そして翌日。美味い朝食を済ませて受付へ。
すると建物の前に人だかりが出来ているのが見えた。
どうやら掲示されている参加者一覧を眺めているようだ。
話題になる名前があるのかもしれない。
しかし私としては一覧そのものが気になった。
「おいおい、開催は来週だろう? なんだこの数は……昔の半分も居ないじゃないか」
「そうなの?」
私が王都に居た頃はもっと参加者が多かったんだけど。開催間近でこれとはな。
あ、ルークって名前が……アイツ行動早いな。
「ん。まぁ30年以上も続けばこうもなるか。いっそもう終わればいいのに」
初回で優勝しといてなんだが、正直私はこの大会に良い印象は無い。
力を誇示する場を作っておいて、結局私の力を恐れていたからな。
それとこれとは別の話なのは分かってるんだけど。
「手厳しいな、お嬢ちゃん。まぁ俺も今日まで参加するつもりが無かった身なんだが」
「ん?」
横で聞いていたんだろうおっさんが話し掛けてきた。
初老だが体は鍛えられてるし、魔力もかなりのものだ。
どう見ても実力者……恐らく相応の立場に居る人間だろう。
「その口振りだと今回は出るんだ?」
「ああ、唐突だがさっき決めて登録してきた」
どうやらこのおっさんは参加者のようだ。
今まで参加する気が無かったのに、今更になって……?
何か目的があるんだろうか。
「……あの、どなたですか? エルちゃんの知ってる人?」
「知らん。強くて相応の立場に居る人だろうって事だけは分かるが」
残念ながら全く覚えが無い。
この歳ならもしかしたら昔に会ってるかもしれないが……覚える程の関わりを持った相手が少な過ぎる。
「分かるのか……良い目をしてるな。じゃあ自己紹介といこうか。俺はセルフィアス王国、王都アルカルドの騎士団長――レイナード・ヘリングだ」
「き、騎士団長っ!? し、失礼しました!」
アリーシャが驚いて畏まる。別に失礼してないと思うけど……?
しかしなるほどね。このおっさんの参加が話題になって人だかりが出来たんだろう。
騎士――ハンターが街の外、広範囲で戦う役目ならその逆。
街の中、もしくは極近辺で治安を維持するのが役目だ。
騎士は対人戦闘に長けてるから、団長ともなると優勝候補だろう。
ルークとやらの参加もあるかもしれないけど、そりゃ話題になるわな。
現に今も直接視線を向けられてる。騎士特有の恰好をしていないのにも関わらず、だ。
それだけ認知されている人物という事か。
「エルヴァーナ・ローグラントだ。ほら、はよ名乗れ」
「アリーシャ・マーガレットです……」
畏まったままのアリーシャの背を叩いて促す。
さて、私の名を聞いて騎士団長はどう反応するかな?
「おう、まぁ知ってたんだけどな」
知ってたんかい。
となると警戒しておくべき……か?
エルヴァンの子なんて分かりやすい情報、騎士団長なら調べるのも簡単だろう。
そもそも街に入って早々に噂が広がっただろうしな。
知った上で話し掛けてきたって事は、何かしら思惑がある筈。
どうするか……いいや、直接聞くか。
「何の目的で私達に近づいた?」
とりあえず睨みつけてみよう。
あからさまに警戒されれば対応を変えるだろうし、そこで見極めればいい。
「そう警戒するな、ただ見て話したかっただけだ。エルヴァンの子とな」
「裏は……無さそうだな」
睨み付けたのに笑顔で返された。
ふむ、本心で言ってるっぽいな。
散々人を疑って生きてきたからこそ、裏がある奴は大体分かる。
「無い無い。そういうの面倒だしな」
面倒とは言いつつ、やる時は強かにやるんだろう。
じゃなきゃ団長なんて立場で居られない。
「それにしても、口調や雰囲気がエルヴァンそのものだ……良く似てるよ」
話したいと言っていた通り、普通に会話を続けてきた。
そりゃあそのものだろうよ。
子供らしい演技は出来る様になったが、結局素が楽だからな。
「まるで友人だった様な口振りだな」
「いや? 会話をしたのも数える程度だ」
私の記憶には無いが、やはり知り合い程度には関わりが……
と思ったが、そんな事は無かった。
なんでそれで知ってる風に言えるんだ。
「大した関わりは無かったが、よく知ってるさ。俺の目標だからな」
その歳でも目標と来たか。……そうか。
このおっさんはアイツらとは違うのかもしれない。
勝手に目標やら憧れやらと担ぎ上げておいて、勝手に絶望して消えて行った奴らとは……
私の力を恐れ化物と呼んだのは奴らが始まりだった。
