「そっち行ったぞー! 追えー!」
「待て―! 今度こそ捕まえろー!」
私は今、何人もの男達に追われている。
幼気な少女を寄ってたかって追いかけ回すなんて、悪趣味な連中が居たもんだ。
「ふふんっ、そう簡単に捕まらないぞ。ほら、頑張れ頑張れ!」
冗談。ただ子供達と追いかけっこして遊んでるだけだ。
どうせなら子供らしく……とか考えはしたが、まさか本当に私がこんな事をするなんてな。
こうなった経緯は単純だ。
アリーシャが仕事へ行き暇になってしまった私は、何をしようかなとブラブラ街を歩いていた。
そこで出会った子供達に何故か連れ去られたのだ。
普段見かけない奴が居て気になったんだろうが、せっかくだからと一緒に遊んでみた……という訳だ。
まともな幼少期を過ごしてないから子供との接し方なんて分からない。
だからどうなるかと思ったけど……すんなり馴染めて良かった。
「あっ、くそ! なんでそんな速いんだよ!?」
伸びてくる手をヒラリと躱して逃げる。
どの遊びも全力なんて出さないけど、わざと負けるつもりも無い。
私だったら悔しいしな。あと普通に負けたくない。
その後も揶揄ってはギリギリで逃げる、を繰り返した。
子供同士の遊びってのはこれで合ってるんだろうか。
「もー! エル強過ぎ! 何しても勝つじゃんか!」
「そうだそうだ、ちょっとは手加減しろ」
「むしろ勝たせろー!」
合ってないみたいだ。まぁいいか。
これを糧に挫けない心を持つがいい。
「うるさいうるさい、男の癖に女の子に勝ちを懇願するな。カッコつけようとは思わんのか」
「あー古いんだ。今時そういうのダメだぜ。男だ女だ言うなよなー」
「そ、そうなのか……?」
いつの間にそんな風潮になったんだ。
たった10年でも色々変わるもんだな……
人と関わらなさ過ぎて気付かなかっただけか?
「まぁともかく、もう時間だ。帰らなきゃな」
いや、そんな事はどうでもいい。
そろそろ日も暮れて家に帰る時間の筈だ。よく知らんが、子供達はこれくらいの時間に帰っていた気がする。
しかしあっという間に時間が過ぎたな……不思議だ。
「ちぇー、負けて終わりかよ」
「次はぎゃふんと言わせてやるからな」
「またなー」
「はいはい、ぎゃふんぎゃふん」
素直な子供達と手を振って別れた。
なんだかんだ楽しんでる自分に気付いて、またしても思わず笑みが零れる。
あんな風に子供時代を過ごしていたら、私も何か違っていたのだろうか。
家までの道をトボトボと、1人考える。
英雄なんて居なくても、こんな当たり前の平和がある。
当たり前の事なのに見ようともしなかった。
そうだよな……平和を築き護るのは、特別な誰か1人じゃないんだ。
なんだか上手く言葉に出来ない感情が湧いてくる。
結局『俺』は何を成してきたんだろうか。
正直な所『俺』だからこそ出来た事は確かにある。それは紛れも無く事実だ。
だけどその事実に驕って、英雄であろうとしていたんじゃないのか。
孤独を嘆いておいて、自ら独りになろうとしていたんじゃないのか。
駄目だな、支離滅裂になりそうだ。止めておこう。
なんにせよ『俺』はもう居ない。
今更考えた所で大した意味は無いだろう。
これから生きるのは『私』なのだから。
*
そんな新鮮な日々が続いたとある日。
「あれ? 今日は休みじゃなかったか?」
モゾモゾと私が起きる頃、アリーシャが仕事の準備をしていた。
「仕事は無いけど、今日は皆で鍛錬が出来る日だからさ。毎回行ってるんだ」
ほう。良い機会だから確認させてもらうか。
どうせそのうち私とやり合って鍛えるつもりだったしな。
「なるほど……よし、私も付いて行こう。今の実力を見せてくれ」
「うっ……頑張る」
自信無さそうだなぁ。
まぁいい、とにかく見せてもらおう。それ次第で今後の鍛え方も変わるしな。
「ついでに私も一緒に体を動かそうかな」
私も私で確認しておきたい事がある。
この体がどれ程高性能なのかはある程度分かってはいるが、戦うとなるとまだまだ未知だ。
生前とはサイズが違い過ぎるから、感覚からして大きくズレている事だろう。さっさと慣れなきゃならない。
そう考えて、私はソファから立ち上がって伸びをした。
「……動いてるじゃん。毎日楽しそうにさ」
「な、なんだその目は……確かにこの1週間、遊び呆けてたけどさ」
しかし何故かアリーシャはジトリと睨んできた。
恥ずかしながら、私が毎日の様に子供達と遊び回っている事はとっくに街中に知られている。
ただでさえ目を引く容姿なのに、エルヴァンの子として注目もあるからな……
家に住まわせている側の彼女からすれば、何もせず遊んでいるだけの私に文句も言いたくなる……のか?
