「エルちゃん、口開けて」
「は? あー……」
鍛冶屋を後にして歩き始めると、アリーシャがそんなよく分からない事を言い出した。
よく分からないが開けろと言うなら開けてやろう。
「……生えてる」
何が?
「私に口開けさせてどうしたいんだ……」
なんで覗き込んだ。
勿論綺麗にしてるつもりだけど、それでもちょっとだけ恥ずかしいぞ。
「いや……だってさっきの、牙でしょ?」
「そんなもんとっくに再生してるよ」
その確認がしたかったのか。
そもそも変身してる姿だし、歯の数も違うから確認にならないぞ。
「それなら良いけど……大丈夫? 痛くなかった?」
「心配するな。なんの問題も無いよ」
爪と牙を折ってきたんだから仕方ないけど、心配されるってのはどうも慣れない。
エルヴァンの時はしてくれる人が居なかったし、今はする必要が無い体だ。
まぁそんな事は全く関係無く、いつまでも心配してくれるのがアリーシャなんだろうな。むず痒い。
「ていうか、もしかして外壁を越えたり……」
「したな。大丈夫だ、往復したけど見つかってない」
何処で変身したのかと考え、何時ぞやに私が外壁を越えようとした事を思い出したんだろう。
まぁ今回は実際に越えた訳だけど。
だってほんのちょっとの用事だし、しかも急いでるんだ。
それでわざわざ門を通って手続きするのは面倒過ぎる。
「……こっそり素通りされる防壁ってなんだろう」
そこはもう仕方ない。私だし。
というか私じゃなくとも、技術があるなら可能だ。
そうやって侵入する犯罪者だって居ない訳じゃない。それだって普通は夜だけどな。
「まぁまぁ……そんな事より、この10日間をどうするかだ」
「そうだねぇ……お金使えなくなっちゃったし」
下手に話を続けると怒られそうな予感がしたから、ひとまず話を変える。
賞金で豪遊するつもりだったけど、それが出来なくなってしまった。
と言うのも、さっき店から出る時オックスの爺さんに言われたのだ。
『こんな訳の分からん素材、金額は覚悟しておけよ。せっかくの賞金はとっておく事だな』
と。こっちの考えを読んでいるのか忠告まで頂いた。
言うだけ言って奥に戻ったが、どうせならある程度の金額を言ってくれんかね……?
私が言えた事じゃないけど、相変わらず言葉が足りない奴だ。
エルヴァンの剣が200万コールだったから、それ以上の剣となれば2本で500万は越えるだろう。
あの言い方からして賞金以上の金額にはならないだろうから、高めに見て600万の予想だ。
既にルークに50万投げ付けたし、滞在費と路銀の事も考えるとあまり使えない。
その場の思いつきで爪と牙を持ち込んだ私の所為だけど……ちょっと出費がデカ過ぎたな。
でも反省はしない。
「武器を作って貰うのって、そんなにお金が掛かるの?」
「いや、一般的には100万あればかなり良い物が手に入るよ。あそこが特別、質と価格が滅茶苦茶高いんだ」
店売りでそこそこ良い物を買っただけのアリーシャにとっては信じられない価格だろう。
けどあそこは昔からそうだった。
ただ好きだから、最高の物を目指してのんびり楽しんでる。
そう言っていたのを覚えている。
どれだけ腕が良くても流行らないのは、価格の問題もあるが知られていないからだ。
あえて宣伝をしていなかったから、私は剣を何処で手に入れたのか誰にも語らなかった。
エルヴァンの剣を打った、なんて知れたら騒がれるのは間違いない。
それで挙って客が来るのは彼としても不本意だろうからな。
私じゃなくとも、あの店で買った奴は大体似たような事を考えたのだろう。
もしくは、そういう奴にしか売ってなかったのかもしれない。
「じゃあ本当に凄い剣になるんだろうねぇ……エルちゃんが楽しみにしてるのも分かるかも」
ようやく理解が追い付いたのか、アリーシャはしみじみと言った。
今回は素材が素材だから、私でも見た事が無い業物になるのは間違いない。
しかし、楽しみにしてるって私言ったっけ? 見抜かれてるのか。
そう、私は武器を眺めているだけで時間を潰せるタイプだ。
「まぁ剣については10日後にしよう、今から語ってたら待ちきれなくなる。他の事に手が付かなくなっちゃうだろ」
「……意外と子供っぽいよね、エルちゃん」
「なんだとコラ」
やっぱり色々と見抜かれてるな。
子供っぽくなった自覚はある。中身おっさんだってのに……むしろ生きていたらもう60近いのに。