アイツは化物だから仕方ない、並べる筈が無い。そうやって諦める理由に使われた。
奴らも決して弱かった訳じゃない。むしろ強い方だった。
けど……なまじ実力があるからこそ気付けてしまうんだ。
どうしようもなく大き過ぎる差がある、という事に。
彼はそんな中で、絶望せず未だに……何故……
「どうした? 急に黙っちまって……」
私が呆けていると、心配そうに覗き込んでくる。
本当に裏も何も感じない、真っ直ぐな目だ。
この人になら……聞いてみてもいいかもな。
「ん……なぁ、アンタにとって……父は……化物だったか?」
とは言え、どう聞けば良いのか分からない。
悩んだ結果は分かり切った質問だった。
「はぁ? チッ……俺をあんな馬鹿共と一緒にするな」
やっぱりそうだ。彼はそんな事思ってもいない。
呆れた様な、怒った様な声が返ってきた。それどころか、事情を知った上で違うと言い切る。
「俺が憧れたのは力だけじゃねぇ。あの人の在り方だ」
「在り方?」
きっと私を通してエルヴァンでも見てるんだろう。
遠い目を私に向けて語る。
「とんでもなく重いもん背負わされてよ、周りからとにかく色んな感情向けられてよ。それでも折れず曲がらず、自分を貫いてた。そこに憧れたんだ」
違う。背負ったのは私の意思だ。
自分に唯一出来る事をただしていたんだ。
全てを失っても戦える力があったから、同じ様に悲しむ人を減らしたかった……違う。
人の為なんてのは建前で、ただの自己満足の為だった。
まるで復讐を果たすかの様に戦う事で、自分を慰めていただけだ。
誰かを救う事で達成感と充足感を得ていただけだ。
周りなんて見ようともしなかった。
弱みなんて見せようともしなかった。
エルヴァンの本質なんて、そんな程度の物だったんだ。
「とんだ見当違いだ。結局憧れなんて外面しか――」
「だろうな。本当はそんな素晴らしい人間じゃなかった……君はやはり知っているんだな?」
結局彼も勝手な理想を押し付けているだけだったのか。
そう落胆してしまったが、言い切る前に否定……いや肯定されてしまった。
あれ、これはどっちだ? まぁいいか、そこはどうでもいい。
「だろうなって……」
素晴らしい人間じゃなかった、なんて言われて何処か嬉しく感じる自分が面白い。
それに彼のアッサリした言い方もあって、思わず笑ってしまう。
「理想を押し付けるだけで誰も分かろうともしなかった。俺が気付けたのは彼が旅に出てからだ。老いて立場も出来た今なら、多少は理解出来た……と思う」
アリーシャといい、なんで今更になって理解してくれる人が……
「彼も彼なりに苦しんでいたんだろうに……それでも英雄として在らんと戦い続け、沢山の人を救ってきた。そんな表も裏も含めて、俺はエルヴァンに憧れ続けてる」
こんな人が当時近くに居てくれたなら……どう変わっていたんだろうか。
いや、今の私が居なくなるのは困るな。
なんにせよ、今更だろうが純粋に嬉しく思う。
「なぁ、エルヴァンは今……その……」
語り終えると、次は恐る恐る訊ねてきた。
そりゃあ気になるよな。
多分、死んでしまったのかと考えているんだろう。
だからこそ幼い私が親元を離れている、と。実際死んでるんだが。
「……知らない。でも、生きてるよ。アンタの様に理解してくれる人と一緒に」
まぁそれはアリーシャ以外に伝えてないし、その必要も無い。
それにそんな事を彼に言いたくなかった。
「そうか……そうか。なら、良かった」
すると彼は感慨を込めた声で、そう言った。
本当に良い人……なんだろうな。
大丈夫。エルヴァンは今、最高に楽しんでるから。心配するな。
むしろ子供を放置する悪い印象を与えそうだが……突っ込まれなかったから良いか。
「あー……っと、すまんな。初対面で急にこんな話して」
「いや、聞けて良かったよ。ありがとう」
謝る事でもないが……当初はそんなつもりも無かったんだろう。
聞かれて思わず語ってしまった、って感じだな。
私としては聞けて良かったとしか言えない。
どうせならエルヴァンとして礼を伝えたい所だけどな。
「それは何より――やべ、もう戻らないとだ。仕事抜け出して登録に来たのに、受付の方でも長々と話し込んじまってな」
今度はそう言って慌て始める。
この短時間で人となりが良く分かるおっさんだ。忙しない。
しかしそれで良いのか騎士団長。さぞ慕われてるんだろうなとは思うが。
というか、そうまでして今登録に来たのは何故なんだ?
