とある竜の恋の詩   作:桜寝子

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第27話 ヤバキノコ

 翌日。あの嵐は嘘の様にスッキリと晴れ、気持ち良い天気となった。

 予定通りこのまま近くの街を目指して進んでいく。

 

 しかしよく晴れているとは言えあの大雨の後だ。

 足元には充分に注意して進まなければならない。

 整備された道なんて無いし、なんなら獣道さえ無い場合もある。

 まぁ雨の後に限らず注意は必要なんだが……

 

 ともかく。馬には乗らず自分の足で、且つ私が先頭を歩いていく。

 念の為に地属性の魔法で地面を押し固める様にしながらだ。

 これは悪路に馬車を通すときなんかにもやる作業。むしろこういう場なら大なり小なり誰もがやる事だろう。

 

 とは言え、実は地属性は私の最も苦手な属性だ。

 世間一般からすればそれなりに使えてる方だけど、正直アリーシャに並ばれている……いやむしろもう超えられてるかもしれない。

 

 だから彼女に先頭を任せても良いんだけど、この辺りはちょっと足元が悪過ぎる。

 ここは何があっても大丈夫な私が前に出るべきだろう。

 

 こうして人が繰り返し同じ所を進んだら自然と道になるんだが……当然ながらそんな場所ばかりじゃない。

 ただ、時折そんな誰かが通ったであろう道の跡を見つけるのも意外と面白い物だったりする。

 

 

 しばらく進むと次第に緩やかになっていく。

 まだもう少し下りる事になるが、もう馬に乗って行ける程度の斜度だ。地面の補強も必要無い。

 

 しかし急ぎじゃないし、ここらで一旦休憩にしておこう。

 いつ魔物に襲われるかも分からない。体力的には大丈夫でも、休めそうな時に休んでおくべきだ。

 

 

 

 そうして一息入れていると――

 

「うわわわわっ!? ぎゃーっ!?」

 

「相変わらず騒がしい奴だな……」

 

 離れた茂みの方からアリーシャの慌てた悲鳴が聞こえた。

 気にはなるが、今回ばかりは私から近づく事はしない。事情が事情だからな。

 

 飲食の頻度が少ない私はまだまだ大丈夫だけど、誰だって催してしまうもの。

 そういう時はどうしたって1人で離れる事になる。

 

 しかし用を足すだけで何を騒いでるんだか……

 まぁ緩い悲鳴だから大した事じゃないだろう。

 

 あ、出てきた。 

 

「何してるんだお前は」

 

「蛇!」

 

 茂みから飛び出してきた彼女に訊ねると後ろを指差して叫んだ。

 何かと思えば蛇って……

 

「魔物ですらないじゃないか。いくらでも対処出来るだろ」

 

「そうだけど急に出て来るからびっくりしたの!」

 

 ちょっとデカイだけの普通の蛇なんて、色々と戦ってきてる奴からすれば何の危険も無い。

 そりゃいきなりならびっくりはするだろうけども、警戒が足りないからそうなる。

 

 こういうのは静かに動くと逆に駄目なんだ。人間……敵が居るぞと自分から存在を示さないと。

 蛇の方こそいきなり現れた人間に驚いて襲ってくる可能性がある。

 しかもそこで悲鳴を上げて動いたから余計に駄目だったな。完全に興奮状態だ。

 

 何故か私の後ろに回ったアリーシャの所為か、スルスルと私に巻き付いてくる。

 どころかガジガジと噛まれてる。障壁で守ってるからいいけど。

 

「……あの、襲われてるけど」

 

 無抵抗な私を見てアリーシャが困惑した様に呟く。

 何を呑気に眺めてるんだ。お前が連れてきたんだから処理してほしいもんだけどな。

 

 まぁいいか。代わりにやってやろう。

 全身を巻かれて鬱陶しい。なんかこないだも巻かれたな……

 

「コイツはデカイだけで毒も無い。食料にしてもいいけど、困ってはいないし面倒だからいいか。ほらどっか行け」

 

「凄い絵面」

 

 尚も無意味に噛み続ける蛇を引き剝がし投げ捨てる。

 もう近づいて来るなよ。

 

 

「全く、警戒が足りないぞ。茂みに入るなら警戒と障壁は必須、基本中の基本だろうが」

 

「う……」

 

 なんにせよこれは少しお説教が必要だな。

 あんなただの蛇相手に騒ぐとは……油断し過ぎだ。

 

 蛇に限らず、毒草が生えてるかもしれないし、なんなら気付きにくい小さな毒虫だって居るかもしれない。警戒はとにかく重要だ。

 