「それはまずこの体に慣れる為でな……あと子供らしさってのも学んでるし……」
「ふーん……」
それには色々と事情が……と説明してみるが、視線は変わらない。
私への不満がありありと伝わってくる。
「分かった、ごめん。家事くらいはするよ」
「お願いね」
良かった。この返しで合ってたらしい。
やはり遊ぶ以外にも何かしろと言いたかったようだ。
いや、最初は家事くらいするつもりだったんだ。
でも私おっさんだったしさ。年頃の少女の洗濯とかして良いのかなって……
料理はアリーシャが作った方が美味いし……大して家も汚れないし。
悩んだ結果何もしなかったんだよね。
「でもまぁ、本当に楽しそうで良かったよ」
今度は一転、優し気な目で見てきた。なんなんだ。
お前は私の保護者か。保護者だったわ。
「ああ、思ったよりすんなり馴染めた。というか勝手に集まったんだよな……男の子ばっかりだけど」
楽しいと感じているのは事実だ。
だがしかし1つ気になるのは、集まった子供が男の子ばかりだった事。
子供らしさというか、女の子らしさを学ぶ為にも同性の子供とも関わりたい所なんだがな……
自分から行くのは無理だ。難易度が高過ぎる。
「そりゃそうでしょ。こーんな可愛い子がいきなり来て、男の子達が騒がない訳無いもん」
首を傾げる私に、アリーシャは笑いながら当然の様に言った。
ついでに私の頬をつんつんぷにぷに……やめい。
しかしなるほど、可愛い女の子に夢中って訳か。
やたらと私を囲んできた理由が分かった。
「だからアイツら、私の胸やら尻やら……パンツとか見てきたのか。視線が分かりやすいんだよなぁ」
「……それが分かっててなんで理由が分からないの?」
ついでにあからさまな視線の理由も分かった。
いくらなんでも見過ぎじゃないのかと思っていたが……それほどに私が魅力的に映っていたんだろう。仕方ない。
納得出来たから頷いていると、思いっきり呆れた声が返ってきた。
いや……言われなきゃ考えなかったんだよ。自分の見た目は分かってるつもりだったんだけど……全然自覚が足りてないようだ。
「ていうか気を付けてよ? 隠す所はちゃんと隠してね」
「隠してはいるけど……でもスカートとかわざと無防備にしてると反応が面白いんだよ。子供でも男は男だな」
「いや何してんの!?」
私だって元男、どうしても見てしまうものなんだと知っている。だからこそ反応が面白い。
ただまぁ……正直パンツくらいどうでもいいけど、思いっきり見せるのは流石にちょっと恥ずかしい。
だから見えるか見えないか……むしろ見ようとすれば見える程度にして遊んでるんだ。
そうあっけらかんと答える私にアリーシャは驚愕した。
そんなに驚く事か? ちょっとした悪戯だろう?
「揶揄って遊んでるだけだ」
「笑い事じゃないし! もう絶対にやらないでっ……お願いだから」
ケタケタと笑って返すと怒られた。
物凄く真剣だ……え、そんなに駄目?
「お、おう……分かった。今後は気を付ける……」
よく分からんがとりあえず素直に聞いておこう。
結局は子供同士、可愛い悪戯だと思うんだけどな……やっぱり普通の子供の感覚が分からない。
「はぁぁ……なんだかなぁ。――ていうか体を動かしたいだけならギルドに行かなくても良いんじゃない?」
アリーシャは盛大に溜息を付いた後、いきなり話を戻してきた。
変化の激しい奴だな。
「んー……確かにそうなんだけど、どうも私は注目されてるみたいでね」
まぁ彼女の疑問も尤もかもしれないが……一応説明してやるか。
ただの注目だけじゃない。エルヴァンの娘で強いらしい、という情報が広まってる所為で、私を観察する様な人が多いんだ。
十中八九ハンター達だろうが、あれは正直気持ちの良い視線じゃない。
「私の実力を探りたいのかなんなのか、結構鬱陶しいんだ。一旦見せてやった方が早いかなって」
観察してる理由としてはそんな所だろう。気になるのも当然だしな。
だからいっそ見せてやれば視線も収まる……と思いたい。
「……今更だけど目立って大丈夫?」
「私みたいな奴、目立たない方がおかしいだろ」
目立つ事なんて最初から分かってた事だし、そもそも慣れ切った話だ。
心配そうに見てくるアリーシャへ、あえて笑い飛ばす様に返した。
誰かにそんな目で見られるのは初めて……か?
