とある竜の恋の詩   作:桜寝子

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第30話 絶望の聖女

 まさかエルヴァンが生まれ変わって、あんな可愛らしい姿になっているなんて。

 彼女の噂を聞いた時にもしかしたらとは思ったけれど……

 私は男に生まれ変わらなくて良かったわね。本当に。

 

 それ以上に驚いたのは、既に理解者と共に居た事。

 しかもあのアリーシャという子は私達と同じだ。いつか生まれ変わるだろう。

 

 そんな存在と早々に出逢えてるなんて。

 それが一体どれ程の幸福か、エルヴァンは分かっているのかしら。

 

 なんにせよ興味が湧いた。いえ、興味自体は以前からあった。

 ただ、わざわざ探して接触する程じゃなかっただけ。

 

 偶然だろうと出逢えたなら色々話してみたい。

 だから家に呼んでみた。

 

 最初はやたらと警戒されたけれど、早々に打ち解けてくれた。

 警戒の理由……エリウスに執着されてるのは何なのかしら。彼も別に悪い人では……無かった様なそうでもない様な。

 

 ともかく、ロイともすぐに仲良くしてくれたのは良かった。

 年頃のあの子に彼女は毒な気がして、ほんの少しだけ後悔したけれど。

 

 

 夜は適当に寝てもらって、翌日。

 ロイは既に学校へ行ったから私達3人だけだ。

 

 つまり昨日話せなかった事を話す時間。

 あの子は私の事情を知っているけど、改めて聞かせる話ではないから。

 

「さて、何から話すべきかしら」

 

 とは言え私の人生は長く、沢山の事があった。

 主に聞きたいのはロイとの関係、教会との関係でしょうけど……それだけを語れる物でもない。

 色々と絡み合った結果が今の生活だもの。

 

「そうね……先に私の生前の事から話しましょうか」

 

 少し考えて、結局私は時系列で語る事にした。

 これが一番楽で分かりやすい。

 余計な時間が掛かるけれど、急いで話す必要は無いのだから構わないだろう。

 

「勿体ぶっても仕方ないからサクッと言うけれど、私は初代聖女よ」

 

「「え」」

 

 そして最も根幹に関わる情報をアッサリ打ち明けた。

 既に察してるかと思ってたけれど、彼女達は随分と驚いている。

 

 あぁ、そうか。エリウスに会ったのが300年くらい前と言ったから勘違いさせたのかもしれない。

 恐らくエルヴァンは生まれ変わってすぐ、誰かに色々教えて貰っている。

 私も同じ様な流れだと思ったんだろう。

 

「長くなってしまうけど語りましょう。愚かな聖女の500年を」

 

 そんな事は置いておいて、さっさと話を進めよう。

 馬鹿な女の、絶望と希望の話を。

 

 

 

 

 

 

 約500年前。文明が失われ人類が壊滅し、ようやく立ち直り新たな歴史が始まってしばらく経った頃。

 それは目覚ましい程の発展と争いの尽きない、激動の時代だった。

 

 今よりも人類の生存圏は狭く、それなのに国は多かった。

 身近に魔物が蔓延り、誰もが安定した生活を望んでいた。だから奪い合った。

 

 そんな時代に私は、何の不幸か並外れた力を持って生まれてしまった。

 戦う力ではなく、救う力を。

 

 

 私が生まれたのは当時で言えばありふれた、極普通の貧しい家だった。

 そして珍しくもなく村は滅んだ。両親もその時に亡くした。

 

 そう、村。今では有り得ない小さな集団。

 そんな物は、今より危険な時代では簡単に滅んでいった。

 

 だけど私は生きた。その時に目覚めたのだ。

 膨大な魔力と、誰よりも飛び抜けた治癒魔法に。

 

 

 だから私は、自分に出来る事を精一杯やった。

 人を護り戦うには才能が無かったけれど、救い支える事は出来るのだと。

 

 そうして我武者羅に走り回って、気付けば私は聖女だとか呼ばれ始めた。

 あんな時代だったからこそ同じ様な志の者は少なくなかった。

 彼らは自然と私の下へ集まり、医療教会という名の集団が出来上がった。

 

 教会を率いて国中を忙しなく動き続ける生活は大変なんてものじゃなかったけど……とても充足感に満たされていた。

 救えなかった人も勿論居たけれど、それ以上に沢山の人を救えていたのだ。

 

 

 そんな折、隣国との戦争が始まった。

 戦力で大きく負けている相手に吹っ掛けた理由なんて、当時は分からなかった。

 分からなくても私のやる事は変わらない。

 戦地に赴き、少しでも時間が取れれば近くの村や街を巡った。

 

