「ほら、どうした。根性見せろー」
「無理無理無理っ! 根性でどうにか出来る事じゃないでしょ!?」
あれから数日後。
改めてアリーシャと戦闘訓練をする事にした。
念の為に街の外に出たけど、そのうち人前でも気にしなくなる日が来るだろう。
誰かさんのお陰で、良くも悪くも開き直れたからな。
「基本は出来てるんだ。なら頑張ればどうにかなる」
内容は魔法に対処する訓練。
戦闘関連は経験を体に叩き込むのが一番だ。
そして文字通り体に叩き込む為に魔力障壁を禁じている。
当たっても大丈夫、じゃあ訓練にならないからな。多分。
その所為で悲鳴が絶えない訳だが……まぁ頑張れ。
「一歩目が遠いよ!?」
「とにかく魔力を読み取れ、感覚を覚えろ」
「痛っ……やっぱ無理ぃ! 速過ぎるってば!?」
喚くアリーシャへ、私は表情を崩さず淡々と雷をビシバシ飛ばしていく。
非難の声は一旦無視だ。
感覚――どんな魔法にも絶対に予兆がある。何処へどう放つか、魔力を読み取る事で察知出来るのだ。
それが分かりやすいかどうかはともかくな。
これは誰でも出来る訳じゃない。出来る奴はそれなりに実力があると見て間違いないだろう。
難しいからこその厳しさだ。
ちなみに私が得意とする雷の魔法は最も速いが、扱いは最も難しい。
せっかくの速度を落とさないと制御さえ出来ない、なんて奴は多い。
私くらいになればまさしく一瞬だがな。
「だいぶ動きが悪くなってきてるな……仕方ない、一旦休憩するか」
「や、やっと……厳し過ぎる……」
そんなに時間は経ってないが、流石に疲労困憊じゃ効率も悪いし身に付かない。
休憩を言い渡すと、アリーシャはぐったりと座り込んで草臥れた。
彼女からなんとなく薄っすらと煙が出てる気がするが……多分気の所為だろう。うん。
「次は威力を上げるぞ。ついでに殺気を込めてやる」
「一層厳しい!? なんで!?」
いきなり完璧にやれだなんて私も思ってないし、上手く対処出来ないのは当然。
だから最低限まで威力を抑えてた……つもりだけど、予定変更だ。
ただし重要なのは殺気を込める方だから、威力は少し上げるだけにしてやろう。
そう伝えるとアリーシャは涙目で叫んだ。
相変わらず元気一杯だな。疲れてるのか元気なのかどっちなんだお前は。
まぁそれこそが厳しくする理由なんだが。
「お前は危機感が無い。こんなんじゃ本気になれないみたいだからな」
「精一杯やってるのに……」
「自分じゃ分かってないだけだ」
疲労してるのは事実だが、それでも本当はまだ余裕がある筈だ。
いい加減しっかり教えてやろう。ついでにこの間の話も仕切り直せる。
「森で追われていた時も、私が軽く脅した時も、今も。お前は本能で理解してるんだ。眠ってる力を使えれば、この程度は脅威でもなんでもない……ってな」
所詮はただの推測だが、ほぼ間違い無いだろう。
追われていた時はなんとも危機感が無かったし、脅した時は呑気に私の股間を覗く余裕を見せた。
そして今はこれだ。障壁を禁じているにも関わらず、な。
奥底に眠った魔力を解き放ったならそれだけの力がある……と本能だけが理解してしまっている。
しかしその本能に置いて行かれてるのが問題だ。
危険が無ければ力に目覚める必要も無い……と言うのに、大抵の危険を感じてくれないのだから。
命に係わる程の危機に陥るくらいじゃないと無理なのかもしれないな。
「その力ってのもよく分かんないんだけど……結局何?」
「ただの魔力だよ……常人の何倍もの、ね。エルヴァンと同じって言ったのもそういう事だ」
首を傾げるアリーシャに、至極簡単な説明をしてやる。
なんでもかんでも魔力が根幹にあるからな。それが多いなら多いだけ強いってもんだ。
もっと言えば、純粋な身体能力さえ並の人間より高い筈だ。
戦う奴は誰も彼も強化するから気付きづらいけど。
始めて彼女の魔力を感じた時は、本当にギリギリまで消耗してると思ったんだけどな。
近くで見てみれば全然そんな事は無かった。彼女の中に蓋をされた箱がある様なイメージだな。
「どうせいつか目覚めるなら、私はその手助けをしたい。その後の事も含めてね」
「その後……?」
「お前の性格じゃ、力があれば人の為に使うだろう。それはエルヴァンが辿った道だ。その先は孤独……だから私が傍に居る」
そしてその蓋を開けたら、良くも悪くも人を外れてしまう。
いつかはその時が来る。戦っていれば……ましてや旅に出るなんてすれば危険はいくらでもある。何を切っ掛けに目覚めるかなんて私でも分からん。
しかしだからこそ私が隣に居る意味があると信じたい。
あんな思いはしなくていい、させはしない。
「それがこないだ話したかった事?」
「ん。強大な力に縋り付く半面、そんな力が近くにある事を恐れる……それが人間だ」
矛盾している様でいて、その実どちらもただ危険を避けているだけに過ぎない。
害から守ってくれる力は必要だが、その力に害されたくない。当たり前の話だろう。
人の範疇での強者なんてのはいくらでも居る。けど、大き過ぎる力ではそういった意識が顕著になるのだ。
正直、責めるに責められない。だから私は仕方の無い話なのだと受け入れ諦めてしまった。
