女は買い物が長い。そんな言葉は私も聞いた事がある。
実際長い。アリーシャも例に漏れず長い。
彼女はまだ色々と服を眺めている。今度は私じゃなく自分の、だそうだ。
買うかどうかはともかく、それが楽しいらしい。
散々着せ替え人形にされて辟易した私は、申し訳無いけど店の外で待たせて貰う事にした。
流石王都と言うべきか、品揃えが良い。その分とんでもない数を試着させられて本当に疲れた。
楽しかったけども、それはそれ。
というか店からしたらかなり迷惑なんじゃなかろうか。良いのか?
何も言われなかったし、なんなら笑顔の店員に遠くから見守られていたけど。仕事しろ。
「――っ、なんだ……?」
店先でボケーっと草臥れていると、嫌な感覚が身体を襲った。
チリチリと焼ける様な……そして粘着く様な殺気。
これだけ目立てば、そういう意味で狙う奴も現れるか。昔も居たしな。
そう考えて、気配の元である傍の路地へ向かう。
あからさまだから誘われてるんだろう。
けどいくらでも対処出来るから構わない。
むしろアリーシャの目が無い今の内に始末しておける……いや、流石にこんな所でそれは後が面倒か。
手間だけど一旦捕らえて、情報を吐かせて、夜にでも街の外で――
「……居ない」
そんな事を考えながら路地に入ったが、さっきまでの気配が嘘の様だ。
誘い出して隠れて、私が焦れて戻ろうとした所を不意打ち……か?
残念だけどそんなのは通用しない。
私なら人外の感知能力で魔力を――
「随分と楽しそうだったじゃないか。エルヴァン」
「――っ!?」
瞬間、背後から短剣が襲い来る。
咄嗟に振り向き手で掴むが、掌に深く食い込み血が飛んだ。
痛い。久方振りの痛みだ。
魔力を感知する直前だったとは言え、それでも私が気付けなかった。
更には、警戒して障壁を張っていたのに突破された。
この魔力、この気配……間違いない。
全身がゾワリと粟立つ。
まさかこんな早く、しかも街中で同類と出逢えるとはな。
いや、向こうから来てくれただけだが。
しかし武器が無いのはマズイか……?
そもそもこんな奴と街中で戦う事自体がマズイ。どうする……?
「誰だ」
「名乗る気は無いかな。いくら貴重な同類と言っても、秘密にしたい事はある」
短剣を放さない様に力を籠めつつ訊ねる。
真っ黒な外套を纏っていて顔も姿も分からないが、伸ばされた腕と背恰好、声からして若い男だ。
私をエルヴァンと呼んだ事から、色々と知っていると見ていいだろう。
けど楽しそうってなんだ。まさかずっと見てたのか?
「なら目的は」
「ただの挨拶さ。中々可愛らしい姿になったんだな、驚いたよ。ドレスも似合ってた」
本当に見てたらしい。
なんか違う意味で、もう一度全身が粟立った。
「なんだ変態か。女の子の着替えを覗くとはね……」
「待て。そこまで覗いてない、違うぞ。お前みたいなちんちくりんに興味なんて無い」
「それはそれで失礼な奴だな。本気で殴るぞ」
どうしてくれようかと睨みつけると、男は若干慌てた様に口を開いた。
ちんちくりんってなんだコラ。事実だけどムカつくから殴らせろ。
「それは受けたくないなぁ。殴られた所が弾け飛びそうだ」
すると短剣から手を放してお道化た。
私に傷を負わせるだけの力があって、一体何を言ってるんだか。
ていうか武器を手放すのかよ。
さっきの一瞬だけで、今はもう全く敵意が無い。なんなんだ。
「チッ……調子が狂うな」
その癖、返してくれとばかりに手を差し出していたから軽く投げ返した。
あの短剣……近衛の装備の1つだな。柄に王家の紋章があったし間違いないだろう。
王家の紋章を刻んだ武器は近衛にしか持つ事を許されていないし、そこらに流通する物じゃない。
何故そんな物を……普段は近衛兵に紛れてるという事なのか、はたまた――
まぁ今はいいか。とにかくコイツが何をしたいのか、だ。
