穴馬ってほどじゃないかもしれないけど、絶対に買うと決めた子が三着だったので悔しいです。
たらればではありますが、買えば当てれました。悲しいです。
パドックでのお披露目を終えて、わたしは地下バ道を歩く。それにしても最近のトレーナーには困っている。普通にわたしのことを担当愛バとか言い出すし……そうやって言われるのはまだ慣れていないから焦ってしまうのよね。
「……大丈夫。勝つから」
……レース場に来ると毎回こうなるのだろうか?
トレーナーは信じなかったけれど、わたしの近くには何か大きな存在がいる気がするのだ。その子がわたしに伝えてくる。
勝て、あの人の期待を裏切るなと。
そんな事、わかっているわ。
誰かに言われるまでもないことだ。
わたしの決意が伝わったのか。その大きな存在はわたしよりも先に駆けて行き、あの光の向こう側。ターフへと向かっていく。
「……」
それを見たわたしの足取りが徐々に軽くなっていく。負けない。先になんて行かせない。
そんな想いに押されるかのように、徐々にスピードを上げて小走り気味に、地下バ道からコースへと向かうために駆け出した。
広がる視界。
見通しが良くて眩しいコース。
いつもよりも少し多い気がするヒト達。
そしてワッと襲いくるような声援。
「あぁ、戻ってきたよ。ここに」
芝に踏み込む前に少し立ち止まり深呼吸。
見ていてトレーナー。
わたし、ここで一番早くゴールしてみせるから。
「行こうか」
幻聴だろう。
ブルルッと、どこか気合いが入っているような声?いや、鳴き声と言うべきかな?とにかく不思議な声を聞いてわたしはターフへと一歩を踏み出した。
パドックでのアイはまさに完璧というべき仕上がりだった。トレーナーとしての贔屓目無しでも、他の子達と比べて実力は飛び抜けていると思う。
俺は今回もゴールの近くに陣取った。
そして首を伸ばしつつ地下バ道から出てくるアイを見ようと頑張る。
「お、キタキタ」
アイがやってきた。
……ん?
アイからゆらゆらと立ち上がるオーラのようなものが見えた気がした。疲れているのだろうか?
そんなアイは芝へと踏み込む前に立ち止まる。
「え?な、なに?落鉄?それとも何か別の問題でもあったか?」
心配になるからやめてほしいが、アイのステータスを見る限り問題はなさそう。
だがそれ以外、ステータスではわからない事ならまずい。行くべきか?
そう思い駆け寄ろうとした時だった。
深呼吸をしたアイは何か一言だけを言った後、何も問題がない足取りで芝へと踏み込む。
「!?」
今一瞬、馬が見えた気がした。
アイが一歩を踏み出したと同時に、ゆらゆらと見えていたオーラのようなものが形となり馬が本馬場入場をしているように見えたのだ。
「は、ははは……」
他の人達にそれが見えた雰囲気はない。
俺の目が特殊だからか?それとも俺の立場のせいか?そんなことを考えながらアイが言っていたことを思い出す。
地下バ道での不思議な体験。
疑っているわけではないが、もし、もしそれが本当で、もし競走馬としてのアーモンドアイが何かしらの形でアイを支えているのなら……。
「これは、カメラとか持ってくる方が良かったか?」
とんでもないことが起こりそうで少しだけ震える。
……でも、それはそうとだ。
「マンハッタンカフェと知り合いになるべきかなぁ」
見えないお友達。
それがもしアイにも居るのなら。
それがもし競走馬のアーモンドアイで、本来あるはずのない俺の中にある記憶の子なら……少しでも関わってみたいと思えてしまったのだ。
「頑張れアーモンドアイ」
楽しんで、そして一着で、ここまで駆け抜けてきてくれ。
着々とゲート入りが進んでいく。
わたしはゲートに入る寸前に一瞬だけ立ち止まり、チラリとゴールの方を見る。
見ていてねトレーナー。
わたしが一着でゴールするから。
「ふー……」
ゲートの中は少し落ち着かない。
ソワソワするというか、心の状態が少しだけ不安定になるというか……はぁ、何事も完璧にこなしたいのに、こればっかりは慣れなのかしら?
結局出遅れ癖自体は直らな
ガコンっ!
「!?」
も、もう!!!何やってるのよわたし!!
反応できたから良かったけど!!
……ゲートの中ではこうやって考えすぎてしまう。何故なんだろうか?トレーナーも考えに没頭する事もあるし、似てきたのかしら?
