とある竜の恋の詩   作:桜寝子

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第3章
第21話 出航


 海。陸地でさえ人の手は全く届き切っていないのだから、それ以上に広い海なんて未知だらけだ。

 つまり簡単に言えば危険だと言う事。海自体もそうだけど、なによりも水棲の生物が問題だ。

 

 もし何の準備も無しに海に落ちたなら、どんな実力者でもただでは済まない。

 人間が水中で戦うなんて普通は出来ないし、装備の重さで沈まない様にどうにか頑張るだけで精一杯だろう。

 どれだけ身体能力を上げたとて、水棲生物と比べたら高が知れてる。

 そもそも根本的な話で、溺れたら誰だって死ぬのだから。

 

 一応水中で活動出来る様にする手段はあるにはあるけど、アレは使い勝手が悪過ぎる。

 だから準備が出来てる場面なんてまず無いと言っていい。

 

 船旅なんてハッキリ言って死と隣り合わせだろう。

 

 とは言え、当たり前だけど安全が確認されている航路しか使わない。

 今回の航行は大した距離でもないし、ちゃんとした船は結構速い……のにも関わらず、半日は掛かる。

 

 それは途中で危険な海域を避けて、南に大きく迂回する必要があるからだ。

 そこら中に敵がひしめき合っている訳が無いのだから、安全な海域だってあるさ。

 

 だから相当な異常事態が無ければ問題は無いだろう。

 

 いや、フリじゃないぞ。

 国と国を行き来する航路でそう簡単に問題が起きて堪るか。

 

 

 

 

「はぁ~、やっと乗れたね」

 

「あぁ。予想はしてたけど、運が悪かったな」

 

 王都を出て街道を進み、多少の戦闘を挟みつつ港へ到着したのが2日前の事。

 しかし肝心の船はその日の朝に出航したばかりで、次の予定まで待つ必要があった。

 

 何故なら、旅人や商団向けの大型の船に乗らなきゃならないからだ。

 船に乗る度に馬とさようならはしていられないしな。

 まぁ大抵の商団は海を渡らずに港で仕入れて運ぶんだけど……

 

 ともかく、その船は常に行き交っている訳じゃない。むしろ少ない方だ。

 こうなる事が有り得るからこそ、王都をさっさと出た訳だな。

 

 まぁ2日程度なら予想の範疇だから構わない。

 その為の路銀だし、そんな事情から多少宿代も気を利かせてくれたしな。

 

 

 

「そろそろ出航だ。部屋に籠ってたって面白く無いし、せっかくだから甲板に出ようか」

 

「あ、うん。そうだね」

 

 ひとまず荷物は部屋に置いたし、適当に歩いてみよう。

 アリーシャは初めての船で新鮮だろうからな。

 

 そうして一旦甲板に出てみると――

 

「「あっ……」」

 

 なんだか見覚えのある赤い頭の男と鉢合わせた。

 本当に追い掛けて来たのかコイツ。

 

「なんでこの船に……とっくに出発してたんじゃ?」

 

 彼も予想外だったらしいが、なんではこっちのセリフだ。

 追い掛けると宣言してはいたけど、もう居るとはね。

 

 そもそも何処で私達の出発を……そういえば騎士団本部に居た気がするな。

 何をしていたのかは知らんけど、レイナードから聞いたのかもしれない。

 

「出航まで2日も待ったんだよ。もしかして着いたばかりか?」

 

「ああ。ついさっき来て、丁度船が出る所だって言うから急いで乗った」

 

 なるほど。私達が宿に泊まってる間に追い付かれたか。

 

「チッ……運の良い奴だな」

 

「なんで舌打ちされなきゃならないんだ……」

 

 そりゃあ、ムカつきもするって。

 片や急いで出発したのに2日待った、片やのんびり出発して偶然ピッタリ乗れた。

 不公平だ。仕方ないけど。

 

「まぁまぁ……そういえば、改めて自己紹介した方が良いのかな? ちゃんと挨拶ってしてないよね?」

 

「言われてみれば……そうだな。じゃあ今更だけど一応してやるか」

 

 後ろから来たアリーシャに宥められた。

 確かにお互い知ってはいても、まともな挨拶はしてないな。

 正直どうでもいいけど、アリーシャが言うなら自己紹介をしてやろう。

 

「エルヴァーナ・ローグラントだ。長いしエルで良いぞ」

 