「んじゃあな。次会えた時は、嬢ちゃん達の話を聞かせてくれや」
そうして手をひらひら振って歩いて行く。
片や旅人、片や騎士団長だ。
そんな機会があるかは知らんが、あったならそれも悪くないかもな。
「……語るだけ語って、さっさと帰るのか」
それはともかく、あっさり終わった濃い時間には苦笑が漏れる。
なかなか奔放なおっさんだ。
「はぁ……ああいう人も居たんだな。もしかしたら、私が知らなかっただけで……」
それとは別に溜息も漏れてしまう。
本当に今更だけど、気付いてしまえば胸中にモヤモヤが渦巻く。
目を逸らして、気付かなかった物がどれだけ……
「エルちゃん……」
自己紹介だけしてずっと黙っていたアリーシャがようやく口を開いた。
私が何を考えたのか察してるんだろうな。心配そうな声だ。
「今は何も言うな。分かってる……分かってるから」
深く考えてしまえば、正直平静ではいられないかもしれない。
私がそう言うと、アリーシャは続く言葉を飲み込んで頷いてくれた。
これが私の弱さなんだろう。
気付いたのに尚も目を逸らそうとして……
「そんな事より! 今やるべきは受付だ、行くぞ!」
「あ、うん!」
ともかく、ここに来た本来の目的に移るとしよう。
モヤモヤを振り切る様に、わざと張り切って歩き出す。
結局子供の私がどうやって参加するのか考えてないが……まぁなるようになれ。
そうしてアリーシャと共に、受付のある建物の扉を開いた。
*
「たのもー!!」
「それはなんか違うと思う……」
なるようになれ、で勢いのまま扉を開き叫ぶ。
隣からボソッとツッコミが入った。確かにそうか。
すると中の人達から一斉に視線を向けられる。
おぉう……思ったより人が居た。なんか恥ずかしいな。
そもそも受付は臨時に設けているだけで、ここは役所の1つだ。人が多いのは当然だった。
主にハンターへの依頼になるが、ギルドを選ばずとりあえずで依頼したい仕事をここに持ち込む。
そうして各ギルドへ割り振ったり、暇な奴が仕事を取ろうと直接交渉したりする訳だ。
それには細かい仕組みがあるが、それは置いておこう。
注目されたまま、とりあえず受付の方に歩いて行く。
ザワザワと聞こえてくる声で、予想通り既に私の噂が知られている事が分かった。
「えっと……こちらに用で……?」
受付の女性が困惑している。
まぁそうなるわな。
「ああ、闘技大会に参加したい。随分と廃れてきたみたいだし、私達が盛り上げてやろう」
「いや、何様……? 私達の印象悪くなっちゃうじゃん……」
無い胸を張って自信たっぷりに宣言。
及び腰じゃ何にもならないからな。
あとアリーシャ、今は何も言うな。
これはさっきとは違う意味だからな。
「い、いやー……えー……その、流石にまだ小さな子は……ちょっと……」
「何故だ? 別に年齢制限なんて無いじゃないか」
「それはその……言うまでも無く、と言うか……」
常識的に考えれば、私の様な幼い子供は断るのが当然。
しかし若くても才覚とやる気がある奴は参加していたし、珍しくもなかった。
ちょっと若過ぎるだけだ。年齢という明確な規定を作っていない運営が悪い。
「おいおい、本当に廃れちまったみたいだな。あのエルヴァンの子だかなんだか知らねぇが、こんなガキが参加かよ」
すると横からなにやらおっさんが。
またおっさんか……今度はそこまで強くは見えない。決して弱くは無いだろうけど。
しかし私を知った上でこんな荒い絡み方をしてくるのは新鮮だな。
「ふむ。アンタは参加者の1人か?」
「あ? だったら何だよ」
良い事を思いついたので、一応の確認として聞いてみる。
そうか、参加者か。ならコイツを――
「エルちゃん? 駄目だからね?」
「……そうか」
――軽くぶっ飛ばせば、参加者の1人より強いんだから良いだろうって言えたんだけどなぁ。