多分記憶に無い。本当に新鮮な事ばかりだな。
ともかく、良い機会だからお披露目といこうじゃないか。
*
という訳でギルドの鍛錬場にて、アリーシャ含め皆を観察中。
こうして集まって鍛錬をするギルドは珍しくもない。色んな相手との経験を積むってのは大事だからな。
魔物や獣相手じゃまた勝手が違うが……対人だからこそ相手の動きを学んで自身に還元出来るというもの。これぞ基本ってやつだ。
そしてどうやら、今日は武器をメインにした戦闘訓練のようだ。
これもまた基本。むしろ一番重要な所と言える。
魔法は強力だが、そればかりでは戦っていられない。
どれだけ魔法に優れていても、動いて避けて護れなければいずれ死ぬだろう。
そもそも素の人間じゃそこらの魔物にも劣るのが現実だ。
だから全身に魔力を漲らせて身体能力を上げ、体を覆い鎧とする。
その上で武器を軸に立ち回るのだ。
魔法に頼ってばかりじゃ魔力切れでどうしようもなくなるからな。
ちなみに魔力とは、世界に満ちるマナを体内に取り込み変換した物。
生きる為に必須であり、消費すれば疲労するし場合に依っては命に係わる。
色んな意味で節約は大事という事だ。
更に言うなら私は……つまりアイツの言う特別なドラゴンは、取り込んだマナがそのまま生命力になるらしい。
だから食事が要らないし、どれ程生きるのかさえも分からないんだとか。
その上で変換される魔力も桁違いとなるが、まぁそれは置いておこう。
見た所どうやらアリーシャは、鎧――魔力障壁に優れているらしい。
身体強化と剣の扱いは並程度。まぁ新人ってのを考えれば良い方なんじゃないだろうか。
そして周囲と比較すると、彼女の秘めた魔力は頭抜けている。
表面上だけは他人と大して変わらないように感じるが、やはりどう見てもアレは……
いつその力に目覚めるか……まぁ目覚めても良い事は少ないと私の経験上では思ってしまうが。
「ん、一旦休憩か?」
そんな考え事をしているとアリーシャが近づいてきた。
周囲も模擬戦を終えてバラけ始めているので、ここらで一息入れようってタイミングだろう。
「うん、少ししたらまた再開」
「よーし……じゃあ、ちょっと私とやり合おうか」
となれば丁度良い。
他に戦っている人が居ない今なら邪魔にもならないからな。
アリーシャの実力を確認するついでに、鬱陶しい視線を向けてくる奴らを黙らせてやろう。
「えっ私の休憩は……? あ、ちょっとー!?」
なんか言ってるけど無視だ。
てこてこと歩いて手招きすると観念してくれた。
そして予想通り、私が出てきた事で注目を集めてるな。
どいつもこいつもこんな少女に夢中とは。大丈夫か? ロリコンか?
「あ、それ貸してくれ。投げていいよ」
私は歩いてくるアリーシャの持つ剣を指差した。
当然、刃を潰した訓練用の物だ。
いやはや、何も持たずに私は何をするつもりだったんだろうな。お馬鹿。
「はいはい。ていうか貸したら私の無いじゃん。取ってこなきゃ……」
「要らんだろ。その腰に下げてるのは何だ」
アリーシャは適当に返事をして素直に投げ渡してくれた。
軽く受け取ったが、やっぱりこの小さな体じゃ少し使いづらそうだな。
そして彼女には自分の剣を使わせよう。
こんなナマクラじゃなく、使い慣れてるだろう剣で実力を見せてもらおうか。
「はぇ? これ真剣なんだけど……」
「だからどうした。剣1本で私をどうにか出来るとでも?」
馬鹿にしたい訳じゃないけど要らん心配だ。
そもそも怪我を気にする体じゃない。
「……むっかつくー。でも敵う気がしない……剣とか使った事無さそうなのに……」
困惑していた彼女は不満気に頬を膨らませた。
残念ながら剣はよーく使ってたぞ。
ちなみに体の延長として、武器にも魔力障壁を纏わせる。これもまた戦闘の基本だ。
武器の扱いはともかくとして……その魔力障壁の密度と鋭さこそが実力を最も表してくれると言ってもいい。
少なくとも対人においては、戦闘は障壁のぶつかり合いだ。相手の障壁を突破出来なきゃどうしようもない。
まぁ鋭さに関しては元の武器次第な所もあるが。
形に沿わせる都合上、潰れた刃より元から鋭い刃の方が障壁を形成しやすいしな。
だからあのナマクラじゃあ、相当な実力が無いと斬るなんて出来ないだろう。だからこその訓練用だ。
「さぁ、ごちゃごちゃ言ってないでさっさと始めよう。休憩が無くなるぞ」
「ホント理不尽……」
急かされて文句を言いつつも、ちゃんと構えてくれた。
「何処からでも来い。本気でな」
軽く数回振って感覚を確かめ、自然体でアリーシャの動きを待つ。
さぁ、見せてみろ。