心が地獄へ向かうたび、私の子宮は悲鳴をあげる。   作:田地町 待乃

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第壱章「自宅という名の性地獄」
両親の痴態、そして生理……地獄の始まり【挿絵2つ】


「ぺろっ……んっ……れろっ……」

 

「あなたっ、ああ、あなたーっ!」

 

 ああ、また始まった。両親の営みが。

 

「べろっ……ごくっ。はぁ……」

 

 ベッドに仰向けになってソフトクリームを舐めていた私は、下から響いてくる()()を聞いて、ため息といっしょに全身の力を干上がらせた。

 

 べちゃっ──

 

 ソフトは手のひらに包まれたまま、この顔の横あたりに着弾。

 真夏の室温は、すでに溶けかかっていたソフトをたやすく液状化させて、白濁の染みをシーツに広げていく。

 

 気持ち悪い。

 これと似たようなシミが、今、この真下にある夫婦のベッドにもできるんだ。

 ……って、そんなことを理解できてしまう自分が嫌で仕方ない。

 

 小五の頃に受け(させられ)た性教育は、少なくとも私にとっては悪夢でしかなかった。

 私がアレによって手にしたものといえば、自分という命が産まれた()()に対する生理的嫌悪感、ただそれだけ。

 夫婦が夜に何をしているのかを知らされた、その授業を受けてからの数年間というもの、私は両親の寝室に一度も足を踏み入れていない。

 

 視界の横に広がる()()()()()()()()()()に、何か熱いものをぶちまけたくなった私は、ヘッドボードに乗っていたコーヒーカップを右手に取る。

 ところが、寝た状態でそんなことをしたものだから、持ち手が指からスルリ。

 ソフトに続き、見事、カップも墜落。

 ベッド上のあらゆる布類に、みっともない染みが広がっていった。

 

【挿絵表示】

 

「バカみたい……」

 

 なんて吹きつつ。このただれた情景、私にはちょうどいいか、とも感じた。

 こんな引きこもり少女に、きちんとメイクされたベッドなんて似合わない。

 

 もう、何ヶ月も外には出ていなかった。

 勉強になっていない授業。何も習えない学校。

 先生たちの教育を無視して、ただ自由な雑談に興じるだけのクラスメイトたち。

 流行に乗って、価値観(はなし)を合わせて、激しく慣れ合っていく、自己を持てない空間。

 

 少しずつ、少しずつ、彼らのことを化け物のように感じてしまう私が出来上がっていった。

 そんなクラスメイトたちと同じ制服を着て、同じ教室へ通っていると、自分もまた化けてしまいそうになる、あの怖さ……耐えられなかった。

 

〈悩んだときは、周りの大人たちに相談しようよ! 大人っていうのはさ、悩んでる若者を助けるためにいるんだからさ!〉

 

 テレビでもラジオでも、よくそんな言葉を耳にする。

 それならと、よく挨拶をし合う近所のオジサンオバサンたちに、今の悩みを相談してみると、

 

〈イジメられてるわけでもないのに、どうして〉

 

 必ず、そう訊かれる。

 

 じゃあ何? イジメられてさえいれば、学校へ行かなくてもいいの?

 『イジメ』を登校免除のパスポートにしてしまったら、絶対、学校行きたくなさゆえに“誰かに自分をイジメさせる子”とか出てくるのに。

 私だって、自分を棄てなければ生きられない世界から離れられるのなら、自分で自分を傷つけて「イジメられてる」と噓を吐くと思う。

 

 でも……まあ、そうか。

 きっちり九年以上、学校に通いきった人たちからすれば、私のほうこそが化け物なんだ。

 

 化け物といえば。今この下で吠えている二体の獣も、それから、毎日毎日うちを訪ねてきて、私に再登校を強いてくる担任教師も、まさにソレ。

 両親のあえぎに混じって聞こえてくるのは、教師(あいつ)がそこのドアを叩きつづける、安い大太鼓みたいなあの打撃音。つまり、いわゆる幻聴ということになる。

 つくづく、大きな音を出すのが好きな人たちだな、と思った。

 

 三鼎(トリプル)のストレスに襲われた私は、いつもどおり、()()()片手にイカガわしい行為へ堕ちていく。

 それはもう、下の両親と競い合うような荒い息を吐きながら。

 