「で、迷惑な挨拶が済んだら次は何だ?」
「そりゃあ、世間話だろう。いやー……消息不明だったとは言え、まさか君が早々に生まれ変わってるとはね。何があった?」
普通に会話を続けてきた。掴み所の無い奴だな。
多分わざとそう振舞ってるんだろうけど、やりづらい。
「寝ぼけた先輩に焼き殺されたよ」
「酷い先輩も居たもんだな」
笑い事じゃない。いや笑うしかないけどさ。
「あぁ、そうだ……そいつが変身を教えてくれたんだけど、他は名前さえ教えてくれなくてな。知ってるか? 千年くらい生きてるらしい、赤くてデカいドラゴンなんだけど……」
「――へぇ。なんだやっぱりアイツだったのか、珍しい」
言われた通りに世間話をしてやったが……なんだ、この反応。
一瞬やたらと鋭い目になった。
「知ってるどころか、何か深い関わりがありそうだな」
「あるさ。同じ時代に生きて共に生まれ変わった仲だよ。大体1300年前ってとこかな」
「なんだと?」
聞いてみればアッサリ答えてくれた。
「ついでに言うなら、君も使ってる変身……その魔法を作り上げたのは俺と彼だ」
「……待て待て、一気にデカい情報を言うな」
しかも追加された。
中々に衝撃的な事をポンポン言われても困る。
「まぁ詳しくはあんまり語ってあげないけどね。で、彼は元気だったかい?」
勝手に話を進めていく。クソ、思考が追い付かない。
とりあえず会話を続けるしかないか。
「元気……は元気だろうけど。無気力で寝てばかりだったぞ。5年も傍に居たのに、私になんて碌に興味も示さなかった」
「そうか……」
私が見た限りの印象は、簡単に言えばそれだけだ。
それを聞いた男は心配そうな声を洩らした。
共に生まれ変わった、って……結局どんな関係なんだ。
「出来ればアイツは殺したくないんだけどな……」
しかし一転、今度は残念そうにそんな物騒な事を呟いた。
駄目だ、コイツはなんだか不安定でよく分からない。
そもそも殺せるのか?
「私達って不死に近いんじゃ……」
「近いだけだ。生きてりゃいつか死ぬし、殺す方法だってあるさ」
そんな私の疑問はサラリと答えられた。
薄く笑った声と雰囲気が酷く恐ろしい。
首を刎ねても再生するくらいに死ねない、とアイツは言ってたが……それでも殺せる方法か。
私にはすぐには思いつかない。
「早くに死ねて良かったな、エルヴァン。もし長く生きて、絶望して自害とかで生まれ変わってたら俺が殺してたかもよ?」
さっきからどんどん話が進んでいくな。
語りたくて仕方ないのか? お前も話下手か? そっちの意味でも同類だったのか。
というかそれ、なんか同じ様な事を言われたぞ。
「お前はそういう奴らを殺してきた、って事か?」
「その通り。壊れたまま生まれ変わったり、ただ時間が経ったりして、理性も無く暴れるだけになった獣だ。そんなの何体も居たら世界が滅びかねない」
なるほどね……じゃあアイツもそういう意味で言ってたのかもしれないな。
世界が滅ぶ。凄い話だけど、確かに有り得る。伝わってる御伽噺がそうだしな。
そもそもコイツはその御伽噺の当事者だろう。
大体1300年とか言ってたから、確実に旧時代から生きてる。
ていうかアイツは適当言い過ぎだろ。300年が誤差か。
「じゃあ千年前の御伽噺のドラゴンってのはそういう奴らで、お前達が始末したのか」
「……あー、まぁそうだね。酷い戦いだった……いや、戦いとも呼べなかったかも。彼も一緒だった」
聞けば話してくれるかも、と思って聞いてみると、やっぱり答えてくれた。
アイツもコイツも、影で世界を護ってたのか。
で、そんなアイツも壊れかけ……と。
なんとも言えない。辛いとか悲しいとか、簡単に言える話じゃない。
「まぁでも、その前に人類を壊滅させる方が大変だったな。全てを壊すなんて俺達でも簡単じゃないんだよ」
「……は?」
今なんて言った?
