異世界転生したら岐阜だった   作:金木桂

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偶には二次創作を書きたくなった。


岐阜ではなくGifuだった

 

 ───何故こうなったのだろう。

 

 白鳥遊由(しらとりゆゆ)は目の前に迫る銀髪美少女に両手を力づくで抑えられて、些か一人暮らしには大きすぎるベッドに押し倒されながらそんなことを考えた。このベッドは一人暮らしから二人暮らしに遷移するにあたって、1LDKの部屋だとベッド二つを並べることが物理的に不可能という現状から既存のシングルサイズを中古で売り払いダブルサイズへランクアップさせたものだった。決して夜の営みを意図した変更ではない。

 

 割とガチ目に抵抗をしている遊由であるが同居人である銀髪美少女の腕力は現代人離れしていて尋常ではなく、樹齢1000年を超える大木の幹でも押しているかのようにビクともしない。まあそれはそうだ。特殊な力はあるとはいえ、基本的にただの女子大生でしかない遊由に対してリヴィアは異世界人だ。しかもその世界では姫様を守る側近としてくる敵をばっさばっさと刀で倒すような、いわゆる騎士であったらしい。スポーツすら嗜んでいない非力な女子大生の遊由に腕力で勝てるはずがない。

 

 脳内が発する謎の危機感に従って遊由が必死に抵抗を続けていると、綺麗なリヴィアの顔が近づいた。日本人に見ることは出来ない純度の高い銀髪に整った流麗な顔立ちに思わず怯んでいると、耳に囁かれる。

 

「遊由殿が悪いのですよ?」

「わ、私……?」

「某を誑かしているのに、遊由殿は素知らぬ顔で他の男にほいほい騙されそうになって、挙句の果てに惣介殿の家には通い妻をしていますよね。あんなに愛の言葉を言ってくれたではありませんか。一つ思い違いをしているようですので言っておきますが───某にも限界というものがあるのです」

「か、通い妻……!? てか愛の言葉ってなに!? 言った記憶が無いけど!?」

「某にも考えがあるのですよ。……本当に望まないのでしたら、遊由殿がその口で言ってください」

 

 や、やめ……!

 リヴィアは遊湯の寝巻のボタンを外していく。緩慢と繊細なガラス細工を扱うような、いじらしい手付きで寝巻の隙間に指を差し込むと、遊由の腹部から胸元にかけてを撫でるように指を走らせる。完全にそういう空気感になっていて遊由は頬を紅潮させる。

 何とかリヴィアの暴挙を止めさせようと口をパクパクさせるが声が出ない。遊由は天然かつ流されやすい体質であった。またパニックにもなっていた。

 ───なんでこんなことになったんだろう。

 数秒前に過った思考が反芻する。

 

 原因の根本を話すならきっとそう。

 全ては岐阜市に引っ越してしまったのが良くなかったのだろう。

 

 

◆◇◆

 

 

 白鳥遊由は岐阜県の田舎に生まれた転生者である。

 前世はただの引っ込み思案で友達の居ない男子高校生だった。趣味は読書とゲームで、特記すべきことが無いほど平均的な暮らしを送っていたある日、突如雷に打たれて死亡。転生することになった。

 転生する直前に遊由は神様から特典を一つ貰っていた。この辺の話は遊湯からしてもネット小説で何度も読んだ展開だったので理解早い。つまるところ要約すれば『ごめ~ん死ぬべきじゃない人間間違って殺しちゃったテヘペロ! 異世界転生させるからその代わりに何か欲しいもの言ってね!』という感じで、まあそれはもう本当にテンプレートな流れだったので詳細は省略する。

 

 遊由はそこで特典として水属性魔法の才能を貰った。なぜ水だけかと言えば、全属性使えるよりも何かに特化していた方がキャラが立っていてカッコいいという非常に高校生らしい、或いは中二病すぎる理由からだった。

 

 これでファンタジーな異世界に転生しても優位に暮らしていける……!