「私が居るからって安心してるんじゃないか? あと一気に強くなって慢心もしてるだろ」

 

 旅に慣れてきたから。何が起きてもどうにか出来そうな私が居るから。王都で彼女自身が一気に成長したから。

 そうして初心を忘れて警戒を緩めてしまっているんじゃなかろうか。

 

「反省します……」

 

 アリーシャはしょんぼりと俯いた。

 言い返さない辺りちゃんと自覚出来たらしい。

 

 それならこれ以上ガーガー言う必要も無いだろう。

 ただ一応の助言はしておくか。これくらいなら知ってると信じたいが。

 

 

「あと、こういう茂みに入る時はあえて音を出して存在感を――」

 

 言いながら私は少し離れた茂みに足を踏み入れ……

 

「――おぉおおっ!?」

 

 何故か木に片脚を吊し上げられた。真っ逆さまだ。

 

 私は情けなくも悲鳴を上げ、みっともなく服がめくれ落ちる。

 そしてパンツを丸出しにされた。なんて恥ずかしい恰好だ。

 

「……警戒がなんだっけ?」

 

「うるさい」

 

 何が起こったのかと驚いていた彼女はニマニマと笑い出した。

 

 クソ……二重の意味で恥ずかしい。

 こんなの全く警戒してなかった。むしろする訳が無かった。

 

「なんでこんな所にこんな罠があるんだよ! 誰だチクショウ!」

 

 ぶら下がったまま叫ぶ。

 罠なんてハンターでもあまり使わない。しかもこんなロープで吊るすだけの単純な罠は尚更だ。

 計画の上で敵を誘導して戦う場合は使ったりするが……それはもっとエグイ罠だ。

 

「仕掛けて忘れられてるのかな……いつのだろ」

 

 笑うのを止めた彼女は近づいてマジマジと眺める。

 いやあの……助けるつもりは無いのか?

 目の前で逆さまに吊るされてパンツ丸出しの私を気にしてはくれないのか?

 

「よっ……と。ロープが綺麗だし殆ど濡れてもいない。精々数時間前くらいか」

 

 仕方ないから自力で降りよう。

 適当に魔法でぶった切り、体を翻して着地。

 

 そして私もしっかり確認してみるが……

 これは明らかに雨の後に仕掛けられてるな。

 罠周辺の地面をよくよく見れば、足跡を消したかの様な跡もある。

 

 全く、本当に人の事を言えないくらいに無警戒だったな。

 私こそ何があっても大丈夫と甘く考えてるようだ。実際大丈夫ではあるけど。

 

「誰かこの辺りに居るのかな?」

 

「会ったら殴ってやる」

 

 罠の単純さからして、恐らくは狩りの為に仕掛けた物だろう。

 と言う事はソイツは近くに居るかもしれない。もし会えたなら思い知らせてやる。

 

 

 

 

 

 

 改めて一息入れた後に出発。

 さっき考えていた通り、ここからは馬に乗っていこう。

 急がずトコトコのんびりと、だが。

 

「おっ……あれは……」

 

「どしたの?」

 

「見ろアリーシャ」

 

 しかし多少進んだだけで、私は馬から飛び降りた。

 面白そうな物を見つけたからだ。

 

 何かに駆け寄る私を見て、アリーシャも降りて横に並んでくる。

 

「……何この明らかにヤバそうなキノコ」

 

「そのまんま滅茶苦茶ヤバイ毒キノコだ」

 

 そしてそれを見て1歩引いた。

 

 そこにあったのはキノコ。ふっくらと丸い、血の様に真っ赤な傘。そして黒い斑点がいくつも散っている。

 誰が見てもヤバいと思うであろう、掌大の猛毒キノコだ。

 そしてかなり珍しい種でもある。

 

「コイツは鬼一口と呼ばれててな。鬼……つまりオーガでさえ一口食べたら死に至るらしい。ずっと昔はオーガに食われるくらいヤバイって意味だったそうだけど」

 

「いやヤバ過ぎでしょ」

 

 そうは言うけど、流石にオーガが一口で死ぬというのは考えづらい。長い時間が経って間違った意味に変わってしまったんだろう。

 しかしとんでもない猛毒だという事は変わらない。人間なら一口で死ぬ。

 

 そんなキノコをおもむろにむしり採る。

 

「ちょっ……なんで採っちゃうの!? 触って良い物!?」

 

 途端にアリーシャは驚き慌てた。

 

「何の為の障壁だと思ってる」

 

「あ、そっか」

 

 いくら猛毒と言っても、こういう物も障壁で守れば大丈夫だ。

 直接触れてない訳だからな。大変便利。

 

「ていうか私なら触ったとしても大丈夫だ」

 

