とある竜の恋の詩   作:桜寝子

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第32話 同類として

 夜。私は家の外で1人、静かに星を眺めていた。

 

 今日聞いたイリアの話は中々に重かった。

 私なんかよりもよっぽど辛く苦しい過去を背負っていた。

 

 アリーシャなんてべしょべしょに泣いていたくらいだ。

 感情豊かな彼女らしく昼からずっと引き摺って、さっきようやく寝てくれた。

 

 私は少し考えたくて、こうして夜中にボケっと空を見上げている。

 

 

 あそこまで明け透けに語ってくれるとは思わなかった。

 私達という、新しく理解してくれるであろう存在に出逢って話したくなったんだろうな。

 その気持ちだけはなんとなくでも分かる。

 

 しかし教会や国がドラゴンに滅ぼされたなんて初耳だ。

 聖女が暗殺されたなんて話も聞いた事が無い。

 どちらも今の教会の起源となる事件だと言うのに。

 

 そんな大きな出来事が言い伝えられていないのは考えにくいが……どういう事なのやら。

 伝えられるだけの人が残らなかったのか、もしかしたら極一部だけに……いや、考えた所で仕方ない話か。

 

 

 なんにせよ私にはそんな暴れる様な対象も無い。つくづくマシな人生だったんだなと思う。

 比べる様な物ではないとも思うけど……

 

 所詮私は発展した後の恵まれた時代しか知らない。国同士の戦争なんて理解の外だ。

 大切な人を失うというのも、幼い頃に家族を失ったきり経験していない。

 

 どれ程険しい道だったのか、その怒りと絶望がどれ程深かったのか、想像も出来ない。

 

 それでも彼女はああして、息子と共に幸せそうに笑って生きている。

 なんと素晴らしい事か。私もあんな風に……

 

 

「何を考えているの?」

 

「イリア……」

 

 ふと後ろから声を掛けられる。

 近づいているのは分かっていた。多分、私と1対1で話がしたくて来たんだろう。

 

「私だって、あんな話を聞かされて何も思わない訳じゃないさ」

 

「ふふ……何かしら影響を与えられたなら良かったわ」

 

 渋い顔で向き直る私を見て、イリアは微笑んだ。

 

 大切な人を見つけたのに死別した。もし私だったら……

 さっきから、いくつもの考えが浮かんでは消えていく。本当に大きな影響をくれたもんだ。

 

「後悔しちゃ駄目よ。心に従って生きなさい」

 

「そのつもりだけどな……」

 

 後悔。多分、彼女が私に伝えたいのはそれだろう。

 だからこうして改めて話に来た。

 

 とは言え、これでも私は後悔無い様に生きてきたつもりだ。

 全く無い訳じゃないけど、明確にこれだと言える大きな後悔はしてない。少なくとも、今までは。

 

「貴方は私と違って大切な人とずっと居られる。だからって気持ちを抑えていても仕方ないわ」

 

 イリアは言いながら私の横に並んで微笑んだ。

 

 アリーシャの事だろう。流石に気付くか……

 察しの通り彼女はいつか生まれ変わる。その後なら私達は同じ時を生きる事が出来る。

 イリアの様に死別する事は実質無いと言っていい。

 

 正直、それがあるからこそ親しくしたというのは否定出来ない。それならお互い独りにはならないから、と。

 彼女の人間性が好ましいのは事実だけど……もし彼女が極普通の人間だったら、こうして共に居たかどうかは分からない。

 

「気持ち……?」

 

 しかし気持ちを抑えるというのはどういう事だ?