 

 赤ん坊に転生してそんな優位性に内心ニヤニヤとさせていた遊由であったが、そんな思考回路も転生して数日で崩れ去ることになる。

 

 まず、ここは現代日本であった。異世界であることには違いないのだろう。ただこの世界は恐ろしいほどに前世で暮らしていた遊由の世界と類似した───というかサイゼの間違い探しレベルで目を凝らして探さねば相違点が見つからないほどに現代日本だった。類似点は数えきれないくらいで、違いなんてきっと宝くじの番号レベルの仔細でしか存在しないと後の遊由は語る。つまりはこの時点でファンタジー魔法の使い道、消失決定。

 

 次に、遊由は女の子になっていた。前世で健全な男子高校生であった彼女だったので最初こそ困惑はした。しかし、遊由にとっては意外なことに、時間の流れと共にそこまで違和感を覚えなくなっていた。きっと赤ん坊のころからある程度自意識があったからだろう。ただ趣味嗜好や相手に求める性的傾向はやはり前世をかなり引きずっており、大学生になってもなお遊由は男と過ごす方が気が楽と感じるタイプだし付き合うなら女の子だろとも思っていた。まあ後者に関してはアブノーマルなので一生独身だろうなぁと言う確信も同時に存在したが。閑話休題。

 

 そうして時間が飛んで、遊由は18歳になった。

 遊由は大学進学を機に片田舎から岐阜県内では都会である岐阜駅周辺での一人暮らしを始めることになった。1LDKだ。6畳の個室に10畳のリビングと一人暮らしには十分な広さに加え、オートロック付きの防犯完備物件である。全ては遊由の両親が、前世が男であるが故に時折発露させる娘の危うさを心配したために相場より大分高めの物件を借りたのだ。そんな快適物件で気ままな一人暮らしを謳歌しながら毎日バスで30分ほどの大学へと真面目に毎日通学していた遊由は大学前期の単位を全て取り切り、悠々自適で暇しかない大学生らしい怠惰な夏休みを送り、大学後半戦が始まって間もない10月5日のこと。

 

 スーパーから買い物帰りの最中、血まみれの銀髪騎士と出会ったのだ。

 

「もし、そこのお方」

 

 うわぁ話しかけられたと遊由は肩を震わせた。

 何せ時代錯誤……というよりも最早コスプレとしか言えない衣装を赤色のシミで染め上げて、手には凶器と思わしき刀が握られている。よく見れば白い四肢にすらりと均等な筋肉を纏わせ、端正な相貌には世にも珍しい青と緑のオッドアイズの瞳が嵌め込まれており、総括して現実離れした美しい容姿の少女であったが、そんな類稀なる容姿も現在の事件性しか感じないスプラッター的風貌の前では目に入ってこない。ぶっちゃけ超ド級の殺人鬼にしか見えなかった。

 

 そう言えば昨晩もこの近くで人為的な犯人不明の爆発事件があったとニュースで報じられていた。遊由の脳内で明日の岐阜新聞一面が人斬り抜刀斎出没と報じられている様が目に浮かぶ。いつから岐阜の治安は壊滅してしまったのだろうか。

 

「え、え……ええと、殺さないでください」

「殺しませんが……少しお聞きしたいのですがここは何処でしょうか?」

 

 どう見ても日本人に見えないヨーロッパ系の見た目だが想像以上に流暢な日本語である。

 ウロウロと小動物のように遊由は左右を見るが、道行く人は遊由の助けを求める視線など目に入らないとばかりに無視して足早に去っていく。言うまでも無いが遊由がどうこうと言うのではなく、血塗れになって帯刀までしているヤバげな少女に関わりたくないというのが行き交う人々の本音だった。田舎の空気は都会と比べて暖かいと言うが、県内でもトップクラスで都会たる岐阜では本当に命に関わるようなシチュエーションを除けば結構困っている人間に対して冷たかった。

 諦めて遊由は血塗れ少女の問いに答える。

 

「岐阜です」

「なるほど……。もう一つ、某の主を見はしませんでしたか? 金色の髪をしていて、年は13歳です。大変お美しい方なので、きっと一目見れば記憶に残っていると思うのですが……」

「見てませんが……ところでその血は」

「ああ、ご安心を。これは全て返り血なので某は怪我していませんよ」

 

