とらんあんぐる組曲2 ~最後に贈る、鳥の歌~ 作:レトロ騎士
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小さい秋を見つけた。
日本人なら誰でも一度は聞いたことのある童謡のフレーズだ。
この、「小さい秋」というのは、文字通りサイズの小さな秋、ということらしいと、最近になって青年は知った。庭にある小さな木の、葉が色づいた様子。家の中に増えていく、果実の匂い。広大な自然ではなく、そんな身近な世界で気付かせられる、『秋』という独自の世界をあらわしているらしい。
今、青年の目の前で、そんなことを実感させてくれるような、ちょっとしたことが行われている。
「おーいレン。もっと落ち葉入れたほうがいいんじゃないか。なんかあんまり燃えてないぞ」
ぱち、ぱちと小気味いい音を立てて炎を爆ぜらせる焚き火を、服に泥がつくのもお構い無しに膝をついて覗き込んでいる、少年……ではなく、少女が言う。
じれったそうに、その辺に落ちていた小枝を使って、火の苗床となっている枯葉をかき回した。
「あー!何勝手にかき回すかアホ晶。そんな一気に空気入れてもうたら、表面だけ燃えて、あっという間に燃え尽きてしまうやん!」
自分の顔が隠れるほど、落ち葉が積もった籠を抱えて焚き火に近づく、こちらは間違えることなく少女が、呆れた声で言った。
「あんだと!誰がアホだ誰が!こんなちまちまやってたら、せっかく入れた芋がちゃんと焼けないだろうが!」
「焼き芋は燃やすんやない。火の余熱で『熱を通す』んや。今から落ち葉入れるから、少しまっとれ」
関西弁特有の独特のイントネーションで話す少女は、置いた籠の中の落ち葉を一抱えして、ゆっくりと焚き火にくべる。一瞬、火に覆いかぶさったことで空気が遮断され、炎は小さくなったが、新たな餌に食らいついて再び己の力を鼓舞するように燃え上がる。
炎の揺れによって、光源が太陽と焚き火と複数生まれ、二人の少女の影も不規則に踊り、交差する。
本体であるほうは、お互い相手に唾が飛ぶほどに言い争いをしているというのに、揺らめいている影の交わりは、まるでお互いが支えあっているように見えてくる。
相手への思いやりを素直に表せない肉体の代わりに、二人の本心をうつしているようだった。
青年は知っている。
この少女たちが、決してお互いを疎んだり、憎んだりしているわけではないことを。
こうやってお互いを貶したり、時には武という名の拳を交わしても、それ自体が二人の愛情表現だと。
髪を適当に切り上げただけの短髪に、頬には少女らしからぬ絆創膏を張っている、先ほど焚き火を覗き込んでいた少女は、城島晶。秋真っ盛りだというのに、長袖とはいえ薄手の『胴着』を袖に通しただけの姿でいる。
そんな彼女の相手をしていた、同じく短髪の少女。といっても、こちらは綺麗にそろえられた前髪が、しっとりと濡れたように光に反射していた。が、それも一瞬のこと。新たな燃料の投下で焚き火から黒煙が立ち上ると、彼女の顔にまとわりついて、髪だけでなくその愛らしい童顔をにごらせた。
「けっほ!けほ……うー。油断したー」
鳳蓮飛――皆から、レンと呼ばれ親しまれる彼女は、焚き火の煙に巻かれて涙ながらに咳き込みながら、青年に向かって手を振った。
「お師匠ー!そろそろ焼き芋焼けますよー!」
「おーう……」
青年……とはいえ、まだ少年のあどけなさを残しているその顔は、師匠と呼ばれるには若すぎる年のころであることを示している。
それもそのはずだ。何しろ、まだ高校を卒業して一年と少ししかたっていない。そんな彼が、彼女たちから師と呼ばれるには、それなりにわけがある。
小さいころから、御神流と呼ばれる、二刀の小太刀術の鍛錬を続けていた彼――高町恭也。小太刀術といっても、剣道や武道のそれではない。真剣を用い、人を殺すことだけを目的に技巧が研ぎ澄まされてきた、闇の伝統。殺人といえば、まだ『良い』言い方だ。より正しく、悪意を込めて言えば、暗殺がその真意である。
