とある竜の恋の詩   作:桜寝子

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第26話 のんびり

 予定通りに出発した私達は、次の街に向かう……事は無く。

 あっちにウロウロ、こっちにウロウロ。街道を外れ平原を渡り、森を進み山を登った。

 思いつくままに、気分のままに。急ぐ事もなくのんびりと。何日も掛けて。

 

 勿論、追い掛けて来るであろうルークへの嫌がらせではない。

 元々そういう旅として始めたからな。

 そして以前1人で居た時とは全く違って、純粋に楽しい。無駄に動き回ってみたくもなる。

 

 

 しかし普通ならこうはいかない。街の外は敵の蔓延る危険な世界なのだから。

 力だけなら人間としてかなり上澄みであるアリーシャと、生物の域を超えた私。

 のんびりした旅なんて私達だからこそ出来るものだ。

 

 とは言え警戒しなくていいという話でもないが。

 実際、当たり前の様に何度も襲われている。

 

 まぁそれ自体はどうとでもなるから別に良い。

 そこらの敵相手の戦いなんて語る事も無いのだ。

 

 

 語るべきは――

 

「うーわー! 何これ、何ここ! すごーい!」

 

 この目の前の景色かな。

 

 山を登り草木を掻き分け、視界が開けて見えたのは……滝。かなりデカイ。

 アリーシャは随分とはしゃいでいて子供みたいだ。

 

 こんなもん、言ってしまえばただ水が流れ落ちているだけ。

 それでも、私でも息を呑む。それくらいに大きく綺麗な滝だ。

 

 落差は軽く20メートル以上。綺麗な弧を描く様に広がり、その幅は恐らく50メートル程。

 真っすぐ流れ落ちる水の壁と、円状の湖。豊かな植生。

 滝の大きさや迫力だけならここ以上の場所はいくつもあるが……全てが合わさった景観としては随一だろう。

 

 ここに来るのは2度目だが、変わらず荘厳だな。

 

「どうだ、凄いだろう。これを見せたかったんだ」

 

「うん! 凄い!」

 

 振り返った彼女は眩しい笑顔だった。

 ここまで大袈裟な反応は予想してなかったけど、連れてきて良かったな。

 お陰でこっちも笑顔になれる。

 

「滝なんて他でも見てるのに……ここは本当に凄いね」

 

「凄いしか言わないじゃないか。もっと他の言葉は無いのか」

 

「えへへ……」

 

 語彙の無い奴だな。私も無いけど。

 

「底まで見える……魚は居るけど、魔物は居ないね」

 

 アリーシャは水辺に近づき覗き込む。

 決して浅くは無いが、透明度の高い水だ。

 彼女の言う通り、危険な存在は全く居ない。

 

「川を住処にする奴は少ないしな。それにこういう所は、まぁ……そういうもんさ」

 

「どういうもん?」

 

 川の魔物は比較的少ない。大きな川だとか、ただの水辺は別としてだ。

 これくらいの湖なら居てもおかしくないが、この場は特別なんだろう。

 

「獣も魔物も、この水場を共有してるんだ。ここで争う奴は殆ど居ない。不思議なもんだが、そう聞いた事がある」

 

 潤沢で綺麗な水場。周辺の生物達が生きるには重要な場所だ。

 そういった所は争いが起こりづらい、と聞く。誰の縄張りでもなく共有しているそうだ。

 

「へぇー……」

 

「砂漠のオアシスなんかもそうらしいな。そっちは貴重な水だからってのは分かるけど……まぁ、私も知らない事はいっぱいあるんだよ」

 

「そりゃそうか」

 

 ただただ不思議だ。野生の生物だけに理解出来る何かがあるんだろう。

 もし人間が魔法で水を使えなかったら、こういう水場を奪い合ってたのかね。

 獣以下と思いたくはないが……微妙に否定出来る気もしない。

 

 

 

 と、そこで一旦会話が途切れる。

 相変わらずの話下手な私だが、この景色の中なら無言でも気にならない。

 むしろアリーシャとなら無言の間が気にならなくなってるとも言うか。

 

 その彼女は水に手を突っ込んでパシャパシャと何かしている。本当に子供か。

 まさか飛び込む様な真似はしないだろうが……そんな遊びを始めてもおかしくない。

 

 そういえば水遊びなんてした事は無いな。

 街によっては川や池で遊ぶ人が居るし、ぷーるとか言う水場があったりするらしい。

 そのうち機会があれば遊んでみたいものだ。

 天気が悪かったら嫌だけど。

 

 天気といえば、今日は運が良かった。

 

