃げた』のか、わからんけんね」
『?』
雪乃のつぶやきに、疑問符を浮かべる薫と耕介。
「ああ、いえいえ。なんでもありません。耕介さん、たしか、一週間くらいはこっちにいられるのですよね?」
「ええ、その予定ですが」
雪乃の問いかけに、耕介は予定していたスケジュールを思い出して、そう返す。
「でしたら、ぜひごゆっくりしていってくださいな。観光も薫に案内させますし、出来れば、神咲の道場や歴史も、知っていただければ、うれしく思います。お部屋を離れにしてしまいましたが、何かご不満がありましたら、なんでも言ってくださいね」
「とんでもない。あんないい部屋で、かえって心苦しいくらいです」
「いえいえ、ああそうだ――」
ここで、雪乃はにっこりと耕介に笑顔を向けて
「ちなみに、あの部屋からなら、少しくらい大きな声を出しても、うちたちのところまで聞こえませんから。安心してくださいね」
何の安心だ、とは二人は突っ込まなかった。
◇
正直、耕介は、神咲家はもっと厳かなものだと思っていた。
まあ、普段は父である一樹がいるため、もう少し静かだとは言うが、それにしたって、なかなか豪快である。
まず、薫の弟の和真が帰ってくるなり、
「あんたが耕介さんか!なあ……ほんとに薫姉なんかと付き合って、後悔してない?」
と切り出し、それを聞いた薫が木刀を持って和真を追いかける。
ああ、なるほど。かつおを追いかけるサザエさんの図だな。そんなことを思っていると、袖を誰かに引かれている感覚がした。
振り返ると、先ほど紹介された那美、北斗が、おっかなびっくり立っている。その後ろで、いつもどおりニコニコと笑みを絶やさずにいる十六夜が、「さ、がんばって」と二人を促している。
手に、ボールのようなものを持っていた。
なるほど、そういうことか、と、耕介が
「よし、遊ぶか?那美、北斗」
というと、ぱあっと顔を輝かせて、二人で耕介を中庭に連れて行く。
キャッチボールというか、サッカーというかよく分からないボール遊びだったが、二人は喜んでくれた。
その後は、和真の誘いで剣道道場にて手合わせ。
といっても、耕介は一方的にぼっこぼこにされたのだが。
もともと、和真は剣術である神咲の表、一刀流を継ぐ予定だということだから、単純な剣術なら薫を超えている。いくら耕介が学生時代に喧嘩で場数を踏んでいるとはいえ、まだ剣を握って一年足らずで、『剣術』で勝てるわけがない。
「くそー、あそこまで一方的だと、悔しさを感じるより、挑戦が面白くなってくるな。うし、もう一回だ!」
「あっはは、宿題やるんで、今日はここまでにしておきますよ」
そして、道場で寝転がっている耕介をそのままにして、和真がそこを後にすると、
「どうじゃった?」
薫が、待っていた。
「薫姉…ああ、まあ、素人にしちゃいい線いってるんじゃない?」
「それだけ?」
「それだけ、って、なんだよ」
「宿題やる、なんて、お前の口から出るとは思えんが」
「……わーたよ。……なにあのタフさ。人間じゃねえ」
自分は手加減はしている。部活帰りということで、疲れてはいる。
だが、それにしたって、だ。
耕介の剣を受けていて分かったが、耕介は、「ずっと」思い切りやっていた。
本当に、言葉通りの意味だ。
常時動きっぱなし、全力疾走。でも、やってることはフルマラソン。
むちゃくちゃである。
たしかに、それでやっと、ペース配分をして走っている和真に追いついてくる、程度なのだが、おそらくそのまま最後まで走ってくるような気がする。
「確かに、すごいなあの人。めったなことじゃ褒めない薫姉が、認めるのも分かる」
「ふふん♪」
和真にそれだけ言って、上機嫌で耕介のいる道場に向かう薫。
「……薫姉。俺に認めさせるとか、そんなんじゃなくて、単に耕介さんを自慢したかったんだな、アレは……」
随分と不器用な惚気である。
◇
それは、神咲に滞在して、三日目の夜のことだった。
食事後、皆でテレビを見ながらくつろいでいると、チャンネルを変えていた和真が、
「お、SEENAが出てる」
と、少しテンションを高くして言った。
「やっぱ、声綺麗だよなあ」
俺、ファンなんだよね、と、嬉しそうにチャンネルをそこでとめた。
テレビでは、二十四時間以上ぶっ続けで番組を放送するといいながら結局はバラエティ番組が連続して行われるだけで世界を救っちゃうんだぜ番組が移っている。
企画で、芸能人が100キロ走ったりして何が変わるのかはよく分からないが、感動する人はいるらしいので、それなりに視聴率はいいらしい。
その番組内の一つ、骨董品の鑑定をする番組のパクリコーナーのゲストとして、ゆうひが出ているようだ。
「SEENAさんは、鹿児島の市民ホールで、今週コンサートを行われるとのことで、今日は、特別にここ、『二十四時間以上ぶっ続けで番組を放送するといいながら結局はバラエティ番組が連続して行われるだけで世界を救っちゃうんだぜ番組鹿児島テレビ局支部特設会場』にて、『なんだろうと出張鑑定したるぜ!』のゲストとして出演してもらっていマース」
なるほど、詳しく聞いていなかったが、ロケとはこれのことだったらしい。
番組の中では、鑑定の前に地元の名物をふるまうという、コーナーの前振りが始まっている。
「へえ、ゆうひも、こういう番組に出るようになったんだなあ」
出されていたお茶菓子をかじりつつ、耕介がつぶやくと、和真が
「ゆうひ?出てるのはSEENAっすよ」
「ああ、彼女の本名」
「うお、通ですね。そこまで知ってるなんて。耕介さんも、ファンなんですか?」