「本当にそんな事になるの? というかなんでエルちゃんが……」
「可能性として充分に有り得るさ。私が語れるのは……エルヴァンから聞いたから、とでもしておこう」
「曖昧だなぁ……」
理解は出来たようだが、いまいち納得までは出来てないっぽい。
まぁ急にこんな事を言われたら困惑ばかりなのも当然か。
今は心の片隅にでも置いてくれ。
しかしこんな雑な誤魔化し方をしていたら、流石のアリーシャでも私の正体に気付きそうだな。
別に気付かれたならそれで構わないんだけど、何故か明かすのは躊躇ってしまう。
この軽くて複雑な感情は何なんだろうか……
*
その後も日が暮れるまでたっぷりとアリーシャを虐め……いや、真面目に鍛えた。
「ぅあ~、疲れたぁあ~……お風呂ぉ~」
そしてだいぶズタボロになった彼女は、家に帰るなりヨロヨロと風呂場へ歩いていく。
ちょっとやり過ぎたかもしれない。
「ゆっくりリラックスしてこい。夕食は私が用意してやる」
しっかり休むのもまた大事な事。
私はそんな彼女の背に、少しだけ優しめに声を投げ掛けた。
私だってちゃんと気を遣えるんだよ。
いくらなんでも、ここから更に夕食も作れとは言わないさ。
「えっ……いきなり優しい。なんで?」
しかし何故かアリーシャは驚いて振り返った。
なんだその意外そうな不思議そうな顔は。優しくして悪いか。
「うるさいな、早く行け。汚い、汗臭い。あと焦げ臭い」
「酷い……やっぱり優しくない……」
全く……人がせっかく……
そんなに驚くのなら、お前の抱く私のイメージ通り厳しくしてやるよ。
とりあえず思い浮かぶ罵倒を飛ばすと、彼女はしょんぼりと項垂れて風呂場に消えていった。
うん、焦げ臭いのは私の所為だな。やっぱりちょっとやり過ぎた。
まぁ気を取り直して、ちゃんと夕食は用意してやろう。
「さて……じゃあ久々の料理といくか」
どうせなら美味しい物を作ってやりたい所だけど、果たしてどうなるやら。
最後に料理してから何年振りだ? 家事を手伝うにしても、結局料理には手を出してないからな……
そもそも私は昔から食えれば良いタイプだったし。
ともかく頑張ってみるか……
適当に目に付いた食材を引っ張り出し、なんか美味そうな調味料を取り出す。
なんとなくの火力で火を起こし、とりあえずぶっこんで焼いてみる。
ここまでやって今更だけど……私は何を作ろうとしたんだ?
何って言うか、料理名が出て来ないけど。
まぁいいや、食えるだろ。
小さい体でどうにか料理しようと動き回る。
そんな自分の姿を客観視して思わず笑えてしまう。
まるで一生懸命にお手伝いを頑張る子供そのものだ。
こんな事を死んでから経験するとは。
でも正直、こんなのも悪くないと感じてしまう。
願わくば、せめてそんな子供のお手伝いレベルの料理にはしたい所だが……
そうして――
「あー……うん。まぁ、いいか……」
とりあえず出来たけど……微妙。
当然食えない物にはなってないし、味見をしたから特別不味い訳でもない。ただただ微妙な物が出来上がった。
おかしいな……もう少しちゃんと作れると思ったんだけど。しかも明らかに作り過ぎたし。
昔作ってた倍くらいの量にした気がするんだけどなぁ……上手くいかないもんだな。
まぁ私としては頑張った方だろう。多分。
「エルちゃん出来た~?」
「っ……あぁ、出来たぞ。早く座れ」
そして並べ終わった頃にアリーシャがホクホク顔で戻ってきた。
なんかタイミング良過ぎないか?
実はこっそり見てたんじゃ……
今度から家の中でも魔力の探知をしてやろうかな。
「ありがと! いただきまーす!」
そのまま大した反応も無く食べ始めた。
私の初料理だって言うのに。なんか言えや。
でも微妙な料理なのに、彼女の表情は全然微妙じゃない。良かった。
「買って出といてなんだけど……お前みたいに美味しくは作れなかった」
謎に笑顔で口に運んでいくアリーシャを見て、嬉しさと同時に若干の申し訳無さを感じた。
だからか、気付いた時には勝手に言葉が漏れていた。
「まぁ確かに大雑把だけど……全然悪くなんかないよ! ほら、エルちゃんも食べなよ」
「お前の為に作ってるんだから、私は少しでいい」
甘々な評価をありがとう。精進するよ。
そして私は食事の要らない体故に、無駄に多く食う事は控えてる。だから代わりに食ってくれ。
私がいつも小食にしてるのはお前も知ってるだろう。
「えっ……これ殆ど全部私が食べるの……?」
正直2人分にしてもだいぶ多いくらいの料理を見て、アリーシャの顔が引き攣る。
その嫌そうな顔に味の評価は入ってないよな……?
「勿論。それに私の初めての手料理だしなー、食べてほしいなー」
「……はい」
そんな若干の不安を内心に隠して冗談を言うと、何かを諦めた返事が返ってきた。
とりあえず彼女が食べきれなかった分を食べるとするか。
それにしても、なんだろうな。
頑張って作った物を食べて貰えると嬉しいもんだな。
別に美味しい訳じゃないのに喜んでくれてさ。次はもっと頑張ってみたくなる。
やっぱり悪くないな。むしろ――
ちなみにアリーシャは最終的に8割程の量を腹に収めて見せた。凄いな……
なんか今にも吐きそうな顔で膨らんだ腹を押さえてたけど。