とらんあんぐる組曲2 ~最後に贈る、鳥の歌~ 作:レトロ騎士
ラストアンコール。
緞帳がのぼり、ステージの中央にゆうひが立っていた。盛大な拍手で迎えられ、ゆうひはゆっくりとマイクに近づいた。
マイクを握る。一瞬、その振動を伝えるにごった音が会場に響くと、手拍子に似た音が静まっていき、観客達のわずかなどよめきだけが残った。
「……」
無言。
始めは、間を取っているのだと思った観客達も、そのあまりの長さに再びどよめきを強くしていく。なにしろ、つい最近も、生放送中に歌が歌えなかったばか
りだ。そのことを覚えている人々が、いぶかしげに「どうした?」「なにかあったのか」とささやく声が聞こえ始めて――
「私には、大切な人達がいます」
ゆうひは、言った。
「家族、スクールの皆、先生…それに、もうひとつの、家族と呼べる人たち」
一人一人を思い返し、そして、「皆」を想う。
「今、そんな家族の一人が、とても困ったことになっています。…それも、私が原因で」
大切な友人。自分の為に、その小さな体に呪いを受けてしまった少女。今頃、その呪いと戦っているはずだ。
続ける。
「私は、小さいころから、鳥が好きでした。その鳴き声が綺麗だったから、きっと、自分の為に歌ってくれてるのだと、そう思っていました」
公園で泣いていた自分を、鳥が励ましてくれた気がした。だから、自分は歌が好きになった。
「でも、大きくなって、私は知りました。鳥が鳴くのは、ただ、鳴きたいから鳴いているのだと。警戒や威嚇、そういった意味でしかない、ただの音に過ぎないんだと」
そうだ、だから、私の歌う歌も、意味がないんじゃないか。そんなふうに、思ってしまった。
◇
あの事件で、薫の霊力が出なくなり、自分には何も出来ることがないと知った。
病院で検査を受け、無事、退院の許可が出て真っ先に状況を聞いたが、分かったのは、今日、このコンサートの時間に、とても危険な呪い祓いの儀式をするということだった。
自分が、全てを耕介と薫にまかせて、コンサートをこのまま行っていいのかと不安を感じていると、耕介は、いつものように、
「ゆうひ、大丈夫だ」
と言った。
ゆうひは、あたりに誰もいないことを確認して、そっと耕介の胸に頭を押し付けて、
「……うち、不安なんよ。うちの歌に、何の意味がある?こうやって歌っていても、ただ歌いたいからで、人を救うとか、そんなたいそうなものやないって。でも、薫ちゃんは違う。いつも大変な苦労をして、人を実際に助けてる。……なのに、うちのために……。こんなんで、コンサートなんかやっても、ちゃんとした歌、歌える自信、ない……」
ぐすん、と、一度だけ、涙をすする。
「なあ、ゆうひ」
「……なんや?耕介くん」
「そんなに、難しく考えなくてもいいんじゃないか?」
「まじめそうなのは、うちらしくない?」
「そだな。じゃなくて……俺も、薫も、さざなみの皆も、ゆうひの歌、好きだし」
それで、十分じゃないかというように。
「それでも、歌う意味が見出せない、不安だって言うなら、俺たちと、――さざなみの皆のために歌ってくれ」
「耕介くんや、みんな?」
「ああ、さざなみ以外でも、他に聞かせたいやつがいれば、そいつのためでもいい。とにかく、『贈りたい相手のため』に、歌ってやれ」
耕介は、ゆうひの肩を押して、自分から少し離すと、その顔を見ながら、笑ってこういった。
「なあ、ゆうひ。鳥の囀りは、綺麗だと思うか?」
◇
そのときの、耕介の笑顔を、もう一度思い出す。
ふっと、少し気が楽になり、客席を見ると、たくさんの観客たちが、自分の次の言葉を待っていた。
「でも、鳥は鳴き声だけでなくて、もうひとつ…、囀りを持っています。それは、繁殖期に使う、恋の歌。仲間を応援する、奮起の歌。鳥は、ただ鳴くだけではなく、仲間の別の鳥……誰かの為に、鳥は囀ります。そして、私達人間は、そんな囀りを綺麗だと思い、感動するんです」
◇
耕介が続ける。
