とある竜の恋の詩   作:桜寝子

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第6話 英雄という名の化物

 あえて構えない私と、片や真剣な表情で構えるアリーシャ。

 沈黙したまま向かい合い……数回の深呼吸を挟み、彼女が動いた。

 

「っ! っと、やぁ!」

 

 初撃は突き……随分と狙いが甘い。様子見か?

 軽く逸らして反撃すると、素早く防いで更に返してきた。

 思ったより反応は良いな。

 

 そのまま打ち合い続けてみる。

 反応どころか、さっき見てた時より動きも良くなってるが……

 

「どうした、軽いぞ? 本気だと言っただろう」

 

 何度も受けていて分かった。

 まるで防いでもらう前提で振ってるみたいだ。

 

 通用するかどうかはともかく、真剣を向けるという事そのものを怖がってるな。

 私が人の姿だから、幼い見た目だからか?

 まぁこんな子供相手に真剣を振るって何も思わない奴の方がイカレてるとは思うが……

 

「くっ……」

 

 それでも私の反撃にはしっかり反応して防ぐ。

 攻撃される事は怖くないのか……おかしな奴だ。

 

「はぁっ! そこっ! ――あっ」

 

 打ち合う中でわざと隙を見せると、ちゃんと切り込んできた。

 しかし私が防ぐ気さえ無いと見切ったのか、直前で勢いが緩む。

 よく見ている、と言いたい所だが……

 

「えっ……!?」

 

 それを空いた左手で掴み取ってやる。

 まさか素手でそんな事をするとは思わなかったらしい。戦闘中に驚き過ぎだ。

 

「さっきからそんな攻撃でどうしようって言うんだ? 見ろ。お前は私の掌さえ切れない」

 

「なんでっ……くぅっ……」

 

 アリーシャは驚愕と困惑、そして焦りを見せ剣を奪還しようと藻掻く。

 ドラゴンと力比べでもするか? 砕かんばかりに握ってるからビクともしないだろう。

 

「私の魔力障壁をこんなんで突破出来るとでも思っていたのか?」

 

 全くの本気でさえないが、それでもこうして剣を掴み取れる。

 だから傷を負わせてしまうかも、なんて不安は必要無い。

 

「本気で来いと言っただろう」

 

 ただ振ってるだけで攻撃の意思が薄い。

 いっそ殺すつもりで向かってきてほしい。

 

 私の言う本気とはそういう事だ。

 早々に死にはしない私相手だからこそ出来る訓練なんだ。

 

 うん、まぁ……その辺りの事は伝えてなかったけど。ごめん。

 いや仕方ない、気を取り直してここからが本番という事にしよう。 

 

 まずは心構えから教えてやるとするか。私相手じゃなくとも大事な事をな。

 

 

「良いか、敵に剣を向ける事を恐れるな」

 

 まるで心臓を貫くかの様に、握った刃を胸の前へと動かす。

 剣を通して微かな震えが伝わった。

 

「魔物も、獣も……人間も。全て等しく敵なら殺せ。その為の訓練だ」

 

 殺さずに済む戦いなんて高が知れてる。

 敵を見逃すなんてもっての外だ。見逃した後の事に責任が持てるか。

 責任を負った上で行動出来るなら構わないが……そんなのは稀だ。

 

 英雄として散々見てきた。

 甘い事を言った末路を。情けを掛けた結果を。

 

 あんな後悔を背負うくらいなら、数え切れない程の敵の命を背負った方がマシだ。

 

「実戦なら殺せる? 当たり前だ、殺さなきゃ死ぬんだからな。仕方なくで命を奪うな。覚悟を身に付けろ」

 

 命の重さを知り、それを奪う覚悟をしていなければ……そのうち潰れて壊れる。

 

 これは普通のハンターなら、少しずつ経験して身に付けていく物だ。

 訓練でそこまでやる奴はまず居ない。

 

 だけど彼女なら。何故かそう感じてしまうんだ。

 

「……っ」

 

 睨み付ける様に言う私の言葉に、アリーシャは顔を歪ませた。

 優しい彼女には厳しい事だろう。仕事として何度も奪ってきた中で、きっと思い悩んだ事もある筈だ。

 けどそんな優しさは……甘さは。戦う時だけは捨てろ。

 

 

 

 今度こそ本気を出せ、と。

 逆に私が本気で、殺意に近い威圧をする。

 

 恐らく初めてであろう確実な死の恐怖に、アリーシャはビクリと反応を見せた。

 今度こそ明確な震えが剣に伝わる。

 

 息を呑んで……そうして漸く、彼女は応えてくれた。

 恐怖に急き立てられたのだとしても。その恐怖を必死に振り払おうとしたのだとしても。彼女は動いた。

 

「っぁぁあああ!」

 

 私の緩めた拳から刃を引き抜き、両断せんと振り下ろす。

 

 それをあえて避けず受け流せば、返し刀に切り払ってくる。

 今度は跳び退いて避けて見せれば、鋭い突きで追い縋る。

 

