やたら怖いアリーシャから逃げ、いくつかの屋台を眺めて選んだ串焼きを頬張る。
「ん、美味いなコレ」
昔はこんな大通りに屋台なんて見かけなかったが、随分と賑やかになったもんだ。
どうやら宿屋が看板を掲げ、其々味や量や価格を売り込んでいる様子。
宿は食堂も兼業してる場合が殆どだからな。
「美味い物食ったらアイツも機嫌良くなるかね……」
昔は美味い物に拘るなんてしなかったが、私も変わったな。
食事の必要が失くなってから楽しむ様になるなんて。笑える話だ。
そんな事を考えつつ、もぐもぐしながら置いてきたアリーシャの元へ歩く。
すると――
「誰だアレ?」
なんだか知らんが、アリーシャと1人の若い男が話していた。
銀髪に青の眼……いやまさかね。
「――その連れってのも勝手に何処か行っちゃったんでしょ? じゃあ君も遊びに歩いたって良いじゃないか」
「でもまだ宿も決まってないから……このままここで話しません?」
こっそり近づいてみたが、どうやらナンパされてるらしい。
しかし何故アリーシャは楽し気なんだ?
様子を伺いながら持っていたもう1本をもぐもぐ。
クソ、なんか腹立つな。
「じゃああそこに行こうよ。すぐ近くなら大丈夫だろう?」
「え、あの……」
男はそう言ってアリーシャの腕を取り、近くの屋台へ向かおうと――
「ふんっ」
「お゛っごぉぁああ……」
なんかもう鬱陶しいから、後ろから股間を蹴り上げた。
勿論軽くだ。私の力じゃ簡単に潰してしまう。
「ちょっ!? エルちゃん!?」
「私の連れだ、離れろ」
驚くアリーシャはひとまず後にして、蹲る男を見下ろし吐き捨てる。
「ぐぁ……な、何すんだ痛いだろっ! 子供だからって許さねぇぞ!」
「別に許せなんて言ってないが」
「良い性格してんなぁオイっ!」
涙目で見返してくるのを更に睨み返すが、あまり効果は無さそうだ。
魔力を抑えたままじゃあ、ただ子供が睨んでるだけだものな。こんな往来だから仕方ない。
「ていうか連れってこんな小っちゃい女の子かよ。早く言えっつーか、逆に探しに行けよ危ないだろ……」
ボソボソと呟くのが聞こえた。割と良い奴か?
そりゃ私みたいな小さな子供が1人で動いてちゃ危ないのは確かだ。普通の子供なら、だけど。
「アリーシャ、こんな奴と何を楽しそうに話してたんだ?」
「いや……噂の人らしいから話を聞いとこうかなって」
ひとまず男は無視して聞いてみれば予想通り。まさかいきなり会えるとはな。
というかあんなに怒ってたのに探ってくれてたのか。
「っそうだ! 英雄エルヴァンの息子に何をするんだ全く!」
男が勢いよく立ち上がって叫ぶ。
なんだその嘘くさい名乗りは。
「息子の息子にナニを……」
「うるせぇよ! 子供が何言ってんだ!?」
賑やかな奴だ。さっきの呟きも含め、どうも悪意を感じない。
何かしら思惑があって名乗ってる筈なんだけども。
「冗談は置いといて……初めましてだね、お兄ちゃん?」
どう切り出したものかなと考え、私もエルヴァンの子だぞとアピールしてやった。
むしろ早く気付け、分かりやすく髪と眼の色が同じなんだからさ。
「は? お兄ちゃん? 何言って――あっ……」
やっと気付いたらしく顔を青くした。
おい、そんなあからさまな反応するな。調べるまでもなく嘘じゃないか……
騙るならもっと頑張れ。コイツもしかして相当なポンコツか?
「あ、あーっ! そうかそうか、俺に妹が居たのかー!」
私が口を開く前にまたしても叫ぶ。
流石に大通りで注目された状態じゃ暴露はされたくないらしい。
「そうだよな! 英雄エルヴァン程の男なら、そこらへんで子供作っててもおかしくないもんな!」
おかしくない訳あるか馬鹿。風評被害だ。
そしてアリーシャ、私を睨むな。
ていうかもう、その言い方が息子のそれじゃないだろ。誤魔化す気があるのか?