 いやそういうことを心配したわけじゃないんだけどな。

 遊由はそう思ったが口には出さなかった。どうも現代日本人としての常識と目の前の刀を持った少女の常識が噛み合っていない。

 

 しかし、ここまで話していて思うのが物腰柔らかな態度に丁寧な言葉遣い、見た目以上に危険人物には到底感じない。良い人と断じるには流石に早すぎるが、それでも訳アリなだけで悪い人じゃないと考える程度には徐々に遊由の警戒心が解けていく。このチョロさが遊由の両親が娘を心配する理由の一端なのだが、本人は無自覚のため眼前の少女に一歩踏み出した。

 

「その服の汚れ、目立ちますよね。一先ず落としてあげるのでちょっとこちらへ」

「は、はい。確かにこの汚れで町中を歩くのは目立つのでそうして頂けると大変ありがたいですが……」

 

 少女の目には"どうやってこの場で血の汚れを落とすんでしょうか?"という疑問が明々と宿っていた。それに気づかないまま遊湯は周囲の怪訝な視線を引き連れながらも裏路地に連れて行くと、水属性魔法を行使する。

 

 転生直後の最初期、遊由の水属性魔法はこの現代日本においてあまりにも使い道は少なかった。コップに注いで飲み水にするか、敵にハイドロポンプするかの二択である。前者は元来水で困らないお国柄である日本の中でも特に水源が潤沢な岐阜という土地において大きな有用性は無く、後者はそもそも襲われない限りは使うこともない上に一度使えばコンクリートすら砕いてしまう危険な魔法だったために人や動物相手に使ったことは一度も無い。

 だからせめて有用な魔法を発明したいと遊湯が数年の歳月を費やして作ったのがこの洗濯魔法である。

 例えどれだけ泥で服を汚したとしても、洗濯魔法を使えば着たままの状態で服の汚れを丸っと洗い流し、加えて仄かにフローラルな甘い香りを付けることも可能だ。おかげで人間洗濯機と化した遊由は1人暮らしを始めて以降一度も洗濯機を使わず、何ならこの魔法は身体にも使えるため、夏場だろうがお構いなしに同じ服を一週間着続けた上で風呂にも入らない所謂『風呂キャンセル界隈』のずぼら人間になったのは言うまでもない。

 

 そんなある種では業の深い魔法を使うために淡い水色の魔力発光が遊由の手から放たれると、次第に少女の服から赤いシミが落ちていく。

 

「お、おお! 汚れが消えていきます! ありがとうございます! 貴殿は魔法が使えたのですね!」

「こ、これはナイショでお願いします……」

 

 消え入りそうなほど小さな声で言う遊由に感心した様子の元血塗れの少女。ただ腰に佩いた刀は依然と存在感を主張しているために物騒さのランクはあまり変化していない。

 完全に汚れが落ち切ったことを確認すると遊由は魔法を止めた。

 

「申し遅れました、某はリヴィア・ド・ウーディスと申します。リヴィアで構いません」

「ご、ご丁寧に……白鳥遊由(しらどりゆゆ)です」

「では遊由殿と」

「ど、殿……?」

「どうさかれましたか?」

 

 時代錯誤にもほどがある。敬称で"殿"を付ける時代など当の200年前以上に終わりを迎えて、今じゃ"さん"がメジャーだろう。

 それに初対面から名前呼びとは……。

 思わず遊由はリヴィアの言葉にびっくりするが、慌てて首を横に振った。

 

「なんでもありません。ところでリヴィアさんはどうして───」

 

 そこで聞き馴染みのあるパトカーのサイレンの音が耳朶を打つ。

 リヴィアの腰元に視線が伸びる遊由とは対照的に、リヴィアは不思議そうに目を見開いて音の方向へと顔を向けた。

 

「何の音でしょうか? どうも辺りが騒がしいみたいですが」

「リヴィアさん、逃げましょう!」

「……はい?」

 

 訳も分からないという顔をしたリヴィアをスルーして遊由はその手を掴んで走り出した。

 ───その場では助けられなくとも、おかしな格好をした帯刀血塗れな危険人物と気弱そうな女子大生が裏路地に行った場面を目撃して警察に通報しないほどここの住民たちは薄情ではなかったらしい。

