とある竜の恋の詩   作:桜寝子

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第2章
第9話 旅の一幕


 思えばもう35年……いや36年前になるのか。とある大きな戦いがあった。

 私がまだ大人になったばかり、王都を拠点に活動する様になった頃の話だ。

 

 周辺地域の魔物や魔法生物が集まっての大乱戦。

 種族毎に別れ、他は全て敵。熾烈で混迷極まる、とにかく酷い戦いだった。

 

 縄張り争いなんて放っておけば良い?

 街の近くにまで押し寄せれば人間だって戦わざるを得なかったのさ。

 まさしく人間の縄張りを護る為にな。

 

 

 そもそもの原因はドラゴン2匹の争い。

 今の私からすれば格下のトカゲだが、当時としてはかなり強い奴らだった。

 そいつらが周囲を巻き込んで大暴れしていた所為で、多くの生物達が住処を追われたんだ。

 

 しかし魔物も魔法生物も大概の奴は好戦的。逃げた先で大集合してしまえば、生きる為に戦い始めるのも仕方ないだろう。

 その恐慌が伝搬し更なる戦いを呼んでしまったと言われているが、とにかく異常な事態だったな。

 

 けどまぁ、人間が参戦してから片が付くまでは早かった。

 いや、むしろ早く収めなければならなかった。そりゃもう大勢が決死の覚悟で激戦に臨んだものだ。

 だからこそ犠牲者は多く……敵味方問わず夥しい程の死が転がる、あまりにも凄惨な光景だった。

 

 

 そんな戦場を駆け、一際大暴れして死体の山を築き上げ、遂には原因であるドラゴンをも仕留めてみせた男が居た。

 誰よりも強く、誰よりも勇猛果敢。その悍ましくも輝かしい功績を称え、人は彼を英雄と呼んだ。

 

 その男こそ――

 

 

「そう、私だ」

 

 野宿中、焚火を挟んでアリーシャに過去を語った。英雄として語られる様になった最初の戦いだ。

 陰惨な話で終わるのもどうかと思って、最後は冗談混じりにしたが……

 

「まぁ……うん、知ってる」

 

 流石に知っていたらしく微妙な反応だ。

 ドヤ顔で締めたのがちょっと恥ずかしくなってきた。

 

「コホンッ――そして戦場になったのがここ、レグナ平野だ」

 

 咳払いをして続ける。

 荒れ果てた地はすぐに魔法で整えられたし時間も経った。

 今はもう、あんな戦いがあったなんて見ただけじゃ全く分かりゃしない。

 

「戦場……かぁ。――それにしても、ドラゴンが暴れただけでそんな大変な事になっちゃうんだね」

 

 大きな戦いという物を経験した事が無いアリーシャだからこそ思う事もあるだろう。

 物憂げな表情で鍋を混ぜながら呟くが、振り切る様に話題を移した。

 

 ちなみに鍋は旅の中で彼女が勝手に買い足した物だ。

 何でもかんでも焼くばかりなのはお気に召さなかったらしい。

 要らないと思うんだけどな……小さな物だし、私の荷物が少ない分余裕があるから何も言わなかったが。

 

 いやそんな事より、せっかくの疑問に答えてやろう。

 

「実は世間一般にはあまり語られてない事情がある。ドラゴンの所為ってのが分かりやすいからそればかり広まったんだ」

 

「へー……聞いた事無いや」

 

 詳しく調べれば誰でも知り得る、というかハンターなら大体知ってるんだけどな。

 実技に時間を掛け過ぎて勉強が足りなかったかもしれない。まぁいいか。

 

「その頃は丁度、東のクローゼ港を作る為にまず道を作ってたんだ。王都から東の海岸沿いにグルリとな。当然、少しでも安全を確保する為に敵は減らすか追い立てる訳だ」

 

 平野の北は王都、南にも街。

 そしてドラゴンが暴れたのは西の山周辺。

 