 更に数え切れない程の命を救った。手の届かなかった命も、手から零れ落ちていった命も数え切れない。

 敵国からすれば私は邪魔な存在だ。暗殺という魔の手が幾度も差し向けられた。

 

 それでも。どれだけ辛く悲しくても、どれだけ涙を流そうとも。

 ただ自分に出来る事だけをやり続けた。

 

 

 

 そうしてある時、ようやく気付いた。

 これは全て私の所為なのだと。

 

 異常なまでの治癒魔法がある。だから戦える。

 そう国に思わせてしまった。

 重症を負っても死ぬ可能性は低い。すぐに戦線に復帰出来る。

 そう士気を高めてしまった。

 

 だから戦力で負けている様な相手に戦争を仕掛ける事が出来た。

 実際、長期的に見れば互角かそれ以上の戦果だった。

 

 それに気付いた時の絶望は大きかった。

 誰が何と言おうと、事実として私の影響力はそれ程にあった。

 

 疲弊する国民も、敵国を含めての夥しい数の犠牲者も、私の所為なのだ。

 

 

 絶望してから私の目線は何処か変わった。

 今まで見ようともしなかった物が見えてきた。

 

 いつの間にか巨大になっていた医療教会は、とっくに腐っていた。

 教会の権力と聖女の名を利用して、あらゆる私欲を満たす傲慢なゴミだらけ。

 最初に集った高潔な者達は消えていたので、きっと戦争に託けて殺されたのだろう。

 苦しむ国民は殆ど救われていなかった。むしろ教会の所為で苦しんでいる者も多く居た。

 

 戦争に掛かりっきりで、意識を向ける余裕なんて無かった……なんてただの言い訳だ。

 それでも私は手の届く限り救った。

 戦いが終わったら教会を立て直そう。そう思った。

 

 

 だけどそれからほんの数ヶ月で、私は全てを諦めた。

 どんどんと、見えていなかった物に気付いていく。それらは私の心を確実に蝕んだ。

 

 人々は私への感謝を忘れ始めていた。

 別に感謝が欲しくてやっていた訳ではないし、救えなかった時の遺族からの罵倒なんて珍しくも無かったけれど。

 そういう話ではなく……私が救う事を当然の事と思う様になっていた。

 誰もが一切の対価も無く救われるのは普通で当たり前の事なのだと。

 

 聖女に縋ればどうにかなる。ならなかったら糾弾する。

 縋る内容も怪我や病の治療だけで収まらない。

 魔物から、野盗から守ってほしい。お金を恵んでほしい。食料を分けてほしい。

 これでもかというくらいに我儘になっていた。

 

 もっと言えば、教会を纏める事が出来なくなっている私への非難も多かった。

 まぁこれに関しては当然と言えば当然だ。何故今まで気付けなかったのかと、私も自分を責めたのだから。

 

 

 誰も私個人を見ずに、聖女という立場でしか見ていない……という事にも気付いた。

 そういえば名前を呼ばれたのはいつが最後だっただろうか。誰も彼も聖女様としか呼ばない。

 

 勿論と言うのも嫌だけれど、恋人はおろか友人さえ居ない。改めて見回してみれば、私は独りだったのだ。

 周りに居るのは薄汚い笑顔を張り付けたロクデナシばかりだ。

 

 

 そして度重なる暗殺未遂は敵国からだけじゃなかった。

 教会には私を邪魔と感じる者達も居たのだ。

 なんなら王家でさえ、私を暗殺しようとしていた。

 

 この時勢なら敵国に罪を被せられる。もう聖女なんて居なくても勝てる。

 むしろ勝った後では聖女の存在と影響力が大き過ぎて邪魔でしかない。

 そういう事だったのだろう。

 

 

 

 少し目線が変わっただけで、ありとあらゆる嫌な物が見えた。

 私の今までは一体なんだったんだろう。

 自分で言うのもおかしいけれど、無償の愛なんて与える物じゃなかったのかもしれない。

 そんな物を振り撒いた結果がこれだ。

 

 私はただ沢山の人を救いたかっただけなのに……

 そして事実、救ってきたのに。誰も私を救ってくれないのか。

 

 

 そう絶望が深まった時、またしても暗殺の手が伸びてきた。

 

 私は膨大な魔力で強化した身体能力で逃げられるし、障壁もやたら頑丈だ。

 その上で首を刎ねるくらいでなければ、相当な重症でも回復出来る。

 だから暗殺と言えば、あの手この手で毒を食らわせようとしてくる事が増えていた。

 

