心が地獄へ向かうたび、私の子宮は悲鳴をあげる。 作:田地町 待乃
今回、内面描写がやたら重いのは、このヒロインがなぜ教師を地獄へ流そうと考えるに至ったか……その部分を筆者なりに掘り下げてみたかったためです。
このあたりの彼女の思考には、放送当初より「短絡的すぎる」「視野が狭い」「恩をアダで返している」という意見がありましたからね。
このヒロインと似た部分の多い筆者(境遇的にも性格的にも)としては、最初の最初から共感しかなかったわけですが……
ともあれ、そうした批判があった以上、このヒロインが地獄通信にアクセスするに至った心情をしっかり描いておかなければ、本作ならびに姉妹作の『引きこもり少女は~』までも説得力を欠いてしまうかなーと思いましてね。
うーん、やっぱり2005年に不登校ネタは早すぎたのですかねぇ。
そこから20年経って、小生としても、ようやくこうしたものを公開できる時代になってきたのかな? と感じている次第です。
文字通り、“時代が変わる”のを待って執筆・公開を決めたようなところはあります。
「クっ……ぁああぁぁぁっはぁっ」
ああこれは
言っておくけど、私は子供なんて作るつもりは毛頭ない。
一人娘に向けて毎晩毎晩「男の子が欲しい!」と叫ぶような母親の姿を見ていれば、子供を産むことに女の幸せなんてないんだと信じて生きるしかなくなるから!
ことに、その母自体の血を受け継いでしまっている私であるなら、なおさら。
「や……めっ……て! あぁぁっ」
それなのになぜ、生理はこうして私をさいなむの!?
どうせ私はこれから、“子供を産む気のない女”として、社会からの白い目に耐え忍んで生きることになるんだ。
それなら放っておけばいいじゃない!?
私はもう自分の人生なんかとっくに諦めているのに、この
ドン! ドン! ドン!
この苦痛に拍車をかけるのは、担任教師がしきりに叩きつづけるドアの音。
ああ、下腹部が重い! 腸を絞られる! 子宮が圧迫される!
ドン! ドン! ドン!
下半身を責める生々しい悩ましさが止まらない! 苦しい! つらい!
ドン! ドン! ドン!
私はドアのほうをにらみつけ、
「殺してやるっ……。お前を、殺す」
届かぬ声で死刑判決を言い渡した。
流してやろう、あいつだけは地獄へ。
不登校になってから、生理のつらさが倍増している。
初経は小五の頃……まさに例の“悪夢の性教育”を受けた直後のことだった。
すがるような想いで、このつらさを母に打ち明けると、
〈お母さん軽いほうだったからよく分かんない。これ使ってなさい〉
実にそっけなく、生理用品と痛み止めを突き出された。
思えば、あの日からだった……母との間に、大地の裂け目が生じだしたのは。
それでもあの頃はまだ小学生。クラスが学級崩壊しているようなこともなかったから、学校で他愛のない遊びや雑談をしていれば、それなりに明るい気分になることはできていた。
今の私立中学に入ってからも、まだ明るい私は息をしていたと思う。
それから一年ちょっと。私のなかにあったポジティブな芽は、全て枯れるか刈られるかしてしまった。
この人生に残ったのは、荒野と廃墟だけ……。
その夜──
背後のドアの上にかけられた、そっけない時計へ振り向く。
「ウっ……」
痛み止めは飲んだけど、それでもこうして体をよじると、まだ下腹部で淫らな苦悩が膨張する。
時刻は二十三時。
私の年齢なら、とっくに夢の中にいなきゃいけない時間だった。
あと一時間すれば、ウワサの復讐サイトにアクセスできる。
今日こそ、私をむしばむ人生のウィルスを、『地獄通信』というフリーソフトによってクリーンアップしてしまおう。
生徒を心配してドアを叩きつづける教師のことを、今、その生徒自身が地獄へ流そうとしていると知ったら、大多数の人間は“短絡的すぎる”とか“恩をアダで返すな”と感じるに違いない。
でも、私にとって、この状況はもう限界だった。それは、この心が弱い──もちろんそれもあるけれど──という以前に、人間の本能として。
というのも、こうして引きこもっていると、神経が過敏になってしまって、小さなノイズも大きく拡大されてしまう。