「いや、ファンも何も、一緒に暮らしてるんだが」
「……」
耕介の一言に、和真の顔から、すっと笑みが消えた。
耕介はそれに気づかず、またテレビの中のゆうひを見る。
「しかし、見事に猫かぶってるな。普段のあのお笑いボケ気質を知ったら、みんなドン引きするんじゃないか」
「……」
「しかも、優雅に地酒のコメントなんぞしてるし。機内で酔っ払って絡んできたやつとは思えん……お?どうした?和真君」
「……耕介さん、貴方は、残念ながら神咲の地の肥料として、細切れにならなければなりません」
声がマジだった。目もマジだった。ふっふっふ、と危ない笑いと共に、テレビの横に掛け軸と共に飾られていた、小太刀を取り、すらぁっと見事に引き抜いて、耕介に向かう。
「へ?…おい、和真君、ちょ、まて!」
「問答無用!嘘ならボケなどとSEENAを侮辱したこと、万死に値する!真実なら、俺の嫉妬で億死に値する!」
「勘違いだ!雪乃さん、和真君を止め…」
「あらあら、うちの娘と付き合いながら、他の女性と一緒に暮らしているなんて、なかなかいい度胸ですね」
笑ったまま、その背にちりちりと青白いようなオーラのようなものが見える。錯覚ではなく、もしかしたら霊気だったのかもしれない。
「俺、管理人!女子寮の管理人ですってば!薫、ゆうひのこと、ご家族には言ってないのか?」
その言葉に、和真ははっとしながら薫を見ると、姉は、やっと何かに気付いたように、
「あー、そうか、うち、椎名さんのことを声楽家の椎名さん、としか説明しとらんかった」
と、言った。
「え、…じゃあ、その椎名さんが…SEENA?」
こく、と無言で肯く薫。そのまま、和真は耕介を見ると、同じように、こくっと肯いた。
「あの、もしかして、薫姉と耕介さん、寮内で、SEENAと仲良かったりします?」
「さざなみ寮のボケ担当がゆうひ、突っ込み担当が俺。そして魂の義兄妹ということになってる」
「……お義兄さん。SEENAのサイン、お願いできますか?」
「だいぶ、君が分かってきた気がするぞ、俺」
ちなみに、雪乃はずっところころと笑っていた。
一人、はじめから気付いていながら、この寸劇に乗って、楽しんでいたようだ。
やれやれ、と、耕介はこの騒動がやっと落ち着いたことに安堵しながら、再び視線をテレビに向けると、番組では、各種の骨董を鑑定するコーナーに移っていた。場所はゆうひも、ゲストとしてその片隅にいる。
番組では、特設会場に集まっている一般の人たちの持ち込んだ、様々な鑑定品を、プロの鑑定士が値段をつけていく、というものだ。司会がボケを交えたり、持ち込み人とゲスト芸能人をいじりながら、笑いと驚きを交えて進めている。
「ふん……?」
そのときだった。薫が、何かに気付いたように、テレビを凝視し始めたのは。
「どうした?」
「耕介さん……いえ、テレビからなので、詳しくは分からなかですが、いま映っているこの壷…ちょっと、嫌な気が見えたとです」
「嫌な、気?」
地味で、光沢もあまりしない、暗い色の壷だ。それなりに装飾は施されていて、高額というほどではないが、まったく価値がないともいえない、中途半端な感じがする。
付いた値段は、十二万円だった。
古いものであるが、持ち込んだ人が言う著名な製作者のものではなく、偽物らしい。
特に、怪しいところはないようだが――
「!?」
なんだ、今のは。
それは、ゲストのゆうひが、司会者に誘われてその壷を持ったときに起こった。
一瞬、ゆうひが急に力が抜けたように、体をがくっと落としかける。
同時に、戦慄にも近い震えが耕介の体を走った。
「耕介さん?」
「あ、ああ。確かに、今、なにか嫌なものを感じた。…けど」
テレビは、壷を落としかけたことを、ゆうひの冗談だと思ったらしく――実際、ゆうひも脅かしてごめんなー、と冗談っぽく言っていた――、そのまま番組は進んでいく。
「気のせい、かな?」
「ちょっと、気になりますが……どうも、そのようですね」
そのときは、ただ、それだけのことだったのだが――『異変』は、その数十分後に起こった。
生放送なので、割ととんとん拍子に進んでいく番組。
そして、ゆうひの歌のコーナーになった。歌は、今月発表したばかりのSEENAの新作。
前奏がすすみ、さあ、とゆうひが口を開いて、
「……」
歌が、始まらない。
初めは、マイクの故障かと思った。ゆうひが、何度も何度もマイクの前で、口を開けていたから。
歌が伴わず、メロディーだけが寂しそうに流れている。
「…!……!」
張り上げるように、ゆうひがマイクに向かって叫ぶ。でも、決して歌は伝わらない。
そして、そんなことが一分ほど続いて、急遽、CMに変わった。
「何が…あった?」
「椎名、さん……」
明らかな異常事態。でも、考えがまとまらない。
分かっているのは、ただ、ゆうひに何かがあったということ。
CMが終わるのがもどかしい。はやく、さっきのはただの機械トラブルかなにかであると伝えてほしい。そして謝罪のテロップでも流れてもう一度ゆうひがステージに上がっている姿を確認したい。
CMで流れる、どこかの清涼飲料の名前の連呼が、うっとおしく感じる。
そして、再開した番組にて司会が最初に告げたのはーー
「申し訳ありませんが、たった今、SEENAさんが急遽体調を崩されたため、歌のコーナーは中止とさせていただきます。 えー、それでは、東京の本局に戻したいと思います…」
変わらない、無慈悲な現実だけだった。
毎日1or2話ずつくらい更新します