私──ユリウス・レグ・ノークスは自身が井戸の中の蛙だと言う事を思い知らされた。
私にとってユニコル王国が自分だけの世界、国と言う名の巨大な鳥籠の中に閉じ籠る哀れな小鳥そのものである。
王国=己の世界と言う認識だったが為、魔王などと言う得体の知れぬ異物など知覚するだけで恐怖するだけだ。
私には争い事など関係ないし戦争は父上や姉上、我が国の騎士団に任せておけば安泰なのだから。
私は自由だ。王子と言う身分に甘んじて金=エアルを見せびらかすと下々が媚び諂い、女共は猫撫で声を発して私を惑わす。
今の内に女達を品定めし、最終的に正室や側室を増やしていく。そうすれば子種を成していける。
我ながら計画的だったと言うのに、現国王たる我が父──オデュッセウス・マグ・ノークスから「この軟弱者が!」と叱責を受けてしまった。
「ち、父上?」
「フェイから全て聞いたぞ。我が息子ながら恥ずかしいぞ」
あのバカメイド!全て覗いて聞いていた上、父上に告げ口したのか!
そう思ってフェイを睨むも、彼女は…。
「いや殿下……それは唯戦いたくないから逃げているだけではありませんか?従者として、王家に仕える身として報告するべき事だと判断したまでですわ」
「うぐっ」
「兎に角、その様な理由で現実から逃げ、淑女を侍らすなど紳士としてはあるまじき事!其方にはセレーネの監督の下、その捻くれた精神を叩き直すとする!」
我が姉……セレーネ・コル・ノークスは気品溢れた美貌を持ちながらも、男の様な口調で騎士団の副団長と言う地位に就いている。
しかし性格は淑女から離れた蛮族顔負けの自我共に認める厳格なスパルタ気質、ハッキリと言えば生真面目女だ。
母上譲りの銀色のロングヘアーをポニーテールに纏め、父上や私と同じ緑色の瞳を宿し、黙っていればお淑やかな王女だと言うのに性格の所為でそれが存分に損なわれている。
男顔負けの勇猛で果敢に魔物に挑む勇姿は誉れあるもので国民達──特に淑女達からは色めいた人気があり、私からすれば淑女達にかなりモテているのだ。
で、その姉上も経緯を知って。
「愚弟よ、其方は何れこの国の王となるのだぞ?その性根、私が直々に叩き直し、本物の王となり得る男にしてやろう!そして後々伴侶となる者を探してみせよ!」
嬉々とした笑みを浮かべて剣を持ち、簀巻きにされて日夜特訓の日々が続いた。
連日連夜で身体の節々が悲鳴を上げた。剣の競り合いでは一方的に負け、動体視力を鍛える為にと弓矢の的当て扱いされ、更には大岩を背中に背負っての登山も強いられた。
この鍛錬と言う名の虐めに耐えられず、真夜中に王城を抜け出して無我夢中に逃げ出した。
そして気付けば王国領内の東端にある小さな村の外れ、その小屋に住む娘に
その娘は何というか、のほほんとした平和ボケしていた何処にでもいる様な少女だった為、何が起こったか分からなかった。
女の力などたかが知れていると思っていたが、軽い一撃
城の者に救助され、権力を翳した事をフェイに話すと彼女は鬼の形相で私を捲し立て、そして「その村に住む少女の下へと案内して頂けますか?」と笑顔で凄まれ、泣く泣く馬車で共にあの娘の下へ赴いたのだ。
……で、現在例の娘──アンジー・ボーンの前にいるのだ。
しかし昨日と変わらず平和ボケしたのほほんとした雰囲気と平凡な顔だな。
赤い髪はルビーを思わせる真紅で、それ以外はこれといった特徴的なものがない……黙っていれば可憐な娘──この私を殴り飛ばす程の膂力がなければな。
私の事など気にもせずフェイが「今の情勢をどうお考えでしょうか?」とアンジーに問い掛けた。
「今の情勢って言うと……魔王って言う奴が皆を困らせてる事?」
「はい……魔王やその配下たる軍勢はこのユニコル王国を始め、世界各地に勢力を伸ばしています。人々は貧困に喘ぎ、魔物共は人々を容赦なく蹂躙して血祭りに上げております」
その通り、魔王軍は強大な力を持っている。我が姉を擁する騎士団でさえも拮抗或いは防御を固めている状況にあると聞く。
「この村も何れ魔王軍の標的とされるかも知れません。アンジー様、貴女は皆を守るお覚悟はおありでしょうか」
「うーん……あんまり分かんないや、要は魔王をやっつけないとダメなんだよね?」
此奴……あんまりにも幼稚過ぎないか?私が言うのもなんだが、魔王はそんな簡単に倒されるとは思えないんだが…。
「魔王は危険ですわよ?大本を叩くだけでは万事解決とはなりません、戦力を削ぐ必要があるのです。……どうやら貴女様の力量を計る必要がありますわね」
フェイは腰に携えていた双剣を構える……やはりこうなるか。
「え、力量を計るって?」
「お言葉の通り、私がどれだけの力があるかを検分させていただきます。おバカな殿下のお言葉はいつも容認出来ませんが、もしかしたら…と言う可能性を信じておりますので」
「何の話?」
今度はハッキリバカと言ったな、このバカメイドめ。
まあ言動は兎も角、フェイの実力は飛び抜けた強さである。
騎士団にも魔法師団にも属せず、我流で此処までの実力を身に着けている。
それによって父上の命で私の専属メイドに任命され、日々夜遊びで王城を抜け出しては彼女に連れ戻されるパターンが多々ある。
「いざ、尋常に」
「え-……」
戦意を滾らせるフェイに対し、小娘の方はそれが微塵も感じない。
そんな状況の中──
「でへへ……イキのいい人間がいるのねん」
ドスン、と重い足音と共に巨大な魔物が醜い笑みを浮かべて我々の前に現れた。