うんめいぎつね   作:マイケル行ける

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お泊りの夜には

 

 

 

彼が扉を開けると簡素だが清潔感のある空間が広がっていた。   

 

「いい部屋〜」

 

そう呟いてそのまま部屋に置かれた2つのベットのうちの1つに寝転んだ。

 

パソっ

 

乾いた音がベッドから帰ってくる。それはイザベラ宅での感触とはまた違い、新鮮味があった。

 

「ふぅ~ご飯も美味しかったし」

 

夕食は宿主特製のスープだった。

 

「ベトちゃんに感謝しないとなぁ…」

 

一人で居るため、やけに響いた独り言に彼は笑った。

 

 

 

〜数時間前〜

 

 

ここは街の中心部にある宿屋。カウンターで店主と歩が話していた。

 

「え!?1部屋の料金で4部屋も!?」

 

「おう、特別サービスさ」

 

「…何か目的が?」

 

すぐにでもお願いしようとするのをぐっとこらえてそう質問する。

 

安い 特別  敷金礼金無し

 

この3つの並びのヤバさはお部屋探しをしていた時期に嫌という程身にしみている。タダよりも高いものは無いのだ。

  

(俺の判断が皆の安心睡眠に直結する…!)

 

「何をそんな怪しんでんのか分かんねぇけど、ここ最近客も遠のいていてよ、折角掃除した部屋が使われねぇってもの宿屋としては寂しいもんがあんのさ」

 

その言葉に嘘はないように思えた。

 

「……清姫ちゃん、ダウトチェック」

 

宿主に聞こえないようにほぼ空気のような声で呟いた。だが清姫が歩の言葉を聞き逃すことはない。

 

「吐いていませんよ」

 

客観的事実がここにもたらされる。想い人の嘘以外なら多少顔を顰める程度で済むとの事で背に乗せることの対価としてありがたく嘘発見器として活躍してもらっていた。

 

これにて安心した睡眠が約束されたと確信する。

 

「うちに泊まるかい?」

 

「はい!……ぁ」

 

「よし、それじゃあ」

 

宿主が料金を言おうとするのに待ったをかける。

 

「あの…ちょっち…一旦外の仲間を呼んできていいですか?」

 

「おう」

 

踵を返し外で待っている2人を呼びに行く。

 

「…マズイ…マズイぜ…あんなに疑っておいてお金ないから泊まりませんはマズイ…」

 

歩は焦った。財布はいつも通学用のかばんの中に仕舞っている。そんなものはここには持ってきていない。そもそもここは15世紀のフランス、日本円は勿論の事、現代のフランス通貨なんてのも使えるわけがなく。

 

「…清姫ちゃん…お金持ってないよね…?」

 

「すみません…」

 

本当に申し訳なさそうに言うもんだから

 

「いやいや、謝んなくていいよほんとに」

 

聞いて後悔した。

 

サーヴァントであれ自らよりも歳が下であろう娘にお金が無いと謝罪させてしまったことにとてつもない罪悪感を抱きつつ腕を組み壁にもたれかかったセイバーを発見する。

 

「セイバーさんっ!お金って持ってませんかぁっ!?」

 

首を横に振るセイバー。

 

わかってはいた。召喚されたばかりのサーヴァントがお金を持っているわけがないと、聖杯はお母さんではないのだ。

 

「っし…野宿で行きましょう」

 

「すまない、しっかりと確認しておくべきだった」

 

「いや、俺が先走りすぎちゃったからですよ」

 

何故か歩が先輩風を吹かせ宿を用意すると息巻いて、2人に有無を言わせなかった事が金銭問題の発覚を遅らせたと言える。

 

心機一転ここからは入念な野宿プランを構築する為の話し合いが行われる……

 

「ねぇ、私は?」

 

ところに一つの待った。自らがスルーされたことに対してかなり不満気な表情を浮かべたエリザベートからのものだった。

 

「いやぁ…」

 

別に意地悪でそうした訳では無い。今の歩にとって彼女にお金の有無を聞くのは苦行であった。先程の清姫からの謝罪が彼の心に深く刻み込まれていたからだ。

 

「ふーん、そういう態度でいいのね?後悔しない?」

 

「後悔って?」

 

「先程から何か鼻に付く……」

 

ガサッ

 

清姫の言葉を遮った彼女が近くにあった樽の上に置いたのは、大小3つの布袋だった。

 

「まさか…」

 

彼はゴクリと唾を飲み込んだ、中に何が入っているかはまだわからない、だがこの話の中で取り出されたそれがそれ(お金)じゃない事は考えたくない。

 

「そのまさか……この時代のお金よ」

 

「なっ…!」

 

