魔王を倒した勇者、家に帰る   作:かりんとう

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3話目です。勢い任せ。今回は若干短めです。なんか回を追うごとに短くなってる……最終的に1話1文字とかになる可能性が微レ存。


第三話 友人、ともいえない

 カイン・ブロード。彼は現在、自身の故郷であるルルキア国から遠く離れた地の片田舎で、恋人に支えられながら暮らしている。

 

 カインには、生まれた頃から顔の右半分に大きな痣があった。

 痣、といっても、自然にできたまだらな模様などではなく、人によっては入れ墨と勘違いしてしまうような、とても美しい痣だった。だが、ただ美しいだけではなかった。

 その痣は、彼にとって呪いそのものだった。

 

 痣が紅く輝いた時、カインのもう一つの人格が現れる。それは自らをアベルと名乗った。

 奴は自らを天からの使者、熾天使の生まれ変わりなのだと言った。それは寧ろ、本当だったのかも知れない。奴は大凡人間らしい感性を持っていなかった。人ではなかった。ある意味では無邪気で悪意など一切持っていなかった。人の命を奪うことに対して。

 この世界からの救済、という妄言を吐きながら、ありとあらゆる手を使って多くの命を奪った。

 アベルという人格の発現が最初に確認されたのは、本人によると、10歳の誕生日だったのだという。気がついた時には、彼は気絶している妹を手にかける直前だった。手に持った包丁の切先が、妹の喉元に触れていたのだ。背後を見れば、血塗れになって、虚ろな目で倒れている両親。自らの服には、両親と思われる血がべったりと付いていた。

 後に事件となって、街の憲兵に、カインは自分が殺したのだと何度も訴えたが、あまりの恐怖に錯乱しているのだろうと判断され、未解決の事件として処理された。

 

 カインは、自分ではない自分に怯えた。

 恐怖に怯え続けていた彼は精神病院の幼稚舎に。ショックにより事件の記憶を失っていた妹は孤児院へと送られ、家族は離れ離れに。だが大切な家族を自分という危険から遠ざけることができたのはカインにとっては幸運のように思えた。

 

 精神病院では何度も何度も自死を図った。だがそうする度にアベルが自らの手を止める。勝手に右腕が動き、左腕の動きを制止させる。そして頭の中で声が聞こえる。「我々には崇高な使命があるのだ。お前の身体を借り人々を救済しなければならない」と。

 しかしながら、アベルが現れるのはその時だけだった。ついにカインは自死を諦める。精神病棟で生活している間には全くといっていい、不自然なほどアベルは現れなかった。数ヶ月も経てばカインは安心を憶えていた。

 

 数年後、心も癒え、アベルのことすら記憶から薄れる程になっていたカイン。少年から青年へと向かいつつあった彼は退院の日を迎えた。受け入れ先が見つかり、精神病棟の職員達が見送りをしているその時だ。

 

 まるでその時をずっと待ち構えていたと言わんばかりに、アベルが現れ、受け入れ先の両親と職員達を殺したのだ。凶器は、素手。異常な膂力によって繰り出された打撃による撲殺だった。明らかに、強力になっている。

 アベルはずっと、力を蓄えていたのだ。

 その後、神出鬼没、悪逆非道の殺人鬼として、アベル・ブロードは血で濡れて赤黒くなった外套を身に纏い、顔を見られないように布で覆って、更に夜闇の中で行動した。理由としては自身の宿主であるカインを守る為、だったらしい。

 アベルが手にかけた人間が数百人にも及ぶ頃、アベルは「鮮血公」という名でルルキア国中に、その恐怖を轟かせる。

 

 事態を重く見たルルキア国王は、ルルキアの地を訪れていた勇者一行の協力を仰ぎ、討伐隊を編成。

 国中でアベルを捜索するも、それらしき人物は見つからない。無理もなかった。

 カインは元来細身の少年。だが、アベルの人格になると筋肉が隆起し髪の毛は逆立つ。別人への変身、二重人格などでは片付けられない。

 アベルはカインの中へと姿を隠す。完全にアベルへと変身した時、カインはその期間の記憶を失くす。証拠も何もかも、アベルはアベル自身の内に隠してしまうのだ。そのせいで、カインは自分こそが鮮血公なのだと証明できない。分かっているのに、だ。