「それもそっか」

 

 そもそも私なら猛毒だろうがお構い無しだ。

 全く効かない訳じゃないが、すぐに回復する。

 

「……じゃなくて、なんで採ったの!?」

 

 納得しかけたアリーシャは再度声を荒げた。

 まぁまぁ、これには深い理由があるんだ。

 

「アリーシャ、こんな話を聞いた事はないか?」

 

「なに?」

 

 私はキノコ片手に至極真面目な顔で向き直った。

 

 

「毒キノコは……美味い」

 

「なに言ってんの?」

 

 酷く冷たい声が返ってきた。

 

 

「……そういう話があるんだよ。多少の毒なら魔法か薬で症状を抑えて食えるから、多分事実なんだろう。試す気も無かったが……今の私なら万が一も無い」

 

 どうやら彼女は聞いた事も無かった様だけど、本当にそういう話があるんだ。

 わざわざ毒を食ってみた人が居るってのは面白い。

 そもそも大概の物は誰かが試しに食ってみたお陰で判断が出来てるんだけども。

 

 以前はわざわざ手間を掛けて美味い物を食おうなんて考えなかった。

 しかし今ならそういう興味もあるし、例え危険な毒だろうと問題も無い。

 

「だからってそんなヤバイのじゃなくても……」

 

「だって毒キノコが美味いなら、とんでもなくヤバイキノコはもっと美味そうじゃないか?」

 

「いや……なんか違う気がするけど」

 

 面白い物を見つけたと逸る私とは対照的に、アリーシャはドン引きしている。

 毒の成分が美味いのかもしれないと考えると、ヤバければヤバイ程に美味そうだ。

 

 なにより、コイツはまず人の食える毒性じゃない。

 私だからこそ食えるとなると、美味いかどうか以前の好奇心が湧いてくる。

 

「まぁまぁ、私なら大丈夫だって。とりあえず焼いてみるか……」

 

「え、ほんとに?」

 

 手に持ったキノコを軽く水で洗い、火で包む。流石に生はなんか嫌だ。

 焼いたら毒が消えるとか無いのかな……どうかな。変質したりして。

 

「風で煙とか一切お前に向かない様にするけど、念の為に自分でも守っておけ」

 

「えぇー……」

 

 風を操って煙をアリーシャから遠ざける。いつの間にか更に距離が空いてるけど……それでいい。

 彼女だけじゃなく馬にも被害は出せない。

 この煙に毒があるのかさえ分からないが、吸わないに越したことはないだろう。うん、なんか変な臭いするし。

 

「さーてさて。どうなるかな……」

 

 臭い以外は良い感じに焼けてきた様に見える。

 しかしこれだと表面しか焼けないな……切ってからやるべきだったか。

 煙もかなり増えてきて――

 

「ん……あれ。ゲホッ、なんか涙が止まらん。ケホッ。あ、鼻血出てきた」

 

「エルちゃん?」

 

 思いっきり煙に毒があった。

 流石、滅茶苦茶ヤバイと言われるキノコだな。煙だけでも相当な毒だ。

 この程度は気にするまでもないけど、これは覚悟して食うべきだな。

 

「まぁいい、充分焼けただろ。一旦そのまま食ってみるか」

 

 中が生焼けだったらもう少し焼けばいい。

 とりあえずこれで一口いってみよう。

 

 もっしゃもっしゃ。

 

「……ぐはぁっ!?」

 

「エルちゃーん!?」

 

 吐血。

 

「ぐぉおお……なんだこれ! 食えたもんじゃないっ……ていうか毒がヤバ過ぎる!」

 

 たった一口で口の中が地獄と化した。

 およそ味と呼べるものが無く、ただただ不快。あと臭い。

 口どころか喉から胃からとことん激痛。焼け爛れている様な苦しさだ。

 少なくとも人間だったら一口で死ぬのは確実だな。ここから体内が滅茶苦茶にされるんだろう。

 

「分かってたよね!? 誰でも予想出来た事だよね!?」

 

 離れた位置でアリーシャが叫んでいる。

 予想出来ても好奇心は抑えられなかったんだ……

 

「ぅぐ……駄目だ、諦めよう。恐ろしく不味い」

 

「味じゃなくて毒で諦めて?」

 

 ともかくこれは諦めるしかない。そこらの生キノコを齧った方がマシだろう。

 さっさと焼き尽くし灰にして吹き飛ばした。私達の進行方向とは逆に向かって広く強めに風を起こしたから、万が一にもアリーシャや馬には影響は無い。

 

「ていうか煙とか灰とか巻き散らして良いのかな……」

 