 

 

───10月5日 19時12分───

 

◆◇◆

 

 

 まだ住んで半年ほどの岐阜市初心者である遊由が、目立つ格好をした少女を匿える場所など自宅以外には存在しない。

 自宅までのショートカットとなる細い裏道を駆使しして人気の無い道を進むこと数分、遊由はセキュリティーばっちりの五階建てマンションへ帰投することに成功していた。横には有無を言わさずに連れてこられて状況をあまり呑み込めていなさそうなリヴィアの姿もある。因みに遊由も状況を読み込めないまま勢いで自宅へ連れてきてしまったためどうしてこんなことをしてしまったのか分かっていない。遊由はパニック状態であった。

 

「勢いで連れてきちゃってごめんなさい! お、お茶淹れますね」

 

 リヴィアをリビングに置いたソファーに座らせると遊湯は電気ポットでお湯を沸かす。その様子をリヴィアはしげしげと珍し気に観察する。

 沸いたお湯をコップに注ぎ、インスタントの緑茶を振りかけると一つをリヴィアの座る前の机に置いた。

 

「あのーどうして某をここへ?」

「えっとつい……」

 

 遊由はリヴィアの視線にたじろぎながらずっと気になっていた物騒な代物に目を配る。

 

「そ、それ刀ですよね? だから警察に通報されたんじゃないかなって」

「警察……ですか?」

「警察を知らないんですか? えーともしかして正しく日本語が伝わっていないのかな……」

「いえ言葉は分かるのですが某がその、遠い異国の地からやって来たもので何分この国の事情に精通していないのです」

「遠い異国の地、ですか。異世界転移みたいですね」

 

 リヴィアは少し言いづらそうにそう説明した。

 自身が異世界転生をしている以上遊由はそこまで不審がることもなく受け入れた。きっと目の前の騎士風の美少女は異世界からやってきた騎士なのだ。じゃないと異国情緒溢れる騎士風の衣装を着て帯刀している姿に説明が付かない。

 

「警察というのはなんというか、地域の治安を維持している組織です」

「ほう。つまり衛兵みたいなものと。この国では刀は違法ということでしょうか?」

「銃刀法違反ですね。確か刃渡り5……とか6㎝以上の刃物は携帯してはならない……みたいな感じだったような」

「なんと!?」

 

 曖昧な知識で不安そうに語る遊由。この辺の法を気にして生きたことが無いので正確に法律を把握しているわけではなかった。

 ただ刀は100%アウトであるのは間違いない。

 

「ではこの刀はどこかに隠さねばならないですね」

「駅前にロッカーがありますよ。大型の物を使えば入るかと」

「おお! ではそれで……ああでも某、今は持ち合わせが……」

 

 遊由のアドバイスに一旦は喜びの声を上げたが、すぐに現状を思い出したリヴィアはがっかりと肩を落とした。

 

「あのー……お金が無いということは、今夜泊まる場所とかも無いんですか……?」

「はい……面目ないですが……」

 

 ホームレス騎士という言葉が遊由の脳裏を過る。いや、服装を照らし合わば落ち武者ならぬ落ち騎士なのかもしれない。

 

「では取り敢えず今晩はここに泊まりますか?」

「良いのですか遊由殿!?」

「部屋も広いですし良いですよ」

「かたじけないです……!」

 

 簡単なことだという表情で遊由は頷いた。既に目の前の騎士然とした少女に絆されきった遊由は完全に警戒心を解ききり、善意で提案してしまっている。遊由のチョロさを物語る一件である。

 リヴィアもこれ幸いとばかりに感謝しながら遊由に頭を下げた。

 

 それから夕飯の肉じゃがを作ってリヴィアと遊湯は一緒に食べた。リヴィアは顔を綻ばせながらジャガイモを食べるもんだから遊由もそれを見てニコニコと微笑ましい気持ちになって、ファーストコンタクトとは反して楽しい食卓となった。

 

「某は人を探しています」

 

