「さて――当然ながら、旅には知識と技術が必要だ」
という訳でお勉強スタート。
問答無用で話し始めた私に合わせて、アリーシャも渋々ながら椅子に座って姿勢を正した。
「例えば……そうだな。用意するべき物の中で、ある意味一番大事なのはなんだと思う?」
「えーと……野宿用の色んな道具とか……」
「はいダメー! そんな物要りませーん!」
「えぇ!?」
手で×を作ってダメ出し。
そう答えると思ったからあえて確認したんだ。
「1人2人じゃ道具なんて多くは運べないだろ。殆どの事は魔法で片付けるんだ」
荷物ってのは人数が居なければ物理的に運べない。
少人数だと出来ない事ってのは多いんだ。しかし魔法の使い方次第でカバー出来る事も多い。
「例えば地属性の魔法。岩で囲えば敵や風雨から守れる……勿論過信は出来ないけど」
岩宿とでも言うか。壁と天井を作ればそれで良い。横になれるだけの広さでもだいぶ快適になる。
テントを持ち運ぶ手間が消え、より安全だ。
「形を整えて火を置けば調理も出来るぞ。あと風呂とかも作れる」
そして形次第で色々と応用が利く。
強度のある物を自在に生み出せるってのは本当に便利だ。
「なるほど……私、適性は火だけど地属性も少しは使えるよ」
「ほう、なら丁度良いな」
魔法は火水風地雷氷と治癒の7属性だ。
誰でも最低限は一通り使えて、適性のあるいずれか1つが伸びるのが普通だ。
彼女の様に2つ目もそれなりに使える人は割と珍しい。まぁ戦いの道を選ぶ奴の中では珍しくないが。
そして規模や威力なんかと違って、技術……つまり単純な扱いの上手さは適性とは関係無い。
だから先の話も、努力すれば誰でも出来得る事だろう。
ちなみに私は雷を筆頭に風と水が使える。
そんな異常な力でもって、英雄と持て囃された訳だ。
もっと言うなら、生まれ変わった今は全てが底上げされてる。
が、それでもやはり適性に縛られるのは同じだ。彼女が使う火は私の火よりも上だろう。
「適性が火なら、周囲の温度調節も当たり前に出来る様になっておけ」
「それはもう出来るし! ちょっとは自信あるんだから」
自分の周りだけとはいえ少しでも快適な状態にするのは大切だ。
と、ついでの助言を与えたが、どうやら思った以上に扱いは上手いらしい。
「そういえば実力はそれなりにあるんだったな……ん?」
いや、ちょっと待て。
「お前……まさかオーガ3体を焼き払うだけの炎を森の中でぶっ放したのか?」
「あ……いや、えっとぉ……」
出会った時に魔力がすっからかんだった事、オーガ達を倒したという事。
それらを思い出して問い詰めると、アリーシャは目を逸らした。
おいコラ。下手したら大火事だぞ。
私だって雷で延焼しない様に気を遣ったくらいだ。
「も、燃え広がらない様になんとか制御したら魔力が尽きちゃって……」
「良かった、分かってはいたのか。そこから教えなきゃならないかと焦ったぞ」
しょんぼりとした答えを聞いて、私は一応の安堵の息を吐いた。
魔法に依る副次的な現象まで制御するのはかなり難しいからな。
制御が出来るのなら良いさ。むしろ自信があると言うだけ納得だ。
戦闘における周囲の環境についてはハンターとしての経験で学んでもらおう。
「まぁそれはともかく、その辺りは実際に見た方が早いか。外でやろう」
「あ、うん」
ひとまず見せて自分でやらせてみよう。
家の裏とかなら構わないだろう。言うが早いか、私は外へ出た。
「こういう事以外に、実戦経験もしっかり積めよ」
「それは勿論!」
外へ出て歩きながらも会話。
意気込んでるけど、どうなる事やら。
「頑張ってくれ。お前が居ない間、私はのんびりさせてもらうけどな」
「えー……なんか理不尽」
「逆に何をしろと言うんだ」
アリーシャが仕事に行ってる間は暇になる。
精々家事をするくらいか?