「世界を護ったんじゃないのか……?」
聞き間違い……じゃなかったよな。
「護る? なんで?」
――クソが。
そういう事かよ。
顔が見えなくても分かる。
なんの悪びれも無く、キョトンとしてやがる。
「ああ、でも護ったと言えば護ったのか。俺達は世界を滅ぼしたかった訳じゃなくて、人類を壊滅させて新しく始めたかっただけだ」
ふざけやがって……なんだそれは。
「理性さえ失くした奴らと一緒になって暴れて、その後で邪魔だから殺したってのか」
「そうだよ。言った通り、世界を滅ぼしたい訳じゃないんだから。殺さないといけないんだ」
とりあえず確認してみれば、あっけなく認めた。
「――っ、はは……」
笑えてしまう。笑うしかない。
何を勘違いしてたんだ。不安定どころじゃない、コイツこそとっくに壊れてた。
「ふっ……まだ生まれたての子からすれば、怖いかな?」
「ふざけろ。必要と有らば私は戦えるぞ」
人類を壊滅させ、文明を……歴史を消し去った奴が目の前に居る。
流石の私も震えてしまう。けどこんな奴にビビって堪るか。
これでも私は英雄だったんだ。怖気づく英雄が居る訳無いだろ。
「だろうね、君ならそうする」
お前が私の何を……いや、エルヴァンと知っていたんだったか。
どんなつもりだったのかは知らんが、生前から見られていたんだろう。
「随分と私を知ってるみたいだな。昔から覗き趣味だったのか?」
「知ってるとも。同類に至る存在が近くに居て、気にしない訳が無いだろ」
強がって嫌味を言うが流された。
クソ、コイツのペースに呑まれるな。冷静になれ。
そうだ、私がアリーシャを気に掛けてる様に、コイツもエルヴァンを気に掛けてた。それだけの話だ。
それでどうしたかったのか、とか。昔から近くに居たって所は気になるが……
「君がどんな人生を経て生まれ変わるのか見たくてさ。でも物語には波乱が必要だから、ちょっと手を貸してあげたんだよ」
何を言ってる……いや、考えるな。
どうせ大した意味の無い言葉だ。
「俺達からすればそこらのドラゴンなんて下等生物……ましてやそれ以下の奴なんて、追い詰めて暴れさせるくらい簡単だ。良い舞台が出来たと思うんだよね」
「なん……だと……?」
待て……それは……まさか。
「実際大活躍だったし、お陰で英雄が誕生した訳だし。大成功だった訳だ」
「――っ」
そんな事の為にっ……あの戦いでどれだけの命が散ったと思ってるんだっ!?
そう叫びたかったのに、言葉が出てこなかった。
あの異常事態が重なった戦場は、コイツが作り出した。ただの舞台として。
なんで楽し気に語れるんだ。コイツは一体なんなんだ。
こんな正真正銘の化物と同類だなんて思いたくない。
「なのにフラッと何処かに行っちゃってさ。時折君の活躍が届いてたから、とりあえず一旦放置で良いかなって思ってたら……気付いた時には消息不明だ」
「今はこうして戻ってきたけど……ちょっと予想外だったな」
「まさかあんな女の子が居て、楽しそうに旅してるだなんて。生まれ変わって更に輝いてるなんて思わなかった」
呆ける私を置いて、ひたすら喋りつづける。
ただ吐き出したいだけで、私が聞いてるかどうかなんて関係無いんだ。
「ホント……ズルイよなぁ」
どす黒い感情を叩きつけられて嫌な汗が溢れてくる。なんだこれは。
嫉妬なんて感情は今まで散々向けられてきた。
でもこれはそんな生易しいモノじゃない。
「君達を見てるとムカついて仕方ない。なんでそんな風になれた。なんで俺達はなれなかった」
自分の意思で見ておいて、自分の意思で近づいておいて、何を言ってる。
何も理解出来ない。むしろ理解していいモノなのか。
「あの子も使ったら何か分かるか?」
「ってめぇ!! アリーシャに手を出してみろ、ぶっ――」
「殺してくれるのか? でもそれはまだ嫌だな。まだ死にたくないんだ。本気でやり合えば俺も勝てるか怪しい」