……って!いけないいけない。落ち着かないと。
「……」
冷静に今の状況を考える。
中団からのスタートとなってしまったわたし。
でも位置は外目につけた。そのおかげでこの間よりもレースはやりやすい。わたしのスタミナだと多少外を回ることになっても問題がないみたいだし。
……いやまぁ、あれだけプールでスタミナ強化したのだから少しは増えていないとトレーナーに詰め寄ってしまうわね。
「八バ身ぐらいかな」
先頭までの距離も大体わかっている。
うん、全然届く。
見ていてねトレーナー。
外から一気に差し切っていくから。
……それにしても。
「不思議……」
メイクデビューの頃と全然違うのだ。
前のように視野が狭くなっている事もない。
逃げている子のペースも緩めで、わたしにとって余裕がありすぎる。最近の並走相手を思い出すと仕方がないのかもしれないけど……。
だってトレーナーがすごいウマ娘ばっかりひっかけて来るんだもん。わたしも天川一星トレーナーのウマ娘として少しは意地になってしまう。
でもそのおかげで。
「四コーナーを過ぎてから一気に差そうかな」
そう思えるぐらいの余裕がある。
ウマ娘の速度で走ると、考えているうちに四コーナーに入り直線へと向かうタイミングがすぐにやってくる。別に考え事ばかりして集中していないわけではないわよ?ちゃんとしっかりレース展開は考えている。
「でもそうね」
余裕があるのは事実。
ここまでレースを楽しんでいたのも事実。
なら、ここからは本気。
こうしてわたしは勝利への一歩を踏み出した。
「遊びはおしまいっ!!」
その瞬間だった。
ドンッと押し出されるかのように体が前に出る。
一歩一歩が普段よりも強く踏み出される。芝を抉るかのように踏み込む足は、わたしの体を前へ前へと進ませる。
「ッ!!」
戸惑う暇なんてなかった。
わたしは自分が驚いてしまう程の、想定外のスピードを出せてしまった。何故こうなったのか考えたいが、今は必死に足を回転させなければ転んでしまう。
普段のきついトレーニングのおかげでわたしの体はなんとか対応してくれた。そのおかげで怪我の心配だけはなかった。
「よし、これならっ!……あれ?」
前に何かがいる気がする。
外から差し込んでいるわたしの前には誰もいないはずなのに、レース場で感じるようになった大きな存在がそこにいる。わたしの前を走っている。
ふと、思った。
「追いつける」
追いつける。
追い抜ける。
……負けない。
……負けられない!!!!
そう思った体が自然と動く。
わたしがその幻影に追いつき、抜き去る瞬間。
ブワリと風がわたしに吹いた気がした。
『アーモンドアイ!今一着でゴールイン!二着に五バ身の差をつけ、圧倒的な強さでゴールを駆け抜けました!』
ゴールの横を駆け抜けて、一着を確信しながらスピードを緩めていく。徐々に小走りへ、そして歩き、立ち止まって振り返る。
すぐにわたしを待ってくれる人を探した。
「トレーナー!!!」
勝利の余韻とかよりも。
今はただ、自分が一番信頼している人の元へ向かいたいと駆け出した。喜びと、感謝を伝えたい。その一心で走り出す。
「……!!!……!!」
「あはは!何言ってるか想像できちゃうわね」
歓声で聞こえないけど、たぶん走るなって言っているのだろう。手を前に出して止まれというジェスチャーまでしている姿につい笑ってしまう。
安心して。どこも怪我してない。
それにちゃんと小走りだから大丈夫よ?
……でも、あまりに必死な顔を見るとわたしの気持ちも少しは落ち着いてくる。
だからこそ、まだ距離があるトレーナーにサインを送る。トレーナーに見せつけるように人差し指を上げた。
「一着!」
声は届いただろうか?
トレーナーは満面の笑みを浮かべ、お客さんの迷惑になるのも考えついていない勢いで手を大きく上げて人差し指を上げた。
「……!!!」
何を言ったか聞こえないけど、今はその笑顔を見れただけで満足。さぁ、トレーナー。ここから、もっともっと強くなって、もっと多くの一着を貴方に届けるわね。
四コーナー。
外目を走ったアーモンドアイがやってくる。
俺は声を出して応援をしようとアーモンドアイの方を見た。
「……いや、はっっや」
ちょっと信じられないぐらいの速度で外から一気にウマ娘達を飲み込んでいく姿に唖然とした。
出遅れ?それが何か?