 

 だが、その時は違った。ミルトがカインと偶然会った時だった。白昼堂々、カインはアベルへと変身したのだ。これが、ミルトとカイン、それからアベルとの初めての邂逅。

 変身する直前、アベルはカインの中で、こう言ったのだという。「彼を一刻も早く救わなければいけない」と——

 

 ——一軒家の扉を叩く。

 

「はい、どちら様で……ミルトさん!」

 

 出てきたのはカインさんの恋人、セフィさんだった。なんだかお腹が少し出ていて、太った、とまではいかないものの、肉付きが良くなった感じだ。失礼なので口には出さない。

 

「お久しぶりです。カインさんは?」

 

「あの人なら、書斎よ。きっと喜ぶわ。ささ、入って入って」

 

「お邪魔します」

 

 家の中に案内される。一年前に来た時となんら変わらなかった。よく手入れの行き届いた綺麗な家だった。

 

「カインさん、ミルトさんがお見えになったわよ」

 

「ん……おお!久しぶりだね、一年振りか」

 

 書斎の机に座って本を読んでいたカインさんは、掛けていたメガネを外し、覚束なく移動しようとする。相手側がこちらに来るのを待つのは失礼だと思い、僕からカインさんの方に近づいた。

 

「すまないね、中々、"これ"が慣れないもので」

 

 カインさんは僕より低い位置から左手を出して、僕と握手を交わす。

 

「いやはや、時が経つのは早いものだ」

 

「そう、ですね」

 

 カインさんは現在、車椅子で生活を送っている。

 理由としては、

 

「ごめんなさい。僕がもっと強ければ」

 

「はは、会う度に君はそれを言うね。いつまで経っても変わらないな君は。良い加減、受け入れて欲しいものだけど。大体君達が、君が強かったから、私はこうして生きているんだよ?もっと自分を誇れよ、勇者」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 会う度にカインさんは僕を庇ってくれる。本当に強かったのはカインさんだというのに。申し訳なくて、しょうがない。もしかしたら、自分が卑屈な時にいつもそう言ってくれるのを期待しているから、僕はカインさんに会うのかも知れない。

 

 彼の腕と足を奪ったのは、僕だというのに。

 

「最近は幻肢痛も少なくなってね。楽ではあるんだ。身体が今の自分を受け入れてくれているみたいだよ」

 

「そうですか。それは、良かった」

 

 萎れている右側のシャツの袖とズボンを見る。自然と眉間に力が入ってしまう。

 

「おいおい、申し訳なさそうな顔をするな。喜んでくれよ」

 

「すみません」

 

「あぁもう、また君はそうやって。仕方のないものだ。私を見ろ。苦しんでいる奴に見えるか?さっきまで物語なんか読んでたんだぞ私は。もっと明るくだ。私たちは友人、そうだろう」

 

「はい、ははは……」

 

 ……本当にこれで良かったのか。分からない。

 

 この後に及んでも、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。明るく振る舞ってくれるが、苦しくない訳がない。彼は身体が不自由なんだ。今の僕よりきっと、何倍も辛い筈だ。

 でも、彼はそのことを受け入れている。僕が勝手に受け入れてないだけ。「良い加減、受け入れて欲しい」全く、その通りだと思う。

 

「カインさんったら、あんまりミルトさんを困らせないでよ?」

 

「む、そうかな」

 

「はぁ、やっぱり、暗い感じになるわね。気分を入れ替えましょ。お茶の用意をするわ」

 

「いや、セフィさん、大丈夫で……「しますから」……はい」

 

 セフィさんに気を遣わせてしまった。これで何度目か。カインさんに会う度こうだ。あぁ、僕がもっと明るい人間だったら。ルークの顔がチラついた。あぁもう、クソっ。

 