それはアリーシャ的によろしくないらしい。昨日の様に肩を強めに掴まれた。
おかしいな。彼女の家にあった本でよく見た展開なんだが……
「何言ってんだか分からねぇが、参加したいってんなら力を見せてみろよ。さぞ自信があんだろうな」
なんと。そっちからそう言ってくれるなんて。
助かるわー、良いおっさんだな。
「ほー……そりゃあ良い、望む所だ。なぁ?」
さっきは止められたが、これはおっさんの提案なんだから構わないだろう。
そんな確認も含め、アリーシャを振り返る。
……何故頭を抱えているんだ。
「どうせ見た目通り、可愛らしい実力で――んなぁっ!?」
おっさんがまだ何か言っていたが、軽く魔力を解放して見せる。
いつもの事だが、全く本気じゃなくともかなりの重圧になる。根本的に魔力の質が違うからな。
「な、なんだその魔力っ……」
おっさんは腰を抜かしている。
いや、おっさん以外もびっくり仰天中だ。
「どうだ、可愛らしいだろう?」
ちょっと楽しくなってきたから煽ってみよう。
結局、こうやって力を誇示して愉悦してきたんだから、私も大概クソ野郎だよな。
英雄の中身なんてこんなもんなのさ。
「クソッ……けどなぁ! 魔力が凄いからって強いとは限らねぇんだ! てめぇに殴られたって俺はビクと――もぉぉおおうっ!?」
言うが早いか腹を殴らせてもらった。
すまんな。普段はこんな滅茶苦茶なんてやらないんだけど、このおっさんなんか面白いんだ。
「ぐほっ……ぉぉああ……ちくしょう、やるじゃねぇか……」
今度は認めるんかい。
初対面でぶん殴って来る子供とか、普通はブチギレるだろうに。
もしかして私を手伝ってくれてるのか?
なんて良い奴なんだ。
「だがしかぁし! いくら腕っぷしが強くたって、結局は魔法よ! どれだけ魔法を扱えるかが――はいっ分かりました! 降参です!」
長いセリフの間に、最速でおっさんへと雷を飛ばす。勿論当てない様に逸らしてだ。
私の周囲にもバチバチと派手に散っているが、何1つ傷は付けない。
扱いの難しい雷をこれだけ上手く操ってるんだ。誰が見ても分かるだろうよ。
「……ふんっ、いいだろう! てめぇはただのガキじゃねぇ、10年連続出場しているこの俺が認めてやろう!」
おい、今更取り繕うな。
別にアンタが認めようが意味は無いし。
あと、その10年連続ってのも凄いんだかなんだか分からん。
「ちなみにその方は10年連続1回戦負けです」
何故か受付から補足が飛んできた。
そしておっさんはガックリと膝を着く。
そうか……頑張れよ。ほんのちょっぴりだけ応援してやる。
「なぁ、もういいか? 子供でも戦えるって事は分かっただろう?」
口を挟んできた事だし、受付に向き直って聞いてみる。
「ええ、はい。もういいです。登録しますからもう騒がないでください」
あんなに困惑してたのにあっさりだな。一体何があった。
いや目の前で騒ぎがあったんだが。
うん、これは全てを諦めた顔だ。
いやまぁ……すまなかった。悪ノリし過ぎたな。
「もういいって何……? 別に実力を証明したらとか無かったよね。勝手にやっただけだよね。え、いいの?」
呆れるアリーシャのツッコミを聞き流しながら、ササッと書類に記入をしていく。勿論2人分だ。
「ああ、もういいんだ。ほら行こう」
なにやら色々言いたい事があるらしいアリーシャの背を押して扉へ向かう。
終わった事にグダグダ言うな。認めてくれたんだから良いじゃないか。
「結局勢い任せに荒らしただけじゃん!? あーもうっ、やっぱり自重しなかった!」
半分くらいあのおっさんの所為だ。
それに、出来るだけ安全に面白く……って注文通りじゃないか。な?
ついでに言うなら、これで大会の前に噂が追加されるだろう。
目的としては良い流れだ。多分。
という訳で、アリーシャの叫びを残して役所を後にした。
……なるようになったな。