ここは王都の中心よりやや北――王家が住まう城、その地下。
最低限の灯り以外は何も無い、ただ広いだけの場に俺は居る。
限られた者しか入る事を許されない空間故に、窮屈な人の姿を取る必要も無い。
ここが俺の居場所だ。
「行ったか……素直な奴だな」
彼……いや彼女の魔力が王都を出ていったのを感じた。
脅しはしたが、それでもこんなに早く出発するとはな。
なら言われた通りそのまま国を出ると見ていいか。
恐らくクローゼ港からウィンダムに渡るんだろう。
面白い……あの国にも同類が居る。どんな出逢いになるのか、どんな変化が起きるのか……楽しみだ。
「行った……とは?」
「こっちの話だ、気にするな」
俺の前に跪く、立派な服を纏った初老の男が困惑している。
つい独り言が漏れてしまっただけだ。一々聞くな。
「そんな事より、次代の候補は上がったか?」
「はっ。既に2人まで絞っております」
「良し……なら後日、適当な理由を作って人の姿で会おう。そこで直接確認する」
次代――つまり世代交代だ。
この男もそろそろ替え時だからな。
選ぶ条件はたったの3つ。
俺の指示を理解し、目や手足として行動出来る事。
責任感はあれど、率先して自我を押し出さない事。
そして、俺に畏怖し屈する程度の精神力である事。
それだけだ。どちらがより相応しいか、観察させてもらおう。
これで一体何人目になるんだったか……目の前の男より以前の者は既に忘れた。
近い内にコイツの名前も忘れるだろう。
「くくっ……国の頂点に立つ者がただの傀儡だなんて、誰も想像しないだろうな」
王家は当然国を纏め率いていく者達だ。
そして最終的な決定と指示は国王がする。
その国王は世襲ではなく、王家の中から相応しい者を選ぶ。
何故ならそれは俺の隠れ蓑であり、俺の代わりに表に立つだけの存在だからだ。
真実を知るのは俺と歴代の王だけで、他の一切には情報を秘匿させている。
そうやって建国から続けてきた。
それが俺の国――セルフィアスだ。
「お前はどう思う? 支配される傀儡の王としてしばらく立った感想はどうだ?」
次の王が決まればコイツの役目は終わる。
だから気まぐれに聞いてみた。
「……そうして平和が続くなら……それで構いません。真実を知らぬ民にとっては、傀儡であろうと王は王。仮初であろうと平和は平和。それで良いのです」
「ふん……なんの面白みも無い答えだ」
わざと愚弄してやったのに怒りさえ見せないとは。全く持って面白くない。
ただ支配を受け入れるだけで、変化も進化も無い。
分かった風な事を言ってるだけなんじゃないのか?
とは言え、そういう奴だからこそ傀儡に仕立て上げたのだ。仕方の無い話でもあるか。
「まぁいい。ここ数日の王家の動きはどうなってる?」
血なんてくだらないが、制御しやすいから王家という形を取っている。
しかし全てを把握して制御するのは無理だ。
特に最近はあの2人を観察していて、王家の方は見れていなかった。
だがそういう時こそ、俺の目となる傀儡の出番と言う訳だ。
「エルヴァンの娘が現れた事で、一部の者が囲い込もうと画策しているようです」
「ほう」
ここでもあいつの話か。
随分と人気者だな。
「それに彼女の連れもまた相当な力を持っている様子。合わせてまだ若い少女という事で、エルヴァンの時よりも強引に行くかもしれません」
「くくっ……手籠めにでもするつもりか。なるほど確かに、見た目は良いからな。色んな意味で欲しがるか」
その少女がエルヴァンなんだがな。
正体を知っていると笑える話だ。お前達、おっさんを手籠めにしようとしてるぞ。
「考えていないとは言い切れませんが……無理なのでしょう?」
「あぁそうだな。何をどうしたって無理だ」
中身にしても性格にしても、抱える事情にしても。
あらゆる意味で無理だろうよ。
強引にいった所で、それ以上に強引に逃げる筈だ。
エルヴァンの時だってそうだった。なんなら実力行使で黙らせる事だって簡単なのだから。
そもそも今王都を出ていった。囲い込むにはもう遅いだろう。
まぁ手籠め云々はともかく、もし万が一にでもそんな事になる様なら俺が潰す。
縛られた英雄なんざ、見てたって何も面白くない。
どっちを潰すかは……気分次第だな。
「彼女達は……いえ、エルヴァンもそうですが、一体何者なのでしょうか? 明らかに他とは一線を画す力……才能という言葉で片付けられるものでは……」
「俺の様な存在が居るんだ、頭抜けた人間だって居るさ」
仮にも王として広く物事を見てきただけあって、そこらの人間よりは多少理解しているらしい。
だが知る必要も教える理由も無い。
適当に濁して答えると、男は口を噤んで俯いた。
それでいい。どうせお前が知った所で何にもなりはしないのだ。
「それはともかく、エルヴァンの時同様に彼女達の情報も追って集めろ。優秀な奴を1人だ」
そんな事はどうでもいいが、この指示は忘れずにしておかなければ。
他国に行かれたら俺でも把握は難しいからな。
出来れば近くで様子を伺って欲しいが、それでは気付かれるだろう。
そして大人数では身動きも取りづらい。
だから追跡と情報収集の面で優秀な奴を1人送るだけでいい。
終わりの分からぬ1人旅を強制される不運な奴が誰になるかは……俺の知った事では無い。
「は……彼女達も、ですか? 何故……」
「教えるとでも? 分かったなら早く動け。彼女達は既に王都を出たのだぞ」
「……はっ」
一切答える気を見せずにそう急かすと、男は慌てて出て行った。
他国まで追うともなれば、人を選び準備を終えるまで数日は掛かるだろう。
ならさっさと動くに越した事は無い。
なにより、俺自身これ以上の会話を続ける気が失せた。
静かになった薄暗い部屋で、俺は伏せていた体を丸めた。
そして目を瞑り、考える。
「何故……か」
そんなのは誰にも言えやしない事だ。
どう生きるのか見てみたいという、言ってしまえば娯楽の様なもの。
しかしそう思う理由は複雑だ。
何故あいつは生まれ変わって尚、あんなにも輝けるんだろうか。
恐らくはあの少女――アリーシャとか言う、俺達と同類に至るであろう少女のお陰なんだろうが。
そんな存在と出逢えたなんて、本当に羨ましい。妬ましい。
「何故……俺達はそうなれなかったんだ」
袂を分かった友を想う。
殺し合い、生まれ変わり、理解し合えたと思ったのに。
そうして同じ志の元、共に人類を壊滅させて腐った世界をやり直したのに。
そこまでやっても、結局お互いに理解なんて出来ていなかった。
人を支配しようとして諦めたアイツと、足掻いて人を支配し始めた俺。
今更何を考えた所でもう遅い。それは分かってる。
お互い、もう変わる事は無いのだろう。
けれど……想わずにはいられない。
だから見たい。
俺達が出来なかった生き方をする彼女達を。
そして眺めるなら波乱があった方が面白い。
そうすればより輝いてみせる筈だ。
壊したい程に妬ましいが、それでも……
「見せてくれ。その為の舞台はいくらでも作ってやろう」
最低限だった灯りを消し、部屋が暗闇に染まる。
俺の心の色を移した様な真っ黒な体は、その闇の中に紛れた。
俺達が何故寝てばかりなのか。
夢を見たいからだ。
せめて夢くらいは、望むままに幸福でありたい。
そう逃げる為の眠りだ。
だから俺は、今日も眠る。
すぐに覚める浅い眠りだったとしても――