「若干曇ってたけど、丁度晴れてくれて良かったな」

 

「うん。綺麗だねぇ……」

 

 ここに来るまでは少し曇っていて不安だったが、今はサンサンと陽が差している。

 初夏らしく暑いくらいだ。それがまた景色を綺麗にしてくれてる訳だけど。

 

「自然には精霊が宿る、なんて信仰は一般的だけど……こういうのを見ると、そうなのかもと思っちゃうな」

 

 厳しくも美しい自然に対し、畏敬の心を持つ。

 そんな意識から始まったらしい精霊信仰は根強い。

 街という限られた生息圏で生きる人々からすれば、外の自然は特別な物なのだ。

 

 姿形も無い存在をそこに感じる……なんて事は無い。

 だけど何かが居ても良いんじゃないかと考える事はある。

 

「エルちゃんでもそういう事考えるんだ」

 

「セルフィアスは精霊信仰くらいしか無いから、私も自然とそう育っただけさ。今思えば、あの国の宗教は奴が操作してたんだろう」

 

 何故微妙に驚かれるのか分からんが……私だってそういう価値観の中で育ったのだからそういう感覚を持っている。

 そして信仰や宗教について考えてみると、やはりあの国だけは奴の制御下にあったと思える。

 

「あー……他の国には色々あるもんね。なんでそんな事してるんだろ」

 

「さぁな。知ったこっちゃないが……大昔の物も全て消してる辺り、宗教が嫌いなんじゃないか?」

 

 この国の医療教会もそうだが、とにかく色んな信仰があるもんだ。

 そして大概の場合は強大な存在を対象にしている。

 例えば海や火山に住むドラゴンを畏怖し祀ってたりする。

 もしかしたら同類の誰かが対象になってたりする可能性だってあるだろう。

 

 ともかく、そういう信仰は奴にとって要らない物なのかもしれない。

 何がどういう事なのかはサッパリ分からないが……

 

「うーん……?」

 

「止めだ、止め。せっかくこんな場に居るのにアイツの事なんて考えたくない」

 

「あはは……そうだね」

 

 大きく首を傾げるアリーシャを見て、私は話を切り上げた。

 のんびりしながらあんな奴の話題で盛り上がれるかっての。

 言い出したのは私だけど。

 

 

 

 

 

 

「うひゃー……すんごい雨」

 

 それからしばらく経って、私達は岩宿を作り雨を凌いでいた。

 遠くで雷の音が聞こえたから天気が荒れると判断、すぐに動いたお陰でびしょ濡れになる事も無かった。

 

 山を下りるまでは行けなかったが、充分に開けた場所だ。

 濡れた地面の上へ床の様に整えた岩を置いて作っているから、こんな大雨の中でも問題は無い。

 全く、毎度の事だが魔法が便利過ぎる。まぁ正直快適さで言えばちゃんとした馬車の方が休まるけれど。

 

「このまま休んで、明日晴れたら出発にしよう。こんな中で移動するのは嫌だ」

 

「そだね……」

 

 土砂降りの中で動く馬鹿はそう居ない。

 流石に言わずともアリーシャも分かっていたのか、早くも食事の準備を始めようとしていた。

 

「食料は大丈夫か?」

 

「まだ数日分は問題無いかな」

 

 私は旅の中では食事をしない。限られた食料を無駄に消費するなんて馬鹿どころじゃない。

 一応お互いの荷物に保存食を持っていても、食べるのはアリーシャだけだ。

 

 まぁ1口2口貰う事はあるが……ともかく、お陰で食料には余裕がある。

 

「余裕のある内に街に行かなきゃな。ここからなら北東に進めば街があるし、明日はそこを目指すか」

 

「うん、賛成」

 

 とは言え余裕だからこそ動くべきだ。

 

 勿論そこらで狩れば食料調達は出来る。むしろそれが基本と言ってもいい。

 しかしその場で焼いて食うならともかく、持ち運ぶ為の処理は正直面倒だ。

 そもそも解体するだけでも手間は掛かる。

 

 必要なら当然やるが、やらなくていいならそれに越した事はない。

 

 

「うっひゃい!?」

 

 唐突に大きな雷鳴が響き、隣で悲鳴が上がる。

 近くに落ちたらしい雷はどうでもいいが、声に驚いた。ちょっと体が跳ねたじゃないか。

 

「なんだその悲鳴は……驚かすな」

 

「びっくりしたー……なんかもう嵐なんですけど」

 

 文句を言う私を無視して、アリーシャは外を見て困った様に呟く。

 確かにかなり荒れてるな。雨も風も雷も凄い事になってる。

 