 良いぞ。よく見せてくれた。よく応えてくれた。

 やっぱりこの子は……

 

 あえて踏み込み、突き出される剣を掻い潜る。

 そしてがら空きの懐へ、流れる様に一閃。

 

「かっ……はっ」

 

 決して本気じゃないが、かなりの衝撃だっただろう。アリーシャはゆっくりと崩れ落ちていく。

 実力だけじゃなく、彼女の精神性も確認出来たのは大きい。

 問題点の洗い出しも多少は出来たし、良い物を見せてもらったな。

 

 そんな事を考えながら、アリーシャへと手を差し出そうとして――

 

 その左の掌が視界に入って私は止まった。

 引き抜かれた時に切られたのか、薄っすらと赤い線が見える。

 

 それを認識した瞬間。掌から全身へ、ゾクリと歓喜が走った。

 

 全く本気の障壁じゃなかったとは言え、それでもそこらの奴よりはよっぽど強固だった筈。それを突破された……?

 剣に纏った魔力をより濃密に鋭くした……ただそれだけだが、まさかこれ程とはな。

 予想以上だ。口角が上がるのを止められない。

 

 

「ニヤけてる場合じゃないな。アリーシャ、大丈――」

 

 ともかく今は彼女を助け起こそう。

 そう声を掛けようとして気付いた。

 生前に嫌と言う程味わった、周囲からの視線に。

 

「……なんだ、その目は。やめろ……またその目で私を見るのか……」

 

 うわ言の様に声が漏れる。

 英雄と呼んで縋る癖に、化け物だと恐れる。あの目だ。

 

「私は化物なんかじゃない……」

 

 嘘だ。自分が一番分かってる。

 むしろ生前どころか、今の方がよっぽど化物だ。

 

「エルちゃん……?」

 

 周囲を見渡していると、背後からアリーシャの声がした。

 だけど振り向く事が出来なかった。

 

 私は何をした? 勝手な期待で、本気の殺意をぶつけて……

 立ち向かってくれたなんて、勝手に満足して。

 

 そして何故、彼女が力の片鱗を見せた事を喜んだ?

 あの力に目覚めても良い事は少ないと知っている癖に。

 

「……っ!」

 

 何よりも。もし、彼女さえあの目で私を見ていたら……

 そう思ったら居ても立っても居られなくて、逃げる様に駆け出した。

 

 

 いくらでも予想出来た筈なのに、また繰り返した。

 

 目立つと分かっていて力を誇示しようとする。

 自分を押し付け、受け入れてもらおうとする。

 理解されないなんて勝手に見限って独りになろうとする。

 

 それが俺だった。

 生まれ変わっても変わらないなんて……情けない。

 

 

 

 

 

 

 駆け出したところで行く場所なんて1つしかない。

 気付けば住み慣れ始めた小さな家に居た。

 

 どの面下げてアリーシャを迎えるつもりだ。

 そんな心の声を無視して、ソファの上で膝を抱えて蹲る。

 

 そのまま少しだけ時間が経った頃、彼女が帰ってきた。

 もしかして私を追ってきたんだろうか。何故嬉しく感じてるんだ私は……馬鹿なのか。

 

 反省が自己嫌悪に変わり、尚更動く気になれなかった。

 

「エルちゃん……泣かないで、ね」

 

 何も反応を見せない私に、彼女は優しく声を掛けて背を撫でてくる。

 

「誰が泣くか。涙なんて……とっくの昔に枯れ果てた」

 

「……そっか」

 

 彼女の目に私がどう見えていたかは知らんが、見当違いも良い所だ。

 反省も含め、色々と考えていただけさ……

 

 なのにこんな自虐を言ってどうする。

 どれだけ構って欲しいんだ私は。 

 

「えと……過去に何があったのかなんて知らないけどさ。エルちゃんは化物なんかじゃないよ」

 

 相も変わらず、背を撫でながら優し気に。

 あのうわ言が聞こえてたんだろう。

 

「そりゃあ……どんな訓練だ、って思ったけど。でも、伝えたい事は分かった。だから全力で応えた……つもり」

 

「皆はさ、ただ驚いてただけだよ。子供なのにああいう厳しい事が言える様な経験をしてきたのか、って」

 

「すっごく強くて、やっぱりエルヴァンの娘だって納得はしたみたいだけど……誰も化物だなんて思ってない。私ちゃんと皆に聞いてきたから!」

 

 ゆっくりだけど、ひたすらに私を慰めようとしてくる。

 そうか……エルヴァンを見る目じゃなく、エルヴァンの娘を見る目だったか。

 

 驚いてあからさまになってただけ、それを同じ目だと思い込んだだけ。

 紛らわしい……本当に馬鹿じゃないか。

 

 しかし私を慰める為に、あの場の皆に確認したのか?