「あら?どうかしたの?背中に引っ付いてるだけの蛇さん」

 

「ぐっぐぐ…ぎぎ…」

 

歩が振り向かない事をいいことにお淑やかと正反対の表情を浮かべる清姫。

 

「ベトちゃん…いや...ベトさんっ!」

 

「……そこは変えないのね…まぁいいわ、良い?これからは私に忠誠を誓ってね」

 

ノータイムで頷こうとした歩、それを手で制した者がいた。

 

「どうしたんですか、セイバーさん」

 

「少し、気になることがあってな……その袋…どれも使われている布が違うが、まさか持参したというわけではあるまい…どうやって手に入れた?」

 

その言葉にはとてつもない圧があった。竜殺しとして、英霊としての責務……この袋を手に入れた手段によっては腰に携えた刃を抜くことも厭わない。竜である彼女にとってその圧は最早拷問であった。

 

「襲ってきた野盗を返り討ちにして迷惑料として身包みを剥いだの!殺してもないし!」

 

涙目だった。

 

「清姫ちゃん」

 

すかさず嘘をついていないかチェック。エリザベートを疑っているわけではない。その言葉を揺るがない事実として確定させるためのプロセスだった。

 

「嘘はありませんよ」

 

「……そうか」

 

圧が分散した。

 

「すまなかった」

 

深く頭を下げるジークフリート。

 

「……別に構わないわよ…ええ……構わないわ」

 

「本当にすまない……」

 

流石に空気が軽くなる事は無かった。そして

 

(……今の状況で身包みを剥がされるってことは……でもベトちゃんを襲ったわけだし…けどこのお金で泊まるってことは……)

 

ぐるぐるぐるぐる

 

これまで培ってきた倫理観とこれからの戦いに向けた準備の為だという実利的な考えが頭のあちこちを打ち叩いた。

 

だがいつまでも突っ立っているわけにもいかない。泊まるにしても泊まらないにしても宿主に返事をしなければ失礼だ。

 

「ベトちゃん、これさ一瞬で良いから俺に頂戴」

 

「は?一瞬って…まぁいいけど…」

 

その返事を耳に入れた彼は樽の上から3つ袋を手に持つと

 

「ベトちゃん、これあげる」

 

「え?えぇ?」

 

困惑するエリザベート。無理もない。歩の頭が絞り出したのは

 

野盗→エリザベート→宿

 

この形から

 

歩→エリザベート→宿

 

一休さんもびっくりするくらいに無理やり変える事だった。おそらくは人類初のマネーロンダリングだろう。

 

「よくわかんないけど…これから先私に忠誠を誓うならこのお金、使わせてあげる」

 

「ならばァ!……答えはひとぉつ!」

 

 

——————————————————————

 

ここに寝転がっているってことはそういう答えだ。脱いだ上着の懐からマグナムレイズバックルを取り出し、眺める。

 

引き金を引けるようになって強くなった気がしてた。

 

「理性なき者が勝つ道理は無いか」

 

『マグナムシューター40X』

 

「よっ」

 

右手に重み、天井を指す銃口。やっぱり仮面ライダーはカッコよくないと。起き上がってカッコいい構え方を模索する。

 

「うーん…いまいち決まらんぜ…」

 

「いえいえ、とても格好良いですよ」

 

「あっそう?じゃあこれで……」

 

はて、今の声はなんだろうか。この部屋には俺1人、1人1部屋と決めたのだから当然な事だ。だがその声は確実に清姫ちゃんのものであり、それでいて辺りを見渡しても姿形もない。

 

「幻聴……」

 

そういう事にしよう、もしかしたらクローゼットの中とかベッドの下にいるかもなとか考えずに……うん、少し散歩でも行って…ジークフリートさんでも呼んでこよう。

 

半ば現実逃避していた。けど大半そういうときって良い方にはいかないんだよなぁ。

 

ヌッ

 

等速直線運動でベッドの下から這い出てきたのはやはりとつけるまでもなく清姫ちゃんだった。宿主の掃除が行き届いているからか埃一つ無いことに感心を覚えた。

 

スゲーぜ宿主!

 

「なんで俺の部屋にいるん?」

 

「それは…私の口から言わせないでくださいまし」

 

ぽっ

 

俺の質問に顔を赤らめくねくねとする清姫ちゃん。まあ、なんだかんだ1人でいるのも暇だったからいいや。

 

「清姫ちゃん」

 

「はい!なんでしょう!」

 

ベッドの上に陣取って人の上着も乗っ取った清姫ちゃんが嬉しそうに返事する。

 

「恋バナでもしようぜ、ベトちゃんとジークフリートさんも呼んでさ」

 

「むぅ…」

 

お泊りの夜には恋バナって法律で決まっている。法律を遵守する模範的ボーイな俺は足を弾ませてベトちゃんの部屋をノックした。

 

ドンドンドンドン!

