とある竜の恋の詩   作:桜寝子

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第25話 上陸

 残念ながら(?)私の看病は全く必要無かった。

 一晩ぐっすり寝ればもうケロリとしていて、私がやった事なんて精々着替えさせたくらい。

 

 そして目を覚ましたエルちゃんは大層不機嫌だった。

 ぶすーっとしていて、こんなあからさまに機嫌が悪いというのも新鮮だ。

 

「なんでそんなに不機嫌なの?」

 

 とりあえず聞いてみた。

 

「……ボコボコにされた」

 

 そういう事らしい。

 いや嘘でしょ……エルちゃんが?

 見てた限りでも互角くらいだったけど、本人からしたら違うのか。

 

「そんなにやられちゃったの?」

 

「なんて言うかな……傷はすぐ治るからやってやられての繰り返しだ。お互いボッコボコだよ……普通なら何回死んでたやら」

 

 なるほど……そりゃボコボコにされたと感じるのも当然……なのかな。

 ていうか壮絶過ぎる。そんな目に遭ったらそりゃ不機嫌にもなる。

 むしろなんで機嫌が悪いだけで済むのやら。

 

「実力的に離れててやられまくった訳じゃないんだね」

 

「そこはまぁ……ほぼ互角……いや若干負けか」

 

「ありゃ」

 

 一方的ではなかったけど、それでも差はあったらしい。

 多分勝敗としても負けたと考えてるかも。

 

「言い訳にはなるが、あの姿であれだけの戦いをするのが初めてだったからな……体の動かし方や力の使い方は完璧じゃなかった」

 

 あー……確かに、ドラゴンの姿での戦い方に慣れてなきゃ実力を発揮しきれないか。

 それにしても、普段から自信たっぷりなのに決して自惚れずに反省してる。こういう姿勢は学んでおこう。

 

「全く、流石1300歳だな……魔力では完全に負けてた。むしろ本気ですらなかっただろう」

 

「それでも食らい付いてる時点でとんでもない気はするけど……」

 

 あれで本気じゃないんだ……もう次元が違い過ぎる。

 それとやり合ったんだからエルちゃんも大概だ。

 

 恐ろしいとは思うけど……それは力に対してのもの。

 彼女に対しては怖いなんて思わない。

 

 それは私が彼女を知ってるから。

 何も知らないあの黒いドラゴンはこれ以上無い程の恐怖。

 知るって大事だ。

 

「奴の力は凄いが、やっぱり戦いの勘は衰えてるっぽいな。そのお陰で食らい付けただけさ」

 

 差があってもやり合えた理由は、彼女がいつか推測した通り。

 影で長く生きていれば、強過ぎる力をちょっと振るうだけで充分なら、勘が鈍るのも当然。

 逆に言うと、彼が勇者としての生前の勘を取り戻したら……エルちゃんでも手が届かないのかもしれない。

 

「なるほどねぇ……どうやって決着付いたの?」

 

 そんな相手との決着がどうなったのか聞いてみた。

 勝敗はともかく、どう終わったんだろう。

 傷がすぐに治ってしまうなら終わりが見えないんだし。

 

「飽きたとか言ってどっか行った」

 

「えぇ……」

 

 なんとも言えない終わりだった。

 

「最初からちょっとやり合うだけのつもりだったんだろう。暇潰しくらいにしか考えてないんじゃないか?」

 

 とことん迷惑な人だ。

 暇潰しで襲われるなんて堪ったもんじゃない。

 

 私達を狙うだけならともかく、それに巻き込まれる人も居るのに……許せない。

 今回は犠牲者が出なかったからまだ良かった。

 

「まぁ、なんにせよ無事に戻ってきてくれて良かったよ」

 

 とは言え、ここで私が彼に対して怒ったってどうしようもない。

 今は一旦怒りを収めよう。

 

 私がそう話を切り上げると、エルちゃんも察してくれたのかそれ以上語ろうとはしなかった。

 

 

「とりあえず昨日の話はそれくらいにして、だ。こっちはどうなってる? 次の船までかなり空くんじゃないか?」

 

「そうだね……少なくとも数日は調査になるらしいよ。ウィンダムの方にも通達が行ってる筈」

 