 食後、リヴィアから改めてそう切り出された。

 

「某の主もこの何処かにいるはずなのですが皆目見当つかず……遊由殿、人探しを本職とするような人間に心当たりはありませんか?」

 

 リヴィアの言葉を聞いた遊由は反射的に一人の人物を思い浮かべた。

 

「探偵事務所に依頼するというのはどうでしょうか? 実は私の従兄が探偵でして、個人なので難しい依頼は無理ですが岐阜県内の人探しくらいなら請け負ってくれると思います」

「それは左様ですか!? ありがとうございま……ああでも金銭が」

 

 テーブルから身を乗り出すリヴィアに遊由は少し申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「ごめんなさい、私は利用したことが無いのでどのくらい費用がかかるかまでは分かりませんが……でも私が居ればある程度交渉できると思います、親族なので。この近くにあるので明日行ってみましょうか」

「それは助かります!」

 

 リヴィアは少し安堵するように胸を撫で下ろした。

 

 それからはこの世界の常識について遊由が甲斐甲斐しく説明していれば夜11時を越した。

 その間の会話で炙り出された問題が以下である。

 

 ・住所と銀行口座と電話番号が無い。

 ・銀行口座を開くためには住所やら電話番号が必要。

 ・住所を得るには銀行口座やら電話番号が必要。

 ・電話番号を得るには住所と銀行口座が必要。

 ・そもそも金が無いのに住所が無いから職に就けない。

 ・てかそれ以前に戸籍も無い。

 

「某、もしかして詰んでますか……?」

「あはは……」

 

 生活基盤を構築するために必要な生活基盤が無いという悲惨たる状況にリヴィアは眉を弧の字にした。海外移住などをすると現地の住所も電話番号も銀行口座も無いためにアレをするにはこれが必要というデッドロック状態に嵌ってしまい生活基盤を整えられないと言うが、正しくリヴィアもそれと似た状況に陥っていた。いや、戸籍が無いのでもっと悪い。異世界に戸籍謄本を取る訳にもいかないので本人確認が一生取れないのだ。

 大分追い詰められているリヴィアの現状に、コメントも浮かばず苦笑いしか出来ない遊由である。

 

 リヴィアは少し悩むと、軽々と口を開いた。

 

「ですがまあ、某も騎士。いざとなれば自給自足をすることくらい訳ありませんよ」

「騎士って自給自足するもんなんですか?」

「経験はありませんが戦の最中に食糧が不足すれば自ずと食べれそうな野草や川魚を取ることもありました故、問題ないはずです」

 

 遊由は想像してみる。

 きっとこの周辺で自給自足をするとなると公園や河川敷で暮らすことになるだろう。商店から余った段ボールを貰って組み立てた家に肩を狭めながら、時に長良川の清流に潜水して魚を捕り、時にボランティア団体の炊き出しへホームレスのおじさん達に交じって順番待ちをするリヴィア。

 

「……あの」

「はい? どうされましたか遊由殿?」

「私はその、リヴィアさんの行き場が無いのなら見つかるまでここに居ていいですよ?」

「それは……某からしたら有難い申し出なのですが流石に申し訳ないです」

「大丈夫ですよ、女の子が野宿なんて危ないですし良くないですから」

 

 聖母のような笑みを向けられたリヴィアは善意の許容量を越してしまいウッと罪悪感を刺激されて「わ、分かりました……もしそうなった時はよろしくお願いします」と小さく返事をするに留めた。

 

 

───10月5日 23時09分───

 

◆◇◆

 

 

 

 その夜、リヴィアはソファーで寝た。遊由はリヴィアがベッドで寝ることを勧めたが、泊めてもらう上に一つしかないベッドを掠奪することに気が引けたリヴィアは首を縦に振らなかった。

 

 翌朝、リヴィアはソーセージの焼ける仄かな良い匂いに鼻孔を擽られて目をパチリと覚ました。

 

「目が覚めちゃいましたか? すみません……五月蠅かったですよね」

「いえいえとんでもない! とても美味しそうですね!」

「そんなことは。ただの朝食ですよ」

 