それだけは聞き捨てならない。それだけは絶対に許さない。
ましてや私を狙った事で巻き込むなんて……
いくらアリーシャが強くたって、コイツとは次元が違う。
エルヴァンの様にいとも簡単に死ぬだろう。
例え彼女に『生まれ変わる先』があったとしても……むざむざ殺させてやるものか。
勝てるか怪しいのはこっちも同じ。そもそも不死に近い存在を殺す方法が分からない。
それでも全身全霊でもって、死ぬまで殺してやる。
「あぁ、ダメだな。せっかくだから挨拶だけでもと思ってたのに、やっぱりムカついて壊したくなる。なのにもっと君達を見ていたいとも思う。腹立たしいなぁ」
私も同じだよ。お前程腹立たしいと思った奴は居ない。
「早めに街から……いや、この国から出た方が良いぞ。今あの子を失いたくは無いだろ?」
「チッ……脅しか。それこそ何の目的で……」
「言ったじゃないか。壊したいけど見ていたい。だから何処かへ行ってくれ……俺の国の外へ。俺の手が届かない所へ」
本当にふざけてる。なんだそれは。
自分がどれだけ滅茶苦茶な事を言ってるのか自覚した上で、それでも押し通す気か。
「最後にヒントをやろう。君を殺した赤いドラゴン……彼の名は、グリード・グランドルだ」
「待てっ! 好き放題言うだけ言って何処に行くつもりだっ!?」
そう言いながら踵を返し、歩き出す。
堪らず私はその背中に叫んだ。あまりにも勝手過ぎる。
「俺の居場所へ。じゃあね……これからの君達の活躍を楽しみにしてるよ」
しかし私の声なんて意に介さず、淡々と歩いて通りに出て行ってしまった。
今までは人の目の無い路地だったから良いが、流石に通りに出て騒ぐのは避けたい。
クソッ……なんなんだ……さっきからこれしか言ってない。
口を開く度に雰囲気が変わる様な、気色悪い奴だった。何もかも滅茶苦茶だ。
しかも最後の最後にとんでもない事を言い残して行きやがって。
アイツの名前がグリードだと?
それは千年前の御伽噺の更に前……旧時代の、もう1つの御伽噺。
世界を滅ぼそうとした魔王と、それを止めた勇者の物語――その魔王の名じゃないか。
物語の最後は、勇者と魔王の相打ちで終わる。
なら共に生まれ変わったと言うあの男は……勇者、エリウス・アールノルト。
そういう事になる。
まさか実在したとは。
様々な題材にされるだけの、よくある物語なんかじゃなかった。
けど考えてみればそうだよな。
旧時代の物なんてまともに残って無いのに、御伽噺だけはしっかり残ってるなんておかしな話だ。
宗教だとかの思想まで跡形も無く消されているのに……
あえて残したんだ。アイツらが。
自分達の痕跡を、名前まで正確に記して……
何の為に……一体何がしたい……
全く分からない。考えるだけ無駄かもしれないな。
ともかくアイツは危険だ。あまりに危険過ぎる。
言われた通りにするのは癪だけど仕方ない。
何をするか予想出来ないなら、一時的にでも離れるしかないだろう。
幸いにもアイツはこの街、この国に何か執着があるらしい。俺の国と言っていたしな。
いつから……そういえばこの国は、戦争の尽きない時代において世界の頂点に立ったんだったな。
それこそ建国当初から異常なくらいに圧倒的だった、と。
それを率いていたのは勿論、王家。
まさかとは思うが、建国の時から王家の1人として……もしくはその影に隠れて……
あの短剣をわざわざ使ったのもヒントのつもりだったのか?
まぁいい。どうせ数日中には出発するんだ。少し予定を変えて国を離れよう。
少なくとも今はまだ、アイツと関わるべきじゃない。むしろ関わりたくない。
なにより、まずは冷静になろう。
何かを考えるのはそれからだ。こんな状態で考えたって、取り留めのない事しか出てこない。
全く……アリーシャの買い物が長くて助かったな。
こんな所を見られたらどうなっていた事か。