 

ガチャンっ!

 

「ちょっと!うるさっ———ガチャンっ!

 

扉が開き一瞬見えるご立腹な様子のベトちゃん、だがそれも次の瞬間には木の板に遮られる。

 

「アルク!なんで閉めたの!?」

 

ドドンドッンドンドンドドンッドンドン!

 

心のリズムが溢れる…!

 

 

 

 

ジークフリートさんが外に出ていた為ベトちゃんのみを追加とした恋バナは俺の頭にできたたんこぶの鈍い痛み以外は滞り無く進んでいった。正確には滞らせる程口を挟む余裕は俺になかった。

 

2人が語ったソレは俺の倫理観、恋愛観と何処か……全てズレていた。

 

「私と安珍様は〜」

 

清姫ちゃん……なんで燃やしちゃったの…入水自殺って…ぇぇ?嘘つかれるのが嫌な理由それかぁ……可愛さ余って憎さ百倍とは言うけどさぁ…。安珍さん清姫ちゃん…どうか安らかに……あれ…俺今安珍って言われてない?

 

「私は〜」

 

ベトちゃん……これ恋バナなんだよ…?スプラッタートークじゃないんだけど…600人…これ恋バナで出すって事はその人達に恋してたってことなん…?

 

キュンとする話でキャッキャとする予定がゾッとする話でキャーキャーしちゃったわ。しかも別に2人とも共感し合うとかじゃなくて互いの話にしっかりとドンビキし合っているってのがこれまた怖かった。

 

「さあ、次はアルク……アンタは普通よね?」

 

「歩様の恋バナ…コイバナ?」

 

自分で恋バナしようと言った手前、自分のことを話さないわけにはいかない、だが大トリを飾るには俺のエピソードは明らかにパワーが不足している。尚且つ清姫ちゃんの中の何かが目覚めかけている。

 

そんな俺が選び取った選択肢は

 

「「ZZZ〜」」

 

子守唄で2人を寝かしつける事だった。一発ギャグ的なもののはずだったんだけど…驚くほどぐっすりと寝てくれて良かったわ。2人に毛布を掛けると部屋を出た。

 

 

夜は空を円で彩っていた。僅かな明かりしか無い街を1人行く。現代人からしたら寒いけど上着を着てきたから安心ね。町中がこれほどの暗い経験は現代だと中々出来ないものだと思う。

 

ジークフリートさんを探しながら街を散歩する。

 

「アルク、どうした?」

 

「うおっ」

 

真横から急に声をかけられしっかりと驚いてしまう。

 

「どうしたってジ…セイバーさんこそどうしたんですか?街を見回るにしてもしっかりと寝ておかないと体力持ちませんよ」

 

巡回や警戒は兵士さん達が頑張ってくれている。竜が現れれば鐘を鳴らし、不審な影があれば武器を持つ。とすれば俺たちがすべきなのは根本をどうにかすることだと思うんだけど…言うは易しか。

 

「……すまない…因縁を感じた為か落ち着かなくてな」

 

「因縁…?」

 

「ああ、俺がここにいるということがこの感覚が間違いじゃない事を証明していると言ってもいい」

 

「竜殺しの因縁っていうとやっぱり竜なんです?」

 

それか竜殺し殺し。そんなくだらないことを考えているのを知ってか知らずかジークフリートさんは真剣な口調で話を続ける。

 

「ああ、そいつは強大で賢く…欲深くまさに邪悪そのモノだった……名を『ファヴニール』と言う」

 

めっちゃ強そうじゃん、ニールのところとか。

 

「でもセイバーさんはそいつに勝ったから英雄になったんでしょ?」

 

言外にもう一度戦えと言っていると取られかねないというのは後になって気がついた。だけど彼は少しばかり目を閉じると

 

「……あぁ…此度も勝つさ」

 

「ありがてぇぜ」

 

「それで結局アルクは何故外に?」

 

誤魔化す理由もバツが悪い以外に特に無いので正直に、恋バナしようとしたら怖バナになって収拾をつけるために2人を寝かし付けたと素直に言った。

 

「個人的な意見なんだが…英霊に愛や恋の話題を振るのは辞めておいたほうが良い…あまりいい思いをしなかった者の方が多いだろうからな」

 

「肝に銘じます」

 

まあ…英霊じゃなくても恋や愛はダメだよなぁ…テンション上がって恋バナ振っちゃったけど……いやでもあの2人のあれってまた話が違うと思うんだよな……多分そこら辺逸脱してるから英雄ってことなんかなぁ。英雄になろうとしたら失格らしいし…根本的に何かが俺たちとは違うのかも。

