とらんあんぐる組曲2 ~最後に贈る、鳥の歌~   作:レトロ騎士

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終章 『君が為に、私は囀る』

         ◇

 大きく呼吸を整えると、落ち葉の匂いがした。

 

 ふ、ふ、と規則的に続く静かな息吹。何十回と繰り返し、はあ、と大きく息を吐いた。

 一息ついて、寮のほうに耳を向けると、さて、いつもと同じ、平和そうな声が聞こえてきた。

 

「おーい、あたしの着替えどこだよー」

「耕介、おやつまだなのかー?」

「ああ、美緒。今用意して……って!真雪さん!裸でうろつかないでください!」

「なんだよー。ちゃんとバスタオル巻いてるじゃないかよー」

「真雪さん、耕介くんはバスタオルじゃなくてスクール水着がいいといってるんよ」

「んなわけあるか!」

「あううう……耕介さん、おやつ……」

「あー、ごめん、みなみちゃん。いまそっちに」

「大丈夫?手伝うよ、お兄ちゃん」

「ええと、ミニちゃんの鍵が……あれ?どこー?」

「どこさがしてるのさ。愛は、冷蔵庫の中に鍵をしまうことがあるの?」

 

 どことなく呑気で、騒がしくて、笑顔が耐えない、そんな場所。

 自分のかけがえのない場所。

 そして、『彼』が守ろうとしている場所。

 その『彼』が中庭に続くガラス戸から顔を見せてきた。開かれた扉とともに、焼けた小麦と優しいバターの香りがする。今日のおやつはどうやらホットケーキらしい。

 

「薫、おやつが用意できたぞー」

「はーい、耕介さん。あと五分したらうちも戻ります」

 

 青年の、いつもののほほんとした声に一瞬だけ頬を緩ませ、私はそう答えた。

 

 強いと言うことがどういうことか、教えてくれた人。

 いつも、私に支えられている、と答える人。

 でも本当は、いつも私を支えてくれる人。

 変わらない毎日の大切さを教えてくれる人。

 

 だから、彼が、好きだった。

 

「ああ、焦らなくてもいいよ。どうせ今焼いた分は万年腹ペコキッズたちが食べちゃうだろうから。シャワーで汗を流すときにでも声をかけてくれ。種はとってあるから焼きたてを用意するよ――ってお前ら、それは薫の分だっていっただろ!足りなきゃ買い置きのお徳用せんべい出すから勝手に追加を焼くな!」

 

 その彼は、そんなことを言いながら慌てて寮の奥へと消えていく。どうやら私のおやつは現在結構なピンチらしい。すぐにでも向かいたいところだが、さすがに中途半端な状態で切り上げるわけにもいかない。

 どうか、私のおやつを死守するために彼にはもう少しだけ頑張ってほしいところである。

 

 さあ、休憩前の最後の集中だ、と、私は再び剣を手にした。

 鋭く振るったときは、ひゅうん、という猛禽類の嘶き。

 早く細かくすると、ひゅっ、ひゅっと小鳥の啄ばみ。

 すっかりと秋模様に衣替えを始めた木々たちに囲まれて、私は剣を振るう。

 

 もうすぐ、この赤い季節が終わり、海からの風と、空からの雪が踊りあう、冬が来る。

 そのときの自分も、やはり今のようにここで剣を振っているのだろう。

 どうかそのときには、彼も変わらぬ笑顔で私のそばにいてほしい。

 

 そんな願いを、今この一振り一振りに込めていく。

 

 そして――今日も、私の側には、幾羽もの鳥達が囀っていた。

 

                   ~終~  




これにて終幕。
新シリーズ、とらは3パートの「鳳凰は力強く、羽を広げ。」は本日22時に投下します。
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