 こういう腐った本は、全部ネットで買った。

 両親とも不在になる日をあらかじめ押さえておいて、その日に宅配が届くように指定する……という方法。

 だから私の受信箱には、しばしば『anLzon co jp』という大手通販サイトからのメールが混じる(二文字目のnが異様にボヤケている他、Lは小文字のように背が低いのが奇妙)。

 

 つまり私は、宅配員の人には問題なく応対できているということになる。

 時々、思うことがある。〈私って、コミュニケーション自体に苦痛を感じる引きこもりじゃなくて、ストライキ的な意味で引きこもるタイプなんだろうな〉と。

 

 それから“腐った本”とはいっても、それはソフトクリームやコーヒーによって紙が腐ったという意味ではなくて、内容そのものが腐っているということ。

 ──あえいで、感じて、失神しそうになるような行為に溺れても、本当に失神することができない限り、この心は一時間もしないうちに虚無でいっぱいになる。

 

「っ……」

 

 結局、こんなことでしか自分を救うことができない私という人間が嫌になって、私は薄い本を遠くへ放り投げた。

 ああ、いっそ失神してしまえたら……!

 そして上手い具合に、この頭蓋めがけてベッド脇の『細長い棚』が倒れてきたりしたら、ラクになれるのに。

 

「はぁ……」

 

 重すぎる体を引きずって、何もなくただ広いばかりの自室を移動。

 大きなデスクトップPCが設置された台の前に座るたび、私は(ほそ)やかな罪悪感にさいなまれる。

 それは、背後の床に散らばった薄い本のせいじゃない。

 父の困り顔といっしょに、

 

〈こんな広い部屋で、大型テレビを観て、立派なパソコンを使って、毎晩セミダブルのベッドで寝て、何を文句を言うことがあるんだ〉

 

 そんな、低くてトゲトゲした声が甦ってくるからだった。

 

 偉そうな父も今現在は、私の真下にある空間で、うなりったり雄たけびをあげたり、ときどき母の名前を叫んだりしている。

 母のほうは母のほうで、()()()()みたいな鳴き声にそえて、

 

「あなたっ、ああ、男の子! 男の子が欲しいのぉおーっ!」

 

 と、私という女子の存在を頭から否定してくる。

 うん。分かり切っていた。母が、娘に聞かれても構わないという思いで──あるいは、私に聞こえるように──それを叫んでいることくらい。

 なぜなら、男の子が欲しいと母が言い始めたのは、私が不登校になった直後以降だから。

 

 言ってやりたい、

 

〈そんな広い寝室で、大きな声を出して、弟を作るという“ご立派な”大義名分のもとに、ダブルのベッドで毎晩()()()()して、何を文句を言うことがあるの?〉

 

 ……って。

 だから私は数日前、たった一人のメル友に対して、

 

[最近、家の中にも居場所がないみたいで]

 

 と、書いた。

 

 私のメールボックスにおいて、例の『anLzon』をはじめとする企業からの連絡は、ほんの“歩行人B”とか“客A”のようなチョイ役(モブ)でしかない。

 『送信元』欄のほとんどを埋め尽くしている主役は、『cheppo』すなわち、私にとって唯一の理解者といえるメル友のハンドルネームだった。

 私と似た境遇の彼に対して、いつしか悩みの全て、苦しみの全てを語り尽くしている自分がいた。……ただし、性的なコト以外。

 

 電源の切れたモニターにぼんやり映るのは、美しいとも醜いともつかない、没個性的で地味な私の顔。

 それでもPCが起動する二分弱の間に、私は眼鏡をつけて三つ編みをセッティングした。

 特に意味はないけど、やっぱりcheppoさんと話すとなると、最低限、身だしなみを整えたいと思う自分がいるのかもしれない。

 まあ、さすがに寝間着からドレスに着替えようとまでは思わないけれど。

 

[この間サイトを見つけました。先生の名前を書き込んじゃおうかどうか、迷ってます]

 

 今夜は、そんなことを訊いてみる。

 ターゲットは親でもクラスメイトでもなく、教師だった。

 