 心に従った結果、2人で旅をしているんだけど……

 

 

「貴方は彼女を愛しているのでしょう?」

 

「――っ」

 

 イリアは私を見透かした様な目で見つめ、そんな事を言った。

 途端、私は顔に熱が集まるのを感じた。

 

「あら可愛い」

 

 そして笑われた。

 

 

「そんなの……分からない。大切に想ってるのは事実だけど……私にはまだ、愛だの恋だのなんて理解出来ないよ」

 

 熱い顔のまま、私は言い訳の様に返す。

 実際これは本心だ。私にはまだまだ分からない感情だと思ってる。

 

 恥ずかしく思った時点で、多分そういう事なんだろうけれど。

 それでも、理解が追い付かないんだ。

 

 幼い頃は家族と暮らしていたし、愛というのも分かる筈なのに。

 いつからかそういう物が分からなくなった。

 人間を逸脱していく中で、人間らしさを失ったのかもしれない。

 イリアはそれを取り戻したんだろう。

 

「そう……見た目通り、少女の様な淡い恋をしているのね」

 

 揶揄う様に言われて更に顔が熱くなる。

 恋かどうかも分からない、幼い感情。そう言われるとその通り過ぎて本当に恥ずかしい。

 

「私も最初はそんな感じだったわ。複雑でよく分からない……だけど温かい感情。いつか貴方にも理解出来る日が来ると思う」

 

「だといいけど……」

 

「そう答える時点でもう……まぁいいわ」

 

 目を逸らす私を見て、イリアは呆れた様に呟いた。

 彼女だって気持ちに気付くのに時間が掛かったそうだし、似たもんだろう。

 

 いつか、この気持ちを理解する事が出来たら。その時私は……

 

 

「私、思うの。どんな生前だったとしても、新しい事を学んで、新しい人生を歩んでいく。生まれ変わるってそういう事なんじゃないかって」

 

 間が空いて彼女は、ゆっくり感慨深そうに言った。

 全く同感だ。そりゃそうだろうとしか。

 むしろこれに関しては彼女以上に理解出来てると思う。

 

「それは私も実感してるよ。なんせこの身体だからな」

 

「確かに。さぞ新鮮でしょうね」

 

 笑って返すと、彼女もまた笑った。

 男から女になり、大人から子供になった。とんでもない変化だ。

 

「新鮮なんてもんじゃない。どんどん自分が変わっていくんだ」

 

「そうなの?」

 

 それでもこの変化を嫌だとは思わない。

 きっと彼女から見たら、私は楽しそうに笑っている様に見えるだろう。

 

「この口調だって、もう多少意識してるくらいさ。素で子供っぽくなってきてるんだ」

 

 何もかもが新しい経験。それらを経て、日々変わっていく自分が分かる。

 あえて生前の口調を意識する程に変わっている。子供らしい演技が苦じゃないのもそれが理由だ。

 というかむしろ、いつか演技が入れ替わりそうな気がする。

 

 見た目に引き摺られてるんだかなんだか……我ながら本当に単純だと思う。

 

「別にわざわざ意識しなくていいんじゃない?」

 

「そんな簡単な話じゃないんだよ……」

 

 今でも私はアリーシャを教え導くつもりでいる。あくまで、沢山の経験をした人生の先輩としてな。

 だからちょっとくらい威厳を保ちたいのだ。カッコつけたいのだ。

 そんなの彼女は気にしないと思うけど……私としては気にしてしまう。

 

「まぁ……性別も変わらず、充分成長した姿からだった私とは全然違うか……大変ね」

 

 そこまでの内心は流石にイリアでも見透かせなかったようだ。

 想定とは違う反応だけど、それはそれで大変なのは事実だ。

 

 そういえば、どれくらいの年月で見た目が変化していったのか参考に聞いてみたかったんだけどな。

 そもそも変身を教わったのが遅かったとは。

 

「こういうのもその内変わっていくんだろうな」

 

「そりゃ変わるわよ。さっき言った通り、それが生まれ変わるって事だと思うわ」

 

 ともかく、私は彼女と違って身体の成長という経験が出来る訳だ。

 心身ともに変化し続ける……不安でもあり、楽しみでもある。

 諸々受け入れる様になるのも遠くない気がするな。既に殆ど受け入れてる様なもんだし。

 

 

「ねぇ……貴方はどうして、旅をしようと思ったの? その姿だと数年も留まれないから?」

 

 また間が空くと、イリアはそう訊ねてきた。

 さっきもそうだけど話が繋がってなくないか?

