とある竜の恋の詩   作:桜寝子

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第16話 彼の決意

「エルちゃん、口開けて」

 

「は? あー……」

 

 鍛冶屋を後にして歩き始めると、アリーシャがそんなよく分からない事を言い出した。

 よく分からないが開けろと言うなら開けてやろう。

 

「……生えてる」

 

 何が?

 

「私に口開けさせてどうしたいんだ……」

 

 なんで覗き込んだ。

 勿論綺麗にしてるつもりだけど、それでもちょっとだけ恥ずかしいぞ。

 

「いや……だってさっきの、牙でしょ?」

 

「そんなもんとっくに再生してるよ」

 

 その確認がしたかったのか。

 そもそも変身してる姿だし、歯の数も違うから確認にならないぞ。

 

「それなら良いけど……大丈夫? 痛くなかった?」

 

「心配するな。なんの問題も無いよ」

 

 爪と牙を折ってきたんだから仕方ないけど、心配されるってのはどうも慣れない。

 エルヴァンの時はしてくれる人が居なかったし、今はする必要が無い体だ。

 

 まぁそんな事は全く関係無く、いつまでも心配してくれるのがアリーシャなんだろうな。むず痒い。

 

「ていうか、もしかして外壁を越えたり……」

 

「したな。大丈夫だ、往復したけど見つかってない」

 

 何処で変身したのかと考え、何時ぞやに私が外壁を越えようとした事を思い出したんだろう。

 まぁ今回は実際に越えた訳だけど。

 

 だってほんのちょっとの用事だし、しかも急いでるんだ。

 それでわざわざ門を通って手続きするのは面倒過ぎる。

 

「……こっそり素通りされる防壁ってなんだろう」

 

 そこはもう仕方ない。私だし。

 

 というか私じゃなくとも、技術があるなら可能だ。

 そうやって侵入する犯罪者だって居ない訳じゃない。それだって普通は夜だけどな。

 

 

 

「まぁまぁ……そんな事より、この10日間をどうするかだ」

 

「そうだねぇ……お金使えなくなっちゃったし」

 

 下手に話を続けると怒られそうな予感がしたから、ひとまず話を変える。

 

 賞金で豪遊するつもりだったけど、それが出来なくなってしまった。

 と言うのも、さっき店から出る時オックスの爺さんに言われたのだ。

 

『こんな訳の分からん素材、金額は覚悟しておけよ。せっかくの賞金はとっておく事だな』

 

 と。こっちの考えを読んでいるのか忠告まで頂いた。

 言うだけ言って奥に戻ったが、どうせならある程度の金額を言ってくれんかね……?

 私が言えた事じゃないけど、相変わらず言葉が足りない奴だ。

 

 エルヴァンの剣が200万コールだったから、それ以上の剣となれば2本で500万は越えるだろう。

 あの言い方からして賞金以上の金額にはならないだろうから、高めに見て600万の予想だ。

 

 既にルークに50万投げ付けたし、滞在費と路銀の事も考えるとあまり使えない。

 その場の思いつきで爪と牙を持ち込んだ私の所為だけど……ちょっと出費がデカ過ぎたな。

 でも反省はしない。

 

 

「武器を作って貰うのって、そんなにお金が掛かるの?」

 

「いや、一般的には100万あればかなり良い物が手に入るよ。あそこが特別、質と価格が滅茶苦茶高いんだ」

 

 店売りでそこそこ良い物を買っただけのアリーシャにとっては信じられない価格だろう。

 

 けどあそこは昔からそうだった。

 ただ好きだから、最高の物を目指してのんびり楽しんでる。

 そう言っていたのを覚えている。

 

 どれだけ腕が良くても流行らないのは、価格の問題もあるが知られていないからだ。

 あえて宣伝をしていなかったから、私は剣を何処で手に入れたのか誰にも語らなかった。

 

 エルヴァンの剣を打った、なんて知れたら騒がれるのは間違いない。

 それで挙って客が来るのは彼としても不本意だろうからな。

 

 私じゃなくとも、あの店で買った奴は大体似たような事を考えたのだろう。

 もしくは、そういう奴にしか売ってなかったのかもしれない。

 

 

「じゃあ本当に凄い剣になるんだろうねぇ……エルちゃんが楽しみにしてるのも分かるかも」

 

 ようやく理解が追い付いたのか、アリーシャはしみじみと言った。

 今回は素材が素材だから、私でも見た事が無い業物になるのは間違いない。

 

 しかし、楽しみにしてるって私言ったっけ? 見抜かれてるのか。

 そう、私は武器を眺めているだけで時間を潰せるタイプだ。

 

「まぁ剣については10日後にしよう、今から語ってたら待ちきれなくなる。他の事に手が付かなくなっちゃうだろ」

 

「……意外と子供っぽいよね、エルちゃん」

 

「なんだとコラ」

 

 やっぱり色々と見抜かれてるな。

 

 子供っぽくなった自覚はある。中身おっさんだってのに……むしろ生きていたらもう60近いのに。

 そりゃあもう、どうしたものかとかなり悩んだくらいには理解してるんだ。

 