 むしろ話を変えてくれた。

 何があったのかはきっちり向こうの港街にも連絡されていて、しばらくは共同で調査と情報共有がされる……と聞いている。

 

 多分、今朝から既に調査へ出てるだろう。これがどれくらい掛かるのかは私には分からない。

 流石に部外者の私にまで細かい話は届いてないんだ。

 

「流石に申し訳ないな……どれだけ時間を掛けたってもう何も分かりゃしない。ドラゴンの所為って事で終わるだろう」

 

「それはもう仕方ないよ」

 

 それを聞いたエルちゃんは苦い顔をした。

 

 実際もうドラゴンの所為だって話は広まってる。

 あまりにも桁外れなドラゴン達の争いから、周辺の敵が逃げ出した。最初からそういう見解で調査を始めるって言ってたし。

 調べるのもきっと群れや海の状況だけだろう。そのドラゴンの行方は分かりっこない。

 

 なんにせよ仕方ないとしか言えない。エルちゃんだって皆を困らせる為に応戦した訳じゃないんだ。

 

「んー……とにかく待つしかないな。のんびりするか」

 

 エルちゃんはそう言って小さな溜息を吐いた。

 

「そうしよ。ていうかして。傷は治っても、あれだけ戦ったんだからゆっくり休んでよ。割と本気で心配したんだから」

 

 幸いにも宿代はかなり安くなってる。

 理由が理由だし、防衛に貢献したから……らしい。私自身は大した事は出来なかったけど。

 

 だからエルちゃんには今の内にゆっくり休んでもらおう。

 一晩寝てスッキリ回復してる様には見えるけど、まだ少し心配だ。

 

「あぁ……そうしよう。多分アイツはしばらく手を出してこないだろうしな」

 

 そうなんだ? 戦って何か察したのかな……

 ともかく、それなら気は楽だ。

 

 いずれにしても身動きが取れないし、路銀を稼ぐ必要も無い。

 のんびりしておこう。

 

 

 

「ところで、変身した時って剣はどうしてたの?」

 

 そして最後に、思い出した様に訊ねてみる。

 

「角になってた。元が私の体の一部だからな……なんとかなって良かった」

 

 もうなんでもありだな……

 

 

 

 

 

 

 そうして5日後――

 

「着いたぞウィンダム。やっとだな」

 

 夕日が照らす中、荷物を背負い甲板に立った私は呟いた。

 隣ではアリーシャが若干フラフラとしながら口を押さえている。

 

「うぷっ……本当にやっとだよ……」

 

 彼女はまたしても酔ってしまったが、今回は薬を渡さなかった。むしろ慣れろと一喝した。

 極普通の静かで安全な船旅も、彼女にとっては長く苦しい物だっただろう。

 

「さて、じゃあさっさと宿に向かうか」

 

 まぁそんな事よりもまずは宿だ。

 荷物を置かなきゃ遊び歩くにも邪魔になる。

 ……誰かさんは遊び歩けそうにないけど。

 

「何事も無く到着出来て良かったなー……マジで」

 

 そうして船を降りていくと、しみじみと呟くルークが後ろから歩いてくる。

 全く同意だ。あんな戦いに巻き込まれた上、また何事かあったら船員達が可哀想過ぎる。

 

 とは言え、調査を経て安全だと判断したから船を出してるんだ。

 あの馬鹿ドラゴンが余計な事をしなければ問題は無い。

 

「あの辺りの海域で敵が減った分、逆に安全になったのかもね」

 

 知らんけど、そういう可能性も無くは無いだろう。

 なんせたっぷり斬ったからな。

 

 死体に群がって増えるという可能性だってあるけど……

 専門の奴らが安全だと判断したなら、そうはならなかったんだろう。

 

「あー……言っても数日の話だもんな。有り得そうだ」

 

 私の適当な返事を聞いてルークは勝手に納得していた。

 

 そのまま歩いて近場の宿に入る。

 降りてから無言で吐き気を耐え続けるアリーシャと並んで受付と話し、鍵を受け取る。

 

 そして3人で部屋に向かい――

 

「いや待て、なんでお前が付いてくる?」

 

 扉に手を掛けて止まった。

 なんかもう気にしてなかったが、何故当たり前の様に一緒に歩いてるんだ。

 