「私はアリーシャ・マーガレット。アリーシャで」

 

「呼び捨てもムカつくけど、ちゃん付けよりはマシだな。それくらいは許可してやる」

 

「……ルーク・ヴィオールだ。色々言いたいけど、まぁ、許可してくれてありがとう」

 

 と、本当に今更で簡単な自己紹介。

 仕方ないからアリーシャを呼び捨てにする事を許そう。

 

「何を不満そうにしてるんだ? 初対面でお前がアリーシャに何したか思い出せ」

 

「嘘でナンパしてました……」

 

「そこに好感を持てる要素は?」

 

「ありません……」

 

 だろう?

 

 私が問い詰めていくと、ルークはバツの悪そうな顔をして目を背けた。

 まぁこれもまた今更な話。真面目に責めるつもりは無い。

 

「で、一体何人を毒牙に掛けたんだ?」

 

 だから次はちょっと揶揄う程度に話題を変えた。

 あの時あの瞬間しか見てないけど、アレが初めてとは思えない。

 英雄の子を騙ってどれだけやらかしたのやら。

 

「ちょっ、そんな事してねーよ! 女性に慣れる為に色々話をしてただけで……」

 

「なんだそりゃ」

 

 しかし思ったより控えめな奴だったらしい。

 女性に慣れる為に話をしてた……? 結構慣れてる様に見えたけどな。

 

「何処かの英雄みたいに、手当たり次第に手を出す人じゃないみたいだね?」

 

「やめろやめろ! 引き合いに出すな!」

 

 横からニヤニヤとアリーシャが口を挟んできた。

 終わったネタで私を揶揄うな……ていうか別に手当たり次第になんてやってない!

 

「え、エルヴァンって女好きだったのか。まぁあれだけ有名なら、そりゃやっぱりいくらでも――ぐふぇっ」

 

「やめろっての!」

 

 何がやっぱりだコラ。

 とりあえず腹に一発入れて黙らせてやった。引っ張るんじゃない。

 

 こういう雑な扱いが出来るのは良いな、コイツ。

 

 

「でも慣れる為ってどういう……充分慣れてそうだったけど」

 

 最早反応も見せずにアリーシャが会話を続ける。

 まぁ……うん、ナンパされてた本人が気にしてないなら良いか。

 

「いや……アレは精一杯の虚勢というか……」

 

「随分と腑抜けなんだな」

 

 そんなアリーシャの疑問に、ルークは腹を抑えながら答えた。

 とりあえずで貶したけど、あれが虚勢か。確かに思い返してみれば気取った感じだった……ような。

 いやそれがどうしたって話だけど。

 

「仕方無いじゃないか……子供の頃から修行ばっかりだったから、縁も無くてさ。流石に慣れていかなきゃ……ちょっと」

 

 ほーん。くだらない話ではあるけど、それだけ幼い頃から直向きに鍛錬してたってのは好感が持てる。

 本当にくだらないけど。

 

「はっ、童貞か」

 

「どっ、ちがっ、はぁっ!?」

 

 コイツを揶揄うのってなんでこんなに楽しいんだろう。

 

「違うのか?」

 

「…………」

 

 沈黙が答えか。まぁそうだろうな。

 

「馬鹿だな。ナンパが成功してたんなら、そのまま別の意味でせいこ――」

 

「何を口走ってんだ!?」

 

 確かに何を言ってるんだ私は。

 駄目だな、コイツと話す時はどうも男同士という意識が強い。

 そこに子供っぽくなったのも合わせて、まるで思春期男子みたいになってる気がするぞ。

 こんな会話、生前もした事無いってのに。

 

「おバカっ」

 

「あいてっ」

 

 アリーシャに頭を軽く小突かれた。

 まぁ怒られるわな。

 

 考えてみれば、この姿になってからまともに接した男って子供かおっさんかだ。

 しかもなんだかんだ相手に精神年齢を合わせてきたと言ってもいい。

 その結果がこれか?

