とある竜の恋の詩   作:桜寝子

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第22話 不思議な薬

「あった、これだ。じゃーん、人魚薬~」

 

 今ここにある中で一番不味い薬、それがこれだ。

 一目で飲みたくないと思わせるドロドロした深い藍色の液体。

 私はそれを見せつける様に掲げた。

 

「何だそれ……」

 

 どうやらルークはこの薬を知らないらしく、警戒した険しい顔で聞いてきた。

 仕方ない、説明してやろう。

 

「知らんのか。名前の通り、飲むと人魚――まぁセイレーンみたいな姿になる」

 

 セイレーンは海に生息する魔法生物だ。

 上半身は人間に近く、下半身は魚の様で大きな尾鰭。その見た目から人魚だなんて言われている。

 積極的に襲ってくる事は無いけど、決して油断出来ない敵だ。普通に強い。

 あと海上で歌う様に鳴いているのをよく目撃されるけど、何してんのかは知らん。

 

 

「人間が水中で自由に活動出来る様になる、現状一番まともな方法なんだけど……あんまり使われないから知らなくても仕方ないかもな」

 

 こんな薬をわざわざ買う奴は少ないだろう。

 私は無いより有った方がマシだと考えて持っているだけだ。

 念の為に常備している船もあるけど、実際に使う事はまず無い。

 

「え、そんな重要な物なのか……なんで使われないんだ?」

 

「使い勝手が悪過ぎる。ただそれだけだね」

 

 薬の効果を聞いて素直に疑問に思ったのか、ルークは至って真面目な顔で質問してきた。

 

 その理由はこの一言に尽きる。

 まぁそれじゃあよく分からないだろうから、ちゃんと説明すると……

 

 

 薬の中でも一際味が酷い。

 しかし充分な量を飲まなければ効果は表れず、体調を崩すだけで終わる。

 

 そして下半身を丸ごと変化させるのだから激痛を伴う。

 しかも下手に藻掻いたり足を開いていると、左右に別れた鰭になってしまう。

 

 そんな変化の過程故に、ズボンや靴や下着を履いていられない。

 余計な物があるとちゃんと変化出来ないのだ。精々がスカートとか、布を巻くくらいになる。

 

 吐き気を堪えて飲み切り、下を全て脱ぎ、脚を揃えて激痛をじっと耐える。

 その最悪な時間は、個人の体質やその時の体調で大きく変わる。

 それどころか効果時間さえも不安定だ。

 数十分で効果が切れる事もあれば、用が終わったのに数時間もそのままなんて事もある。

 

 ちなみに首に鰓が出来て呼吸が可能になる訳だけど、こっちも激痛だ。

 勿論戻る時も激痛。戻る時は藻掻いても構わないけどな。

 

 

「何だそれ……」

 

 長々とそれを聞いていたルークは、最初と同じセリフを呟いた。

 しかし意味は全く違うだろう。

 本当に何なんだろうな、この使い勝手の悪さは。

 

「これが一番まともな手段だっていうんだから、水中ってのは怖いもんだよ」

 

 大抵の場合、問題が起きてから飲んだってもう遅い。

 しかしこんな物を予め飲んでおくなんて無理だ。

 というか、そんな予想が出来るならその問題を回避するべきだし。

 

 だからこそ人間にとって水中は恐ろしい。

 そもそも変化した体を動かす事に慣れなきゃ戦闘どころじゃない。

 

「痛みは抑えられないのか? 麻酔薬とかは……駄目か」

 

「それやると数日間、とんでもなく体調を崩すらしいぞ。一応治癒魔法で痛みを和らげるくらいは出来るけど……適性が無いとあんまりだな」

 

 痛みを消して体を動けなくさせる麻酔薬は便利だけど、それも同じ魔法薬。

 基本的に魔法薬は併用してはいけないとされている。効果が混ざって何が起きるか分からないとかなんとか……

 

「他の方法ってのは?」

 

「単純に鰓が出来るだけの薬か、手足の先を水搔きの様に変化させる薬だな」

 

 随分と勉強熱心な奴だな。

 なんだかんだ真剣に疑問を解消しようとしてる。

 

 なら一応これらも説明してやろうか。

 この2つは使い勝手以前の問題だ。

 

「呼吸が出来たって素早く泳げなきゃ意味が無い。手が変化したら普段通りに武器が持てない。だから使われない」

 

