とらんあんぐる組曲2 ~最後に贈る、鳥の歌~   作:レトロ騎士

4 / 15
第三章 『奪われた鳥の歌』

         ◇

 歌が、好きだった。

 いつからか、と問われれば、それは四歳のときだと、すぐに答えることが出来る。

 それくらい、自分が歌を歌おうと思ったのは、明確な事件だったからだ。

 父親に叱られて、公園で一人ベンチに座って泣いていた。

 昼の日差しは強く、まだ幼く弱い皮膚を、じりじりと焼いている。その暑さが、また父親から叱られたことの罰のようで、涙が止まらなかった。

 

「♪~」

 

 歌が、聞こえていた。

違う、それは、ただの鳥の鳴き声だった。

 どこからだろうと見上げると、電線の上に小さな鳥がとまっている。

 何の鳥かは、子供の自分にはまったく分からないので、ただ、鳥さん、としか言いようがなかった。

 

「♪~」

「♪~」

 

 その鳴き声が、あんまり楽しそうだったので、自分も真似してみた。

 少しだけ、元気が出たので、それを続けてみる、。

 

「♪♪~♪」

「♪♪~♪」

 

 涙が止まった。楽しいので、もっとやってみる。

 

「♪・♪♪・♪~」

「♪・♪♪・♪~」

 

 もう、何がなんだか分からないが、もっともっと続けてみる。

 

「♪・♪♪・♪・♪・♪♪・♪」

 

 しばらくして、鳥はどこかに行ってしまったが、せっかくなので、今まで真似したことを思い返して、それを続けた。

 たまに、真似した順番を変えたり、声に出しやすいように高くしてみたり。

 スピードを変えたり、思いついた鳥の声を出してみたり。

 そんなことを続けていて、気付いたら、笑っていた。

 あれ?と周りを見ると、遊んでいた子供や大人の人が、自分の周りで、自分と同じように笑っていた。

 初めは、自分が笑われているんだと思った。

 でも、よく見ると、げらげらという嫌な声で笑ってるんじゃなくて、みんな、ニコニコしている。

 そうか、皆、私が真似している鳥の声を聞いて、喜んでるんだ。

 そう思ったら、もっともっと色々やってみたくなった。

 そして、私は――

 

 

         ◇

「歌が…歌えない?」

 

 耕介と薫が、自分たちのことを知っている、ゆうひの所属事務所の親しい人に取り次いでもらい、案内してもらったのは、とある病院だった。

 

「検査の結果、特に、異常は見つかりませんでした。声も、出すことが出来ます。……しかし、本人が歌おうとすると、何故か、出なくなるんです」

 

 担当医師も、頭を抱えている。

 この病院は、神咲にも遠からぬ縁があるということで、よく利用したり、原因不明な病など、霊障の可能性があれば連絡がくることも、多々あるそうだ。

 そういった兼ね合いもあり、ゆうひとの関係を伝え、本人に確認した後、面会が許されることとなった。そこで、担当の医師に聞いたのが、先ほどの内容である。

 

「ここです…。椎名さん、はいりますよ」

 

 ノックの後、力ない声で、「どうぞ」と聞こえ、ノブを回す。

 その中で、ベッドに座って力なく笑うゆうひと、数人の事務所関係者の姿。

 

「こっちや、こっち。耕介くん、薫ちゃん、入ってー」

 

 いつもどおり元気そうな――振りで、ゆうひが二人を呼んだ。

 そして、ゆうひの願いで、他の人に席をはずしてもらう。

 

「もう、みんな、おおげさなんやから。たいしたこと、ないんよ。ちょっと、調子が悪うなっただけで……」

「ゆうひ」

 

 耕介が、彼女の名前を呼ぶ。

 

「なんやー?耕介君たちも、心配性やなあ。それに、あんまりそうやってうちに構うと、薫ちゃんがやきもちやくでー」

「ゆうひ」

「うんうん。独り身で寂しいけど、ちょっと休めば、きっとすぐ、元気に…えっ」

 

 さきほどから「こっち」から視線をはずそうとしている彼女の肩をつかみ、まっすぐにその目を見据えて、

 

「ゆうひ、大丈夫だ」

 

 そう、彼女に言った。

 

