そうして揃って甲板まで出てくると、数人の船員が集まっているのを見つけた。
はてさて、一体何があったのやら。
「おーい、なんで船が止まってるんだ?」
まぁ聞いてみない事には分からない。
ひとまず抱えられたまま声を上げてみる。
「ん? ああ、それが――いやなんで人魚?」
「そっちこそどういう状況だ?」
「あー……事故だ。気にしないでくれ」
すると私の姿に驚かれ話が移ってしまった。
聞かれても語れる程の理由なんて無い。ふざけてただけだし……
「そうか……まぁいい。ついさっき、魔物の群れが通ったんだ」
「群れが通った? 襲撃とかじゃなく?」
私が濁して答えると、船員は聞きたい事を飲み込んで説明をしてくれた。
しかしなんだそれは。群れが通っただけ……?
「そうなんだよ。船なんて見向きもせずにな」
「それもいくつかの群れが立て続けに、だ」
そりゃまたおかしな話だな。
いくら大型の船だとしても、群れがいくつも通ったなら大抵は襲われる筈だ。
「それ、何かがあって逃げて来たんじゃないの? ここで止まってるのはマズイと思うんだけど……」
考えられるのは、船を襲っている場合じゃなかったという事。
獲物を無視してでも逃げなければならなかった……つまりそれ程の敵が現れた。
ただの憶測だけど、そうなるとこの船だって危険かもしれない。
「多分そうだろうな。このまま進んでも、さっきの複数の群れと鉢合せたら終わりだ。悪いが引き返す事になる」
「問題はむしろその後だ。周辺の調査が終わらないと今後の船が出せない。だからここで何人か、小舟で調査に出そうかって話してたんだよ。」
「既に調査隊の要請はしたけど、それでも先行出来ていれば後が楽だからな。後になって状況が変わって、結局原因不明なんてのも有り得るし……危険過ぎるがやる価値はある」
私の言葉に船員達が同意……むしろそれ以上の考えまで語ってくれた。
確かに、進んでも立ち止まっても危険なら引き返したい所だろう。
よく考えれば、私より彼らの方がよっぽど判断が出来る。余計な口出しだったか。
多分これから乗客に事情を説明しにいく所だったんだろう。
引き返すのは確定だから先に動いてたのか。
しかし困ったな……
「仕方ないとは言え、引き返すのは面倒だな……」
私は思わず呟いてしまった。アイツの件があるから早く渡りたいのに。
戻ったら次の船はいつになるやら。
「迷惑を掛けてすまない……だからこそ調査をしたいんだ。少しでも早く次の船が出せるように」
アンタらが謝る事じゃない。
むしろ危険と分かった上で命懸けで今から海に出ようって言うんだから、賞賛されるべきだろう。
そうとなれば、ここで私が採るべき行動は――
「調査……ね。ここに丁度良い奴が居るぞ。何故か人魚になってる奴が」
私も協力しよう。これも縁というものだ。
それに、後の事を考えるというなら手を貸した方が早い。
じゃあ頑張ってね、と言える程に心を捨てた覚えも無いしな。
「何を言ってるんだ、子供をそんな危険な事になんて!」
「君の事は知ってる。けど実力があろうがなんだろうが、子供を送り出す訳が無いだろう!」
しかし船員としては認めたくないらしい。
いやまぁ、分かるよ。その意識に文句は言わないし、責める気も無い。
でも、物事は合理的に決めるべきだ。緊急時は特にな。
「本人が良いって言ってるんだから――っ!?」
食い下がろうとした瞬間、最悪な気配を察知してしまった。
そういう事か……ちくしょう。
よくよく感知してみれば、群れも向かって来てるな。
魔物は魔力を持たないから感知出来ないが、魔法生物は分かる。たっぷり居るぞ……
「エルちゃん?」
「アリーシャ、奴だ」
「――っ」
私の反応が気になったのか、アリーシャは顔を覗き込んできた。
説明は省略して小声で伝えると、事態を理解して真剣な表情に変わった。
気配を間違える筈も無い。エリウス……結局手を出してきたか。
先の群れも奴の仕業だったんだろうな。
しかし広い海に動く船……正確な誘導をして襲わせる事が出来なかった。
そもそも逃げるだけで船を襲う余裕も無い状態じゃ無意味だ。
だからもう一度、どうにか上手く追い立て中って所か。お陰で気付けたけど。
あの平野の戦いと同様、敵を追い立てて舞台を作ろうって訳だ。
波乱が必要だ、みたいな事を言ってたからな。
犠牲を厭わず舞台を作って見て楽しむ……か。全く理解出来ない。
「いいか、よく聞け! もう一度群れが来るぞ。今度こそ襲撃されるだろう。けど見ての通り、私は船上じゃ戦えない……だから海で直接戦う。お前達は備えろ!」
私は声を張り上げ、これから起こるであろう戦いを告げる。
私が船から離れるのは心配だけど、そうする他に無い。
「な、何を言って――」
困惑していた船員の言葉を遮り、警鐘が響いた。
ドタバタと一気に船が騒がしくなる。
「ドラゴンだっ!! 北に巨大な黒いドラゴン! しかも追い立てられるみたいにまた群れがこっちに来てる!」
そして慌てた大声も届いた。
なるほど確かに、揃って海の彼方を見てみればドラゴンが海面スレスレを飛んでいる。
そうか……奴は黒いドラゴンなのか。1つ情報が増えたな。
というか見張りは相当遠くまで見てた筈……あんな目立つ奴、何故発見が遅れたんだ?