 でもそれでいい。

 生まれ変わって子供として生きて、まさしく子供の様に改めて成長していく。

 それが新しい人生ってもんだろう。

 

 でもそれはそれとして、指摘されるのは恥ずかしい。

 それがまた更に子供っぽいと分かってはいてもな。

 

 

 

 

 

 

「――……い」

 

「ん?」

 

 とりあえず大通りに出よう、と歩いていると何か聞こえた。後ろか。

 アリーシャにも聞こえたらしく、揃って振り返る。

 

「おーい! やっと見つけた、待ってくれー!」

 

 ルークかよ。なんで私達を探してるんだか……ていうか釈放されたんだな。

 

「……逃げてみるのも面白そうだと思わないか?」

 

「やめたげて」

 

 走って来るのを眺めていると悪戯心が湧き上がってきた。

 残念ながらアリーシャに止められたから待ってやるけどな。感謝するがいい。

 

 

「……なんの用だ?」

 

 で、私達の前で足を止めたルークに用件を聞いてみる。

 まさかとは思うが、金を返そうとしたら今度こそ殴ってやろうか。

 

 あ、いや……返してくれるなら喜んで受け取ろう。剣の事を考えたらあった方が嬉しい。

 

「いや、だって金押し付けて勝手に帰るから……礼くらい言わせてくれよ」

 

 流石にここまできて返す事はしないようだ。良かったんだか良くなかったんだか……

 しかし礼の為に探してたとは律儀な奴だ。馬鹿な真似をしていたが、性根は良いんだな。

 

「そんなの要らないのに」

 

「それでも言わせてくれ。ありがとう……あと、勝手にエルヴァンの子を名乗ってすまなかった」

 

 神妙な顔をしたかと思えば頭を下げてきた。

 まだ謝るのか。

 

「土下座してただろう。もう畏まるな、気持ち悪いってば」

 

「そうだったな……」

 

 気持ちは分かってるし、私はもう許した。これ以上は要らないんだ。

 それにコイツはギャーギャー喚いてる方が似合う。

 

 私が軽く返すと、ルークは苦笑しながら頭を上げた。

 

「あと、さ……その、実はもう1つだけ話があるんだ」

 

「ほー?」

 

 礼と謝罪の為だけじゃなかったみたいだな。

 なにやら、どう切り出そうかと悩んでいる素振りをしている。

 

 しかしそれも数秒の後、ゴクリと唾を呑んで決心したようだ。

 

 

「頼む、俺を旅に連れて行っ――」

 

「やだ」

 

 即答。

 

 

「せめて言わせてくれよ! 色々言わせてくれないなお前!」

 

「なんでわざわざ連れて行かなきゃならないんだ、やだよ」

 

 面白い奴だけど、それは出来ない。

 そんなのは四六時中一緒に居る事になる。

 まだ知り合ってばかりで何の親交も無い男と旅はな……アリーシャも居るし許さん。

 

 いやまぁそれは3割くらい冗談だけど、私達には気軽に明かせない秘密がいくつもあるんだ。

 どうやっても隠し続けるのは無理だろう。

 

 そして理由が理由だけに、断るにも嘘を付かなきゃならない。

 考えるのが面倒だから『やだ』と言い続けるけど。

 

「理由とかちょっとは聞いてくれ……」

 

「そんなに言いたいなら聞いてやろう。聞くだけな」

 

 しょんぼりしているルークから、とりあえずそう考えた理由だけ聞いてやる事にする。

 実際、急にそんな事を言い出すなんて思わなかったしな。

 

 さてさて、何を考えたのやら……

 

 

「俺はお前らの試合を見てた。その……決勝が始まる前の会話とかも、聞いてた」

 

「え、早々に連行されてっただろう。なんで見てるんだ?」

 

「それが、準決勝の前に団長さんに連れ戻されたんだ。本当のエルヴァンの子を見てみろ、って。丸坊主のまま……」

 

 何してるんだ団長。

 かなり近くじゃないと会話までは聞き取れないし、一般の観客席じゃないな。

 

 しかしそんなに早く刈られてたのか……そういえば参加者の席に知らない坊主頭があった気がする。

 

「とにかく、まぁ……見てたんだ。それで色々考えた」

 

 早速私が口を挟んでしまったから話が少し逸れたな。

 すまん、続けてくれ。

 

「俺だってあの人と同じ道を往きたい。その為に子供の頃から鍛えて、なんとか旅をしてるんだ。英雄なんて目指すものじゃないって言われちゃったけど……それで諦められる程軽い気持ちじゃない」

 

 まぁ、な。きっとずっと努力してきたんだろうって事は流石に分かる。

 レイナードに甚振られてたから実力はよく分からず仕舞いだったけど、それでも弱くは無いし。

 

 ただ、私は諦めろとは言ってない。

 英雄になる、エルヴァンの様に人を救う。それは似てる様で違う。

 憧れが先に立って、認められたいと思ってしまっている……そう感じたから忠告したまでだ。

 