 つまり、たった今飲んだお茶に毒が入っていた。

 部屋で1人きりの休息、しかも警戒して自分で淹れたお茶なのに……何処で毒を。

 

 とは言え、私なら大抵の毒は解毒出来てしまう。

 苦痛の中で複雑な治療をするのは難しいけれど、既に何度もやった事だ。

 そもそもそれが出来ない程の猛毒なんて、気付かれない様に仕込むのは無理がある。そういうのは大概特徴的なのだ。

 

 だからこれもさっさと解毒してしまえば良い。

 だけど私はそうしなかった。

 

 

 遂に殺される事を受け入れてしまった。死というこれ以上無い程の逃げを選んだのだ。

 正直、衝動的なものだったとは思う。

 だけどそれ程に、全てが嫌になって諦めてしまったのだ。

 もう心が壊れていたのかもしれない。

 

 最期に感じたのは、これで終わってくれるんだ……という安堵だった。

 

 

 

 なのに。気付いた時には、何処かも分からない山奥でドラゴンになっていた。

 

 

 全く訳も分からないまま時間が過ぎた。

 後で知った事だけれど、生まれ変わるまで2年。そこから1年が経っていたらしい。

 

 そうしてある程度ドラゴンの体に慣れ、祖国を探して飛び立った。

 生きる事を諦めたとは言え、時間が経って多少は落ち着いていたからか。

 国の状況くらいは知っておきたいと思ったのだ。私の死後、どうなったのか見てみたかった。

 

 

 そうして王都――私が人を集め発展させたと言っても過言ではない街に着いた。

 そのまましばらく、王都を中心に国中を飛び回って様子を伺い、私は驚愕した。

 

 聖女という大き過ぎる存在を失って国は滅茶苦茶になっていた。

 

 戦争は未だに続いているものの、最早戦いとは呼べない物だった。

 私の異常なまでの治療を当然と受け入れていた兵は、それが無くなってまともに戦う事が出来なくなった。

 重症を負っても大丈夫という安心が消え、戦いへの恐怖だけが残った。

 優勢だった筈なのに、一気に巻き返され圧倒的劣勢へ。なのに降伏だけはせず、情けない抵抗だけをしていた。

 

 邪魔だった私が居なくなって箍を外した教会は、一層好き放題に振舞い私欲を満たそうとした。

 だけどもう、彼らを満たすだけの余裕なんて国には無かった。

 

 国民は限界まで疲弊し、聖女に縋る事さえ出来ず、希望なんて何も無い。

 教会の悪辣さも知れ渡り、戦争中だと言うのに国内で争い合っていた。

 

 

 驚愕や呆れなんてあっという間に通り越し、怒りが湧いた。

 散々私を使って、縋って、勝手な思惑で排除しようとして。その結果がこれとは。

 誰もが同じ考えだった訳じゃないという事は承知の上で、憎しみと怒りだけがこれでもかと噴き上がって来る。

 

 もうこんな国は滅んでしまえばいい。

 そんな衝動のまま、私はまず王家を潰した。

 幼体とは言え生物の枠を超えたドラゴンだ。飛び込んで力の限り暴れるだけで全て壊れた。

 

 次に教会を潰した。

 腐り切った掃き溜めなんてあっという間に壊滅だ。

 

 暴れている最中、私の遺体を保存して崇めているのを見つけた。

 唐突な死の恐怖から逃げる為か、何人かが縋り付いて祈っていた。

 あの暗殺がどの勢力からなのかさえ分からないけれど、とことん勝手な話だ。聖女が今度は神か、馬鹿々々しい。

 

 だからその場を有らん限りの力で消し飛ばした。自分の遺体ごと。

 普通のドラゴンが持つ攻撃手段の1つ、ブレス。大抵何かしらの属性であるそれを、私は絶大な魔力だけで放ったのだ。

 全てを解き放った全身全霊のその破壊は、国の終焉を飾るには充分だっただろう。

 

 暴れに暴れた私は、ほんの少しだけ残った理性で飛び立った。

 ただの国民に直接手を下すつもりは無かったから。

 国の崩壊で余計に苦しむかもしれないけれど、そんな事は気にしなかった。

 

 

 その後はあっという間に敵国に支配され、統合され1つの国になった。

 だけどその頃にはもう、私は人の居ない場所で眠りについていた。

 

 何故か聖女の存在が語り継がれ、新しい国でまともな者達が改めて教会を立て直したらしいけれど……それを知るのは200年も後の事だった。

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