そりゃあもう、どうしたものかとかなり悩んだくらいには理解してるんだ。
でもそれでいい。
生まれ変わって子供として生きて、まさしく子供の様に改めて成長していく。
それが新しい人生ってもんだろう。
でもそれはそれとして、指摘されるのは恥ずかしい。
それがまた更に子供っぽいと分かってはいてもな。
*
「――……い」
「ん?」
とりあえず大通りに出よう、と歩いていると何か聞こえた。後ろか。
アリーシャにも聞こえたらしく、揃って振り返る。
「おーい! やっと見つけた、待ってくれー!」
ルークかよ。なんで私達を探してるんだか……ていうか釈放されたんだな。
「……逃げてみるのも面白そうだと思わないか?」
「やめたげて」
走って来るのを眺めていると悪戯心が湧き上がってきた。
残念ながらアリーシャに止められたから待ってやるけどな。感謝するがいい。
「……なんの用だ?」
で、私達の前で足を止めたルークに用件を聞いてみる。
まさかとは思うが、金を返そうとしたら今度こそ殴ってやろうか。
あ、いや……返してくれるなら喜んで受け取ろう。剣の事を考えたらあった方が嬉しい。
「いや、だって金押し付けて勝手に帰るから……礼くらい言わせてくれよ」
流石にここまできて返す事はしないようだ。良かったんだか良くなかったんだか……
しかし礼の為に探してたとは律儀な奴だ。馬鹿な真似をしていたが、性根は良いんだな。
「そんなの要らないのに」
「それでも言わせてくれ。ありがとう……あと、勝手にエルヴァンの子を名乗ってすまなかった」
神妙な顔をしたかと思えば頭を下げてきた。
まだ謝るのか。
「土下座してただろう。もう畏まるな、気持ち悪いってば」
「そうだったな……」
気持ちは分かってるし、私はもう許した。これ以上は要らないんだ。
それにコイツはギャーギャー喚いてる方が似合う。
私が軽く返すと、ルークは苦笑しながら頭を上げた。
「あと、さ……その、実はもう1つだけ話があるんだ」
「ほー?」
礼と謝罪の為だけじゃなかったみたいだな。
なにやら、どう切り出そうかと悩んでいる素振りをしている。
しかしそれも数秒の後、ゴクリと唾を呑んで決心したようだ。
「頼む、俺を旅に連れて行っ――」
「やだ」
即答。
「せめて言わせてくれよ! 色々言わせてくれないなお前!」
「なんでわざわざ連れて行かなきゃならないんだ、やだよ」
面白い奴だけど、それは出来ない。
そんなのは四六時中一緒に居る事になる。
まだ知り合ってばかりで何の親交も無い男と旅はな……アリーシャも居るし許さん。
いやまぁそれは3割くらい冗談だけど、私達には気軽に明かせない秘密がいくつもあるんだ。
どうやっても隠し続けるのは無理だろう。
そして理由が理由だけに、断るにも嘘を付かなきゃならない。
考えるのが面倒だから『やだ』と言い続けるけど。
「理由とかちょっとは聞いてくれ……」
「そんなに言いたいなら聞いてやろう。聞くだけな」
しょんぼりしているルークから、とりあえずそう考えた理由だけ聞いてやる事にする。
実際、急にそんな事を言い出すなんて思わなかったしな。
さてさて、何を考えたのやら……
「俺はお前らの試合を見てた。その……決勝が始まる前の会話とかも、聞いてた」
「え、早々に連行されてっただろう。なんで見てるんだ?」
「それが、準決勝の前に団長さんに連れ戻されたんだ。本当のエルヴァンの子を見てみろ、って。丸坊主のまま……」
何してるんだ団長。
かなり近くじゃないと会話までは聞き取れないし、一般の観客席じゃないな。
しかしそんなに早く刈られてたのか……そういえば参加者の席に知らない坊主頭があった気がする。
「とにかく、まぁ……見てたんだ。それで色々考えた」
早速私が口を挟んでしまったから話が少し逸れたな。
すまん、続けてくれ。
「俺だってあの人と同じ道を往きたい。その為に子供の頃から鍛えて、なんとか旅をしてるんだ。英雄なんて目指すものじゃないって言われちゃったけど……それで諦められる程軽い気持ちじゃない」
まぁ、な。きっとずっと努力してきたんだろうって事は流石に分かる。
レイナードに甚振られてたから実力はよく分からず仕舞いだったけど、それでも弱くは無いし。
ただ、私は諦めろとは言ってない。
英雄になる、エルヴァンの様に人を救う。それは似てる様で違う。
憧れが先に立って、認められたいと思ってしまっている……そう感じたから忠告したまでだ。
