とある竜の恋の詩   作:桜寝子

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第18話 忍ぶ影

 女は買い物が長い。そんな言葉は私も聞いた事がある。

 実際長い。アリーシャも例に漏れず長い。

 

 彼女はまだ色々と服を眺めている。今度は私じゃなく自分の、だそうだ。

 買うかどうかはともかく、それが楽しいらしい。

 

 散々着せ替え人形にされて辟易した私は、申し訳無いけど店の外で待たせて貰う事にした。

 流石王都と言うべきか、品揃えが良い。その分とんでもない数を試着させられて本当に疲れた。

 楽しかったけども、それはそれ。

 

 というか店からしたらかなり迷惑なんじゃなかろうか。良いのか?

 何も言われなかったし、なんなら笑顔の店員に遠くから見守られていたけど。仕事しろ。

 

 

 

 

「――っ、なんだ……?」

 

 店先でボケーっと草臥れていると、嫌な感覚が身体を襲った。

 チリチリと焼ける様な……そして粘着く様な殺気。

 

 これだけ目立てば、そういう意味で狙う奴も現れるか。昔も居たしな。

 

 そう考えて、気配の元である傍の路地へ向かう。

 あからさまだから誘われてるんだろう。

 けどいくらでも対処出来るから構わない。

 

 むしろアリーシャの目が無い今の内に始末しておける……いや、流石にこんな所でそれは後が面倒か。

 手間だけど一旦捕らえて、情報を吐かせて、夜にでも街の外で――

 

「……居ない」

 

 そんな事を考えながら路地に入ったが、さっきまでの気配が嘘の様だ。

 誘い出して隠れて、私が焦れて戻ろうとした所を不意打ち……か?

 

 残念だけどそんなのは通用しない。

 私なら人外の感知能力で魔力を――

 

 

「随分と楽しそうだったじゃないか。エルヴァン」

 

 

「――っ!?」

 

 瞬間、背後から短剣が襲い来る。

 咄嗟に振り向き手で掴むが、掌に深く食い込み血が飛んだ。

 痛い。久方振りの痛みだ。

 

 魔力を感知する直前だったとは言え、それでも私が気付けなかった。

 更には、警戒して障壁を張っていたのに突破された。

 この魔力、この気配……間違いない。

 

 全身がゾワリと粟立つ。

 まさかこんな早く、しかも街中で同類と出逢えるとはな。

 いや、向こうから来てくれただけだが。

 

 しかし武器が無いのはマズイか……?

 そもそもこんな奴と街中で戦う事自体がマズイ。どうする……?

 

「誰だ」

 

「名乗る気は無いかな。いくら貴重な同類と言っても、秘密にしたい事はある」

 

 短剣を放さない様に力を籠めつつ訊ねる。

 真っ黒な外套を纏っていて顔も姿も分からないが、伸ばされた腕と背恰好、声からして若い男だ。

 

 私をエルヴァンと呼んだ事から、色々と知っていると見ていいだろう。

 けど楽しそうってなんだ。まさかずっと見てたのか?

 

「なら目的は」

 

「ただの挨拶さ。中々可愛らしい姿になったんだな、驚いたよ。ドレスも似合ってた」

 

 本当に見てたらしい。

 なんか違う意味で、もう一度全身が粟立った。

 

「なんだ変態か。女の子の着替えを覗くとはね……」

 

「待て。そこまで覗いてない、違うぞ。お前みたいなちんちくりんに興味なんて無い」

 

「それはそれで失礼な奴だな。本気で殴るぞ」

 

 どうしてくれようかと睨みつけると、男は若干慌てた様に口を開いた。

 ちんちくりんってなんだコラ。事実だけどムカつくから殴らせろ。

 

「それは受けたくないなぁ。殴られた所が弾け飛びそうだ」

 

 すると短剣から手を放してお道化た。

 私に傷を負わせるだけの力があって、一体何を言ってるんだか。

 

 ていうか武器を手放すのかよ。

 さっきの一瞬だけで、今はもう全く敵意が無い。なんなんだ。

 

「チッ……調子が狂うな」

 

 その癖、返してくれとばかりに手を差し出していたから軽く投げ返した。

 

 あの短剣……近衛の装備の1つだな。柄に王家の紋章があったし間違いないだろう。

 王家の紋章を刻んだ武器は近衛にしか持つ事を許されていないし、そこらに流通する物じゃない。

 何故そんな物を……普段は近衛兵に紛れてるという事なのか、はたまた――

 