 10分ほどでトーストとソーセージ、目玉焼きが盛られたワンプレートの朝食が出来上がる。

 それを軽く食べ終えると、遊由は気になっていたようにおずおずと言う。

 

「昨晩はちゃんと寝れました? 安いソファーなので背中とか痛くなったりしてないですか?」

「いえ、お陰でとても快眠でした」

「本当ですか、なら良かったです」

 

 騎士だから身体が強いのか、それとも環境適正能力に秀でているのか。遊由は多分後者なんだろうなぁと腕を伸ばし始めたリヴィアを見て考える。容姿こそ可憐な美少女だが、ジャングルの奥地に放り投げられても逞しく生き生き延びてしまいそうな風格すら持っている。

 微妙に失礼なことを考えているとリヴィアは思い出したように首を傾げる。

 

「そういえば聞いてなかったのですが、この世界では魔法が無いのですよね? 何故遊由殿は使えるのですか?」

 

 まさか"転生するときに神様から何か貰いました"とか口が裂けても言えない遊由は、不格好な笑みを作った。

 

「あー……それは秘密で」

「はい、分かりました」

 

 あまり気にしない方がお互いの為だろうと頷くリヴィアに遊由はバレないように嘆息する。別に遊由からすると秘密にする理由は無いが、言ったら言ったで頭がおかしいと思われるだけなのでなら言わない方が良いだろうという方針である。因みに唯一惣介にはバレていたりする。大手事務所を退職し、ギリギリとはいえ個人で日々の糊口を凌げる程度には優秀な私立探偵の洞察力は伊達ではなかった。

 

 二人は朝のうちに準備を整えると家を出た。流石に騎士服姿で町中を出歩く訳にもいかないのでリヴィアには遊由の服が貸し出され、現在は秋口に羽織れる薄手のロングスカートを羽織っている。遊由よりもリヴィアの方が背丈的に少々大きく、違和感を消すために大き目の物で見える部分は誤魔化している形だ。なお中身のシャツやズボンはリヴィアからすると少々キツイため、この外出で服も買うつもりである。勿論遊由のお金で。

 

 手慣れたように遊由は従兄が営む探偵事務所である『鏑矢探偵事務所』までの道のりを歩く。実のところ、遊由が一人暮らしを許された理由の一つに従兄である惣介の存在がある。近くに頼れる親族がいるならということで遊由の両親は故郷から若干離れた岐阜での一人暮らしを認めたのだ。その礼というわけではないが遊由は良く余り物の料理を持って惣介の家に行っては料理のお裾分けをして、貧乏探偵の惣介はそれを非常に有難そうに受領するというご近所付き合いの関係性が築かれていたりする。今回も遊由の右手には昨晩の肉じゃがの入った鍋が包まれた風呂敷が握られていた。

 

 鏑矢探偵事務所はボロい建物の二階に存在した。一階は地域密着型の雰囲気を醸し出している初見では少々入りづらそうな喫茶店で、横に作られた階段を上ることで探偵事務所へは行けるらしい。

 

「あの……遊由殿」

「大丈夫ですよ、意外と見た目よりは綺麗なんですよ?」

 

 絶対に嘘です……!

 古っぽい建物の外装に只ならぬ不安を掻き立てられたリヴィアであったが、物怖じせずんずんと階段を上る遊由を見て探偵事務所なんてこんなものなのかと自分を無理くり納得させながら階段を上る。

 遊由は懐から合鍵を取り出すと鍵を回した。

 

「こんにちわー惣介さん。肉じゃが持ってきましたよ」

 

 声を掛けてみるが反応は無い。今日は不在なのだろうか。

 遊由は軽く息を吐く。惣介の探偵事務所は従業員一名───要するに個人事業主なので時折家に行っても依頼で不在にしている場合がある。こういう時の為に遊由は惣介から鍵を預かっているのだ。

 普段なら仕方が無いので惣介の家の郵便受けからメモ帳になりそうなチラシを適当に拝借して、台所に鍋と共に手紙を残すのが普段なのだが。

 今回に限っては何故か廊下から成人男性にしては幾分と軽い足音が鳴ってきて、遊由は首を傾げた。

 