その技術を今に伝える、御神の一族。恭也は、その御神の一族の、残された三人のうちの一人である。
昌と蓮飛の二人はその後継者、というわけではない。というより、何か教わっているわけではないのだ。
晶は、彼のその強さに憧れて。蓮飛は――彼への感謝と親愛を込めて。
自然と尊敬と敬愛を込めて師匠と呼ぶようになっていった。
「あッ……はち!……はふあっひ!」
「晶、何勝手に食おうとしてんねん!一番はおししょーに食べてもらうに決まってるやろ」
「はふッ…ンぐ……。そうだった」
焼きたての芋を割り、熱気にむせるように頬張っていた晶に、蓮飛が怒鳴る。別にそういうことを気にする恭也ではないのだが、どうもこの二人は、自分を立てようとするきらいがある。
純粋な好意であることは知っているので、うっとおしくなるようなものではない。だから、今までもその心地よさに浸っていたのだが――。
「おししょー、これなんかいい感じに焼けてますよー。焼く前から、これが一番美味しそうって目をつけてましたー」
蓮飛が縁側に座っていた恭也に小走りでやってきて差し出したそれは、確かに言葉通りほくほくとやさしい暖かさと、ほんの少しの落ち葉の匂いが、秋ということを抜きにしても食欲を誘う。
恭也は、ああ、と一言だけ肯いてそれを受け取ると、少しだけその熱さを我慢して握り力を込める。ほく、とその柔らかさを表したような音で、割れた。そして、その片方を蓮飛に手渡す。
「おししょー?」
「一番美味しいなら、俺だけ食べるのはもったいないだろう?」
最近は、蓮飛からの一方的な好意ではなく、少し同じ位置でいて欲しいと恭也は思い始めていた。
「おししょー……」
故あって、晶、蓮飛とも、幼少のころから恭也の家である高町家に居候しているが、そんな中で、一年ほど前から恭也と蓮飛は恋人同士となった。
今、恭也は大学生、蓮飛は海鳴の街にある学園の中等部と、彼らの年齢では大きな年の差といえるカップルだが、恋愛に拙いながらも真剣な想いにて、その関係は良好である。
年上である恭也が、もともと色恋沙汰……というか剣術鍛錬に明け暮れたためそれ以外のことには疎いこともあり、双方恋愛初心者である。それでもうまくいっているのは、普段から恋愛感情抜きでお互いを大切にしていたこと、稀有な環境のせいで恭也が精神的に成熟していたことで、気遣うという恋愛で一番忘れがちなことを自然と行えていたからだろう。親愛から恋愛へと変化しても、それは変わらない……が、それでも、変わってくるところはある。
ひょい、と恭也が蓮飛の髪に手を伸ばす。
「あ……」
「ああ、落ち葉が乗っていた」
葉を落としたその手で、恭也はくしゃくしゃと蓮飛の髪を撫でる。
「え……えへへ……」
髪が乱れるにも関らず、それがどうしようもなく心地よく、蓮飛は破顔する。
そして――
「隙ありゃああああああ!」
咆哮のような晶の声と共に、肉と肉がぶつかり合う鈍い音。
晶の拳が、恭也の横腹に突き刺さる――直前で、恭也の肘がそれを叩き落した。
手の甲をしたたかに打ち付けられた激痛に声を上げるまもなく、晶のその手を青年がつかむ。
「……隙はないだろ」
「へ?」
晶が間抜けな声を発した直後、恭也は自分より一回りも小さい少女の懐に己の背を当てるように飛び込む。ちょうど、柔道の一本背負いの体制になったと思った瞬間、晶の体が回転――ではなく、真横に『ぶれ』た。
「うわああああああっ……ぐへっ!」
「安心しろ、『徹し』てはいない。肩ではなく体全体で面になるように押し出したから、肉体的にはダメージはほとんどないはずだ」
目を回してすでに聞こえてはいないだろうが、恭也による体当たりにより吹っ飛んだ晶にそう声をかける。