「それに……子供に紛れたりしてさ、普通に遊んでみたい」
見た目がこれだから遊び回るのも良いかもしれない。
生前はそんな事さえ出来なかったからな……
「……そっか」
遠目に子供達を眺めながら過去を思い返していると、そんな優し気な声が聞こえた。
本当に寂しがり屋だと思われてそうだ。
まぁ、間違ってないんだけどさ。
*
その後。地属性の魔法を一通りやらせてみたが、予想以上にしっかり使えていて驚いた。
戦闘にはまだまだ使えないらしいが……それは仕方ない。
動き回りながら一瞬の判断で操るには、どうしたって一番慣れた魔法じゃなきゃ難しいからな。
私だって基本は雷ばかり使ってるし。補助で使えれば充分だ。
「ところで、ある意味一番大事な物って結局何?」
色々やって荒れた地面を綺麗に均した後、アリーシャが改めて質問してきた。
そういえば答えずに魔法の話に移ったんだったな。
「移動手段だよ。まさか荷物を背負って歩く訳にもいかないだろう」
「え、馬車で良いんじゃ?」
またしても予想通りの反応。残念ながらそれは使えないんだ。
「街から街の旅行じゃないぞ。馬車なんて大きな物……街道を外れたら大変だ」
一般的に旅と言えば、とにかく様々な場所へ向かう。
沢山の物を見て経験する事が旅の意義だからな。
山を登ったり森を進んだり……道なき道を行く場面は多い。
馬車はかなり便利だけど、そういう険しい道を行くには少し厳しい。
通る為に道を整えて行く場合もあるが……そんなのをずっと繰り返すのは面倒なんてもんじゃない。
「それに、物資を積んだ馬車から離れるなんて出来やしない。常に誰かは見てないとな」
馬車が使えるのは人数が居る場合だけと言っていい。
その場合は馬車を拠点として守りつつ、数人が別の馬で動き回るのが一般的だ。
少人数の旅なら、基本的には其々が荷物と共に馬に乗るだけで済む。
逆に言うとその程度の荷物に抑えろと言う事だ。最悪、馬を失った時に担げる程度にな。
「なんでドラゴンのエルちゃんがそんなに詳しいの……」
「……全部エルヴァンの受け売りだ」
諸々の説明をすると納得してくれたが、余計な疑問を持たせてしまった。
もう困ったら全部この誤魔化ししかないな。
そのうち私とエルヴァンの関係が滅茶苦茶になりそうだ。
*
そんなこんなで、初回のお勉強は終わり。
最初から詰め込んでも仕方ないから、後は適当に時間を潰すだけ。
そうして夕食を済ませて風呂となった。
正直昨日の様にさっさと寝て、風呂は後に引き延ばしたい。
まだまだ他人にしか感じられないこの体を直視したくないんだ。
でも流石に入らないのはどうかと思うし、逃げてたって仕方ない。
ちゃんと自覚を持たないとな。
「はぁ……随分な体になっちゃって……」
という訳で、風呂場の鏡に映る自分の体をじっくりと見る。
見た目が見た目だから、なんだかとてもよろしくない気がする。
こんなに眺めてしまって良いのか? いや自分だから良い筈なんだが……
尻にまで届きそうな長い白銀の髪。そして青い瞳。
背は140センチくらいで、しっかり健康的な少女だ。
華奢で細い手足、小さな尻。そして見事なまでにツルペタ。いや、ちょっとは膨らんでるか。
どうせならもっと大人の……それもそれでなんか嫌だな。
しかしまぁ……
「冗談で美少女とか言ったけど、本当に可愛いな」
改めて自分の顔をしっかりと見てみると驚きだ。
つるつるぷにぷにすべすべ……しかもまるで人形の様に整ってる。綺麗で可愛くて最強か?
とは言え、逆に人間味が薄い気がするな。
でも人じゃないんだから、ある意味作り物だ。
らしいと言えばらしいか。
「こんなんで生前より強くなってるんだもんな」
どう見たって幼い少女なのに。
力を隠せば誰も警戒しないだろうし、活用出来そうだ。
となるとやはり演技力を磨くべきか……
そのまま色々とポーズを取ってみる。
これは自分なんだと言い聞かせながら、とにかく全身の確認。
変な意味は全く無く、目に焼き付かせろ。自覚だ、自覚を持て。
うん、やっぱり背と胸くらいはもう少し欲しいかもしれない。
ほんのり有るか無いかの胸を揉もうとしてみたり……
「エルちゃーん」
「うわぁおおっ!? な、なんだ!?」
なんて事をしていたら急に扉が開いてアリーシャが出てきた。
何してんだ風呂だぞ!? 開ける前に声掛けろ!