 勿論其々距離は有れど、そんな地勢でそんな事情が重なってしまったなら……

 

「だから周辺の魔物達が丁度この平野に……」

 

「そういう事だ」

 

 良かれと整備を進めた事が一因になった、なんて国としても態々広めたくは無いというのも理由の1つだ。

 ただ運が悪かっただけだろうと、事実は事実だからな。

 

「その所為か街道の整備には随分気を遣う様になったらしいが……まぁこれ以上膨らむ話でも無いか」

 

 語る事は語ったから話を終わらせた。

 なんか私って本当に話下手だな……適当な事を嘯くのは得意なんだけど。

 

「そう? 戦いの話ならいくらでも……」

 

「これ以上詳しくは……のんびり食事中に語るにはちょっと重いかな」

 

 だったら最初から違う話をしろって言われそうだ。

 この話下手はどうにかしないとな。

 

 

「ああ、王都と言えばいよいよ明日到着だ。流石に私も楽しみかな」

 

「エルちゃんでも? 王都なんてよく知ってるんじゃないの?」

 

 とりあえず他の話題でも、と考えて適当に呟く。

 急な切り替えにも合わせてくれて助かるわ。

 

「死んでから11年。しかも旅に出てたからそれ以上空いてるんだ。もうよく知ってるなんて言えないさ」

 

 現にこの平野、というか街道周りだって昔より多少整備が進んで綺麗になった。

 それにあんなに広い道じゃなかった。道から外れたこの丘からは良く見える。

 

 なんにせよ王都なんて大きな街なら変化だって大きいだろう。

 

「そっか。私はもうじき始まるって言う闘技大会が楽しみだなー……どんな凄い人達が出るんだろう」

 

 そういえばまだアレが続いてるんだったか。

 抜けてるアリーシャでも行先の事くらいはちゃんと調べてたんだな。

 

 その闘技大会は私の活躍にあやかって始まったものだ。

 昔からそういう場は度々作られていたらしいが、今回は随分と長く続くもんだな。

 

 ちなみに、圧倒的実力で頂点に君臨した男こそ――

 もうこのネタはいいか。うん、私だ。

 

 ついでに言うと参加したのは初回だけだ。

 結果の分かり切った大会なんぞ誰も望まないだろう。

 特に参加者からすれば、きっと目の上の瘤でしかない。

 

 その初回だって仕方なく参加した形だ。

 悲惨な戦いの後で沈み込んだ街を盛り上げようとしてるのが分かったから引き受けただけだし。

 

 

「私は参加するつもりも無いけど……お前の活躍は期待してるぞ」

 

「うぇっ!?」

 

 そんな事はともかく、ニヤリとアリーシャを見やると変な声を上げた。

 まぁ予想外だろうよ。今思い付いたからな。

 

「今どれだけやれるのか力試しだ。行ってこい」

 

 アリーシャには経験が足りない。その所為か自信も足りない。

 未熟なのに自信過剰な奴よりよっぽどマシだが、これも良い機会と言う奴だ。

 

「……一応聞くけど、拒否権は?」

 

「ふふっ……楽しみだな」

 

「どっち!? ていうかもしかしなくても拒否権無いよね!?」

 

 安心しろ。武器どころか魔法も手加減必須だから大怪我なんてしない。

 むしろ相手と場に合わせて力の調整も出来ん未熟者は恥を晒す事になるだろう。

 

 良くも悪くも見世物だから割と安全だ。

 強者同士ともなるとかなり苛烈な真剣勝負になるけど……当人達は実力の線引きが出来てるから問題無い。見てる方も盛り上がるしな。

 まぁなんにせよ楽しみだ。

 

 

 そんな、旅が始まって数ヶ月のとある日。静かな夜の平野にて。

 のんびりとした時間が過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、何事も無く王都に到着。

 ただし街に入る時はそうはいかない。

 

「旅の途中……? え、君達が?」

 