「鳥達は、別に人間様のことなんざ何も思わず、ただ必死に恋を歌ったり、仲間を応援する歌を歌うんだとさ。同じ種類の鳥のために、ただ、その鳥に愛や、声援を送るために。それが、『囀り』。でも、それはとっても綺麗で、関係ない人間にも、力を与えてくれる」
耕介は、その笑顔のまま、その台詞が恥ずかしいものだと、自分でもわかっていたのか、少し照れながら、言った。
「だからさ、迷ったら、さざなみのみんなの為に、歌ってくれ。その想いが本当なら、きっと、誰が聞いても、勇気が出て、感動して、すばらしいと思うはずだから」
◇
あの時、あの公園で自分が聞いたのは、確かに、恋と、応援の歌だった。
その鳥が、誰かの為に歌った――囀りだったと、信じている。
「だから、私は、歌が好きです。……今から歌うのは、私の、とても大切な人たちのための歌。ごめんなさい。最後に、このコンサートの最後に、その人たち『だけ』を思って、この場で、歌いたいんです」
静まり返ったホール。誰一人、それに異を唱えない。ただ、皆がゆうひを待っている。
「本当は、ここに来てくださった皆さんの為に、歌わないといけないと思います。……でも、今、私が最高の歌を歌うためには、その人たちを思わないと、歌えません。ごめんなさい」
一度ここで、ゆうひは頭を下げた。そして、また観客たちに向き直る。
「もし……もし、許してくださるなら、私は、いま、その人たちを思って歌いたいと思います。私が、今歌える、最高の囀りを。私の、全ての思いを込めて」
マイクをおき、頭を下げる。そして、残るのは再びの静寂。
ゆうひは動かない。ただ、静かに答えを待つ。
そして、大きな拍手が、その答えだった。
「ありがとう。……歌います。Sweet Songs Forever」
◇
さて――と、耕介はいつものように呟こうとして、出来なかった。
満身創痍。体力限界。霊力からっぽ。
もう、指一本も動かせない。
声を出すのも、息をするのも疲れる。
「御架月、生きているかー」
とりあえず、手に触れた霊剣に、そんな思念を送ってみると、
「えーと、僕、死んでいますから、それはどうでしょう」
大丈夫そうだった。
「…くっくくくく、はっはっはははは!」
そんなくだらない冗談も、今はなんだか笑いがこみ上げてしまう。何もする気力もないはずなのに、笑うことだけは出来た。
そういえば、俺が今回の作戦について最初に「断る」と言った時、驚かなかったのはこいつだけだったな、と、どうでもいいことを思い出した。それが単なる命惜しさの拒否ではないと、はじめから見抜いていたからだろう。
その面の厚さといい、今の軽口といい、まったくコイツは昔の俺のハートが入り始めてやがる、と、耕介はまた笑う。
止まらない笑いを繰り返していると、洞窟のほうから、誰かが歩く音がする。その足音の主に、耕介は寝転がったまま声をかけた。
「よー。どうだった?」
「緊張感がなかとですね。恋人の一大事ですよ?もうちょっと、心配したらどうですか」
恋人の、凛とした声。
ああ、俺の、好きな声だ、と、耕介は微笑む。
「あー、なんでかな。不思議と、安心しきってるんだよ。絶対、うまくいったって。……なんでかな。戦ってる途中で、急にそんな気分になった」
「耕介さんも、ですか」
どうやら、二人で同じものを聞いていたらしい。
「うまく――いったのか?」
「わかりません。成功したと思いますが――まだ、試してなかとです」
「そっか」
彼女が、倒れた耕介にしなだれかかるように寄り添ってきた。そして、囁く。
「どこかで…」
「うん?」
「どこかで、とても遠くで、鳥の声が聞こえました」
「……」
「優しくて、暖かくて……とても、元気になる囀りでした」
「…ああ、俺にも、聞こえた」
きゅ、と、彼女の手を握り締める。
彼女も、握り返してきた。
「耕介さん」
「なんだ?」
「……また、うちの周りに、鳥達が集まるように……なりますか」
その言葉の意味が、耕介にはよく分からなかったが、多分、答えはコレで間違いないはずだ、と、彼女に笑いかけて――
「当たり前だ。薫」
最終話は明日の08:00に予約投下済みです