尊敬する師への暴行――ではない。これは恭也が晶に対してだした「条件」のためだ。そもそも師弟関係というものが存在していないにも関らず、晶が「師」と呼ぶのはそれが晶の一方的なものだからだ。
御神流に憧れる晶は、いつかその技を習おうと恭也に弟子入りを願っている。だが、殺人術である御神の技を使って欲しくないと思う恭也はそれを拒絶。しかしどうしてもと言って聞かない晶に、恭也は
「俺から一本取ったら、教えてやる」
と伝えたのだ。
不意打ちOK、家族や周囲に迷惑かけない限り、何でもあり。その上で、晶本人が納得する形で恭也に一撃を入れられたら、正式に弟子にとると。
その約束から数年。今に至るまでずっとこのようなやり取りがあった。
……早い話が、数年不意打ちをし続けて一本も取れていなかったということである。
もっとも、晶本人も本来の目的である御神流の指南はどうでもよくなり、一本をとる、恭也に実力を認めてもらうことが目的にすり替わり始めているが。
そんな少女はぐわんぐわんと回る頭を抱えながら、我が師(未公認)に向かって口惜しさとともに尊敬のまなざしを向ける。
「あー……いけると思ったんだけどなあ。さっき、師匠にしては妙に隙があっておかしいと思ったんだけど、あれは誘いだったんですね!」
「まあ、な」
嘘だ。
すでに本能の域で、緊張の弛緩をコントロールしているため、隙らしい隙は残してはいないというだけで、今の一瞬、恭也は確かに「ほうけて」いた。
それが、『呆けて』いたのか、『惚けて』いたのかは、自分でもよく分かっていなかったが。
弱くなったのかもしれない、と思う。でも、強くなったような気もする。
守りたいものは、前からあったが、それでも蓮飛を想う心は、その中でも特別になっている。
心臓に病を抱え、一人、死ぬことに恐怖していた彼女の傍にいたいと思った。
傍にいて、励ましてあげたいと思った。
なのに、結局最後に心臓手術に立ち向かわせる勇気を与えられたのは、恭也の存在ではなく、親友の晶だった。
それが少しだけ悔しい。
「ちくしょー……ようし、次こそ……って、お?ドン亀、どうした?」
「……おサル」
蓮飛と晶。亀と猿。
二人がお互いを呼ぶときに使う、俗称だ。
そして、この呼称が使われるときは、大抵あることが起きる。
トン、と、晶の腹部に、掌を当てる蓮飛。
ああ、いつもの構図だ、と恭也はそこから目をそらした。
ここからのことは、見なくても分かる。
「やるならやるで、焚き火がちゃんと消えとらんと危ないやろがー!」
蓮飛の足元から、ずむ、と重い鉄球を落としたような音がした。
踏み込んだ足にそれだけの力が加わっている証だ。体重の軽い蓮飛がそれだけの音をさせているのは、類稀なる技術の賜物である。
力は、踏み込まれた足から膝、膝から丹田、丹田から胸、腕、掌と伝わって――そして、晶が吹っ飛んだ。
「どうわああああああああ!」
晶も、少女とはいえ、空手の道で長年稽古したそれなりの武人だ。
単純な力だけなら、そこらへんのたるんだ男子高校生などよりはよほどあるだろう。空手の技術も、少年少女の部では全国大会にも出ているほどだ。武術の経験のないうでっぷしだけのチンピラ程度なら、例え相手が武器を持って二人がかりでも、あっというまに気絶させるくらいのことはやってのけるはずだ。
そんな彼女を片手一本で翻弄するのは、蓮飛の持つ天分の才といっていい。達人の域にいる恭也をもってして、「天才」と言わしめる蓮飛である。
武人としては明らかに晶を上回る卓越した技法を駆使する蓮飛。技術は劣れど、体力と気合の一撃で全てを貫く晶。
対照的な二人の、こういった『派手』なじゃれあいが、高町家の平穏の証だった。
いつまでも変わらずにはいられない。
でも、いつまでも変わらずにあって欲しい。
「きゅう~」
「まったく……せっかくおししょーが髪なでてくれてたのに……」
ああ、どうやら、怒りの本当の理由は、それだったらしいと、恭也は笑う。
はく、とかぶりついた焼き芋は、とても甘かった。