「なるほどねぇ……」

 

 つまり実用に至らない程度の効果という訳だな。

 使われなさ過ぎてその辺の店には無いだろう。

 

 ルークは納得がいった様に頷いている。

 ちゃんと学べた様で何よりだ。

 

 じゃあ話を進めようか。

 

 

「さて、長々と説明してやったし……飲め」

 

「え」

 

 人魚薬を突き出してやると硬直した。

 薬について学んだんだ、次は体験しないとな。

 

「罰だと言っただろう。飲め」

 

「本気で言ってた……?」

 

「ああ。飲め」

 

 突き出したままジリジリと詰め寄る。

 別に全然本気で言ってないけど、そういう事にしておこう。

 その方が面白そうだし。

 

「――っ」

 

「あっ」

 

 するとルークは無言で逃げ出した。

 凄いスムーズに立って走ったな。素早い。

 

 まぁ逃がさないけどな。

 

「痛っ……おぉぁぁ、痺れっ……ぐへっ」

 

 軽く雷を飛ばして転ばせる。

 そして仰向けにさせて、ドカッと上に乗った。

 

 軽いから苦しくは無いだろう。

 さぁ、飲め。飲みたくないなら飲ませてやる。

 

「ほら口開けろ。あーん」

 

「んーっ!」

 

 瓶を開けてニヤリと笑う。

 対しルークは両手で口を押さえて頭をブンブン振っている。

 滅茶苦茶必死だな、そんなに嫌か。

 全く、これじゃ私が悪者じゃないか。

 

「んなもん、飲んで堪るかっ」

 

「わっ」

 

 悪戯心とは言え、何が何でも絶対に飲ませたい訳じゃない。

 だからほんのちょっとだけ止めてあげようかと悩んでいると、その隙にルークが全力で体を起こした。

 

 上に乗っていた私は転ばない様に素早く退避。

 そして空いている手で押さえようとしたけど、逆にその手を掴まれた。

 

「危ないな、零れるだろ」

 

「そりゃ悪かったな。絶対飲まないからさっさと蓋しろっ」

 

 ルークは薬を持っている方の手も掴み、必死に抵抗を続ける。

 そう言われても両手を掴まれてちゃ蓋も出来ないんだが。

 

 力比べでもしようってか?

 今は全然力入れてないけど、私に勝てるとでも――

 

 

「「あ」」

 

 私が振り解こうと力を入れる直前、船が大きく揺れた。

 しかも揺れの向きが良くなかった。

 

 まぁつまり、必死なルークに私は押し倒された。

 全く、男に押し倒されるなんて嫌な経験をしてしまった。

 

 なんて冗談言ってる場合じゃない。

 私の手には口の開いた薬が――

 

「もがっ!?」

 

 素晴らしく奇跡的な角度で、私の口に瓶が突っ込まれた。

 そしてとんでもない味のするドロドロの液体が流れ――ゴックン。

 

「おぇぇええっ……飲んじゃったじゃないかっ!?」

 

「自業自得だと思うけど、ごめん」

 

 こんな事故が有り得るのか?

 本当に最悪だ。なんで吐き出さなかったんだ私は。

 

 そもそも、船が大きく揺れたからって押し倒されるなんて情けない。

 ただふざけてただけで、力を入れてなかった。そんな今更な言い訳は無意味だ。

 

「うぇ……ぐっ、おえぇぇっ」

 

「めっちゃ不味そう……危なかった」

 

 不味いとかいうレベルじゃない。劇物だこれは。

 口にはもう残って無いのに、ずっと味がする。

 今すぐにでも腹の中の物を全て吐き出したい。

 

「エルちゃん、部屋で吐かないでね」

 

「……分かってるよ。うぷっ……」

 

 ずっと黙っていたアリーシャに、私が言った事をそのまま返された。

 そうだよな。さっきああ言った手前、ここで吐くのは余計に情けない。

 

「呑気かよ。お前も心配しないんだな……」

 

「楽しそうで何より」

 

「ああ、うん。お前らが仲良い訳だわ」

 

 見なくても分かる。アリーシャの奴、笑ってるな。

 どんどん私に似てきた気がする。

 

 

 ていうかマズイ、マズイぞこの状況。

 いや薬も不味いんだけどそれ以上にマズイ。

 

 だって私はこの体になって初めてこれを飲んだんだ。

 果たしてちゃんと効果が表れるのかも分からない。

 

 何も変化が無かったら流石のルークでもおかしいと思うだろう。

 そうなれば納得出来る説明が必要だけど、そんなもんある訳が無い。

 

 早々に秘密を明かす……?