 

 まぁ悪い気はしないんだけど、変な事を口走らない様に気を付けなきゃな。

 流石にこの見た目で下品な事ばかり言うのはよろしくない。

 

 

「あ……」

 

「おっと、こんなバカな話をしてる間に出航だ」

 

 話が一段落着いた所で、丁度良く出航の合図である鐘の音が響いた。

 

「なんで何事も無かったかの様に切り替えられるんだ、お前」

 

 良いだろ別に。むしろ頼むから蒸し返すな。

 下ネタで失言って結構恥ずかしいんだぞ。

 

 て、そんな事は本当にどうでもいいんだよ。

 

 ようやく……待ちに待った出航だ。

 これから約半日程の移動になるけど、アリーシャだけじゃなくルークも居るなら退屈はしなさそうだな。

 いや、コイツと居るのは不本意だけども。居るなら居るで楽しませてくれ。

 

 

 

 

 

 

 そのまましばらく甲板で話を続けていたところ、なんとアリーシャがダウンした。

 どうやら初めての船で酔ったらしい。一旦部屋に戻って様子を見るとしよう。

 

 なんか久しぶりに情けない所を見たな。

 そういえばコイツはポンコツだった。

 

「船なんてこれから先どれだけ乗るかも分かんないぞ。さっさと慣れろ」

 

「うぅ……頑張る……」

 

 全く。これはちゃんと真面目な話だぞ。

 もし万が一があった時、酔ってて動けません戦えませんじゃ大変だ。

 不規則で大きな揺れだから仕方ない気もするけど、早急に慣れてもらわなきゃ困る。

 

「お前は全然平気そうだな。船の経験は?」

 

「無い。俺も初めてだ」

 

 流れで付いてきたルークはピンピンしている。

 酔ってグダグダになるならコイツの方かと思ったんだけどな。

 ちょっと予想外だ。鈍感なのかもしれない。

 

「ていうか、そもそも何処の生まれなんだ?」

 

 ついでだから聞いてみよう。

 船が初めてならセルフィアスかその隣の――

 

「ファルエスだよ。南のライラって街」

 

「あそこか……なるほどね」

 

 ファルエス共和国――セルフィアスの西にある国、地続きのお隣さんだな。

 特に後ろ暗い事も無く関係は良好だろう。実際交流も多い。

 

 各街の代表達が集まって国の運営をしていて、その中心となる街はそのまま中央と呼ばれている。

 けどまぁ、詳しい話はいいか。行先と反対方向の国の話を今したって仕方ない。

 

 しかしライラか……ならあの時の子供だったんだな。

 出身を聞いてようやく思い出せた。

 

 

「知ってんのかよ」

 

 分かった様に頷く私を見て、ルークが訝しむ。

 

「あぁ、まぁ……色々聞いてるからね。弟君は元気?」

 

「マジで知ってんのかよっ!?」

 

「今思い出した」

 

 そして本当に知っていたと分かるとかなり驚いた。

 

 あれは確か――

 魔物の群れが街に向かってきて、門周辺に居た人達が大騒ぎで避難した。

 しかし避難出来ずに隠れていた子供が2人襲われてしまった。

 そんな事件だったな。

 

 親とはぐれた上に転んだか何かで弟が足を怪我して、避難する人の波から外れた。

 動けないし戦闘が始まりそうだから、体を晒している方が危ない……と考えたんだろうな。

 目に付く所に居れば早々に助けられただろうに、下手に隠れてしまったから襲われるまで誰も気付かなかった。

 

 だけどその判断は責められない。

 なんせあれは15年くらい前の話だ。なら当時のルークは精々が5歳程度、弟は更に幼かったのだから。

 

 そういえば、震えながらも必死に弟を背に庇っていたな。

 中々に気丈な子供だなと感心したものだ。

 

 うん。聞いてようやくとは言え、これだけ思い出せたなら上等だろう。

 

「さいですか。まぁ、弟は元気だよ。俺の代わりに家を継ごうと頑張ってる。いやー、あの時は本当に――」

 

「それ以上は別に語らなくて良い。聞くなんて言ってないぞ」

 

「さいですか……」

 

 何故か語り始めたから止めた。

 門に居た理由とか、巻き込まれた事情に興味が無い訳じゃない。

 でも今は要らない。

 

 

「うぅ……おぇっ」

 

「ほら、アリーシャもお前の話より吐く方が大事そうだ」

 

「それは違うと思う」

 

 話が途切れると同時、呻いていたアリーシャが口を押さえて嘔吐いた。

 短時間で酷くなったな。ダメだこりゃ。

 

「おいアリーシャ、吐くならトイレか窓の外にしろ。こんな狭い部屋で吐くなよ?」

 