 まぁ今はいいか。とにかくコイツが何をしたいのか、だ。

 

「で、迷惑な挨拶が済んだら次は何だ?」

 

「そりゃあ、世間話だろう。いやー……消息不明だったとは言え、まさか君が早々に生まれ変わってるとはね。何があった?」

 

 普通に会話を続けてきた。掴み所の無い奴だな。

 多分わざとそう振舞ってるんだろうけど、やりづらい。

 

「寝ぼけた先輩に焼き殺されたよ」

 

「酷い先輩も居たもんだな」

 

 笑い事じゃない。いや笑うしかないけどさ。

 

「あぁ、そうだ……そいつが変身を教えてくれたんだけど、他は名前さえ教えてくれなくてな。知ってるか? 千年くらい生きてるらしい、赤くてデカいドラゴンなんだけど……」

 

「――へぇ。なんだやっぱりアイツだったのか、珍しい」

 

 言われた通りに世間話をしてやったが……なんだ、この反応。

 一瞬やたらと鋭い目になった。

 

「知ってるどころか、何か深い関わりがありそうだな」

 

「あるさ。同じ時代に生きて共に生まれ変わった仲だよ。大体1300年前ってとこかな」

 

「なんだと?」

 

 聞いてみればアッサリ答えてくれた。

 

「ついでに言うなら、君も使ってる変身……その魔法を作り上げたのは俺と彼だ」

 

「……待て待て、一気にデカい情報を言うな」

 

 しかも追加された。

 中々に衝撃的な事をポンポン言われても困る。

 

「まぁ詳しくはあんまり語ってあげないけどね。で、彼は元気だったかい?」

 

 勝手に話を進めていく。クソ、思考が追い付かない。

 とりあえず会話を続けるしかないか。

 

「元気……は元気だろうけど。無気力で寝てばかりだったぞ。5年も傍に居たのに、私になんて碌に興味も示さなかった」

 

「そうか……」

 

 私が見た限りの印象は、簡単に言えばそれだけだ。

 それを聞いた男は心配そうな声を洩らした。

 共に生まれ変わった、って……結局どんな関係なんだ。

 

「出来ればアイツは殺したくないんだけどな……」

 

 しかし一転、今度は残念そうにそんな物騒な事を呟いた。

 駄目だ、コイツはなんだか不安定でよく分からない。

 そもそも殺せるのか?

 

「私達って不死に近いんじゃ……」

 

「近いだけだ。生きてりゃいつか死ぬし、殺す方法だってあるさ」

 

 そんな私の疑問はサラリと答えられた。

 薄く笑った声と雰囲気が酷く恐ろしい。

 

 首を刎ねても再生するくらいに死ねない、とアイツは言ってたが……それでも殺せる方法か。

 私にはすぐには思いつかない。

 

「早くに死ねて良かったな、エルヴァン。もし長く生きて、絶望して自害とかで生まれ変わってたら俺が殺してたかもよ?」

 

 さっきからどんどん話が進んでいくな。

 語りたくて仕方ないのか? お前も話下手か? そっちの意味でも同類だったのか。

 

 というかそれ、なんか同じ様な事を言われたぞ。

 

「お前はそういう奴らを殺してきた、って事か?」

 

「その通り。壊れたまま生まれ変わったり、ただ時間が経ったりして、理性も無く暴れるだけになった獣だ。そんなの何体も居たら世界が滅びかねない」

 

 なるほどね……じゃあアイツもそういう意味で言ってたのかもしれないな。

 世界が滅ぶ。凄い話だけど、確かに有り得る。伝わってる御伽噺がそうだしな。

 

 そもそもコイツはその御伽噺の当事者だろう。

 大体1300年とか言ってたから、確実に旧時代から生きてる。

 ていうかアイツは適当言い過ぎだろ。300年が誤差か。

 

「じゃあ千年前の御伽噺のドラゴンってのはそういう奴らで、お前達が始末したのか」

 

「……あー、まぁそうだね。酷い戦いだった……いや、戦いとも呼べなかったかも。彼も一緒だった」

 

 聞けば話してくれるかも、と思って聞いてみると、やっぱり答えてくれた。

 

 アイツもコイツも、影で世界を護ってたのか。

 で、そんなアイツも壊れかけ……と。

 

 なんとも言えない。辛いとか悲しいとか、簡単に言える話じゃない。

 

 

「まぁでも、その前に人類を壊滅させる方が大変だったな。全てを壊すなんて俺達でも簡単じゃないんだよ」

 

 

「……は?」

 

 今なんて言った?