 悪い奴ではないけど、残念ながらそれ程の信頼はまだ無い。

 

 どうなる……私のこの体は薬で変化するのか?

 今の所、味の所為で吐き気が酷いだけだぞ。

 

 

「……って、痛っ! イタタタ痛い痛い!」

 

 なんて事を考えていたら、首に激痛。

 良かった……ちゃんと効果は表れたみたいだ。

 じゃなくて相変わらず痛いなチクショウ!

 

「うわ……鰓だ。割とキモイ」

 

 うるせぇ!

 

「ていうか変化早っ!? え、もう鰓が……あ、待てヤバイヤバイ!」

 

 嘘だろ。あっという間に鰓が作られたぞ。

 もう首に痛みは無い。早過ぎる。

 いやそんな事より、とにかく急いで脱がなければ!

 

「こんな早くに変化が進むなんてっ!」

 

「おわぁっ!? 急に脱ぐな!」

 

 慌てて靴を脱ぎ、そのままパンツも脱ぎ去る。

 ルークが何やら慌てているが、たかがパンツくらい今はどうでもいい。

 ワンピースを着てるから大事な所は見えてない筈。大丈夫。

 

「痛っ……本当に早いな、危なかった」

 

 そうしてベッドに飛び乗り脚を揃えて待機。相変わらず間抜けな姿だが仕方ない。

 ていうか既に痛みどころか、下半身の変化も始まっている。

 

「あー、クソ……痛い」

 

 一応は治癒魔法で痛みを抑えてはいる。

 しかし適性が無いから効果も小さい……というかむしろ平均以上に扱えているのに痛い。

 痛覚に干渉するのは難しいからな。

 

 それに、いくら再生する体とは言え痛いもんは痛い。

 あれ……これ変化終わってすぐに戻ったりしないよな?

 それはそれで厄介だぞ。

 

 

「えー、そんなに痛いんだ……私耐えられるかな」

 

「……俺、飲まされなくて良かった」

 

 揃って眺めて呑気だな。ちょっとは心配してくれても良いんじゃないの?

 クソ、文句を言いたいけどそんなのただの八つ当たりだな。

 

「うぇぇ……変化していくのってキモイな」

 

 そんな呑気なルークは、嫌そうな顔で素直な感想を呟いた。

 まぁ、うん。否定はしない。

 少しずつ変化していくから過程はどうしたって気持ち悪い事になるんだ。

 

「分かるけどキモイキモイ言うな。ていうか見るな変態、履いてないんだぞ」

 

「履いてなかろうが見えねぇよ!」

 

 見えなかろうが、そんなにじっと見られたら恥ずかしいんだよ。

 そもそも生足を眺めるとかやめろ。本当にデリカシーが無いなお前は。

 

 しかし……本当に変化が早過ぎる。もうすぐ終わりそうだ。

 なんだこの早さは。人間じゃないからなのか?

 

「まぁいい、変化が早いのは助かる。さっさと終わってくれ……痛い」

 

 なんにせよ今は耐えるだけだ。

 こんな痛みの中で考えなくていいだろう。

 

 早く終われ早く終われ早く終われ……

 

 

 

「あ、終わった。もう痛くない」

 

 なんて2、3分程も念じてる内に終わった。

 

 とりあえず体を起こして、感覚や動きを確認する為に脚……というか鰭をビチビチしてみる。

 尾鰭は先まで真っ白。私の本来の体色だな。

 ふむ……感覚に問題は無し。むしろ違和感が無さ過ぎる。

 

「うーん……やっぱキモイ」

 

 ビチビチと跳ねる下半身を見て、またしてもルークが呟く。

 もういいっての。

 

「しつこいなお前。私はマシな方だぞ? 厳ついおっさんがこの姿になってるのを想像してみろ」

 

「……うげぇ」

 

 生前もこの薬を飲む事はあったけど、我ながら酷い見た目だった。

 

 人魚と言えば大抵は女性のイメージだからな。

 元になったセイレーンが人間の女性の様な姿だし。

 そういえば雄って見た事無いな……

 

「私はこの姿のエルちゃんも可愛いと思うけどなぁ」

 

「だろう? 人魚ってのは美しいものだ、まさに私じゃないか」

 

 セイレーンは積極的に人を襲わず、危険な海域を教えてくれる……らしい。

 そういう様々な理由から特別視される生物の内の一種だ。そして特別視されていれば美化される。

 実際の姿とは別で、美しいというイメージが広まっているのだ。

 

「はっ、ちんちくりんの癖によくそんな自信満々に言えるな」

 

 無い胸を張ってみたけど、ルークに馬鹿にした様な目を向けられ鼻で笑われた。

 お前は本当に……私が子供だからって舐め過ぎじゃないか?