「いいだろ別に。部屋も支払いも違うんだし」

 

「当たり前だ! そうじゃなくて、なんで宿まで極普通に付いてきてるんだよ」

 

 ルークは何も気にした風も無く、隣の部屋を指差す。

 そこは分かってるんだよ。むしろ部屋にまで一緒に入ってきたら窓から放り投げるぞ。

 

「いや、わざわざ違う宿に行くのも面倒だろ。それくらい許してくれよ」

 

 言われて、流石にそれは理不尽だと思った。

 思いはしたが……

 

「なんだかなし崩し的にずっと付いてきそうな予感がするんだけど」

 

 私自身、コイツが一緒に歩いてる事に何も感じなかった。

 このままだと自然に混ざってきそうだ。

 

「……そ、そんな事は無い、ぞ?」

 

「おい」

 

 目を逸らして言い淀む辺り、コイツも多少イケそうな気はしてたんだろう。

 危ないストーカーだな……

 この期に及んで違う宿に行けとは言わないけど。

 

「まぁいい。そんな事よりアリーシャ、荷物を置いたらすぐに……」

 

 ともかくまずはこの後の予定だ。

 荷物を置いて何処か適当にブラブラと歩き回りたい。

 

 そう後ろを振り返ったが、誰も居なかった。 

 

「もう寝てるぞ」

 

「あいつ……」

 

 私達が話してる間に、彼女はとっくに部屋に入ってベッドに横になっていた。

 こっちの話には全く興味無しか。それだけ酔いが酷いんだろうけど。

 

「もういいや。アリーシャ、私は外に出てるからなー!」

 

 寝るつもりなら私は私で動こう。

 邪魔な荷物を放り込み、扉を閉めて歩き出す。

 

「あ、ちょっと待てよ。俺も……」

 

「付いて来るなっ」

 

 慌てたルークが何か言ってるが、構わず私は外に向かった。

 

 

 

 

 

 

「そういや、聞いたか? 昨日までこの街に聖女様が来てたんだってよ」

 

 その日の夜。夕食を食べに集まった中でルークが切り出した。

 食事の場にコイツが混ざってる事はもう諦めた。どうせ来るだろうと思ってたしな。

 

「へぇー、そうなんだ……あんまりよく知らないけど」

 

「実は俺もよく知らない」

 

 アリーシャは微妙な反応を返し、話を切り出した本人でさえこれだ。

 なんなんだこの頭の悪い会話は。

 

「お前達……他国の人間からしたら詳しくないのも当然かもしれないけど、旅をするならもうちょっと知っておけよ」

 

「だって急にウィンダム行きが決まったし……」

 

「そうそう、俺も海を渡る予定じゃなかったし」

 

 私が呆れて溜息を吐くと、2人は揃ってぶーぶーと言い訳を並べた。

 アリーシャはともかく、ルークには怒って良いか?

 自分で追いかけてきたんだろうが。

 

「……はぁ」

 

 言い返す気にもならなくて、もう一度溜息。

 全く知らないと言われなかっただけマシと考えよう。

 

「それじゃあエルちゃん、解説よろしく」

 

「じゃあってなんだ、じゃあって……」

 

 何故かアリーシャに説明を促される。

 仕方ないな……

 

 

「聖女はこの国の王族に次ぐ存在だ。それを担ぎ上げてるのが医療教会」

 

「それくらいは知ってる」

 

「黙って聞いとけ」

 

「ハイ」

 

 まず基本からと語り始めるとルークが口を挟んできた。

 これくらいは知ってて当然だが、とりあえず黙っとけ。

 

「教会の始まりはウィンダムの歴史より少し長くて約500年前。争いの絶えなかった時代に、人々を救おうって事で医者が集まった。より優れた薬と治癒魔法を大勢に効率的に届けようってな」

 

 昨日まで居たセルフィアスの建国と大体同じ頃だな。

 戦争だらけの時代に、多くの人を救おうと立ち上がった事は素直に尊敬したい。

 

「その教会を率いた女性は並外れた治癒魔法で献身的に人々を救い続け、聖女と呼ばれたんだ」

 

 ただし事が全て上手く運んだとは言い切れないそうだ。それだけ過酷な時代だったんだろう。

 それでも数えきれない程の人を救った。私なんかより遥かに素晴らしい英雄かもな。

 