 やっぱりお前も話下手か?

 どんどん話を振って来る時点で私よりはマシだろうけど。

 

「それもある。けど、そうだな……」

 

 まぁいい、会話を続けよう。

 

「私はさ……アイツのお陰で、自分も誰かに寄り添えるんだって気付けた。戦い護るだけじゃなく、誰かの心を救えるんじゃないかと」

 

 言ってて思ったけど、イリアと私は似てる所があるな。

 同類ってだけじゃなく色んな面で。

 

 私が生前に戦い続けたのは、それが自分に出来る事なんだと突き進んだからだ。彼女と逆だな。

 そして生まれ変わって、戦う以外の事も出来るんじゃないかと思えた。

 

「だから同じ様に生まれ変わった奴に、孤独じゃないって伝えようと旅を始めた。まぁ……お前にはそんな必要無かったし、逆に色々と教えられたけどな」

 

 エリウスは置いておくとして、イリアはとっくに孤独じゃなかった。とっくに救われていた。

 まぁ別に何が何でもその目的を果たしたいって訳じゃないんだけど、ちょっとだけ拍子抜けだ。

 

「そう……ま、なんにせよ楽しそうよね」

 

 自分で振った話題なのに、なんだその軽い返事は。

 もうちょっとなんか言ってくれよ。

 

 でも楽しそうという言葉通り笑顔だ。

 

「なんだ、お前も旅をしたくなったか?」

 

「それもアリかとは思うわ」

 

「ほう?」

 

 だからなんとなく言ってみると、意外にも乗ってきた。

 

「昨日言ったでしょう? そろそろ限界だ、って」

 

「そういえば言ってたな」

 

「記憶喪失としてこの街に来て、それから15年以上も姿が変わらない。誤魔化しや信頼もあって今はまだなんとかなってるけれど……もう流石に厳しいと思ってる」

 

 彼女の過去を聞いてすっかり忘れていたけど、確かに言っていた。

 再度分かりやすく説明してくれた通り、15年以上も変化無しはおかしく思われても仕方ない。

 その誤魔化しが治癒魔法に依る物だという事にしてる所為で、教会にも勧誘されてるんだったな。

 

「だって身分証の上ではもう32歳よ、私」

 

「はは……」

 

 続く言葉に私は苦笑いしか返せない。

 そんなの誰もが疑う事だろう。どう見ても20代前半が精々だ。

 なんならこの街に来た当初は17歳として身分を得てる訳で……つまりそう言われても信じられるくらいに若々しい。

 実際は500歳以上な訳だけど。

 

「もっと長い目で見れば、その内この身分も使えなくなる。何処か私を知らない地で新しく得るしかない」

 

「……そうか。確かにそうだよな……失念してた」

 

 言われてハッとした。よく考えたらそうだった。

 身分証として年齢なんかが記録される以上、いつか誤魔化せなくなる。

 彼女はともかく私も……いや私はもっと重大だ。

 

 子供としては成長が遅過ぎて異常だと思われてしまう、だから街を移動する。

 だけどこの身分を使い続けるなら、どれだけ移動したとしても同じ事だったんだ。

 

 そもそも既に私の存在は広く知られてしまっている。

 私自身がそうした訳だけど、考えが足りなさ過ぎたな……

 どうすりゃいいんだかさっぱり分からん。駄目だこりゃ。

 

「人に紛れるってのは大変だな……」

 

「本当にね……」

 

 お互いに溜息を吐いて肩を落とした。

 中々に前途多難だ。

 

 何十年、何百年と時代が進んだならもっと大変なんだろうな。

 より詳細に記録されたり共有されたりするかもしれない。

 

 まぁ今考える事じゃない。考えたってどうしようもないし。

 

 

「……私達に付いて来るか?」

 

 溜息ついでに話を戻してみる。

 乗り気だったなら、もしかしたら……

 

「貴方達が良ければ……と言いたい所だけど、あの子を置いてはいけないわ」

 