まさか潜って……いや、水中の敵を誘導するならそうするか。器用な奴だ……ドラゴンって泳げるんだな……
さて……説明の手間は省けたけど、代わりに大騒ぎになってしまったな。
彼らはあのドラゴンが何なのか知らないんだから仕方ない話だけど。
恐らく奴は直接は襲ってこない。そんなの、いくら私が居たって船は沈んで殆どが死ぬ。
それじゃ奴の望む舞台にならないだろうからな。
「分かっただろう? やるしかない」
「あぁ……すまない、頼む」
傍に居た船員にそう言うと、彼はかなり苦い顔をして深く頷いた。
子供を危険な海の中に送るなんて本当に嫌なんだろうな。
それでも危険が目前に迫っていれば悩む暇も無い、と判断してくれたようだ。
「アリーシャ、船は任せた。いいか、やり過ぎて船を壊すなよ?」
「わ、分かった。エルちゃんも頑張ってね」
状況を理解し、アリーシャは私を落とすべく船の縁へ向かう。
私は欄干に腰掛けて剣を受け取った。あ、鞘は邪魔だから持っていてもらおう。
それから忠告を1つ。勢い余って船を攻撃してしまうのはよくある事だ。
いくら抜けてる彼女でも船を燃やす事は無いだろうけど……まぁ上手くやってもらうしかない。
「お、おい! マジで言ってんのかよ!?」
ずっと黙っていたルークがようやく口を開いた。
唐突な異常事態に焦りと困惑が見て取れる。
しかしそれ以上に私への心配があるようだ。
子供が街で1人歩いているだけで心配していた様な奴だ、見過ごせないのかもしれない。
どいつもこいつも優しい事で。
「ルーク、お前も同じ道を往きたいって言うなら……この程度は戦ってみせろ。護れなければ死ぬぞ」
私については安心させてやる術が無い。信じろとしか。
だから、こっちの戦いの方で発破を掛けた。
英雄になりたいなんて言うのならば、ここで頑張らないでどうする。
「……クソ! やってやろうじゃねぇか、チクショウ!」
すると覚悟を決めるまで行けたらしい。
それは良いけど、なんだか不安だ。もうちょっとだけ忠告してやろう。
「自棄になるな、冷静に迎え撃て。周りと息を合わせろ」
船なんて限られた場所で戦うとなると、好き勝手に動いては邪魔になるだけだ。
当然魔法を適当にぶっ放すなんて出来やしない。
周囲を見て、息を合わせ、各個確実に打ち倒す。
下手に焦っては良い事も無い。
「……ぐっ、それはまぁ、そうだろうけど……」
「まぁ、私がある程度減らしてやるからさ。そんなに大きな戦いにはならないよ」
「逆になんでお前はそんな……あぁもう、いいさ。とにかくやってやる!」
なんだか色々と思う所がありそうだけど、自棄になってたのが少しでも落ち着けたならそれで良い。
実際そこまで戦わないだろうから焦る必要は無い。あくまで予想ではあるけど。
敵は水棲、船の上に直接乗り込んでくるのは当然少なくなる。
しかし逆に、手が出せない水中から船を攻撃されて沈む……なんて事が有り得る。
今回は私が水中で迎撃出来るから、その少ないだろう乗り込んでくる奴を処理してくれればいい。
ま、なんにせよ頑張れ。
「じゃあ、こっちは頼んだぞ――行ってくる」
忠告と激励はした、ならいつまでものんびりしていられない。
私は言葉と共に後ろへと倒れ、海へと落ちていく。
宙で体を捻り、頭から綺麗に着水。
さぁ、開戦といこうか。
*
水中に入るとまず辺りを確認、同時に魔力を放ち存在をアピール。
これで頭の良い魔法生物は警戒して船を避けるだろう。
事実セイレーン達は私を格上だと認識して逸れていった。
問題は頭の良くない奴と、ただの魔物達だが……ふむ。
思ったより船に上がれる奴は少ないか。
これならアイツらは素通りさせて良いな。アリーシャ達でどうにかなる筈だ。
私は予定通り、それ以外を蹴散らすとしよう。
そうとなれば待ち構える必要も無い。尾鰭を翻して飛び出し……て速っ!?