「話に聞いてた親族の人かのう? 惣介に用であれば今は留守じゃぞ……ってリヴィア!? 生きておったのか!?」

 

 現れた金髪少女は驚愕したように遊由の背後に視線を向けた。リヴィアも同様に目を見開いて。

 

「姫様っ!? どうしてこのような場所に!?」

「妾はこの探偵事務所で居候しているのじゃ。お主こそどうしてここに?」

「ここにいる遊由殿が人探しに長けた方を紹介してくれるということで案内してくれたのですよ。しかも昨晩は家に泊めていただきました」

 

 金髪少女が遊由に目を向けた。まだ幼い顔立ちを残しつつもアイドルのような可憐さを兼ね備えているからか、上に立つ高貴さすら遊由はこの少女に感じる。

 

「ふむ。妾の忠臣が世話になったようじゃな、感謝するぞよ。妾はサラ・ダ・オディン。サラでよい。リヴィアから聞いているかもしれんが異世界から来た姫じゃ」

 

 姫……なるほど。確かにこの高貴なオーラは姫様っぽさがある。リヴィアからは主としか聞いていなかったが非常に納得感があった。

 

「聞いてませんが分かりました。私は白鳥遊由と言います、こうして惣介さんの事務所に顔を出すこともあるので今後はよろしくお願いします」

「よろしく頼むぞい。……え、聞いてなかった? リヴィア、お主どこまで遊由に説明しておる?」

 

 リヴィアは昨晩を思い返すように顎に人差し指を当てる。

 

「某がこの遠い異国から来たことは説明しましたね」

「それ以外は?」

「特には説明していません」

「恩人に対して全然説明しとらんのかこの猪娘!」

 

 サラは少し憤慨した。と同時によくもまあこんな素性不明、怪しさ満点の人間を遊由は匿ったものだとサラは感心する。

 

「……しっかしその割に遊由は随分と物分かりが良いのう。妾が異世界から来たと言った時の惣介と言ったらかなり疑り深かったぞ?」

「まあそういうこともあるかなと」

 

 大人しめの見た目ながら案外剛毅なタチかとサラを分析する。実際は自身が異世界転生をしているために異世界の存在を一切疑問に思っていないだけだったが、流石にそこまで見通すことは出来なかった。

 

「惣介は直ぐ帰ってくると言っておった。取り敢えず入るといいぞ」

 

 サラはまるで自分の家のように事務所へと二人を上げた。

 相変わらず男の一人暮らしらしい内装であったが、昨晩はサラが泊まったからか少々普段よりも片付いている。

 

「その辺に座っておれ。今お茶でも持ってくるからのう」

「あ、ちょっと待ってください」

 

 遊由は室内に入るといの一番に持っていた風呂敷を解いた。そのまま鍋をコンロの上に置くと、サラが大きく円らな目を丸くした。

 

「それはなんじゃ?」

「肉じゃがですよ。お世話になっているのでよく惣介さんにはお裾分けしているんです。良ければサラさんも惣介さんと一緒に食べてください」

「肉じゃが……ふむふむ、それでは夕飯の時にでも食べさせてもらうとするかのう」

「姫様、遊由殿の肉じゃがは絶品なのですよ!」

「そ、そうか」

 

 突然割って入ってきた臣下の声にサラは引いた。既に胃袋を攻略されてしまった様子。忠臣だから口には出して言わないが、こうも簡単に飯で落ちる姿を見ると少し残念に見えてくる。

 

 そうしていると玄関が開く音がした。

 

「サラ帰ったぞー……ん? 遊由来てるのか?」

 

 惣介の声だった。

 狭い家なので惣介は数秒後にはすぐにリビングへと姿を現した。

 

 今年で見事にアラサー手前となった惣介はこの場では唯一の成人男性であり、顔立ちは男前と言える程度には整っている。頭のてっぺんから飛び出すアホ毛は愛嬌だろう。探偵という職種柄か好んでセミフォーマルな服を着ていることもあって、今日もジャケットに無地の目立たないシャツ、下にはチノパンを履いている。