「当時の国は彼女の没後に敗戦、隣国に吸収されてウィンダムになった訳だが……その活躍を称えてまさしく教会として残った。んで、特に治癒魔法に優れた女性を代々聖女として担ぎ上げてきたんだ」

 

 今の教会もちゃんと医療を取り纏めてはいるが、殆ど宗教と言っていい。

 一応扱いとしては違うらしいが……やってる事は似た様なもんだ。

 

 過去の宗教は誰かさんの仕業で軒並み消えたが、やはり後から後から生まれて来る。

 セルフィアスには殆ど無いが、それは恐らくそう意図されてるんだろう。

 

 そして初代聖女については活躍ばかりが残されていて、他の詳しい話は私も知らない。

 

「聖女はあちこちを渡り歩いて治療してるから、国民としては尊敬の対象だ。昨日まで居たってのも、あの海の騒ぎを聞いて調査に危険があったらと駆け付けてたらしいぞ」

 

 何代目か知らんが、今の聖女だって真っ当に活動しているし素晴らしいとは思うが……

 正直教会そのものは嫌いだ。尊敬出来るのは最初に立ち上がった事だけだ。

 

 なにせ誰も彼も聖女の肩書しか見ていない。

 個人として見ている奴がどれ程居るのやら。

 

 先代の聖女も随分と苦しんでいた。

 私と同じ様に……いや、私以上に。

 

 

「へぇー……凄い人なんだね」

 

「危険かもってだけでわざわざ来たのか。スゲーな」

 

 子供みたいな感想だな。

 ていうかお前達、最後の説明にしか反応しないのか。

 ちゃんと聞いてたのかさえ怪しい。

 

「もっと他に感想は無いのか……?」

 

「難しくてよく分かんない」

 

「話が長い」

 

 私が三度呆れて溜息を吐くと、そんな事を言いやがった。

 こいつら……こんなに馬鹿だったか?

 

 

「まぁそんな話はいい。これ以上語ってもどうせ忘れるだろう」

 

 正直、長ったらしいとは私も思ってたしな。

 ともかく話を変えよう。

 

「アリーシャ、明後日出発だ。ダウンしてて街を見て回るどころじゃなかっただろ」

 

「あ、うん。ありがと」

 

 そう伝えると若干申し訳なさそうにしながら笑った。

 

 彼女はもう回復してるが、さっきまで寝てたからな。

 これで明日出発というのも可哀想だ。勿体無い。

 

「で、だ。ルーク、お前は更に次の日以降に出ろ」

 

 そして本題はこっちだ。

 これ以上自然に混ざってこられると私も揺らいでしまいそうになる。

 悪い奴じゃないと分かってるからこそな。

 

「えぇ、なんでだよ」

 

「なんでも何も、まだ連れじゃないだろうが」

 

「そりゃ……まぁ」

 

 当人は不満そうにしたが、キッパリ返すと項垂れた。

 自覚があってくれて助かるよ。

 

「まだ、ねぇ……」

 

 隣でアリーシャがニマニマとなんか言ってる。

 とりあえず黙っててくれ。

 

「ただ追い掛けるだけじゃなく、1人で動いて知見を得てこい」

 

 反応すると余計に何か言われそうだから置いておくとして。

 それっぽい事をルークに伝える。

 

「う……そうだよな……追い掛けるだけじゃダメだよな」

 

「そうとも。1人だからこそ得られる物だってあるんだから」

 

 深く考えずになんとなくで追い掛けたって大した意味は無い。それは事実だ。

 そして彼も理解はしている。

 

「あえて私達がどう動く予定なのかも伝えない。お前なりに情報を集めてみろ」

 

「……分かった。やってみるわ」

 

 だからこそ、それっぽい事だろうと言われれば納得するんだろう。

 こんな子供に言われて、ってのはちょっと単純過ぎる気もするが……

 

「え、元々1人だったんだから今更じゃ……」

 

「しっ……やる気になってるんだから良いんだよ」

 

 今度は小声でアリーシャが呟く。

 それは私も思ったけど、無意味にはならないだろう。

 何より納得してやる気になってくれてるからそれで良いのだ。

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