 とりあえず、ここで吐くのは絶対に阻止せねば。

 

「お前本当にヒデェな。心配くらいしてやれよ」

 

「してるとも。けどまぁ、そうだな……薬くらい飲ませてやるか」

 

「あるのかよ……なんで出し惜しみしてんだ」

 

 ルークが何か言ってるが、心配してないなんてとんでもない。

 これでも用意はちゃんとしてるさ。

 飲まなくて良いならそれに越した事は無いじゃないか。

 

 と言う訳でバッグを漁る。

 薬――魔法薬とは様々な効果を齎す奥深い物。

 酔い覚ましから解毒、治療、果ては人体を変質させる不思議な効果までとにかく色々だ。

 

 医者とはまた別に薬師が調合するんだけど、かなり複雑で私にはさっぱり分からない。

 なんせそこらの薬草どころか魔法生物も素材にする。

 最早どれ程の数の素材を扱うのかさえ分からない程膨大だ。

 それらをこれまた様々な工程を経て組み合わせるのだから、専門に学ばなければ理解出来る訳が無い。

 

 

「えーっと……どれだ。これじゃない……これでもない……」

 

「いや多いな。どんだけ薬持ってんだ」

 

「一々うるさい奴だな。黙って眺めてろ」

 

「へいへい……」

 

 次々に瓶を出して確認していく。

 私は一般的に考えられる様々な状況を想定して、薬を多めに持っているのだ。

 

 魔法薬の容器は掌サイズの小さな瓶だけど、それでも数があるとかなり嵩張る。

 これも自分の荷物が少ないからこそ持てる訳だな。

 それでも同じ物は精々が2つまでだ。割れたら大変だし。

 

「あった、これだ。ほらアリーシャ、飲め」

 

「うぅ……ありがとう……」

 

 ようやく酔い覚ましになりそうな薬を発見。

 アリーシャが横になっているベッドにポイっと軽く投げてやる。

 

 するとモゾモゾと体を起こして、瓶を開けてグイっといった。

 

「おぇっ、不味っ……」

 

「美味い薬があるか」

 

 そして今まで以上に吐きそうな顔をして嘔吐いた。

 吐き気を抑えたいから薬を飲むのに、その所為で吐きそうになるとか馬鹿みたいだな。

 

 でもこれは仕方ない。魔法薬は色んな素材を使うから大抵は最悪な味になる。

 不味過ぎて薬なのに体が拒絶するとかいう、本末転倒な物もあるくらいだ。

 味を良くしようと余計な物を入れると効果が変わってしまう……らしい。

 

「薬は本っ当にキツイよな……」

 

 ルークが並んだ瓶を手に取って顔を顰めた。

 全くだ。この体になって一番嬉しい事は、クソ不味い薬の殆どが要らなくなった事と言っても過言では無い。

 

 そう、今の私には大抵の薬は必要無いし効果も無い。そして毒も同じく効かない。

 正確には、ちょっとだけ効くけど放って置けばすぐ治る……って感じだ。

 つまりこれらの殆どはアリーシャの為に用意している。

 

「他にどんな物を持ってるんだ?」

 

「いや、特に大した物は……って、おい馬鹿やめろ」

 

「痛っ」

 

 瓶を置いたと思ったら、今度は私のバッグを開けようとしたから手を叩き落とした。

 いきなりとんでもない事するな、コイツ。びっくりした。

 

「そっちは私の服や下着が入ってるんだぞ、変態」

 

「げっ……ごめん」

 

 なんでピンポイントでそこに手を伸ばしちゃうのかね。

 他なら別に構わないと言いたい所だけど、ここはちゃんと怒っておこうか。

 

「女の子の荷物を勝手に漁るな。だから童貞なんだお前は」

 

「本当にごめんだけどそれは関係無いだろっ!? ていうか何回も言うな!」

 

 あるだろ。全く、私だからまだ良いものの……いや、子供相手だから気にしなかったのかもしれない。

 どっちにしろアウトだけどな。

 

 ていうか下品な言葉は控えようとしてたのに、もう言ってしまった。

 いや、まぁいい。とりあえず罰を与えなければ。

 

「よし、罰としてこの薬の中で一番不味い奴を飲ませてやろう」

 

「勘弁してくれ……」

 

 しない。

 さーて、あの薬はどれだったかな……

 

 なんて、私はウキウキでバッグを漁り始めた。

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