自分の速度に自分で驚いてしまった。
私の身体能力だとこうなるのか……これは良いな。土壇場で上手く制御出来るかどうかはともかく、そこらの奴に遅れは取らない。
水中ではただ武器を振るうだけでも水の抵抗を受けて難しい。
だけどこれなら力任せのゴリ押しで良いかもしれない。
なんて考えるままに群れに突っ込み、鮫の様な魔物を切り裂く。
そのまま2匹、3匹……クソ、駄目か。水中だと踏ん張れないから、これ程の力任せだと自分の力に振り回されかねないな。
背後から襲ってきたもう1匹を躱しつつ、相手の勢いを利用して剣を殆ど振らず滑らせる様に斬る。
大人しく技術でいくべきか……慣れてないんだよなぁ……ちくしょう。
振り回される前提で、全身を使って斬るか……?
とりあえず距離を離そう。4匹仕留めたから大量の血で周りが見えない。
「っ!?」
私が動き出すと同時、尾鰭に蛇型の魔物が食い付いてきた。
全くこれだから水中戦は……魔物の気配を読み取るのが難しい。魔法生物なら魔力で感知出来るのに。
障壁で守ってるから大丈夫だけど、鬱陶しい!
立て続けに蛇が何匹も襲ってくる。あーもういい、もう好きに絡み付け。
全身をぐるぐると蛇に巻かれたが……ここで雷を放つ。
纏めて処理して今度こそ移動だ。
とにかく動き回って斬りまくろう。
水中だと魔法は殆ど使えないからな。
水と氷の魔法なら勿論有用だが……
風はよく分からず空気を吹き出すだけだし、海底か岩場でも無ければ岩を突き出す事も出来ない。
熟練の炎なら水中でも燃やせたり爆発させたり出来るらしいが……残念ながら私じゃ無理だ。
そして私が得意とする雷だが……これが本当に難しい。
ただでさえ制御が難しい魔法だってのに、水中だと好き勝手に散ってしまうし射程距離も格段に落ちる。
しかもなんだかよく分からんガスが発生するらしく、使いまくるのも良くないそうだ。
暫し無心で斬り続ける。
鮫、蛇、ちっちゃい魚、でっかい魚、クラゲ、亀、イカ、タコ。分類するならそうとしか言えない見た目の魔物達。
馬や牛の頭をした変な奴、複数の魚がくっついた変な奴、キモイ虫みたいな変な奴。
本当に色々な姿の魔物や魔法生物達が居る……いや居た。
その殆どが既に沈んでいった。まさに血の海だな。
しかし……思っていた程の数ではない。
先の群れの様に、船や私を無視して逃げていく奴もそれなりに居るようだ。
また失敗したみたいだな、エリウス。ざまぁみろバーカ。
まぁ考えてみればそれも当然か。
あの平野での戦いは複数の方向から時間を掛けて整えられた場。
一方向からただ追い立てるだけじゃ、船を襲わせるまでは上手くいかないだろう。
それをどうにかして襲わせて来るかもと予想したから、私は動いたんだが……意外とアイツは間抜けなのかもしれないな。
「っがぁ!?」
唐突にとんでもない魔力を感じた瞬間、私は物凄い衝撃と熱を受けて吹き飛んだ。
視界もめちゃくちゃ、自分が何処を向いているのかも分からない。
なんだ……? 何が起きて――
来る。奴だ。
勘に従って私は大きく回避。その瞬間にまたしても衝撃を受けた。
大きな何かが勢いよく傍を通った、水の衝撃だ。突進してきたのか……
船の周辺、血の海から離されたが、お陰で数秒も経てば辺りは見える様になった。
物凄い衝撃だったが、船は無事みたいだな。
こっちはこっちの対応を続けよう。
気配を辿り奴の方を向き直す。
黒いドラゴンが水中でゆらゆらと揺れている。
なるほど……これがアイツの真の姿か。私と違って4足、胴も首も尾も長い……というかデカイな。流石1300歳って所か。
そうして向かい合い、ややあって奴が口を開いた。
「ガボボボ……ゴボゴボ」
何?