でもそれは、よく巷で云われるような、“外に出ないから気分が解放されなくて細かいことも気になるんだ”という単純明快な理屈とは違う。
不登校になると、周りの人間から注がれる雰囲気とか言動から、自分が“普通じゃない”ことを徐々に思い知らされ、やがて、
〈ああ、自分は責められる立場にある人間なんだ〉
と、心に刷り込まれる。そしてそれは永遠の十字架となってこの背中に重くのしかかる。
その結果、先生の行ないを“
こういうの、当事者なら誰でも理解してくれるだろうけど、非当事者からすれば、まさに“化け物の論理”なんだろう。
でも、生理や母親のことなんかも含めて、引きこもり少女には複雑すぎる事情や感情がたくさくあるんだってことに、彼は全く気づこうとしない。
不登校になった生徒の心がどんな状態にあるのか、彼は少しも考えようとしない。
私がcheppoさんに言ったことのある[私の気持ちなんてお構いなし]という言葉は、まさにそれを意味する。
そして判決。私の心の中にいる裁判官たちは、彼に対して極刑以上の“地獄落ち”を言い渡した。
いろいろ考えているうちに、時は満ちた。
午前零時、零分零秒。
眼前のモニターだけが不健康に輝く、この暗闇の部屋で、眼鏡だけを青白く光らせる私……ああ、化け物だ。
私は、思い切って地獄通信にアクセスした。
ぼうっと、
私は、迷うことなく担任教師の名前を入力、レストランの
とたん、
「呼んだ?」
背後から凍てついた声。
「っ……!?」
声にならない驚きの息とともに振り向くと、そこには古めかしいセーラー服をまとった白黒の少女。
肌と襟が純白、髪と服が漆黒だから、コントラストがものすごい。
なんだか彼女…………寂しそう。
私の抱える俗っぽい寂しさより、ずっと冷たく澄んでいて、それがかえって圧倒的な救いのなさを物語っているように思えた。
それにしても、こういうことって本当にあるんだ……。
ドアを開けることもなく、ここへ入ってこれるような人(?)が、この世に存在するなんて。
それでも、それでも……
誰かがそっとここにいてくれる、そのことが、こんなにも温かいなんて。
この部屋に私以外の人間が足を踏み入れるの、どのくらいぶりだろう?
小学生の頃は、よくここへ女友達を呼んで遊んだけど、そこから継続している友情は一つたりとも存在しなかった。
でも、この地獄少女なら、ここにずっといてくれても構わない……って、この心のどこかがささやいている。
彼女にシンパシーを感じてしまった依頼者は、悩み相談をしてしまったりとか、恋をしてしまったりとか、起こりえると思う。
そう……彼女、不思議なたたずまいではあるけど、決して化け物ではなかった。
何もかもから孤絶したような猫型の眼は、ぶれることなく真っすぐに闇を見つめている。
冷たくてザラザラした藁人形を手渡された後、私は地獄少女から、このシステムを使う条件を聞かされた。
要約すると、地獄通信はフリーソフトではないらしい。
確かに。なんの代償もなしに復讐してくれるなんて、ちょっと
つまり……この藁人形の赤い色の糸を解けば、憎む相手が地獄へ流されると同時に、流したほうも死後の地獄落ちが確定するらしい。
さあ……どうしようか。
私は藁人形を抱いたままベッドへ戻り、バタッと仰向けに倒れ果てた。
「地獄って……どんなところ?」
独り言をつぶやくと、その声は暗闇に呑み込まれず、なぜかパッと再登場してきた地獄少女が受け取る。
「問い合わせ欄は、ないから」
地獄通信というサイトには、問い合わせフォームは存在しませんよ、ということ?
そしてまた、スッと消える……けれど彼女、去り際に何か異様な波動みたいなものを放ったように感じなくもなかった。
かと思うと突然、
「ひゃっ!?」
轟音を立てて破られるベッド脇の壁!
たちまち私の
何が起こっているの!?
今回の藁人形手渡し部分をはじめ、本編と被る箇所は、悩みに悩んだ末、“ヒロインの独白”のみで済ませることに決めました。
さすがに公式本編を文章でなぞることが許されるほどの筆力を、小生は持っておりませんので。