「こう…すけくん。………う…あ…うわあぁぁぁぁ!」

 

 もう、そこにいつもの楽しげに笑うゆうひはいなかった。

 悲しいことがあった、と泣いているときだって、ゆうひは、ゆうひとして泣いていた。

 でも、今は。

 自分の半身を失ったように、絶望と不安でどうしようもなくて、もう、なにも考えられず、ただ、耕介に抱きついて、嗚咽を繰り返す。

 

「歌が…歌えないんよ…。耕介くん、薫ちゃん…うち、歌えなく…なって」

「大丈夫だ」

「でも、だって…何度も、何度も、歌おうとしたのに、声がでえへんの。なあ、耕介くん。歌えなくなったら、うちは……」

「大丈夫だ、ゆうひ。……絶対に、助ける」

 

 根拠なんて、何一つない。方法だって、なにもわからない。

 でも、それはもう、「絶対」だ。

 絶対なんて、絶対に存在しないが、『俺がそう決めたから、絶対だ』。

 耕介がぽんぽんと、抱きしめたまま、その背を叩いてやると、ゆうひは少し落ち着いたように嗚咽を小さくしていった。

 薫は、じっとそれを見つめる。

 恋人と、自分の友人の抱擁だが、不思議と、嫉妬はしない。

 もちろん、耕介の万人に向けた優しさは知っているし、ゆうひのことも信頼している。だが、理性がそれを分かっても、普通は感情が納得しないものだ。

 それでも、自分がそういう心配をしないのは、それだけ、彼を信じているからだろう。

 もう、彼が自分の傍から離れたり、他の人のところに行くのでは、ということそのものが、考えられないのだ。だから、恋愛がらみの嫉妬をしたことは全くない。そう、恋愛での嫉妬は――。

 ゆうひが落ち着きを取り戻し、二人が離れるのを待って、薫が本題に切り出す。

 

「椎名さん。状況について、医師から聴いたとです。それで、少し気になることがあるとですが…もしかして、先ほどの番組で、壷を持ったとき力が抜けたように見えましたが、あのとき、何か変な感じがありませんでしたか?」

「えと…うん。そういえば、あのときから、なんだかうちの胸の辺りが、もやもやするような、そんな気がするんよ」

「ちょっと、見せてもらいますね。……十六夜」

 

 剣道用の皮袋から、『霊剣十六夜』を取り出して、霊力を流し込むと、一瞬の光沢のあと、鞘から十六夜が現れた。

 耕介も、自分の相棒を取り出して、御架月を呼び出す。

 ゆうひは、一瞬不安そうにしたが、薫と十六夜、そして耕介と御架月を見たが、うん、と一度肯いて、薫に向き直った。

 

「少しだけ、痛むかもしれません」

 

 ちりちりと、鞘越しながら、霊剣としての力が沸き立って、薫がそれを、ゆうひの胸の辺りに近づける。すると、

 

「あ……っつ!」

 

 ゆうひが、痛みで体を震わせた。それを見て、薫はすぐに十六夜を離す。

 

「やっぱり、そうか」

「なにか、分かったのか?」

「はい、これは、霊障です。どちらかというと、呪いの類ですね。おそらくですが、あの壷にかかっていたものが、何故かゆうひさんに移ってしまったのでしょう。先ほど十六夜を通して送った霊気は、そういったものの反応を見るものです。呪いが、霊気を拒絶して、それが椎名さんを通して軽い痛みを送ったのでしょう」

「と、いうことは…」

 

 はい、と、薫が肯く。

 

「これを祓えば、椎名さんは元に戻ります」

 

 

         ◇

 場所は、神咲の道場。

 霊障を祓う、ということで、初めは事務所の人たちも疑心暗鬼――というより詐欺師を見るような顔をしていたが、神咲が名の知れた名家であり、且つ、警察からもその信頼を持っているということ、医者からも薦められたこと、そして、一切の金銭要求を行うつもりがないということで、駄目元で、と、承諾を得た。

 関係者のみ、ということで、いるのは薫、耕介、ゆうひ、雪乃。そして、十六夜と御架月である。

 手順は、神咲の術によって、呪いを霊障として具現化させ、それを十六夜によって薫が斬る、というものだ。耕介も、万が一と御架月を準備しているが、全ては薫が行うことになっている。