あの姿を見てみろ。加速力、速度、ともに文句なんて一切ない。そりゃ変な癖は早めに直したいが、アレを見るともうなんでもいいやって思えてしまうのも事実だ。
まぁ、もし本気で思って行動に移したらそいつはトレーナー失格だが……。
そんなアーモンドアイは目の前に誰もいない位置を取り、アイだけのコースをとんでもない速度で駆け抜けていく。
ただ少しだけ不思議だったのが……。
「まるで、まだ前に誰かいるみたいだ」
目の前の奴を何がなんでも追い抜いてやる。
そんな気迫が伝わってくる。
というか、出走しているウマ娘達を差すことよりも本気の気がする。
目の前を走る何かに追いつこうという強い意志。
そんなアーモンドアイは自分の方が速いのだと示すかのように速度を上げていく。その気迫はまるでオーラを纏っているかのように滲み出ており、ゲーム内ならスキル発動しまくっているような状態だと思う。
「てか、固有ぐらいは発揮してるだろなぁ」
【栄冠を映す瞳】
アーモンドアイに急に出てきたスキルだ。
なるほど、あれが発動でもすればここまでの強さが現れるのかもしれない。
二着争いから二バ身、三バ身と差を広げて行く姿は見ていて本当にかっこいいし、今すぐにアイを褒めたくなってくる。
って、こんな考え事ばっかりしている暇はない。
「アイィィ!!行けぇぇ!!」
最後まで全力で、目の前を凄い速さで駆け抜けて行く姿。親バカというか、トレーナーバカだとは分かっているが、それでもやっぱうちの愛バは最強だな!!なんてことを考える。
そんなアイがゴールを駆け抜けた瞬間、少し強い風が吹いた気がした。
それはアーモンドアイのこれからを祝福しているかのようで、レースでの圧倒的な勝利の興奮とは別に、どこか暖かくて安心できるものだった。
「よし!!よしよしよし!!!」
周りの歓声もすごい。
あーもう、これ競馬なら圧倒的一番人気だったよなぁ!!固定で買えたよなぁ!!!いや、もう単勝だ!!お前しか勝たんよなぁ!!あーもう!応援してる馬……いや、俺の愛バはすげぇなぁおい!!
「トレーナー!!」
「ん?」
どれだけ興奮して変なことを考えていたとしても、周りの声がどれだけ大きくても、愛バの声にはしっかりと反応できる。……やっぱトレーナーっておかしいよな……。
「って!!やめ!走るな!歩け歩け!!」
ウイニングランとは言えないぐらいの速度でこちらに向かうアイを見て焦る。
いや待て待て!止まりなさいって!!
あれだけのレースをしたんだぞ!?足に疲労が溜まってるだろうし、これ以上心配したくない!!お願いだから歩いてください!!俺の心臓のために!!あまり心配をかけると出るぞ口から!!
焦る俺の願いが通じたのだろうか?
アイは仕方ないなぁとでも言いたげな顔でペースを緩める。そう、そうだ。ゆっくりしろ?俺が足の確認するまでは絶対に走るなよ?場合によってはウイニングライブもさせんからな!?見たいけど!!
「一着!」
また余計なことを考えていると、アイが手を伸ばし人差し指を立てていた。
一瞬。ほんの一瞬だが、周りが静かになった気がする。
「ははは」
思わず笑顔になる。
全く、それをやるのは桜花賞勝ってからにしてほしいものだけど……。それでも、俺たちにとってこの一勝はそれほどまでに嬉しくて、大いに喜びを感じたいものだったのだ。
メイクデビューの負けは、辛かったもんな。
だからこそ、想いの全てを溢れさせるように俺も手を上げて人差し指を突き立てた。その俺の行為に見ているお客さん達が、アーモンドアイのファン達が湧き立つ。
「流石俺の愛バだ!!!」
聞こえただろうか?
周りの祝福の声が大きくて聞こえていないかもしれない。でも、それでもいい。
……あの日アーモンドアイと出会った時のことを思い出す。いきなりでビックリして、でもキラキラと光る瞳に吸い込まれそうになった。
あの時以上に輝く瞳。
そしてその笑顔を見れただけで、十分すぎるのだから……本当に、俺はお前のトレーナーになれてよかったよ。
これからもよろしくな。アーモンドアイ。
そんなわけで初勝利です。