 ダイニングへ案内され、暫く待つ。テーブルに用意されたのは、紅茶に、セフィさん手作りのパウンドケーキ。このケーキが本当に美味しいんだ。時々大きいのを作って、何日かに分けて食べている物らしい。カインさんの下に来れば、半ばこれが出てくるのを楽しみにしてしまっている節があるのが、僕は大分と卑らしい。

 

「しかし、勇者一行が魔王を倒したという報を聞いた時は嬉しかったよ。それと同時に、安心した」

 

「安心、そうですね。魔王軍の脅威がなくなって……」

 

「そうじゃないよ。もう君がここに来ることはないと思ったからね」

 

「えっ。嫌、だったんですか。ごめんなさい、本当に、僕はもうここで」

 

「あぁいやいや、待ってくれよ。そういう事は一切ないんだ。来てくれること自体は嬉しい。誓って嫌などと感じたことはない。……ただ……君が冒険の間、近くに寄った時に毎回立ち寄ってくれることはなくなって、いつも辛そうな君を見るのはこれで終わり。私のことなんか忘れて、何処かで幸せに暮らすのだろう。そう思っただけなんだ」

 

「……お気遣いありがとうございます」

 

「気遣いじゃない」

 

「……ごめ「ごめんなさい、なんて言わせないぞ」……はい」

 

「よし」

 

「ほらほら、2人とも、ケーキを食べましょうよ。温め直したばかりなんだから」

 

「そう、ですね。……もぐ……やっぱり美味しいですね。セフィさんのケーキは」

 

「そうでしょう?」

 

 合間合間で世間話なんかを挟みながら、ケーキを食べ進めた。

 

「肉屋のゴーフさん。覚えているかい?君の仲間だったアレクシアちゃんが腰痛を治してあげた人だ。あの人、少し前にまた腰をやってしまったみたいでね。気をつけるようにって言われてたのに」

 

「ははは……そうなんですね」

 

 誰だっけ。

 

「カインさんったら、時々本に熱中して話を聞いていない時があるのよ?どうすればいいと思う?」

 

「あ……はは、それは、困りましたね」

 

 なんて答えれば良いんだ。

 

「実は僕の書いた精神学の論文が学会で認められてね。本として出版されているんだが、読んでくれたかな、なんて」

 

「へっ、へぇ、そうなんですね」

 

 し、知らなかった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 駄目だ、僕が来てしまったせいでこの家の雰囲気が若干暗くなってる。やっぱり出て行った方が、あ、今僕の方をカインさんが睨んだ。「帰るなよ」って顔だ。見透かされてるなこれは。全く、酷い人間だよ僕は。すぐ逃げようとしてしまう。

 

「あ、確か前に来てくれた時、貴方の故郷の、そう、アーケア王国のお姫様と結婚の約束があるって言ってたわよね。お嫁さんを待たしちゃって大丈夫なの?」

 

「あーと、それは、その……なくなりました」

 

「「え?」」

 

 セフィさんとカインさん2人分の困惑の声が重なった。

 

「いや。いやいや、ちょっと、なんでだ。一体何があったんだ。君は魔王を倒したんだよな?何があって勇者と交わした約束が反故になることがあるんだ」

 

「そうよ!?もしかして、喧嘩しちゃった、とか?」

 

「そういうのではなくて、単純に横取り……でもなくて、成り行き?という感じで他の方と関係を持っていたから、です」

 

「それは良いのか?」

 

「そうよそうよ。こんなことを言うのもなんだけど、すぐに別れさせてあなたと一緒になるべきなんじゃないの?そうじゃないと、あなた幸せになれないじゃないの」

 

「子供もできていたらしいので、そういうのは」

 

「はぁぁ!?なんって酷い女かしら!」

 

「待たせすぎた僕も悪かったんだと思います」

 

「そんなことって」

 

 完全に暗くなった。雰囲気が。心なしか外の様子も暗くなっている感じだ。話題を振られた時点でこうってしまうのだろうなぁって感じはしていたが、回避不可能だった。

 

「……そろそろ帰ります。話せて、良かった。ありがとうございました」

 