 呪いを霊障と変化させる以外は、基本的な仕事と同じらしい。雪乃にもゆうひを見てもらったが、それほど危険なことはないだろうと判断している。

「はじめます」

 符によって囲まれた方陣の中、横たわったゆうひ。仕事着である白い装束に着替えた薫が、霊気をこめた十六夜に符を指して、祝詞のような呪を紡いでいく。

 少しづつあがっていく高揚感を、霊気を巡らせて抑えていく、そんな不思議な感覚。

 蝋燭の煙が揺らめき、ゆうひの影がそれに合わせてぐらりと振れた、そのとき――

 

「出た、か」

 

 符が舞って、それぞれの符が電撃のような霊気で結びつき、五防星に似た結界が囲んだ中、ゆうひの体から黒いもやのような「何か」が現れた。

 

「うん、これなら……」

 

 耕介も、薫に付き添って何度か見たものだ。

 あとは、あれを、十六夜で切り裂いて消滅させれば、全てが終わる。――はずだった。

 

「え…なに?」

 

 十六夜に霊力を込め、いざ、と準備していた薫が、驚愕の声を上げた。

 止まらない。「何か」の噴出が止まらない。

 いつまで続くかと思われたそれが、やっと収まったと思った瞬間、それは、「反転」した。薫に向かって――

 

「な……!くそ、楓陣刃!」

 

 もやではなく、明らかに質量を持った「何か」に、神咲の秘奥義、楓陣刃を放つ。不完全ながらもそれはまっすぐに「何か」に向かい、そして、

 

「!?」

 

 飲み込まれた。

 

「いけない!薫!」

 

 異常な光景に、雪乃が叫び、符を放つが、間に合わない。

 その「何か」は、薫と十六夜を覆うように飛び掛り、締め上げた。

 「何か」は、新しい獲物となった薫が手に入ったことに、嬉しそうに――多分、目の錯覚なのだろうが――笑った。

 薫に、かつてない恐怖が湧き上がる。自分の命の危機、だけではない。人成らざるものと渡り合い続けた自分でも、経験したことのない「未知なる物」への恐怖。

 

「ひっ」と、悲鳴のような声を漏らし、自分に訪れる恐怖に目を瞑ろうとして――

 

「う、らああああああああああああ!!」

 

 まるで、太陽のような光と、暖かい懐かしい力の塊が、全てを切り裂いた。

 一瞬だった。

 そこにいる全員が、ぽかん、とあっけにとられる中、一人、ぜはぜはと息を切らせて膝をついていたのは、

 

「耕介さん!」

「あー、よかった、どうなるかと思ったけど…うまくいったみたいだ」

 

 汗だくになって笑っている、見習い退魔師の姿だった。

 

 

         ◇

「あー、らーらー。はぁとーはーいーつもーぜーんーかーいーむーてきー♪……うん、歌える。歌えるよ!耕介くん、薫ちゃん!」

 

 泣き笑いで、ゆうひが二人を抱きしめる。

 

「ありがとおー。ほんとに、ありがとーなー」

「ああ…よかった。ほんとに」

「椎名さん、苦しい、です」

 

 そんな三人の姿をほほえましく思いながら、雪乃が結界に張った符を見る。

 なるほど、結界用に邪気を吸い取るようにした符が、焼ききれている。

 呪いの種類は、「誇れるものを、失敗させる」という、シンプル且つ、あまり危険のないものだ。

 それは、別に何かの儀式を必要とするものではない。

 なにかの試合で、信じられないようなミスをする。大事なときに、覚えていたものを忘れてしまう。

 そういった、実に単純で、どこにでもある、「あいつが失敗すれば」という誰もが思うことがある、「呪い」だった。

 だが、それだけにその呪いは、世界中に存在している。それは、この世で最もシンプルで、邪気のない悪意。それが故に七つの大罪にも選ばれる、「嫉妬」である

 そして、あの「偽物」の壷は、それを集めてしまったのだろう。おそらく、製作者の「本物の製作者」を妬む、心によって。

 その結果生まれたのは、「憑いた者の誇る能力を奪う」という呪いだ。

 だが、それにしたって、あの呪いは強すぎる。

 