 どの街も基本的に防壁で囲み、門で出入りを管理しているのだ。

 幼い子供とまだまだ大人とは言えない少女の2人、それで旅をしているなんて普通は有り得ないからな。

 

 なんなら何か厄介毎を持ち込むのでは、と思われてもおかしくない……かもしれない。

 警戒とまでは行かずとも疑問に思うのは当然だろう。

 

「疑うのは勝手だが事実だ。ほら、身分証」

 

 まぁそんな疑問なんてこっちからすればどうでもいいので、さっさと身分証を見せる事にする。

 

 これが無ければ基本的には街に入れない。入れたとしても殆どの荷物を没収され行動も制限されてしまうのだ。

 まぁその街に住んでるとか顔を覚えられてるとか、簡単に調べられる場合は例外だけど。

 

 本来存在していなかった私はどうやって作ろうかと悩んだ……が、なんともあっさり作れてしまった。

 既に居住している保護された子供であり、立場ある大人(団長)が仲介してくれたからだろう。

 そんなんで良いんだろうか。まぁいいか。

 

 

 ともかく、ここまでは別に問題ではない。これを見せた後が面倒なのだ。

 何故なら――

 

「エルヴァーナ……ローグラント!? その見た目でローグラントって……まさか……いや、でも」

 

 これだ。何処に行っても毎回このやり取りを挟む事になる。

 

 消息不明になって久しい英雄エルヴァン……その子供が居るという噂が広まっているらしく、名前と見た目で簡単に結び付いてしまう。

 まぁ私が人前に出て1年以上も経てばそうもなるだろう。

 

 だからしつこいくらいに色々な事を聞かれるのだ。

 そんな設定にした自分の所為なんだけどさ……

 

「はいはい、私がそうだったとしてだから何なんだ。いいから通してくれ、怪しい所は何も無いだろう」

 

 正直、何回も繰り返していい加減面倒になってる。

 そもそも本当にエルヴァンの娘なのか証明しろと言われても無理な話だ。本人がもう居ないのだから。

 身分証として怪しい所が無いのも事実。ここでごちゃごちゃ話す意味は無い。

 

「あ、ああ……」

 

 私が堂々と胸を張ると、特に追及も無く通してくれた。

 そのままアリーシャも通過となり、揃って歩き出すが……

 

「しかしエルヴァンの子がまた来るなんて……」

 

「――何だって? 誰の事だ?」

 

 予想だにしない呟きが聞こえて思わず足を止めて訊ねる。

 どういう事だ……私に子供が居たのか?

 

「1人旅をしてるらしい若い男だ。ローグラントは名乗ってないが……いつの間にか彼がエルヴァンの息子って話が広まってる」

 

 エルヴァンが消息不明になって約10年。騙る輩が出てきたっておかしくはない……か?

 例え嘘だとしても、殆どの人からすれば確認のしようが無い訳だしな。さっき言った様にエルヴァン本人が居ない以上、肯定も否定も容易じゃない。

 

「知らないなら複雑そうだし口は挟まないけど……まだ街に居る筈だよ。ただ、それ以上の個人情報は職務上ちょっと言えないかな」

 

「そうか……ありがとう、ちょっと探してみよう」

 

 クソ、意外としっかりしてるなこの門番。

 せめて見た目か名前くらい分かれば楽なのに。

 

 とにかく調べるべきだな。

 でも本当に私の子だったらどうしよう……

 

 

 

 

 

 とりあえず街に入れたという事で、馬を預けてここからは徒歩になる。

 商人も旅人も、門の先で馬を預けて世話をお願いする訳だ。

 

 当然お金は掛かるが、どうしたって必要な事。

 細かい健康管理や蹄の手入れなんて、専門職じゃなきゃ出来ないからな。

 

 というか好き勝手に馬で街中を動かれたら邪魔だ。汚れるし。

 

 

「さて、と。――で? エルヴァンの子って何?」

 

 そうして歩き始めると、後ろから強めに肩を掴まれた。

 なんかアリーシャの声が低い。

 