「生えてるって事はこの辺りの植物に問題は無いだろ。多分。獣だってわざわざ人間の近くに寄ってはこないし」

 

 特別このキノコの知識がある訳じゃないけど、多分大丈夫だ。灰だし。

 煙に関しては近くに獣も居ないだろうから可哀想な事にはならない……と信じよう。魔物は知らん。

 

「……ぁぁあああ!?」

 

 と思ったら何やら苦し気な声が聞こえた。

 可哀想な事になった人が居たらしい。

 

「なんだこの煙!? ゲッホ、なんか変な臭いがっ……ぐはぁ!? 痛っ……苦しい!? なんなんだぁ!?」

 

 苦しそうだけど元気そうに叫んでる。

 すっごい聞き覚えのある声なんだけど……

 

「エルちゃん……二次災害が……」

 

「嘘だろ……」

 

 もう何回目かも分からない呆れ顔でアリーシャが呟く。

 私は頭を抱えた。こんなの予想しないって……なんで居るんだよ。

 

 

 とりあえず私の所為なのは間違い無いので、助けに向かうとする。

 若干来た道を戻る形にはなるけど仕方ない。風は強めに吹かせておくか……

 

 私達の来た道とは少し逸れてるな。微妙に出会わなかっただけでずっと近くに居たのかもしれない。

 恐ろしいストーカーだ……

 

「おい、大丈夫か?」

 

「ぐぅう……お、お前らっ……ここから離れろ……なんかよく分からん何かが……」

 

 思った以上に近い所にルークが転がっていた。

 駆け寄る私達に、呻きながらも危険を伝えようとしている。

 

 多少の鼻血と涙、咳。食う前の私の症状よりはマシに見えるな。

 広く散ったお陰でそんなに吸い込まずに済んだんだろう。

 

「……まぁ、多分、毒キノコの胞子だ。風で吹っ飛ばしたから大丈夫だよ」

 

 誤魔化しつつ解毒薬を取り出し無理矢理に飲ませていく。

 苦しい所に不味い物を突っ込まれて余計に辛いだろうけど……すまん、我慢しろ。

 

「死にゃしないから安心しろ。でもすぐには治らないし、念の為に医者に診てもらった方が良いな……」

 

 しかし薬だけじゃ正直足りない。解毒薬は大概の毒に効くが、症状を抑える程度にしかならない。

 完全な処置には毒に合わせた薬が必要になる。もしくは高度な治癒魔法か。

 

 まぁそれでも、飲んで大人しく休んでいれば治る場合が殆どだけど……だからって放置は出来ない。

 というかあのキノコの毒だと考えるとちょっとだけ不安だ。

 

「仕方ないから街まで運んでやる。おい、お前の馬は何処だ?」

 

「あ……あっちだ……拠点が……」

 

 ルークを担ぎ上げて私の馬に乗せる。

 近くに見当たらない彼の馬は何処かと聞くと、震える指で示した。

 

 私達がさっき休憩してた方向だな。

 馬まで毒にやられてたら申し訳無さ過ぎるが……これだけ散らしたなら大丈夫だろう。そう信じよう。

 ていうか馬を残して離れるな。襲われてたらどうする。

 いや、荷物も殆ど見当たらないからかなり近いんだろう。

 

 ともかく急いで向かおう。

 

「アリーシャ、こいつの馬と荷物を頼む」

 

「うん」

 

 心配そうに見ているアリーシャを促し私も馬に乗る。

 あんまり揺らさない方が良いのかもしれないけど仕方ない。

 

「なんでこんな所に居たんだか……」

 

「お前らの声が聞こえたから……そっちに向かってたんだ……」

 

 多少速度を落として走らせつつ呟くと苦しそうな声が返ってきた。

 なるほどね。そもそもこの辺りをうろついてた理由は……まぁ察しは付く。

 

「狩りでもしてたのか?」

 

 拠点の近くとは言え、馬も荷物も置いて動いてるとなると狩りくらいしかない。

 となるとなんとなく嫌な予感がするんだが……

 

「あぁ……食料が厳しかったから……でも全然居ないから罠を……」

 

「お前か」

 

「何が……」

 

 やっぱりだ。あの罠はコイツが仕掛けたと見て間違い無いだろう。

 罠の類を使うのはあまり褒められた事じゃないってのに。

 魔法なり身体強化なり、いくらでもやりようはあるからな。

 

「後で説教だ」

 

「何で……」

 

 とりあえず殴るかどうかは保留にしよう。

 毒で充分痛い目に遭ってるしな……ここで追加で殴るのは流石にどうかと思わなくもない。

 

 なんにせよまずは街だ。

 この時間なら昼過ぎには着くだろう。

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