「……」

「……母さん?」

 

 訝しげに、薫が母に問いかけると、雪乃は、唐突にこういった。

 

「なるほど。ゆうひさん、貴方は、とても素晴らしい方なのですね」

「え、そない褒められると照れてしまうんですけど。…どうしてですか?」

 

 雪乃は、この呪いについての説明を、皆に続ける。

 

「この呪いには、もう一つ特性があったのですよ」

「特性?」

「そう、呪いが呪いを集める、という特性が」

 

 『壷』は、本来何かを溜めるためのもの。それが言霊としての意味も持ち、「呪いを溜める」という特性が、際限なく行われ続けていたのだ。

 悲しそうに、雪乃は言葉を続ける。

 

「貴方の『歌いたい』という意思は、とても強かった。純粋で、大きくて、誰にも負けない、強い思いだった。貴方が、もし、『歌うこと』をあきらめていたなら、呪いは徐々にですが、消えていったでしょう。あきらめたのなら、もう、それを呪うことはできませんから。しかし、貴方はそれに負けまいと、強く心を持った。なにより、薫と耕介さんが助けてくれると、ずっと信じていた。けれど、悲しいことに、それがさらに呪いを大きくしてしまった。あの壷に触れた者がたくさんいた中で、貴方に取り憑いたのは、それだけ、夢を持った人が少なくなってしまったからでしょう。呪いが満足するような夢、誇りが、皆持ち合わせていなかったのです。貴方の歌に対する思いは、それだけ、あの呪いには、ご馳走に見えたのでしょうね」

 

 一度、言葉を切る。ゆうひは、その言葉の意味を考えて、それは、もしかしてこんな大事になったのは「うちのせい」かと思い当たって、

 

「違います」

 

 雪乃の、きっぱりとした宣言。

 

「誇りなさい、椎名さん。それだけ、貴方の夢は、素晴らしい財宝なのです。うちも、貴方の活躍、応援させてもらいます」

「はい!」

 

 ゆうひも、それに答えた。

 ゆうひの笑顔を見ながら、薫はほっと息をつく。

 それは、安堵のため息だったのか、自分に対する悔しさだったのか。

 自惚れていたわけではない。だが、今回の失態は、完全に自分のものだ。

 耕介があのとき助けてくれなかったら、自分は死んでいたかもしれない。あれだけ、努力と苦労をして鍛え上げてきたのに、まだ霊力を覚えて一年足らずの耕介に抜かれたのか。

 嫉妬ではない――はずだと思う。

 ただ、なによりも自分のふがいなさが悔しい。

 薫は、ぐっと手にした十六夜を握り締め、唇をかんだ。

 

「…っ!…これは?」

 

 傍で立つ、人型の十六夜が、何かに気付き、自分と、もう一つの自分である霊剣十六夜を見比べるように――もっとも、彼女は盲目なのだが――して、声を張り上げた。

 

「薫、いますぐ、なんでもいいですから、霊力を使ってください」

「十六夜?どしたんね、急に」

「いいから、はやく!」

 

 唐突にあがる、十六夜の強い言葉。何のことか分からず、薫が問いただすも、十六夜は揺るがない。しかたない、と、薫はいつものように手にした十六夜に集中して、

 

「…わかった。これでよかと?……っふ!」

 

 なにも、起こらない。いつもであれば、十六夜に燐光と思しき霊力が満たされていくのに。

 

「あ、あれ?もう一度。…っや!」

 

 まさか、と、全員が思った。

 

「…やはり、そうですか」

 

 十六夜のため息。

 これは、もしかして――。耕介が、先ほどの「まさか」を言うか、迷っていると、

 

「霊力が…でない?」

 

 その「まさか」、が間違いではなかったと、薫の口から確かめることになった。

 

 

 決して自分を裏切ったことはない。

 長年、いつだってそれは、自分と共にいた。

 磨き続けた剣の技術。そして、鍛え続けた霊力。

 その自分の半身が、今、初めて、薫から去ろうとしていた。

 




次の話は明日の08:00に予約投稿しました
三部作の一つ目である本作『誰が為に、小鳥は囀る。』は最終話まで予約投下ずみですのでいったんそこまでは毎日投下されます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。