同じ道を往きたいなら往けば良い。
それは止めないし、なんなら応援してやるのも吝かではない。
だって私達も往くと決めたんだ。それをどうして否定出来ると言うのか。
「そりゃあ、あの人の真似じゃなくて、何処かで俺の答えを出さなきゃならないって分かってた。けど俺は……えっと……アリーシャちゃんみたいに、道の先とかなんて考えもしなかった」
「ちゃんって言うな」
「ごめん」
馴れ馴れしいぞ。ってまた思わず口を挟んじゃったじゃないか。
まぁいい、続けて。
「とにかく……悔しかった。実力も、意識も、何もかも……2人の足元にも及ばない。今まで俺は何をしてきたんだろうって思っちまった。けど、追い付きたいとも思った」
よくある絶望だ。そんな奴はいくらでも見てきた。
高過ぎる壁を前にして、目が曇り、振り返った自分の道さえ見えなくなる。
けどコイツはそこで立ち止まらず、進もうと足掻いてる。
「だから考えた。考えて、俺も道の先へ行きたいと思った。あの人が目指した道の先にある、俺だけのモノを見つけたい!」
自分だけのモノ、か。
そうだよな……決まった何かじゃない。人によって違うモノ、なんだろうな。
悔しいがその言葉だけはちょっぴり私に響いたぞ。
「今の俺じゃ何も足りない……だけど止まりたくない。だから、同じ道を往くお前達と一緒なら、進める気がするんだ」
「なんだ、今度は私達の真似か? 道に迷ったからって、他人を勝手に道標にするな」
少し、意地悪をしたくなった。
揶揄うとかじゃない、ただ確かめてみたい。だからわざと厳しい事を言ってみた。
「違う……とは言えない。けどそれがなんだ! 思い知ったからって、迷ったからって、立ち止まってちゃ……俺を救ってくれたあの人に顔向け出来ねぇ!」
今まさに向けてるけど……良い顔してるじゃないか。
必死に悩んでそれでも進もうとしてる奴を軽蔑なんてしないぞ。
「まぁ……よく分かんないけど、熱意は分かった。ちょっとお前が気に入ったよ」
見てみたい。あくまで人間の範疇の彼が、どこまでその道を往けるのか。
飛び抜けた力を持たず、どうやって往くのか。
なんら異常でもない、普通の人間だったらどう変わるのか。
きっと苦しいなんてもんじゃないだろう。だけど……コイツは挫けない。
折れても、潰れても、それでもいつか何かを道標に走り出す。そんな気がする。
それでももしかしたら、道半ばで途絶えるかもしれない。
だけど、そうして歩いてきた道はきっと素晴らしい物になる。
「っ……じゃあ!?」
「でもそれはそれ、やっぱりヤダ」
「なっ……なんでだ!?」
私が好意的な言葉を返したからか、ルークはパッと顔を明るくした。
でも悪いけど、結局お断りだ。
だって秘密を明かせなきゃ無理だもの。
「そもそも、こんな美少女2人の旅に混ぜろって……ちょっとなぁ」
「それはっ……確かに問題無いとは言えないけど……」
大有りだろうがよ。
そういう面で警戒される事は考えなかったのか?
せめて滞在期間で親交を深めてから、とか考えなかったのか?
元男の私はともかく、アリーシャの身に余計な危険は近づかせないぞ。
「わぉ、美少女って言われちゃった」
お前はお前で何喜んでるんだ。
どう見たってお前も充分可愛い方で――いやそんな事はどうでもいいんだ。
「コホンッ……別に一緒じゃなくてもいいだろ。私達の後ろをお前なりに歩いて来い。それでいつか、私達に並べる様になれたら……そしたら誘ってやるよ」
私が秘密を明かしていいと思えるだけの信頼を得たら良いよ。それまでは1人で頑張れ。
という様な事を、自然と笑顔で伝えた。
コイツがどう歩いて行くのか、楽しみだ。
「っ……言ったな! 追い掛けるからな! 見てろよチクショー!」
すると悔しそうな、嬉しそうな、決意した様な、感情ごちゃ混ぜの顔で騒がしく走って行った。
頑張れ頑張れ。具体的に何をどう見るのかなんて考えてないけどな。
なんなら認める基準も、ましてや答えも無い。
それでも足掻いて足掻いて、直向きに進むんだろうよ。
というか、結局本当に聞くだけだったな。もっと色々言ってやった方が良かったのかもしれないが……
口出ししまくるのもなんか違う気がする。
それに、アイツなら自分で考えて行けるだろう。エルヴァンを理解しようとしたように、な。
しかし美少女2人を追い掛ける宣言か……アレはアレでアウトだろ。