 

「事実だ。ムカつく事にちんちくりんってとこも、なっ!」

 

「ぶへぇっ!?」

 

 別に女性らしい成長を望んではいないけど、馬鹿にされるのは腹が立つ。

 という事で体を跳ね上げ、尾鰭でルークの横っ面を引っ叩いてやった。

 

「痛っってぇ!? 頭取れるかと思ったぞ!!」

 

「ん? やり過ぎたか……おかしいな、そんなに力は入れなかったのに」

 

 ベチーンと良い音を響かせて吹っ飛んだルークは、すぐに起き上がり文句を返してくる。

 どうやら力加減を間違えたらしい。その辺りはとっくに慣れてるんだが……やっぱりこの状態は普段と全然違うようだ。

 まぁ元気そうだから大丈夫だろう。

 

「やり過ぎたと思ったなら謝れよ……」

 

 頬を真っ赤に腫らしてしょんぼりしている。若干涙目だ。

 ちょっと悪い事したかもな。

 

「あぁ、ごめ――おかしいと言えば、さっきから船が止まってないか?」

 

「言い切れよ、おい」

 

 とりあえず謝っておくとして、そんな事はどうでもいい。

 嫌な事に気付いてしまった。気の所為であってくれ……

 

「私には分かんないけど……と。あ、本当に止まってる」

 

 私の言葉を聞いて、アリーシャが窓を開けて海面を覗き込む。

 この航路は途中で止まるなんて事は無い。どうやら何かが起きたらしいな。

 

「はぁ……問題発生か」

 

「マジかよ……」

 

 フリじゃないって言ったのに。なんでこうなるんだ。

 せめて大事件じゃなきゃ良いけど……あぁ、これもフリになりそう。

 

「ちょっと様子を見てみようか。とりあえず部屋を出よう」

 

「だな」

 

「動けるくらいに回復出来て良かったぁ……」

 

 なんにせよ情報が欲しい。

 部屋に居るより外に出た方が良いだろう。

 

 私の提案に乗った2人は立ち上がり……そのまま歩き出した。

 

「おいおいおいちょっと待て置いてくな。私も連れてけ」

 

 ベッドの上に1人残され、慌てて呼び止めてビチビチ跳ねる。

 私に這って行けと言うのか。

 

「そうか歩けないのか……何やってんだよこんな時に」

 

「――チッ」

 

 振り返ったルークが、呆れた様な馬鹿にした様な顔で揶揄う。

 お前が言うのか、お前が。

 睨み付けるついでに、思わず怒りで雷が奔ってしまった。

 

「冗談、冗談だってば! キレるならせめて何か言ってくれ!」

 

 仕方ないだろう。言葉が出ない程にイラっとしたんだ。

 ふざけていた自業自得とは言え、お前に言われるのはなんか違う。

 

「まぁいい。アリーシャ、頼む。運んでくれ」

 

 なんとか怒りを抑え、アリーシャを呼んで両手を伸ばした。

 さっきまでダウンしていた彼女に運ばせるのも悪いけど、ルークに担がれたくは無い。

 

「え、なにそれ可愛い」

 

 するとやたら微笑ましい物を見る様な顔でそう言った。何が……?

 一瞬疑問に思ったけど、すぐに理解した。

 

 座って両手を伸ばし運んでくれと言うのは、まるで抱っこをしてほしいとおねだりする子供だ。

 

「いいから運べっ」

 

 それに気付いてしまったのだから、恥ずかしくて堪らない。

 けれどそうするしかない。

 結局、誤魔化す様に叫んだ。

 

 なんという屈辱。

 ていうかそのまま人前に出る羽目になるじゃん。

 どうしよう、やっぱりここで寝てようかな……駄目か。

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