「そりゃそうか」

 

 が、当たり前だけど幼いロイの事を考えれば無理か。

 彼が大人になるまでは傍を離れる事はしないだろう。

 

「仮にあの子が賛成して共に行くとしても、すぐには無理よ。やらなきゃならない事が多過ぎる」

 

 可能性としては彼女も考えていたのかもしれない。

 彼女ならロイを完璧に護りつつ旅は出来る。戦うセンスは無いそうだけど、力は充分あるんだ。

 何より、途轍もない治癒魔法で怪我や病気も解決出来てしまう。

 

 それでも旅に出るのは難しいらしい。

 

「長く住んだこの家をどうするか。貯め込んだお金は、あの子の学校は、皆への説明は……いくらでもあるわ」

 

「その辺、私達は気楽に出発出来たからなぁ……」

 

「運の良い事ね」

 

 正直私には分からない事情だった。

 アリーシャの家は実質借りていた様な物だったし、そんなに大金は持ってなかった。

 家族も無く、事前に旅立つ事を伝えてもいた。

 

 というか私の生前だって、全てをアッサリ投げ出してしまったからな。

 そう考えると、旅に出るにも環境ってのは大事なんだな。すぐには無理というのも頷ける。

 

「だからまぁ……いつか旅先で出逢う事もあるかもね」

 

「ふふ……その時を楽しみにしてるよ」

 

 未来がどうなるかは分からないけど、いつか何処かで逢う事が無いとは言い切れない。

 それが数年後か、数十年後か……なんにせよお互い長い長い付き合いになるだろうな。

 

 

 

 そこで三度、間が空いた。

 この会話の間が私は気になって仕方ない。

 

 アリーシャとだったら気にならないんだけどな……

 ていうか話下手な所為なんだけど。

 

 うーん……今度は私から話を振ってみるか。

 

「ちなみに、いつまで滞在して良いんだ?」

 

 誘われるがままにこの家に来たものの、まだ予定を決めていない。

 もう2日目も終わる。そろそろ決めた方が良いだろう。

 

「好きなだけ」

 

「そりゃ親切な事で」

 

 逆に決めづらいな……いっそ1ヶ月くらい滞在してやろうか。

 

「居る間は出来る限りあの子と仲良くしてあげて。エルヴァンの話に興味があるみたいだし」

 

「ああ……子供からの憧れに向き合うのも初めてだけど、意外と悪くない」

 

 ロイはやたらと私の昔話を聞きたがる。初対面の昨日はともかく、今日は色々と語ってあげた。

 私が居なくなった後の世代だ。目の前に本人が居れば気にもなるだろう。

 

 不思議と子供からの純粋な憧れは私でも嫌とは思わない。

 脚色された話を訂正する所から始まるのが少し面倒だけど、普通に楽しく話せている。

 

「悪い影響が無いか、ちょっとだけ心配だけれど」

 

「なんでだよ」

 

 困った様な顔で笑うイリアへ、私は口を尖らせて返した。

 悪い影響ってなんだ。昨日も似た様な事を言ってたけど、呼んだのはお前だろう。

 

 まぁ、何処かの誰かの様に英雄になりたいとか言い出したら困ると思うけどさ。

 

 

 そしてまたまた間が空く。おい何度目だ。

 適当になんか話題を……

 

「あ、そうだ。私の事をエルヴァンと呼ぶな。今の私はエルヴァーナだ」

 

「そうだったわね……じゃあ、エルで」

 

「ん」

 

 駄目だ途切れた。もういいや。

 

 

 

 と、そんな感じで。

 ポツリポツリとお互いに思いついた事を口に出し、時間が過ぎて行った。 

 別に時間は全然気にしないんだけど……いつ終わるんだこの会話っぽい何かは。

 

 終わり際が分からん……多分イリアも分からなくなってるぞ。

 親睦を深めたいけど、上手く話が続かない。そんな感じだ。

 

 誰か助けてくれ。

 私かイリア、どっちでも良いから会話力をくれ……

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