 惣介は一昨日から居候しているサラを見て、次に半年前から近所に住み始めた従妹の遊由に視線を移し、最後に謎の銀髪少女に目を向けて首を捻った。

 

「ええと、この状況は何だ?」

 

 惣介の真っ当な疑問に答えたのはサラだった。

 

「妾の側近であるリヴィアじゃ。昨晩話したろう、妾を守るために命を賭して時間を稼いでくれた忠臣がこやつじゃ」

「なるほど。生きてるけどな」

「うむ。意外にも生きておったわ」

「あの……某は生還して喜ばれているのですよね……?」

 

 主君の無味乾燥とした言葉の刃に若干傷ついているリヴィアの背中を哀れに思った遊由は撫でた。

 その様子を横目で見ていた惣介は持ち前の洞察力で気づく。

 

「ってことは君はまさか流れ的に……」

「はい、某はいま遊由殿の自宅にて居候をしております」

「そうか……」

 

 思わず微妙な顔になる惣介。ご両親から信頼を受けて預かった可愛い従妹の家に訳分からん騎士が居付いていたらそらそうなる。

 とにかく気を取り直す。

 

「まあなんだ、側近がホームレスとかしていなくて良かったなサラ」

「うむ。そうなっていたら忍びなかったからのう、多分妾も惣介にここに従業員として住まわせるよう頼んでいたかもしれん」

「笑えねえよ! いやホントに!」

 

 かかかっ! と歴史上の豪傑みたく笑うサラに惣介はすかさず突っ込みを入れた。1LDKで3人暮らしなんて手狭過ぎるというのもそうだが、何よりもまず人を雇う人件費が捻出できない。鏑矢探偵事務所の財政状況は自転車操業の火の車である。

 そこで漸く立ち直ったリヴィアが口を開いた。

 

「と、ともかくですよ! これからは某が姫様をお守りいたします!」

「この世界は平和そうじゃし要らん気もするがのう」

「それでも務めですから!」

 

 そこで惣介がぴしりと表情を固まらせる。

 

「ちょっと待て、まさかここに住む気じゃないだろうな?」

「無論そのつもりです! 某は姫様の側近ですので!」

「無理言うなよ! ここに更に一人追加は厳しいっての!」

 

 惣介の強めの反駁にリヴィアがもう一押しようとした瞬間、遊由が手を上げて言う。

 

「あの、リヴィアさんは私の家に居てくれて良いんですよ? 流石にこの広さで3人暮らしは大変でしょうし……それに護衛と言ってもずっと傍にいる必要性もないですよね?」

「それは……まあそうですが」とリヴィアは少し声を小さくした。

「なら日中帯はサラさんの傍にいて、夜は私の家で暮らすと言うのはどうでしょう。ここまでは私の家からでも全然徒歩圏内ですし」

 

 遊由の提案にリヴィアはそこまで甘えてしまってもいいのかと悩む。惣介の家で居候するのであれば探偵業務を手伝うことで家賃の代わりにすることが出来るかもしれないが、遊由は昨晩にまだ仕事に就いていないと言っていた。大学生であるとも。よってそういった直接的な恩返しは不可能だ。

 

「リヴィアよ、妾も賛成じゃ。本人が良いと言ってるのじゃからそうすると良いと思うぞい。それにこの家は少し古すぎるしのう」

 

 背を押すようにサラはリヴィアにそう告げた。その間にも惣介が何か言いたそうにしていたが、建物がおんぼろなのは事実であるため結局何も言わずに口を噤んだようだった。

 リヴィアはその言葉を受けて、決心がついたように頷く。

 

「……分かりました。某、家が見つかるまでは遊由殿の家に泊めていただき、姫様の日中帯の護衛をいたします。遊由殿、大変申し訳ないですが暫くは明日以降もよろしくお願いします」

「はい、大丈夫ですよ」

 

 遊由の目を見て遊由は問題ないと首を縦に振る。

 こうしてリヴィアは正式に女子大生のヒモになった。

 

 

───10月6日 10時16分───

 





なんで変人のサラダボウルってこんな二次創作ないんでしょうね。増えてほしい。
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