「いや……知らん」

 

 何故か気まずさを感じて目を逸らした。

 

「知らんで済む話じゃないでしょっ! 心当たりはっ!?」

 

 そうは言われても知らんもんは知らんのだ。それをこれから調べるんだし。

 けど心当たりと言われると……

 

「無い……事も無い」

 

「はぁっ!?」

 

 さっきからなんか怖いんだが。

 細かく語るのは憚れるが、色々あったんだよ。

 

 とは言え多少は弁明しておきたい所だ。

 

「エルヴァンの名を利用したい奴らには散々擦り寄られてきたからな」

 

 力を恐れるどころか、英雄という名の価値しか見ず利用しようと画策していた連中だ。

 ただのギルドや政治、果ては裏社会まで……様々な派閥に狙われていた。

 

「そしてそういう輩が思い付く単純で効果的な手段、それが女を仕掛ける事だった」

 

「え、なんで?」

 

 純粋か。いや、単純で効果的って所が分からないのか。

 これは最悪な手段だが最高に効率的なんだよ。

 

「エルヴァンを利用しつつ繋ぎ止め、ついでに英雄の子という道具をも手に入れる為だ。英雄様が子を作って無責任に逃げるなんて世間は許さないからな」

 

「道具って……」

 

 現に目の前で怒ってる奴が居る訳だし……世間からの非難は相当だろう。

 

 そんなアリーシャは信じられないとでも言いそうな悲しい表情に変わった。

 残念ながらそういう奴らにとっては子供だってただの道具に過ぎないのさ。

 

「私を見ていれば分かるだろう? さぞかし使えるだろうよ」

 

 まさしく英雄の子である私への対応を見てきた彼女なら分かる筈だ。

 

 王都に至るまでいくつか街を経由してきたが、何処でも私は注目された。

 当然利用しようと近づいて来る事もあった。

 

 更に言ってしまえば、保護してくれた時の団長でさえ同じだった訳だ。

 まぁ彼は単純な戦力で考えていた面が大きいから嫌悪感は無い。その後の親交もあったしな。

 

「じゃあ、そういう人達の思惑にハメられて……」

 

「いや、ハメられたと言うかハメたと言うか……」

 

 私だってそんな奴らは一切信用なんてしない。

 しかし生々しい話だが、私だって男だった。だから逆に利用したまでだ。

 

「は?」

 

「あ、違っ、まぁその、なんだ……」

 

 軽い話にしたくて冗談を言ったが、返ってきたのは恐ろしく冷たい声と視線だった。さっきからなんか怖いな。

 ていうかなんだその圧力。鍛錬してた時でさえそんなの見せなかったじゃないか。

 

「そう、あれだ。だからこそ件の男は私の子じゃない……かもしれない」

 

「何がだからこそなのさ? 結局手を出しまくってたんでしょ」

 

 当たりが強い……勘弁してくれ。

 

「道具にされると分かってる子なんて作らない。逆に利用するにしても、何の対策もしない訳が無いだろう」

 

「へぇ」

 

 そう、あの手この手で来る相手に対してこっちも仕込んでいた。

 

 世の中には便利な事に飲むだけの避妊薬がある。クソ不味い上に値が張るが、充分な対策だ。

 相手にこっそり飲ませるには味でバレバレだから、流通の少ない男用のを確保しなければならなかったが。

 

 しかしそんな事はアリーシャからすればどうでもいいようだ。

 まだ冷たい声でジトリと睨んでくる。もうダメだこれ。

 

「とにかく、考えるのは実際に調べてからだ。――おっ、なんだか美味そうなのが色々あるぞ。買ってきてやろう」

 

「あ、ちょっと……!」

 

 これ以上何か突っ込まれるのは精神的にキツイ。一旦話を終わらせよう。

 丁度良い所に屋台があって助かった。

 

 という訳で……その場にアリーシャを残し、そそくさと買い物に逃げる事にした。

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