「あら。もうちょっと長居しても構わないのよ?」

 

「そうだね。折角来てくれているんだ。ここで吐き出せるだけ吐き出しても……」

 

「いや、そういうわけにも」

 

 2人からの提案を断ろうとした時だった。ザァザァと雨の降る音がし始めた。そして、轟音。落雷だ。家の中が、一瞬明滅する。

 

「うわっ」

 

「あらら、いけないわ、窓を閉めないと」

 

「急な雨だね。ミルト君、止むまでここにいると良いよ」

 

「……いや、速馬車を呼んで、帰ります」

 

「速馬車?今は雷もあるんだ。やってないと思うが」

 

「……あ」

 

 確か、速馬車のライトニングホースは電気をその体躯に取り込んだ時、凶暴化してしまう可能性があるという折、運行が休みになる事が多いんだった。

 

「じゃあ、転移魔法……はここに来る時使ったんだった……」

 

「ふふ、もう少し長居すると良いさ」

 

 カインさんのお言葉に甘えて、雨が止むまではここに留まることにした。

 なんてタイミングで降ってくるんだ雨よ。

 

 家の中に湿気が広がって空気の重くなる感覚がした。僕の心情と繋がっているような気がする。

 後でセフィさんにお茶を淹れ直してもらって身体を温めよう。肌寒くて身体がそわそわしている。落ち着かないんだ。きっと駄目なのに。

 やっぱり僕は、しょうがない人間なんだ。

 

 1時間経った。

 

「なかなか止みませんね」

 

「そうだねぇ……通り雨ではないようだ」

 

 3時間も経った。それでも止まなかった。外が暗くなっている。陽光が遮られているからではなく、夜になりかけているんだ。

 

「もう遅いのだから、泊まって行かないか?」

 

 そう言い出したのはカインさんだった。

 

「そうね。客室の方の準備は済ましてあるし、晩御飯も、3人分でも1日くらいは全然大丈夫よ」

 

 完全にセフィさんも乗り気だった。というか、客室の準備って、いつの間に。僕が泊まることを予想してるじゃないか。

 

「いや、申し訳……な……」

 

 2人が僕のことをじっと見つめてくる。圧をかけられている。

 

「じゃあ、はい、お言葉に甘えさせてもらいます……」

 

 この家に入る時、「お邪魔します」と言ったが、本当に邪魔をする馬鹿がいるか。その馬鹿は僕なんだが……。2人に手を煩わせてしまった。こうなるなら、今日はここに来なければ良かった。来たとしてもさっさと帰れば良かった。

 なんて、この期に及んでも考えてしまうから、「いつまで経っても変わらない」のだろう。

 

 




今更さらっと明かされる主人公の住む国の名称。忘れてた訳じゃ……ない、っすよぉ?
次の話はここから続く予定です。多分。

話を入れたら余計冗長になる気がして、入れることができなかった(思いつかなかったとも言う)のでここで補足。
今回ミルトが発言した転移魔法ですが、とても高度な魔法で、魔法の才能に長けた者でないと扱いが難しい魔法です。
体系化がなされておらず、普通に使うと尋常じゃなく燃費が悪くなってしまう魔法。ミルトは馬車代をケチって使用したのですが、下手こいて保有魔力をごっそり取られてしまい、再使用には1日休まないといけない状態でした。勇者であるミルトですが、魔法の扱いに関しては不得手なのです。
例えばかつての仲間の聖女アレクシアやルークだと、転移魔法をポンポン使えたりします。前者は膨大な保有魔力と圧倒的な才能で、後者は独自のアレンジです。ミルト達勇者一行の冒険が6年程度で済んだのには、こういったのも理由の一つとしてあるって感じです。
馬車代をケチった理由の方は、というと、現在のミルトは親の下で暮らしてはいるものの、親の脛を齧るような真似はできないという思い。そして生来の貧乏性によって片道分をケチりました。帰る時は速馬車の中で眠っていようなんて考えていた彼ですが、今回は思惑通りいかなかった模様。

(全部この話を書いてる途中に思い付いたなんて言えない)

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