 同じ道を往きたいなら往けば良い。

 それは止めないし、なんなら応援してやるのも吝かではない。

 だって私達も往くと決めたんだ。それをどうして否定出来ると言うのか。

 

「そりゃあ、あの人の真似じゃなくて、何処かで俺の答えを出さなきゃならないって分かってた。けど俺は……えっと……アリーシャちゃんみたいに、道の先とかなんて考えもしなかった」

 

「ちゃんって言うな」

 

「ごめん」

 

 馴れ馴れしいぞ。ってまた思わず口を挟んじゃったじゃないか。

 まぁいい、続けて。

 

「とにかく……悔しかった。実力も、意識も、何もかも……2人の足元にも及ばない。今まで俺は何をしてきたんだろうって思っちまった。けど、追い付きたいとも思った」

 

 よくある絶望だ。そんな奴はいくらでも見てきた。

 高過ぎる壁を前にして、目が曇り、振り返った自分の道さえ見えなくなる。

 

 けどコイツはそこで立ち止まらず、進もうと足掻いてる。

 

「だから考えた。考えて、俺も道の先へ行きたいと思った。あの人が目指した道の先にある、俺だけのモノを見つけたい!」

 

 自分だけのモノ、か。

 そうだよな……決まった何かじゃない。人によって違うモノ、なんだろうな。

 悔しいがその言葉だけはちょっぴり私に響いたぞ。

 

「今の俺じゃ何も足りない……だけど止まりたくない。だから、同じ道を往くお前達と一緒なら、進める気がするんだ」

 

「なんだ、今度は私達の真似か? 道に迷ったからって、他人を勝手に道標にするな」

 

 少し、意地悪をしたくなった。

 揶揄うとかじゃない、ただ確かめてみたい。だからわざと厳しい事を言ってみた。

 

「違う……とは言えない。けどそれがなんだ! 思い知ったからって、迷ったからって、立ち止まってちゃ……俺を救ってくれたあの人に顔向け出来ねぇ!」

 

 今まさに向けてるけど……良い顔してるじゃないか。

 必死に悩んでそれでも進もうとしてる奴を軽蔑なんてしないぞ。

 

「まぁ……よく分かんないけど、熱意は分かった。ちょっとお前が気に入ったよ」

 

 見てみたい。あくまで人間の範疇の彼が、どこまでその道を往けるのか。

 飛び抜けた力を持たず、どうやって往くのか。

 なんら異常でもない、普通の人間だったらどう変わるのか。

 

 きっと苦しいなんてもんじゃないだろう。だけど……コイツは挫けない。

 折れても、潰れても、それでもいつか何かを道標に走り出す。そんな気がする。

 

 それでももしかしたら、道半ばで途絶えるかもしれない。

 だけど、そうして歩いてきた道はきっと素晴らしい物になる。

 

 

「っ……じゃあ!?」

 

「でもそれはそれ、やっぱりヤダ」

 

「なっ……なんでだ!?」

 

 私が好意的な言葉を返したからか、ルークはパッと顔を明るくした。

 でも悪いけど、結局お断りだ。

 だって秘密を明かせなきゃ無理だもの。

 

 

「そもそも、こんな美少女2人の旅に混ぜろって……ちょっとなぁ」

 

「それはっ……確かに問題無いとは言えないけど……」

 

 大有りだろうがよ。

 そういう面で警戒される事は考えなかったのか?

 せめて滞在期間で親交を深めてから、とか考えなかったのか?

 

 元男の私はともかく、アリーシャの身に余計な危険は近づかせないぞ。

 

「わぉ、美少女って言われちゃった」

 

 お前はお前で何喜んでるんだ。

 どう見たってお前も充分可愛い方で――いやそんな事はどうでもいいんだ。

 

「コホンッ……別に一緒じゃなくてもいいだろ。私達の後ろをお前なりに歩いて来い。それでいつか、私達に並べる様になれたら……そしたら誘ってやるよ」

 

 私が秘密を明かしていいと思えるだけの信頼を得たら良いよ。それまでは1人で頑張れ。

 

 という様な事を、自然と笑顔で伝えた。

 コイツがどう歩いて行くのか、楽しみだ。

 

「っ……言ったな! 追い掛けるからな! 見てろよチクショー!」

 

 すると悔しそうな、嬉しそうな、決意した様な、感情ごちゃ混ぜの顔で騒がしく走って行った。

 

 頑張れ頑張れ。具体的に何をどう見るのかなんて考えてないけどな。

 なんなら認める基準も、ましてや答えも無い。

 それでも足掻いて足掻いて、直向きに進むんだろうよ。

 

 というか、結局本当に聞くだけだったな。もっと色々言ってやった方が良かったのかもしれないが……

 口出ししまくるのもなんか違う気がする。

 それに、アイツなら自分で考えて行けるだろう。エルヴァンを理解しようとしたように、な。

 

 しかし美少女2人を追い掛ける宣言か……アレはアレでアウトだろ。

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