 なぜなら、両親やクラスメイトは、私に実害をもたらしてこないから。

 極端な話、私がスルーを決め込んでいれば、彼らはこの体に──心にも──かすり傷ひとつ負わせることはできない。

 でも先生は……例えば、この部屋のドアの鍵が壊れていたりしたら、簡単にここへ入り込んできて、私を外へ引きずり出そうとする人だと思う。

 

 そういう悩みもまた、cheppoさんに話し尽くしてきた。

 彼は、私が感じたこと・思ったことをそうしてリアルタイムに話せてしまうほど、ピタリと波長が合う相手だった。

 私にとって、そんな人は他に誰もいない。

 

 インターネットでのやりとりなんて本当の人間関係とは言えない……大人たちはよくそう言う。

 それなら、私からパソコンとメル友を奪って外へ引きずり出すことが、正しい世界の在り方なの?

 引きずり出された私は、どうやって生きればいい? どこに居場所がある?

 居場所がないなら探せばいいんだよと、くだんのオジサンオバサンたちからは言われた。

 どこの国のどの場所を? こんな社会経験ゼロの小娘がどうやって?

 異世界にでも転移しろって言うの……?

 そんなことより、私は欲しい……ホタルみたいに、この暗闇を照らしてくれる救世主(メシア)が。

 

 圧倒的な孤立感に襲われた私は、手当たり次第にcheppoさんからのメールを再読していった。

 徐々に、潤いを取り戻していく心。

 

「…………!」

 

 私はハッと立ち上がり、この椅子と扉との中間地点あたりに散らかっていた薄い本を拾うと、それを隠すように全部本棚へ仕舞った。

 こんなのがなくたって、私は生きていけるんだから。

 そういう気分にさせてくれたメル友に、私は心から感謝していた。

 

 でも……

 

 次の日もまた、繰り返されるドア太鼓(ティンパニもどき)の野蛮なリズム。

 またcheppoさんと話そう……そう思い、ベッドを出て立ち上がったところで、

 

「うッ……」

 

 教師の打ち鳴らす重々しい低音と一緒に、この下腹部にも似たような重苦しい鈍痛がはしる。

 

【挿絵表示】

 

 脚と脚のあいだに両手首を()れ、前かがみになる私。

 ああ、()()

 私が、教師以外では唯一“あいつ”呼ばわりをしている相手……生理が。




 こんな感じで、思春期女子の悶々とした性と苦痛(性の苦痛、ではなく!)を書いていく予定。
 2枚目の画像の勾玉模様は、この無印第十二話と同監督の作品である『うた∽かた』へのオマージュ。あちらも「少女の性と苦痛」を鋭く描いた作品なので。

 では以下、少々補足を……

●ヒロインの言葉遣いがときどき荒い件について
 このヒロインが深沢先生を「あいつ」呼ばわりしているのは、前の回(第十一話)の次回予告です(輪入道さんとの対話にて)。
 本編では割と抑えた感情表現をみせる人物ですが、次回予告ではなかなか烈しい面を聞かせてくれます。

●薄い本について
 Aパートの半ば過ぎ、
[この間サイトを見つけました。先生の名前を書き込んじゃおうかどうか、迷ってます]
 と言うあたりで、床にポツリと、雑誌のようなものが散らかっているのが確認できます。
 言うまでもなく整然としすぎた部屋で、微塵の飾りも散らかりも皆無なのに、なぜかそこにだけ本が散らかっているんですね。
 勉強するための書物なら机の上に散らかるはずだし、床に寝転んで読むマンガなどにしては妙に薄い……
 なぜあんな場所に書物が散らかる必要があるのか。
 というわけで、今回のような独自解釈に至った次第です。

●『anLzon co jp』wwwwww
 そう見えるんですwwwww
 Aパート、PCのモニターが何度目かに映る際に、ぼんやり確認できます。

 その他、「細長い棚」「異世界」「メシア・ホタル(飯合蛍)」など、拙作『引きこもり少女は異世界において神である(物理)らしいので、神力(インチキ)によって悪と戦います!』につながる伏線も配置しましたので、お見逃しなく……!
https://syosetu.org/novel/365011/
 ※細長い棚は実際、公式本編に映っています。
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