 なんとまぁ……全く、こいつもこいつで馬鹿な奴だな。

 

「わざわざそんな確認を……?」

 

「だって凄く切なそうだったから……今だって」

 

 そう言って今度は頭を撫でようとするから、出来るだけ優しく手を払った。

 なんでちょくちょく頭を狙ってくるんだ。

 

「そんな事より、お前には謝らなきゃな。すまなかった……思わず熱くなってやり過ぎた」

 

「それはホントにそう。冗談抜きで殺されるかと思った」

 

 話を変えてようやく私が謝ると、大真面目に返された。

 怖かったよな……本当に申し訳無い。

 

「……ごめん」

 

「でもそれだけ私に期待してくれてるって事……だよね。なら頑張るよ!」

 

 しょんぼり項垂れてもう一度謝ると、アリーシャはわざとらしく明るく振舞う。

 謝る側が気を遣われるなんて……どうしようもないな。

 

 アリーシャがここまでしてくれてるんだ。私も気分を入れ替えよう。

 いつまでも反省してるだけじゃしょうがない。

 

 

「ふぅ……まぁ、長々と必死に慰めてくれたのに悪いけど……私は化物だよ」

 

「なんで、だから違うって――」

 

「いいから聞け」

 

 溜息と共にソファから降り、笑いながら言う。

 アリーシャが慌てて否定しようとしてくれるけど……今度は私が話す番だ。

 

「今回はエルヴァンの娘という評価で止まっただけだ。どうせそのうち――だけど、例えそうなっても化物として見ないでくれる人が居る……それでいいんだ。そんな風に想ってくれて本当に嬉しいよ」

 

 いつかはまた化け物という評価に変わる……かもしれない。

 というか生前はともかく、生まれ変わった今は紛れも無く化け物だ。

 どれだけ否定したくとも事実は変わらない。

 

 だけどアリーシャの様な人が居てくれれば救われる。

 たったそれだけの事にようやく気付けた。

 

 なんでそういう存在が生前に居てくれなかったのやら……

 いや、本当は居たのに気付けなかっただけなのかもしれないな。見ようともしなかったのだから……

 

「そ、そっか……なんか照れちゃうな」

 

 なんで顔を赤くする。何故か凄く居た堪れない。

 もういい、この話は終わろう。無理矢理にでももう一度話を切り替えよう。

 

 

「コホンッ――で、だ。さっき考えてたんだけど……お前はエルヴァンと同類だ。私には分かる」

 

「はい?」

 

 私は咳払いを挟んで、さっき考えていた事を口にした。

 

「きっとお前はいつか、人よりずっと強くなる。孤独になってしまうかもしれない。だからそうならない様に、ずっと私と居ろ」

 

「はぇ?」

 

 唐突且つ説明を端折った所為で上手く伝わらない。

 我ながら話すのが下手過ぎるな……

 

 とは言え今全てを語るのは良くない気がする。

 それはアリーシャがアリーシャらしく生きる事を妨げてしまいそうだ。

 

「そ、そんな愛の告白みたいに……」

 

「はぁ!? な、何を言ってるんだお前はっ!?」

 

 どう説明したものか……と考えていると、さっきよりも赤い顔でとんでもない事を言い出した。

 上手く伝わらないどころか、変な風に伝わってるじゃないか。

 

 確かにそう言われるとなんだかそんな言葉に感じなくもない。

 なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。

 

「そういう意味じゃない! ただ孤独にならないよう、友人としてっ……」

 

「あはは、そうだよね。あーびっくりした……」

 

 慌てて訂正すると笑い飛ばされた。

 勝手に勘違いして勝手に冷静になるな。

 

「はぁ……気が削がれた。また今度にしよう」

 

「ちょっ、なんか大事そうな話だったのに!?」

 

 誰の所為だと思ってる……私か?

 まぁいい。機会はいくらでもある。

 というか真面目な空気に戻すのが面倒臭い。

 

「うるさい。もういい。寝る」

 

「えー……」

 

 呆れ声を聞き流してソファに戻り、シーツを頭まで被る。

 まだ恥ずかしくて顔を見られたくない。

 なんなんだ一体。意味が分からない。

 

 まだ昼過ぎだけど寝てしまおう。

 せっかく色々考えてたのに……全く。

 

 

 

 そう、アリーシャはいつか私と同じ道を辿ってしまうかもしれない。

 杞憂とは言い切れない程に、充分可能性がある。

 

 人並外れた力を持つというのはそういう事なんだ。

 あの力はまず間違い無く、生前の『俺』と同じモノだからな。

 

 だけど理解して並んでくれる誰かが居ればきっと大丈夫。

 なら私は、その誰かになりたい。

 

 最初はちょっと導く程度のつもりだったんだけどな……

 今はただ、隣に居たい。居て欲しい。

 そんな風に思える様になったんだ。

 

 

 生まれ変わっても変わらない、と反省したばかりだが……そうでもなかったかな。

 高々1週間程度でなんたる変わり様だ。これが自分だなんて信じられない。

 いや、これが新しい人生ってやつなんだろうか。

 

 あぁ……悪くない。

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