「「…………」」
無音で見つめ合う。
奴が浮上していった。何なんだよ。
仕方ない、私も上がろう。
「ぷはぁっ!」
海面に顔を出すと、今度はぷかぷか浮いているドラゴンが目に入った。
本当に器用な奴だな。翼で水を搔いてバランスを取ってるのか?
「水の中で会話は無理があったな」
「当たり前だろ」
そして残念そうに、今度こそちゃんと声を出した。
いや口開く前に分かれ、それくらい。
コイツやっぱり間抜け……いや馬鹿なんじゃないだろうか。
「随分と用意が良いじゃないか、エルヴァン。まさかそんな姿になってるとはね……なんかこないだも同じ様な事を言った気がするが」
何事も無かったかの様に普通に会話を続けてきた……あぁ、こっちもこないだ同じ様な事を思ったな。
まぁ流石のコイツでも、私が事前に人魚になってるとは思わなかったか。
「別にこれを予想してた訳じゃない。事故だ」
「事故でその薬を飲む事があるのか?」
「あるんだよ。最悪な事にな」
「不思議な旅をしてるな、お前は」
全くだ。だからこそ楽しいんだが……それを邪魔してくるお前は許さん。
「で。こんな傍迷惑な見送りは頼んでないんだけど?」
くだらない会話を続けるつもりは無い。
割と本気で殺気を込めて睨み付ける……が。
「気が利くだろ?」
「気が狂ってるよ」
全く気にされてないな。
本当にやりづらい奴だ……
「くははっ……まぁ失敗したから良いじゃないか。急な思い付きでやるもんじゃないな。こんなに上手くいかないとは」
「自覚はあったのか。ざまぁみろ」
相変わらずこっちの反応なんてお構い無しに喋りまくる。
やっぱり誰かと話したくて仕方ないのか?
「船の方は問題無さそうだし、俺が来たから残った奴も逃げたし、全くつまらないな」
自分で集めておいて、今度は散らして、何がしたいんだか。
つまらないも何も、全部お前がやった事だろう。
「お前も帰れ」
「嫌だよ、せめてもうちょっと楽しみたいんだ」
そう言ってジッと私を見てくる。
楽しそうな声と雰囲気、そしてあの目……まさか。
「……私こそ嫌なんだけど」
もしかしなくても、これは……
「知った事か! ほら、俺を楽しませてみせろ! エルヴァン!」
奴は唐突に叫びつつ飛び上がり、膨大な魔力を練り上げた。
やっぱりだ! つまらないからって今度は直接やり合おうってのか!?
本当に何もかも滅茶苦茶な奴だ!
そのまま、私の反応を待つ事無く魔力が解き放たれた。
眼前に赤黒い炎が収束し……爆発。
「ぐぁっ!?」
いや、爆発なんて生温いものじゃなかった。
海面を抉り飛ばす様な熱と衝撃。
咄嗟に張った全力の障壁さえ突き抜け、私は何度も何度も海面に叩きつけられ飛んでいく。
「痛っ……くそ、さっきのはこれか!」
ようやく着水したが……もう船からかなり離された。
なんなんだあれ。ドス黒い嫌な炎だ……アリーシャのとは正反対だな。
魔力の感覚からして、さっき水中で受けたのも同じだろう。
水中で炎を……当然だが相当な実力だな。奴の適性は火属性か……
しかしたった1発で私がこれ程のダメージを受けるとは。
滅茶苦茶丈夫な筈の服が消し飛んだし、全身焼かれた。
ある程度は回復したが……マズイな。
「ちくしょう……マジでやる気なのか……」
海上で、しかもあの巨大なドラゴン相手にこの姿じゃ……
正直どうしようもない。戦いにならない。
となれば、私も姿を戻すべきだろう。
幸い船は遠い。空中戦なら巻き込む事も無い……と思いたい。
「やってやるよ、勇者様」
生まれ変わって初めての、本気の戦いだ。
倒せる相手じゃないだろうが、以前の奴のセリフを信じるならお互い同等。
やれるだけやってみよう。
そうだ、大事な剣は失いたくない。
どうにかこうにか……あぁくそ、考えてる時間も無いな。
私の一部を素材にしてるんだ、なんとかなれ。
そういえば今は人魚の姿だが……まぁいい、これもなんとかなれ。
と、私は自分を光に包み……海から空へと、飛び立った。