 

「世界を護ったんじゃないのか……?」

 

 聞き間違い……じゃなかったよな。

 

「護る? なんで?」

 

 ――クソが。

 そういう事かよ。

 

 顔が見えなくても分かる。

 なんの悪びれも無く、キョトンとしてやがる。

 

「ああ、でも護ったと言えば護ったのか。俺達は世界を滅ぼしたかった訳じゃなくて、人類を壊滅させて新しく始めたかっただけだ」

 

 ふざけやがって……なんだそれは。

 

「理性さえ失くした奴らと一緒になって暴れて、その後で邪魔だから殺したってのか」

 

「そうだよ。言った通り、世界を滅ぼしたい訳じゃないんだから。殺さないといけないんだ」

 

 とりあえず確認してみれば、あっけなく認めた。

 

「――っ、はは……」

 

 笑えてしまう。笑うしかない。

 何を勘違いしてたんだ。不安定どころじゃない、コイツこそとっくに壊れてた。

 

「ふっ……まだ生まれたての子からすれば、怖いかな?」

 

「ふざけろ。必要と有らば私は戦えるぞ」

 

 人類を壊滅させ、文明を……歴史を消し去った奴が目の前に居る。

 

 流石の私も震えてしまう。けどこんな奴にビビって堪るか。

 これでも私は英雄だったんだ。怖気づく英雄が居る訳無いだろ。

 

「だろうね、君ならそうする」

 

 お前が私の何を……いや、エルヴァンと知っていたんだったか。

 どんなつもりだったのかは知らんが、生前から見られていたんだろう。

 

「随分と私を知ってるみたいだな。昔から覗き趣味だったのか?」

 

「知ってるとも。同類に至る存在が近くに居て、気にしない訳が無いだろ」

 

 強がって嫌味を言うが流された。

 クソ、コイツのペースに呑まれるな。冷静になれ。

 

 そうだ、私がアリーシャを気に掛けてる様に、コイツもエルヴァンを気に掛けてた。それだけの話だ。

 それでどうしたかったのか、とか。昔から近くに居たって所は気になるが……

 

「君がどんな人生を経て生まれ変わるのか見たくてさ。でも物語には波乱が必要だから、ちょっと手を貸してあげたんだよ」

 

 何を言ってる……いや、考えるな。

 どうせ大した意味の無い言葉だ。

 

 

「俺達からすればそこらのドラゴンなんて下等生物……ましてやそれ以下の奴なんて、追い詰めて暴れさせるくらい簡単だ。良い舞台が出来たと思うんだよね」

 

「なん……だと……?」

 

 待て……それは……まさか。

 

「実際大活躍だったし、お陰で英雄が誕生した訳だし。大成功だった訳だ」

 

「――っ」

 

 そんな事の為にっ……あの戦いでどれだけの命が散ったと思ってるんだっ!?

 そう叫びたかったのに、言葉が出てこなかった。

 

 あの異常事態が重なった戦場は、コイツが作り出した。ただの舞台として。

 

 なんで楽し気に語れるんだ。コイツは一体なんなんだ。

 こんな正真正銘の化物と同類だなんて思いたくない。

 

 

「なのにフラッと何処かに行っちゃってさ。時折君の活躍が届いてたから、とりあえず一旦放置で良いかなって思ってたら……気付いた時には消息不明だ」

「今はこうして戻ってきたけど……ちょっと予想外だったな」

「まさかあんな女の子が居て、楽しそうに旅してるだなんて。生まれ変わって更に輝いてるなんて思わなかった」

 

 呆ける私を置いて、ひたすら喋りつづける。

 ただ吐き出したいだけで、私が聞いてるかどうかなんて関係無いんだ。

 

「ホント……ズルイよなぁ」

 

 どす黒い感情を叩きつけられて嫌な汗が溢れてくる。なんだこれは。

 

 嫉妬なんて感情は今まで散々向けられてきた。

 でもこれはそんな生易しいモノじゃない。

 

「君達を見てるとムカついて仕方ない。なんでそんな風になれた。なんで俺達はなれなかった」

 

 自分の意思で見ておいて、自分の意思で近づいておいて、何を言ってる。

 何も理解出来ない。むしろ理解していいモノなのか。

 

「あの子も使ったら何か分かるか?」

 

「ってめぇ!! アリーシャに手を出してみろ、ぶっ――」

 