この様子じゃ私の子とはとても思えないな。
私の噂と容姿の特徴が合っていて勘違いされた……とかそんな感じだろう。
軽い性格っぽいし、エルヴァンの名を笠に着て調子に乗ってただけだな。
なんにせよ息子を騙っていたのは事実。
そうした事情を問い詰めたい所だが、それは後でいいだろう。先にきっちり思い知らせてやらないとな。
「おい。今は暴露しないでいてやる。――その代わり、闘技大会に出場しろ」
胸倉を掴み引き寄せ、小声で脅す。
顔が遠いっ……この身長差もムカつくな。
ムカつくからこの串を服に忍ばせてやろう。ゴミ処理してくれ。
「え゛っ、なんで……?」
最初から参加するつもりだったら恰好付かない脅しだが、一瞬嫌そうな反応をしたから大丈夫そうだ。
我ながら中々な嫌がらせを思いついたな。
「言われた通りにする以外の選択肢があるとでも? それと、逃げようなんて考えるなよ」
「うっ……わ、分かった……」
理由を教えてやる義理は無いし、逃がすつもりも無い。
ふふっ……楽しみが増えたな。
しかし負い目があるとは言え子供に脅されてこれか。よく嘘を通そうとしたもんだな。
むしろなんでコイツが息子だなんて話が広まるんだ。どいつもこいつも節穴か。
「よし――じゃあアリーシャ、私達はもう行こうか」
妹だと叫ばれた所為で私まで注目されてしまった。
どうせ後々そうなるのは変わらないが、今は少し面倒だ。
さっさと宿に行ってのんびり美味い物でも食べよう。
「へっ? もう良いの? ――あ、待って待って」
歩き始めた私を見て、戸惑いながらアリーシャも続いた。
周囲の視線を置いていく様に、急ぎ足でいくつか路地を曲がっていく。
後に残されたのは呆然とする男……とそれを囲む野次馬だ。
「多分この通りの……あった、あの宿だ」
私に話を聞きたいだろう野次馬達をサラッと振り切り、目的の宿がある通りまで出て指差す。
建物自体はそこまで大きくなくまだ新しいが、食堂は賑わっているのが窓から見える。あの味と価格なら納得だな。
「へー、もう決めてたんだ?」
「ああ、さっき美味い屋台を出してて……あっ」
決めた理由を説明しようとして思い出した。
あの時なんかムカついて、思わず手に持ってたのを食べたんだった。
「ふーん……私の分は? 買ってきてくれるって言ってなかったっけ?」
そしてまさにそれを聞かれ焦る。
これは誤魔化し様が無いな、諦めよう。
「……食べちゃった」
「やっぱり! 可愛く言ったって……あ、待てコラ!」
てへっ、と子供らしく言ってみる。
これでも演技は上手くなったんだが……アリーシャに通用する訳も無いか。
流石に人前で怒る程ではないだろうし、さっさと宿に逃げるか。
……なんか今日は逃げてばっかりだな。
*
食堂の方が盛況だからほんのちょっぴり満室かと不安になったが、幸いにも空きはあった。
宿屋からしたら幸いじゃないのかもしれないが……
とにかく部屋に荷物を置いて一息付いた所だ。
「あ、アイツの名前聞いてないや」
そうしてベッドに腰を下ろした時に思い出した。
まぁいいか、人に聞けばすぐ分かるだろう。
「私が聞いといたよ。ルーク、だって。ルーク・ヴィオール」
「お、ありがと。まぁ嘘だって分かった後じゃ大した意味は無いけど」
と思ったがアリーシャが聞いてくれていた。やるじゃないか。
が、あっという間にボロを出したからあまり必要の無い情報になってしまったな。
「ホントに偽物なの?」
「ああ……ん? 待て、それはどっちを疑ってる?」
未だジトリと見つめてくる。
私を疑うな、違うって。
「いや分かった、言わなくていい。とにかく私の子じゃない、信じろ」
「はいはい」
揶揄うネタにするな。
もしかして私は遊ばれてるのか……?
「ていうかその見た目で私の子って言われると頭がおかしくなりそう」
「知るかっ」
こっちは胃が痛くなりそうだ。
「そんな事より……予定は決まった。闘技大会に乗り込むぞ」
「はぁ?」
どうでもいい事は置いといて話を進めると、困惑と呆れが混じった様な顔と声を向けられた。
参加するつもりは無いって言ってたからな。その反応も当然か。
「アイツを観客の前でボコボコにして嘘だってバラしてやるんだ。エルヴァンの子を騙るとこうなるぞ、ってね」
「え、見せしめ……?」
「そうとも言う」
「そうとしか言わないよ」
もしかしたらやり過ぎかもしれないが、これをやっておく意味はある。
「まぁそれはついでだ。私……いや、エルヴァンの子はめっちゃ強いって噂を作る」
目的はちゃんと説明しておくか。後で怒られたくもない。
「強くなければエルヴァンの子ではない、と多くの人が考える様にさせたいんだ。そうすればもう簡単には騙れなくなる」
真偽を確かめもせず、思い込みが強く勝手なレッテルを貼って騒ぐのが大半。
散々見てきたから知っている、というか――
「私の実力を見た奴は驚くが、エルヴァンの子と言えば納得していただろう?」
「あー……」
異常に強い子供への疑問、その答えが用意されていると信じてしまうらしい。
英雄の子ならやはり強いだろう、という意識が少なからずあるからこそだ。
そこを更に印象付けてやれば良い。
例え上手くいかなかったとしても多少の効果はある、と見ている。
「でもあの人と戦えるかも分からないのに……運任せだなぁ」
「だからついでなんだよ」
そう、大会はトーナメント形式でどう組まれるか分からない。
それでも予想は出来る。
「特別強い魔力は感じなかったが、奴も1人旅をしてるなら実力はある筈だ。勝ち進んでいけば、私かお前のどちらかは当たる……かもしれない」
当たり前だが、実力が無ければ1人で旅なんて出来る筈が無い。
アリーシャよりいくつか年上って程度の若さを考えれば結構なもんだろう。
しかしこれも勝手な思い込みと言えるな。実際に確認はしていないというのに。
それくらい誰でも自然と考えてしまう事は多い……という事にしておこう。
「……もし私が当たって負けたら?」
「しばらく鍛錬かな」
不安になったらしい。やっぱり自信が足りないな。
ならその時は、そんな不安を抱かなくなるくらいに扱いてやろう。
「頑張ります……」
ニヤリと笑いキッパリと言い切ると、アリーシャはガックリと肩を落とした。何故。
「明日大会の受付を済まそうか。こんな子供じゃ難しいだろうが、無理矢理押し通させてもらおう」
まぁいい。とにかく参加出来なきゃ話が始まらない。
難しいというかまず無理だろう。どうするか……細かい事を考えるのは面倒だな。
「絶対大騒ぎだよ……」
何かを察したらしいアリーシャが頭を抱えた。一体何を察したのやら。
しかし大騒ぎ……ねぇ。
「ふっ……私と居るんだ、今更だろう」
「それもそうか。どうせなら出来るだけ安全に面白くお願いね」
……コイツも変わったな?