私以上に常識がぶっ飛んでるのかお前は。
「あ、ごめん。昔を思い出して普通に開けちゃった」
どんな昔だ。あぁ、孤児院育ちと言っていたからその頃の話か。
私の姿がこれだから、一緒に暮らしていた子供達相手の様にしてしまったんだろうか。
「えっと、体とか髪の洗い方分かる?」
本当に子供扱いだ……なんという屈辱。
しかし実際の所、ぶっちゃけ分からない。
こんな繊細そうな体もこんな長い髪も、どうしたら良いかサッパリだ。
けど私はドラゴン。そんな事はどうでもいい。
「人間と一緒にするな。適当にやっとけば充分だよ」
繰り返すが、あくまでこの姿は変身してる物だ。
肌が荒れたり髪が痛んだりなんて多分無いだろう。
「そういうもの? まぁシャンプーとかは使っていいからね」
「ああ、分かったからさっさと閉めろ。ばか」
「はいはい。――可愛いとこ見ちゃったっ」
「……っ早く忘れろ!」
くっ……完全に油断してた。変な事してるのを見られるなんて……
今後は気を付けよう。本当に。
ていうか今咄嗟に体を隠そうとしたな。
言い聞かせたお陰で早くも自覚を持てたかもしれない。私は単純か……
良いのか悪いのか……良いという事にしておこう。うん。
そうしてサッと洗った後、まるで溶けそうになりながら結構な時間のんびりした。
風呂も久々だからとにかく気持ちいいんだ。
それはもう、のぼせたんじゃないかとアリーシャが呼びに来てようやく出たくらいだった。
多分そんな事にはならないけどな。風呂でのぼせるドラゴンとか居て堪るか。
「ふぃー……いやー良いお湯だった」
「はぁ……裸だし。なんで隠さないの……?」
ホクホクとリビングに戻った瞬間に呆れられた。
いやだって着替え持ってくの忘れたから……ごめんて。
「あ、あった。全くもう……ほら!」
アリーシャは私がソファに忘れていった着替えに気付き、早く着ろと言わんばかりに押し付けてきた。
はいはい着ますよ。
「て、あれ? もう完全に乾いてる」
「ああ、これか。繊細な制御になるけど、水そのものを操作すれば良いんだ」
近づいた事で私の髪が全く濡れてない事に気付いたらしい。
この程度なら頑張れば誰でも出来るし、これも教えておくか。
ついでに怒られないで話をズラせるだろう。
「あー、なるほど! 乾かすって言うより、水自体を無くしちゃうのか」
正確には移動させる、が正しいな。
蒸発させるとかならまだしも、そこに在る物を消すなんて誰にも出来やしない。
それが出来るのは自ら生成して操作し続けた物だけだ。
そして一旦制御から離せばもう自然の物になる。
まぁそんな難しい話、今は置いておこう。
「私いつも温風作ってやってたけど、もうちょっと時間掛かるよ」
「それでも良いけど、こっちも出来る様になっておけ。便利だから」
火に適性がある彼女からすれば、そっちの方が楽だろうけどな。
出来る事が増えて損は無い。
「うー……知らない事ばっかりだ……頑張ろう」
しょんぼりするな。これから知っていけばいい。
学ぼうとしない事が悪いだけで、知らない事は悪くない。
「ま、少しずつやっていこう。焦る事は無い。たった1年でも充分な程に鍛えてやるさ」
そしてアリーシャは学ぼうとはしてる。
今までがどうだったかは私の知る所じゃないが、少なくとも私が教える事は真面目に聞いてるしな。
ハンターとしては初対面のアレしか知らんけど……ポンコツなだけで芯はありそうだから大丈夫だろう。多分。
「お手柔らかにお願いします……」
「ふふっ……」
それはどうかな。
人に何かを教えるなんてのもした事無かったけど……それも含めて楽しみだ。
何もかもが新鮮で、自然と笑みが零れる。
「ていうかいい加減服を着て」
「あ、はい」
笑ってたら怒られた。