「殺してくれるのか? でもそれはまだ嫌だな。まだ死にたくないんだ。本気でやり合えば俺も勝てるか怪しい」

 

 それだけは聞き捨てならない。それだけは絶対に許さない。

 ましてや私を狙った事で巻き込むなんて……

 

 いくらアリーシャが強くたって、コイツとは次元が違う。

 エルヴァンの様にいとも簡単に死ぬだろう。

 

 例え彼女に『生まれ変わる先』があったとしても……むざむざ殺させてやるものか。

 

 勝てるか怪しいのはこっちも同じ。そもそも不死に近い存在を殺す方法が分からない。

 それでも全身全霊でもって、死ぬまで殺してやる。

 

「あぁ、ダメだな。せっかくだから挨拶だけでもと思ってたのに、やっぱりムカついて壊したくなる。なのにもっと君達を見ていたいとも思う。腹立たしいなぁ」

 

 私も同じだよ。お前程腹立たしいと思った奴は居ない。

 

「早めに街から……いや、この国から出た方が良いぞ。今あの子を失いたくは無いだろ?」

 

「チッ……脅しか。それこそ何の目的で……」

 

「言ったじゃないか。壊したいけど見ていたい。だから何処かへ行ってくれ……俺の国の外へ。俺の手が届かない所へ」

 

 本当にふざけてる。なんだそれは。

 自分がどれだけ滅茶苦茶な事を言ってるのか自覚した上で、それでも押し通す気か。

 

「最後にヒントをやろう。君を殺した赤いドラゴン……彼の名は、グリード・グランドルだ」

 

「待てっ! 好き放題言うだけ言って何処に行くつもりだっ!?」

 

 そう言いながら踵を返し、歩き出す。

 堪らず私はその背中に叫んだ。あまりにも勝手過ぎる。

 

「俺の居場所へ。じゃあね……これからの君達の活躍を楽しみにしてるよ」

 

 しかし私の声なんて意に介さず、淡々と歩いて通りに出て行ってしまった。

 今までは人の目の無い路地だったから良いが、流石に通りに出て騒ぐのは避けたい。

 

 

 クソッ……なんなんだ……さっきからこれしか言ってない。

 口を開く度に雰囲気が変わる様な、気色悪い奴だった。何もかも滅茶苦茶だ。

 

 しかも最後の最後にとんでもない事を言い残して行きやがって。

 アイツの名前がグリードだと?

 

 それは千年前の御伽噺の更に前……旧時代の、もう1つの御伽噺。

 世界を滅ぼそうとした魔王と、それを止めた勇者の物語――その魔王の名じゃないか。

 

 物語の最後は、勇者と魔王の相打ちで終わる。

 なら共に生まれ変わったと言うあの男は……勇者、エリウス・アールノルト。

 そういう事になる。

 

 

 まさか実在したとは。

 様々な題材にされるだけの、よくある物語なんかじゃなかった。

 

 けど考えてみればそうだよな。

 旧時代の物なんてまともに残って無いのに、御伽噺だけはしっかり残ってるなんておかしな話だ。

 宗教だとかの思想まで跡形も無く消されているのに……

 

 あえて残したんだ。アイツらが。

 自分達の痕跡を、名前まで正確に記して……

 

 何の為に……一体何がしたい……

 全く分からない。考えるだけ無駄かもしれないな。

 

 ともかくアイツは危険だ。あまりに危険過ぎる。

 言われた通りにするのは癪だけど仕方ない。

 何をするか予想出来ないなら、一時的にでも離れるしかないだろう。

 

 

 幸いにもアイツはこの街、この国に何か執着があるらしい。俺の国と言っていたしな。

 いつから……そういえばこの国は、戦争の尽きない時代において世界の頂点に立ったんだったな。

 それこそ建国当初から異常なくらいに圧倒的だった、と。

 

 それを率いていたのは勿論、王家。

 まさかとは思うが、建国の時から王家の1人として……もしくはその影に隠れて……

 あの短剣をわざわざ使ったのもヒントのつもりだったのか?

 

 まぁいい。どうせ数日中には出発するんだ。少し予定を変えて国を離れよう。

 少なくとも今はまだ、アイツと関わるべきじゃない。むしろ関わりたくない。

 

 

 なにより、まずは冷静になろう。

 何かを考えるのはそれからだ。こんな状態で考えたって、取り留めのない事しか出てこない。

 

 全く……アリーシャの買い物が長くて助かったな。

 こんな所を見られたらどうなっていた事か。

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