「ここまで酷い天気なのは旅に出て初めてだな。昔はこういう時、ただ時間を潰すだけで嫌だったもんだ」

 

「1人だとそりゃあ……ねぇ」

 

 昔なら何をする事も無く、本当につまらない時間だった。

 今程には警戒を緩める事も出来なかったし。

 

 だけどもう苦でも無い。同じ様に何もせずとも、だ。

 心を許した誰かが居るってのは本当に大きいんだな。

 

「あ、ちなみにこないだの海はこんな感じだったよ?」

 

「……迷惑掛けてスマン」

 

 苦笑いで告げられた事実に、私は素直に謝るしか出来なかった。

 戦いに夢中で気にしてなかったが、相当酷い事になってたらしい。

 

「迷惑じゃなくて心配」

 

「あい」

 

 追加で怒られた。いや怒るとは違うか……

 どちらにせよ私は素直に返すしかないが。

 

 

「でもあの時のエルちゃんの魔法、とんでもなかったなぁ。あれが本当の力なんだね……」

 

 天気であの戦いを思い出したのか、アリーシャはそのまま話を続けた。

 

「実は私もびっくりしてるんだ。まさか普段のこの姿だと出力が抑えられてたとは」

 

「え、そうなの?」

 

 私自身もあれだけ戦って色々と発見があった。

 本当の力を勘違いしていたのだ。

 

「そうだったらしい。力の確認くらいはしてたけど、あれだけ本気で戦うのは初めてだったからな。ちゃんと理解出来てなかった」

 

 何が出来るのか、とか。基本的な事は勿論確認していた。

 だけど本気も本気、全身全霊で戦ったらどれ程の力になるかは未知数だった。

 

 なにより、この普段の姿とドラゴンの時とで出力が違うというのは予想外だった。

 恐らく人の身に無理矢理押し込めている所為なのだろう。膨大な力を押さえ続けている……と言えば、他に使う力に制限が掛かるのも分かる。

 だから時々、無性に怠くなってしまう訳だ。解放してスッキリしろと体が言ってるんだろう。

 

 

「ていうか私よりアイツの魔法の方がよっぽどヤバかっただろ。アイツあの炎の爆発を水中で使ってきたぞ」

 

 ただまぁ、ヤバイと言うなら奴の魔法だ。あの野郎、とんでもない実力をしていた。

 禍々しい程の炎と雷……特に炎にはとことんやられた。

 

「もしかして、2人が戦い始める前に船がひっくり返りそうになったのって……」

 

「それだな。船の真下でもないし多少離れてたんだけど……まぁ船がやられなかったのは幸いだな」

 

 無事だとは分かっていたが、あの時は船も危なかったらしい。

 破損しなかったのはともかく、誰も振り落とされなくて良かった。

 

「アレは正直ヤバかった。直撃もしてないのに、たった1発で意識が飛びかけた。しかも水中なのにそれなりの距離を吹っ飛ばされたし」

 

「そ、そんなに?」

 

 あの戦いの中で最もヤバイダメージだったのは、その初手の爆発だ。

 炎で焼かれるより、爪や牙で抉られるより。なんなら船を護って特大の炎を受けた時よりも。

 

「聞いた話だと水中での衝撃ってのは、とんでもなく大きくなるんだとか。私は水中で爆発を起こせないから試した事は無いが」

 

「そんなの私だって試そうとも思わなかったよ。出来るとも思えないけど」

 

 火を操っての爆発だけじゃなく、雷を瞬間的に高威力で放てば同じ様な事は出来るそうだ。

 多分、強烈な衝撃波を起こせればいいんだろう。

 

 どっちにしろ自分でやった事は無いが。

 水中での雷の制御は難しいんだ。生前じゃ無駄に危険を冒す意味が無かったし、この間も雑魚の殲滅にそれ程の威力は必要無かったからな。

 

 そして彼女はこんな事を言ってるけど、このまま成長して力を上手く扱える様になっていったら……それに近しい事は出来る様になるだろう。

 

「て、まーたアイツの話になってるじゃないか。止め!」

 

「あはは……はーい」

 

 またしても自分で言い出した話だが、奴の事は今はいいんだよ。

 さっきとは違って最悪な天気の中で話すと余計に気が滅入りそうだ。

 

 笑って姿勢を崩すアリーシャに倣い、私も後ろに倒れ込んで横になる。

 色々敷いても硬いが、野宿に贅沢は言えない。

 それに、こんなんでも充分リラックス出来るもんだ。

 

 

 そうして、外の天気とは裏腹に。

 私達はのんびりと夜を明かした。

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