 

「俺はリフレッシュできたんで戻ろうと思うんですけど一緒に帰ります?」

 

「いや、もうしばらく街を見回っている事にする」

 

そうして俺は1人寂しく宿に舞い戻った。

 

 

「よっ、おかえり」

 

「ども、まだ起きてたんです?」

 

舞い戻った俺を出迎えたのは明かりのついた食卓とワインの匂いだった。

 

「まあ、な…飲むか?」

 

「ごめんなさい、俺そういうの飲めなくて」

 

「…そうかい、立ってるのもなんだ座んな」

 

ギギ…ッ

 

引かれた椅子に腰掛ける。宿主はそれを横目にぐいっと木のコップをひっくり返した。

 

「飲み過ぎは身体に良くないんじゃないすか?」

 

そんな水を差すような俺の言葉に一瞬動きを止め、肩を上げて笑い始める。

 

「あいつとおんなじ様な事言いやがって」

 

ポツポツ

 

2つの点が木製の机の色を変えた。

 

笑い泣きというのを生で見るのは3回目だった。

 

「その人は…苦手だったんですか、ワイン」

 

「不健康な味がするから飲まねぇって……だけどよこうして俺が飲んでんのを笑いながら…」

 

「……仲が良かったんですね」

 

「仲が悪けりゃ…結婚なんかするもんか」

 

それもそうだよな…うん、そうだよな。

 

「…不健康なもんを飲み過ぎちまって……竜が食いついたのは俺じゃなくてあいつらの方だった…まだ実感が沸かねぇんだ…頭がおかしくなりそうで…」

 

ぼんやりと竜の飛び去った方を眺めてた。空には奇妙な円しかないのに。

 

「あいつらって…」

 

「身籠ってた…産まれるはずだったんだ…」

 

竜は彼のこれまでとこれからの愛を同時に奪った。

 

「俺にあいつと一緒にやってきた店を続ける資格なんかねぇと思った…でも終わらせたくも…どうすりゃいい……そう聞きたい奴は竜の腹の中で…」

 

「………」

 

「…腹の中って言ってもよ、どの竜が喰ったのかすらわからねぇ…皆殺しにすりゃ良いのか……できるできねぇは置いといてよ…」

 

「…できたら…どうします?」

 

「…わかんねぇよ…わかんねぇけど……」

 

「復讐の火じゃ飯は作れねぇ…そいつを許せなくて殺しても似た様な奴を見ればまたその火が燃え移る…行き着く先は……先は無いかもしれねぇな……俺から言わせりゃ贅沢だよ、竜の魔女は…先を考えなくていいんだからよ…」

 

彼のそれは復讐への諦めとは違った。彼がやろうとしていることは竜を皆殺しにするなんかよりもフランスを燃やし尽くすなんて事よりももっと複雑で難解で途端に自分が矮小に思えた。

 

彼が語ったのは彼の奥さんとの馴れ初めと日常。聞いてるこっちも微笑んでしまいそうな日々。多分吐き出したかったんだと思う。これもある意味で恋バナか。

 

「答えられればでいいんですけど」

 

「おう」

 

「子どもの名前って決めてたんですか?」

 

少し踏み込んだ質問を投げかけた。

 

「ああ、名前は———」

 

きゃー!

 

店主の言葉を遮ったのは悲鳴。

 

「まさかっ!」

 

外に出た俺たちを照らしたのは街に広がっている炎だった。

 

 

パチパチ

 

オレンジの光に木の枝が弾けるのを眺めていた。子気味の良い音がなっているのに気分は全く晴れない。

 

『仮面の白騎士ギーツ・カメンライダー…彼は街を一つ救った後、竜の魔女に挑んで行方知れずになったと聞き及んでいます』

 

一度は前を向いた。だけどこうやって何もない時、怖くなる。見知った人間が見知らぬ場所で命を落としているかもしれないなんて。

 

命って私が思っているよりも軽いのかも  

 

一瞬そんな考えがよぎるけど体の底から湧いてくる震えがすぐに私を正気に戻してくれる。

 

命が軽いわけがない。だから彼は手を伸ばしたのだから。

 

再び枝を投げ入れようと———ッ!

 

「リツカ、急に立ち上がってどうかしたのですか?」

 

「先輩?」

 

「わかんないけど…何かがおかしい」

 

「何かとは——『途轍もない魔力反応を検知!距離は離れているが…計器が振り切れて…桁違いだ!』

 

「先輩あれは!」

 

遠くの方で光の柱が立っていた。

 

「……行こう!」  

 

今の私にとってその光は恐ろしくも道標のようにも見えた。

 

 

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